時は少し戻って、パチュリー視点です。
「……ふむ、美味いな」
「当然でしょ」
深夜のティータイム。
気絶する小悪魔を叩き起こして入れさせたダージリンを飲みながら、優雅に過ごすひと時。
この静かな図書館で本を読みながらゆっくりと紅茶を楽しめる環境こそが、私の求める理想郷。
「なるほど、入れ方一つでこんなにも素晴らしいものに……って、どうしてこうなったああああああっ!?」
「五月蠅いわよ慧音、少しは情緒ってものを理解したら?」
「そうね、激しく同意だわ」
でも、それを邪魔する鼠が二匹も紅魔館に侵入してきて、その理想はあっけなく崩れ落ちていったのよね。
とはいえ、少しは話の通じる鼠みたいなのが唯一の救いかしら。
うるさいと言えば確かにうるさいけど、情報交換もここまで割とスムーズに進んだし。
「で、要するに貴方たちはレミィと八雲紫が起こす予定の異変を下見に来たと、そういうこと?」
「そうそう。 で、だんだん飽きてどうでもよくなってきた頃に捕まっちゃってね。 でも、そこで何か面白そうな子を見つけたから早速いただいていこうかと思って、飼い主っぽいパチュリーに話をつけに来たのよ」
「なるほど。 いきなり馴れ馴れしいし、図々しいってレベルじゃないわよね、貴方」
「貴方じゃないわ。 二度目になるけど、アリス・マーガトロイドよ、よろしく」
「……ええ、よろしく。 なんとなくだけど、貴方とはあまり仲良くなれない気がするわ、アリス」
「私は生涯の大親友になりそうな気がするわ、パチュリー」
……はぁ、何かどっと疲れたわ。
もう、いろいろ思考が混在してきてるし、気を取り直してもう一度状況を整理しましょうか。
まず、咲夜の罠にかかった侵入者がいると聞いたから、その後始末を私の使い魔である小悪魔に頼んでゆっくりしてたんだけど。
ちょっと不安になって様子を見てたら、そこで気になるものを見つけたのよね。
幾重にも重なった鎖で厳重に封印された、怪しげな魔力の波動を放つ魔導書を持っている謎の魔法使い。
あれが一体何なのか、こいつが一体何者なのか、小悪魔を通じて興味本位で覗いていたのだけれど……
――そおいっ!!
……その声は、今でも耳に焼き付いている。
あろうことか、こいつは魔導書を魔法ではなく物理攻撃に使い出した、というか小悪魔に向けて思いっきりブン投げたのだ。
まさかの武闘派とは予想してなかったわ。
ってよりも、もっと魔導書は大切にしなさいよ、折れ曲がったりしたらどうするつもりよ!!
と思ってたんだけど、派手にぶつかった魔導書は折れるどころか傷一つなかった。
それが私の好奇心を更にくすぐったのよね。
だから、私の目的はこいつの持っている本が一体何なのかを究明すること。
可能であれば、借りるか譲り受けるかすること。
けど、いきなりそれの話を切り出すと警戒されるから、まずは興味のありそうな話で少しずつ切り崩していきましょうか。
「さて、じゃあその小悪魔の件だけど」
「ああ、それならもういいわ。 私の中でブーム終わったから」
「ひ、ひどいっ!! 私とのことは遊びだったんですか!?」
「触らないで汚らわしい」
「ぁ……うわああああああん家出します探さないでくださいいいいいぃぃ」
突然ゴミを見るような冷めた目で見下すアリスと、涙目になりながら図書館の果てまで走っていく小悪魔。
……いや、別にアリスに毒されてる訳じゃないのよ。
確かにこの短時間でかなり打ち解けたっぽいのもあるけど、もともと小悪魔ってこんな感じなの。
ほら、見ての通り、主である私がこんな感じのクール&ビューティーじゃない?
レミィなんて私以上に冷めてるし、咲夜は忙しいし美鈴はずっと外にいるし、妖精メイドなんかとはいまいち話が噛み合わないから、こういう感じに素で話せる相手に餓えてたみたいなのよ。
「とは言ったものの、やっぱりちょっと面白いわよね、あの子」
「……まぁ、あの子は私の使い魔なんだけど、見ての通り今一つ未熟でね。 貴方と相性はよさそうだし教育を任せてみるのも一つの手だと思ったんだけど」
「なるほどね。 そういうことなら全然OKだけど、そしたら代わりに私の弟子も見てくれない?」
「弟子?」
へえ、本当に弟子なんかとるタイプだったのね。
小悪魔の件も適当なお遊びみたいなもんだと思ってたから、ちょっと意外だわ。
「いやね、人間なのに魔法使いになりたいって子でね。 まだ幼い分成長は早いんだけど、猪突猛進というか、頭は回るくせに自分の決めたことにいい意味でも悪い意味でも突っ走っちゃう感じで」
「ふーん、それは何というか……ちょっと面白そうね」
「そうなのよ! でも、このままじゃそろそろ壁にぶち当たる頃だと思うから、パチュリーみたいなのにも見てもらいたくて」
「私みたいなの?」
「ええ。 冷静沈着、虚弱体質で動けないという弱点を補ってあまりあるほどの多属性魔法を使いこなす、万能の魔法使い! 魔理沙は飛び回りながら光魔法ぶっぱするだけだから、応用がきかなくてねぇ……」
なるほどね、それならなんとなく理に適ってる気がするし、そこまで持ち上げられるのも別に悪い気は……って、ちょっと待って、今何て言った?
虚弱体質で動けないとか、多属性の魔法を使いこなすとか。
そんなこと、私は一言も言ってない。
確かに私はこれだけ多くの魔導書に囲まれて生活してるから、ほとんどの属性魔法を使えると思われても不思議じゃないけど。
でも、私がぜんそく持ちであんまり動けないというのは、相手に主導権を与える弱点にしかならないから、そのことは隠してるつもりだったのに。
もしかして、こいつ……
「……ねえアリス。 私たち、前に会ったことある?」
「あ、やっと気づいた? そうよ、私こそが貴方の夢に出てくる亡国のお姫様…」
「ふざけないで、真面目に答えなさい!!」
「パ、パチュリー様っ!?」
「おいお前、いきなり何を……」
……違う。
私と会ったことがあるとか無いとか、そういう問題じゃない。
こいつ、おちゃらけた態度とってるけど、ただの残念な奴とかじゃない。
私は今、本気で脅しをかけるために魔法を使ってる。
私の根城に蓄積し続けた魔力を使って、七曜の魔法の全てで辺りを取り囲んでる。
それは、本当はこんな場面で使うべきじゃない、私の切り札と言っていいような魔法なのに。
この白澤も、遠目から見ていた小悪魔でさえ危機を感じたのか怯んでる、はずなのに……
「ちょ、ちょっと待ってパチュリー、アレよ、私たち本当は初対面よ! ほら、ふざけ過ぎたのは謝るから、ね!!」
アリスの反応は、その2人とはどこか違うように見えた。
焦っているかのように振る舞いながら、私のことだけを見ている。
言い方を変えれば、検分するかのように一瞥した後、私の「魔法」にはもう見向きもしていない。
この場で主導権を得てるのは、アリスにとってはまだ未知数のはずの魔法で先制した私のはずなのに。
アリスからは、恐怖や焦り、そんな当然に抱くであろう感情を全く感じられなかった。
まるで、この程度の魔法なんて見飽きたと、注視するに値すらしないと言わんばかりに。
「一体何なのよ、貴方は……―――っ!?」
そこに突然響いた爆音。
え? どうして、間違いないわ、これはレミィの魔力よね。
しかも紅魔館の外じゃなくて、多分地下から……いえ、私の知らない場所から魔力の波動を感じるし。
……これって、何十年もここに住んでる私が未だに知らなかった謎の部屋で、レミィが暴れてるってことよね。
何か嫌な予感がした。
今の紅魔館で一体何が起こっているのか、かつてない不安が私の心を過っていた。