さあ、遂にやって来ました謎の地下道。
動く石像やら転がってくる大岩がある訳でもなく、ただ薄暗い照明が続いてるだけの廊下。
何もないのが逆に不気味というか、すごく悪寒がするんですよね。
で、ですがそれがどうしたというのですか!
この身を駆け巡る熱い血の滾りは、寒気なんてものを感じさせませんよ!!
熱くなれよ。 もっと、熱く、な……
「……ぅぅぅ、妹紅さぁん」
「はいはい」
あぁ、あったかい。
実は外とはうって変わって寒い気温に、体力を持っていかれそうになってたんですよね。
でも、妹紅さんがつけてくれた炎の術で少しだけ暖をとれました。
そのおかげで、辺りの様子も少し鮮明に見えるようになりましたよ。
「物置って訳でもないだろうし、一体何なんだろうなここは」
「ふふっ、ここまで怪しいってことは、まず間違いなくこの屋敷一番の重要スポットですよ!」
流石にこの薄暗い場所に掃除は全く行き届いていない様子。
ただ小さな足跡が無数にこの奥に続いているだけ。
小さな、同じ大きさの足跡だけ。 恐らく主のレミリアさん以外は誰一人として立ち入らない場所ってことですよね。
なるほどこれは更に期待が膨らみますね!
「でもさぁ。 正直、どんどん嫌な予感が膨らんでくんだよな」
「嫌な予感?」
「ああ。 何というか、ちょっと言葉にはし辛いんだけど、もう大人しく帰った方がいいんじゃないかと…」
「今さら何言ってるんですか!?」
ここまで来て引き返すとか、そんな選択肢がある訳ないじゃないですか!?
そんなチキンなハートは妹紅さんには似合いませんよ!
まぁ、守ってもらってる私がそんな文句言える立場じゃないとは思いますけど。
「まぁ、ただの思い過ごしならいいんだけどさ」
「大丈夫ですよ、妹紅さんなら多少の障害くらいどうにかなりますって!」
「そうかな」
今まで見た感じ、妹紅さんっていろいろ人としてヤバい気がするんですよね。
どんな妖怪や神が現れても太刀打ちできないレベルの、むしろ普通なら畏怖すら抱いてもおかしくないような。
でも、だからこそ今の状況じゃすごく心強いんですよ!
もう本当に何が来てもきっと大丈夫なんだって、そんな気がするんです!!
「でも、危険はあると思うからほどほどのところまでだぞ、阿求」
「むーっ、まだそんなこと言ってるんですか、そんなのきっと…」
「―――っ!? 伏せろ阿求!!」
「へぶっ!?」
と、楽観的に言った傍からいきなり床にたたきつけられた私。
って、いきなり何するんですか! とか言おうかと思いましたけど、多分何かの罠とかから妹紅さんが助けてくれたんですよね。
うぅぅ、でも突然だったのでいろいろ痛いし、埃とかゴミがいっぱい口に入っちゃいましたよ、ぺっ、ぺっ、もっと優しくお願いしますよ!
そんな風にちょっとだけ冗談っぽく、妹紅さんに言おうとして顔を上げたら……
「もうっ、妹紅さんもうちょっと優しく……え?」
でも、隣に妹紅さんはいなくて。
そこには地面が大きく抉られたような跡と。
その先に、続いていたのは、
「妹紅さん……?」
……そんな光景は、さっきまで想像すらしていなかったのに。
そこにはただ、赤く染まった血だまりと。
背中から大きな槍で胸を貫かれた妹紅さんが、壁際に、倒れて、て……
「え、嘘……ぃ、嫌あああああっ!? 妹紅さん!! 返事してくださいよ、妹紅さ…」
「―――随分と。 勝手なことをしてくれたものね」
でも、泣き叫びたいのにそれ以上声が出なくて。
背筋が凍ったと、そんな風にしか言い表せない感覚が私を襲って。
恐る恐る振り返ると、そこにいたのは私とほとんど背丈の変わらない、小さな女の子。
それでも、その声色はこの世の全てを見下したかのように冷たく。
その視線は、一切の感情すらもないと思わせるほどに無機質で。
一目見ただけで理解しました。
これこそが幻想郷の王、カリスマの権化と言われる吸血鬼、レミリア・スカーレットなのだと。
「ぁ……どうして、私たち、ただ、その……」
「どうして? 私に許可もなく紅魔館を喰い荒らす鼠を屠るのに、前置きが必要かしら?」
動かなくなった妹紅さんを一瞥したその目はどこまでも冷淡で、何よりも無関心で。
人一人を殺しておきながらも、本当に何一つとして感じてすらいないような表情でした。
……何なんですか、この人。
鼠を屠るとか、そんな軽い気持ちでこんなことをしたっていうんですか。
というか、どうしてそんなことでいきなり殺されなきゃならないんですか!?
ここを見つけたのだってただの偶然なのに、そんな理不尽なことってないですよ!!
「で、でも、私たちは偶然階段を見つけたからここに来ちゃっただけで、ただちょっとした好奇心で…」
「いいえ、偶然じゃないわ。 私にはわかっていたもの、貴方たちがここに辿り着く運命だったことは」
「え……?」
「たとえどれだけ隠していても、貴方たちは僅かな手がかりをも探し出していた。 だから、他に余計な詮索をさせないために最初から私がここに誘導したってだけの話よ」
知っていたとか、最初から誘導してたとか、一体何言ってるんですかこの人は。
そんな訳の分からないことで、話を逸らさないでください!
……でも、尻餅をついて動けない私に、そんな口答えをする余裕なんてあるはずがなくて。
私の隣には、動かなくなった妹紅さんの身体があって。
私はただ恐怖のままに、許しを請うことしかできなくて。
「……ごめんなさい、私たちが悪かったです、だからお願いです、早く妹紅さんを助けてあげないと…」
「残念だけどね。 この場所を知った以上、生かしておく訳にはいかないのよ。 そいつも、そして貴方も」
「え……?」
「だけど安心なさい、せめて楽には逝かせてあげるわ。 そこの人間と同じように、痛みも苦しみもないように」
「あ、ぁ……」
……何ですか、これ。
少し前まで、あんなに楽しかったはずなのに、どうしてこんなことになってるんですか。
私が、あそこで素直に妹紅さんの言うことを聞いて帰っていれば。
そうすれば、こんなことにはならなかったのでしょうか……
「神槍―――」
最後に見えた光景は神々しいほどに光輝いていて。
でも、それは私に絶対の死を突きつける死神の導きでしかなくて。
私はそれを、黙って受け入れるしかなくて。
「……死にたくない」
だけど、私はその時、初めてそんなことを思いました。
今まで自分の命に執着したことなんて、ほとんどなかったのに。
私が稗田阿求として転生するまでの8度の死を、大人しく受け入れられたはずなのに。
それでも、私はどうしても死にたくありませんでした。
私のわがままで妹紅さんの命を奪っておきながらも、図々しくもそんなことを願ってしまいました。
――忘れたく、ない。
魔理沙に会えて、霊夢に会えて。
私は一人じゃないって、この世界が楽しいって、初めて思えたのに。
ただ幻想郷縁起を記すためのシステムとかじゃなくて、私が私でいられる友達に会えたのに。
この出会いだけは、もっと長く噛みしめていたかった、のに。
「『スピア・ザ・グングニル』」
「嫌ああああああああああああっ!!」
なのに、ここで終わり。
辺りにはただ爆音と地響きだけが響いて。
全身が焼き尽くされるような熱さに襲われて。
もう、私は既に死んでるんだと確信しました。
きっと、次に目を開けた時には違う世界。
違う時間。
違う感覚。
違う、人たち。
今まで何度も受け入れてきたはずのその瞬間が恐くて。
10人目の御阿礼の子という別人として生まれ変わってしまった私の居場所を想像するのが、恐くて。
「―――か」
私の耳に微かに聞こえてきたその声に気付くことが、恐くて。
気づいてしまった瞬間、もうそこに今の私はいない。
そこにはきっと、誰もいない。
今までみたいに、私を私として話しかけてくれる人も、友達もいなくて。
今の私のことを覚えている人なんて誰もいなくて。
私はまた、ひとりぼっちで。
私の名前を呼んでくれる人なんて、もうどこにも……
「おい、大丈夫か阿求?」
「……へ?」
でも、聞こえてきたそれは、私のよく覚えのある声でした。
まだ稗田阿求である私に覚えがある、強くも優しい声。
そして、消え入るように小さな声が、もう一つだけ。
「……この、化け物が」
おぼろげな記憶の中で目覚めると、目の前にあった光景は、私から言葉を奪っていました。
4本の銀のナイフが、レミリアさんの両手両足を壁に磔にしていて。
その隣で、妹紅さんがほぼ無傷のまま、あまりに何事もなかったかのように私を背に立っていたから。
「悪いな。 だが、吸血鬼ならそのくらい後でいくらでも再生できるんだろ?」
「……え? 妹紅さん? えっ、どうして…」
私は夢でも見てるんでしょうか。
心臓を一突きにされて、人間なら間違いなく死んでいたはずだったのに。
なのに、刺されたはずの傷すらなかったかのように、妹紅さんは普通に立っていて。
「どうして……だって妹紅さん、胸を貫かれて、あんなに血を流して、死んだはずじゃ…」
「え? 私が死んだ? あ、あはは、な、何言ってんだ阿求、夢でも見てたんじゃないのか?」
さっきのは、夢、だったんですかね。
それにしては、ちょっとリアルすぎる気はするんですけど。
しかも妹紅さんは何かを必死にごまかそうとしてるようにも見えるんですよね。
……でも、そんなこと今はもうどうでもよくなってきました。
心臓がバクバクし過ぎて、正直あんまり思考が定まらないんですよ!!
「そ、それよりお前、いきなり襲い掛かってくるなんて、どういうつもりだ! あれで阿求が死んだらどうするつもりだったんだよ!?」
「……どうもしないわ。 別に興味もない」
「なんだと?」
何やら口論している妹紅さんと吸血鬼。
いきなりのシリアス展開に、まだ起きたての私の頭がついていけてないんですよね。
とりあえず誰か、今の状況の解説ぷりーずですー。
「お疲れ様、妹紅、阿求」
「え?」
そう思ってたら、ちょうど私の疑問に答えるかのように突然響いた声。
ババァーンって感じの効果音とともに……ってすみませんババアなんて言ってませんごめんなさい声に出してないから許してください。
という「ザ・黒幕」って感じの雰囲気で現れたのは、なぜか隙間の能力を使わず歩いてきた紫さんでした。
……ふぅ、一時はどうなることかと思いましたが、これで本当に助かったみたいですね。
さて、この混沌とした状況、解説役の紫さんは一体どうやって収束させるのでしょうか。
っていうか本当に何とかしてくださいよこの重い空気、お願いします紫さーん!