霊夢と巫女の日常録   作:まこと13

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第45話 : 最大の禁忌

 

 

 

 力なく俯いたまま、レミリアは動かなかった。

 ……ってか、吸血鬼に2人の子供がいた?

 要するに、このレミリアって奴はその内の一人で。

 こいつと同じ吸血鬼が、どこかにもう一人いるはずってことか。

 

「でも、貴方の兄弟か姉妹か、いずれにせよその痕跡はこの館からは不自然なほど綺麗に消されていたわ。 恐らくは最初から私たちの目を欺くために、その存在自体を隠していたんじゃないかしら」

「っ……!!」

「そして、貴方は待っていた。 強力な仲間を集めて、いつかもう一人の吸血鬼が幻想郷に現れる日を。 再び幻想郷に攻め込む準備ができるその日を!」

「……違う」

「それは、私としてはどうしても避けたい事態なの。 貴方が集めたあの3人に加えて、1人でも厄介な吸血鬼が2人になって満月の夜に襲ってきたら、とても手に負えない。 貴方たちの存在は、間違いなくこの幻想郷で一番の危険因子になるわ」

 

 なるほどな、それを懸念してたから、紫はイベントにかこつけてこいつらの調査をしようと考えた訳だ。

 まぁ、確かにそんなことは想像したくもないよな。

 このレベルの吸血鬼が2人、それに加えてあのメイドやらその仲間が満月の日に攻め入ってきたら、今の霊夢じゃどうしようもないだろうし。

 

「だからね、今回の目的の一つは貴方たちへの警告だったのよ」

「警告?」

「ええ。 新しく未熟な博麗の巫女が誕生した今、仲間が揃いさえすれば幻想郷に攻め入るのは容易だと思っているのかもしれないけど……」

 

 そこで紫は突然、私の腕を引っ張ってきた。

 

「秘密兵器がいるのは貴方たちだけじゃない、ってね。 私が藍と2人がかりでも止められなかった人間……いえ、それすらも今は昔の話なのかしらね。 まぁ、私がどうこう言わなくても、妹紅の力は今そこに磔にされてる貴方が一番よくわかってるでしょう?」

「……ああ」

「だから、今回のゲームを通じてそれを見せつけて、貴方への抑止力にするつもりだったのよ」

 

 あー、なるほどそういうことね。

 博麗の巫女を引退した私でも、確かにそういう意味じゃ少しくらい霊夢の力になれるってことかな。

 だけど、正直言うと勝手にハードル上げないでくれよって感じだ。

 何だかんだでこいつの初撃は躱せなかった訳だし、そこまで持ち上げられてもどう反応するか微妙な心境なんだよな。

 

「そういう意味じゃ、今回の視察は成功だった……いえ、期待以上の収穫があったのかしらね」

「っ!!」

 

 反応に困っている私を放っておいて、いつの間にか紫の目はこの廊下の奥へと向いていた。

 この地下室の奥に微かに見える、一つの扉に。

 

「実は、もう匿っているんでしょう? あの先の先に、もう一人の吸血鬼を」

「……やめて」

「準備が整う直前、本当に間一髪だったってことよね。 まぁ、いつから幻想郷に来ていたのかは知らないけど、もう一人にも同じく今の状況をわからせて…」

 

「やめてええええええっ!!」

「……え?」

 

 その悲鳴を聞いて、紫は呆気にとられていた。

 正直言うと、私も目の前の光景が信じらなかった。

 最初はあんなに強気だった吸血鬼が、まるで子供のように小さく縮こまって震えていたから。

 

「お願い、やめて……何でもするから。 私は何でも言うことを聞くから…」

「え? ちょっと貴方、一体…」

「おい紫、何か様子がおかしいぞ」

 

 何だ、これ。

 癇癪を起したとか、そういうレベルじゃない。

 本当に、どうしようもない心的外傷を抉られてるかのような、そんな怯え方だぞ。

 

「い、いや、ちょっと待って! ほら、今すぐ貴方たちをどうしようって訳でもなくて、ただ話し合いをしたくて……」

「……」

「いやほら、ちょっとだけ、ちょーっとだけご挨拶を…」

「殺すぞ」

「え?」

「それ以上触れたら、殺す」

 

 レミリアの目は、いつの間にかまた睨むような視線に戻っていたけど。

 でも、その涙と、全身の震えを止めることはできていなかった。

 

「殺すって、今の状況でそんなこと…」

「そこのひ弱なガキでもいい」

「え?」

「新しい博麗の巫女でも、そいつについてくる魔法使いでもいい。 一瞬で、簡単に殺せる」

「っ!!」

 

 そこのひ弱なガキ?

 ……阿求のことか。

 阿求のことかーーーっ!!

 とか言ってる場合じゃない、目がマジじゃねーかこいつ。

 このままじゃ阿求がヤバい上に霊夢や魔理沙にまで飛び火しそうだし、流石にこっちも少し譲歩した方がいいんじゃないのか?

 

「……なるほど。 そうまでして知られたくない秘密がおありですか」

「……」

「妹紅。 阿求を連れてここから逃げて」

「っ!!」

「え、紫?」

 

 逃げろって、そんな。

 ってことはまさか、ここで全面戦争ってことか!?

 おいおい、流石にそんなのは……

 

「って、待てよ紫! いくらなんでも…」

「待ってられないわ。 思った以上に、事態は深刻なのかもしれないのよ」

「え……?」

「著しく時空間が乱れたこの館じゃ、私の能力は十分に発揮はできない。 阿求が危険に巻き込まれても私が守ってあげることはできないわ」

「だけど、何も今すぐにそんな…」

「それにね。 言葉にはし辛いんだけど……直感的に嫌な予感がするのよ、あの部屋。 もう一人の吸血鬼とか、そんなのがどうでもよく思えるくらい危険な何かを感じるの。 レミリアのあの怯え様も、明らかに普通じゃないし」

 

 ……まぁ、確かにそれはわかる。

 私もだいぶ長いこと生きてきたから、本当にヤバい物事は何となくわかる。

 今回で言えば、あの部屋がまさにそれだ。

 別に私は鬼や閻魔なんかをぶん殴ってキレさせた後でも、全然ヤバいとか思ったりしないのに。

 それでも、この地下室に足を踏み入れた時から、何となくこれ以上進むべきじゃないって、本能が警告してた。

 ましてや紫も同じように感じてるってことは、あそこにある何かはこの館の……いや、下手すると幻想郷で最大の禁忌なのかもしれない。

 

「……ふむ。 十六夜咲夜が眠らされてる影響かしらね。 今なら、少しくらいなら―――」

「――――ぅぐおおおお!? 一体これは……っ紫様!?」

「遅いわよ、何やってたのよ藍」

 

 紫が手を振り上げるとともにほんの僅かに空間に開いた隙間から、絞り出されるかのように藍が出てきた。

 イメージとしては、チューブから歯磨き粉とかを出してる時の、にゅるんとした感じのアレだ。

 ……ちょっと思うんだが、紫にしろ霊夢にしろ、最近なんか藍の扱いがいろいろ雑になってきてないか?

 

「も、申し訳ございません。 隔離結界を破るのに少し時間をとられました」

「まぁ、いいわ。 戦闘準備はできてるかしら?」

「……はい」

 

 それでも、やっぱり藍は優秀な式神なんだろう。

 紫に言われてすぐに状況を把握し、目つきそのものを切り替えて臨戦態勢に移っていた。

 レミリアじゃなく、ただ奥の扉の先にあるだろう何かに向かって、2人が一斉に殺気を込めている。

 

「……本気なんだな、紫」

「ごめんなさい。 貴方には、後で話せるところまでは話すわ。 でも、月が欠けてて彼女が手負いである今がチャンスなのよ。 だから…」

 

「そこまでよ!」

「っ!!」

 

 そこで紫を遮って突然響いたのは、聞き覚えのある声。

 ……うわぁ、すごく嫌な予感がする。

 あの奥の扉とはまた違った意味で、こう、何かこのシリアスな空気を全部ぶち壊してくれそうな。

 

「…って、レミィ!? このっ、月符『サイレントセレナ』!」

 

 そしてもう一つ響いた別の声とともに、光が差し込む。

 入口のあたりから一直線に突き刺すように、月の光のような何かがレミリアを照らしていた。

 その先にいるのは少し華奢な印象の、恐らくは紫の話にあった魔法使いと……あれは、慧音とアリスだよな?

 どういうことだ、どうしてあいつらが……

 

「話は聞かせてもらったわ。 幻想郷は滅亡する!」

「……はあ?」

「いや、乗ってきなさいよ、せっかくこの微妙な空気を和ませようとしてあげたんだから」

 

 ……ああ、やっぱりアリスはいつも通りか、少しくらい空気読めよ。

 まぁ、確かに今ので何か一周回って白けたというかクールダウンした気がするけど。

 だけど、一息ついてる余裕はなさそうだった。

 アリスはともかく、その隣の魔法使いは明らかに紫や藍に敵意を向けていた。

 その後ろにいる慧音の目さえ、どこか血走ったかのように真剣だった。

 要するに今、あの3人は私たちとは対立する立場に、レミリアの側についてるって訳だ。

 

 でも、別にそれはいい。

 私も今の紫の行動に完全に納得してる訳じゃないから、いったん第三者を交えて冷静になることは必要だ。

 どうしてあいつらがあっちに味方することになったのか。

 その辺も含めて、もう一度ちゃんと話し合わないとな。

 

 

 

 

 


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