霊夢と巫女の日常録   作:まこと13

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今回は美鈴視点です。



第38話 : 偽りの本性

 

 

 

 

 平穏が、好きだった。

 争いなんてない世界があるのなら、私はそれ以上何もいらなかった。

 だから、平和に暮らすために力をつけた。

 脅かされることのないくらいの力を。

 守りたいものを守れる力を。

 ただ、平穏の中を過ごせるだけの力を。

 私は生まれ持った力はあまり強い妖怪ではなかったけど、本当に自分を鍛えて、鍛えて、鍛え続けて。

 

 その結果……ぶっちゃけ言うと、やり過ぎた。

 

 最初はただ平穏が欲しかっただけなのに、いつの間にか強くなることに、強敵と戦うことに喜びを見出すようになっていた。

 私は誰彼かまわず勝負を挑み続けて、勝って負けてを繰り返して。

 勝てばやっぱり嬉しくて、負ければそれを糧に相手の強さを盗めるだけ盗んで自分を鍛え直し、次に会った時には勝てるようになっていて。

 ずっとそんなことの、繰り返し。

 がむしゃらに、何を目指すでもなくひたすらに自分を痛めつけ続けて。

 いつの間にか私の周りに守りたいものも平穏も何もなくなって、自分が何者かもわからなくなってしまった頃……お嬢様に出会った。

 

「自惚れるな。 信念無き力に、未来などない」

 

 初めて、そんな私を叱ってくれる人がいた。

 吸血鬼に挑み敗れ、そこからまた強さを学ぼうとしていた私の空っぽな心を見透かすように。

 私の本当に求めていたものを、思い出させてくれた。

 本当の幸せが何なのかも忘れて力に狂っていた私を、引き揚げてくれた。

 私はただ、そのカッコよさに……お嬢様の強さに憧れた。

 

「……ならば、私が貴方の盾となりましょう。 いつか貴方を超えられる日まで」

 

 だから、私はこの人の傍でもう一度やり直そうと決めた。

 平穏の中で、それでも自分を磨き続けようと。

 いつかお嬢様に追いつけるその日まで、お嬢様とともに進む新しい道を守れるよう強くなろうと誓った、はずだった。

 

 だけど……

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……やっぱり、我慢できる訳ありませんよね。

 

 ここ最近はめっきり平和だったから忘れかけてたけど。

 思い出しちゃうんですよね。

 欲張りな私の、本性を。

 私の中に根付いた、野生の血を。

 

「それが、本当のお前の姿という訳か」

「……本当の私、ですか。 貴方の目にはどう映っていますか、今の私は」

「少なくとも今のお前から感じるのは武の精神などではあるまい。 その目、その殺気、まるで獣のようだ」

 

 侮蔑とでも言うべき言葉を受けたのに、気付くと私の口角は上がりきっていた。

 心の奥底から湧き上がってくる気持ちを抑え込むことなんて、できるはずがなかった。

 最初は、ただ自分の紅魔館の門番としての役割を果たすため。

 助けを呼んで、隙をついて、奇襲をかけて。

 あらゆる手段を用いて、突然の強敵の襲来を切り抜けるために必死だったはずなのに。

 本当に数十年ぶりに会うレベルの殺気を前にして、いつの間にか昔を思い出してしまった。

 目の前にある、静かで、それでも強大なその妖気は、私の闘気を昂らせていく。

 金色九尾、かつて最強の妖獣と呼ばれた貴方が目の前に現れたのなら。

 その気がなくても、私の中に眠る野性が蘇ってくる。

 

「……ふふっ、獣か。 貴方が言いますか、それを」

「……」

「ああ失礼。 でも、そうですね。 きっと、貴方の言う通りなんでしょう」

 

 この人はきっと、スペルカードルールによる決着を望んでいるのだろう。

 そして、お嬢様も幻想郷の新しいルールを積極的に受け入れようとし、私自身もまたそのルールの意義を好ましく思っていることも疑うべくもないけれど。

 

「すみませんが、一つ謝らなければなりません」

「何だ」

「スペルカードルール。 それがこれからの幻想郷のルールになることは、知っています。 ただ…」

 

 それでも、あえて言わせてもらおう。

 

「今日はまだ、ルールに縛られるつもりはない。 久々の強敵、そう易々とこの機を逃したくはないので」

 

 今だけは、そんな遊びのルールなんて知ったことか。

 私はそれを、受け入れるつもりはない。

 

「何を望む」

「力を。 我が空腹を満たす糧となる、死地を」

「……そうか」

 

 私はただ、何も考えずに挑戦したい。

 最強と呼ばれる相手に、今の私の武術がどこまで通じるのか。

 お嬢様のいる高みに、私が今どれだけ近づけているのか。

 

「ならば、来るがいい。 八雲が次席にして筆頭式神、この八雲藍が相手仕ろう」

 

 ……だから、申し訳ございません、お嬢様。

 ルールを無視することは、この幻想郷を受け入れようとするお嬢様の意志に背くことになります。

 そして、彼女が相手では、もしかしたら私は門番としての務めを果たしきれないのだろうことも、わかっています。

 だけど、この屋敷の門を守るためではなく、信念を貫くためでもなく。

 ただ自分の可能性を試すためだけに、私は今一度、紅魔館の門番としての誇りも何もかもを捨てて、一匹の獣に還ります。

 

「応。 紅美鈴、参るっ!!」

 

 そして、私は地を蹴った。

 高鳴っていく鼓動を感じながら、溢れ出る『気』の全てを集わせた拳を構えたまま……

 

「気符『星脈…―――」

 

 ……その鋭い視線を間近で感じて初めて、私の本能が覚醒した。

 

 全身が総毛立つような悪寒が私を襲って。

 瞬時に無理だと悟った。

 防御を捨てて全てを攻撃に懸けてしまった、私の浅はかな選択をあざ笑うかのように。

 私のこれまで積み上げた経験の全てが死神と化して、今から私は死ぬのだと囁いていた。

 

 その瞬間、私の思考を支配していたのは、後悔ではなかった。

 最強の敵との戦いへの、喜びや渇望でもなかった。

 ただ、何よりも私の中に眠る記憶が、走馬灯のように鮮明に蘇ってくる。

 

  ――冬の夜は冷えるわよ、美鈴。

 

 寒空の下に立つ私を気遣って、外に出かけるついでのフリをして不格好な手編みのマフラーを私に投げ捨ててくれたお嬢様の。

 

  ――美鈴。 今日は気まぐれにこんなのを作ってみたんだけど、どうかしら。

 

 私が興味があると言った料理を夜中にこっそり練習して、初めて作るみたいな顔をして極旨のハンバーグをドヤ顔で振る舞ってくれた咲夜さんの。

 

  ――これなんていいんじゃない? 美鈴に似合いそうだし。

 

 乾布摩擦とかいう健康法を推奨する変な本を、わざわざ埃っぽい本棚の奥から引っ張り出してきて長々と内容を解説してくれたパチュリー様の。

 

  ――ふふっ、引っかかりましたね美鈴さんっ!!

 

 唐辛子を混ぜた激辛紅茶を、それでも甘いケーキとセットで持ってきてくれたこあの。

 

「ぁ……」

 

 そんな……そんな温かい記憶ばかりが、私の脳裏を駆け巡っていた。

 その中に、戦いの記憶なんてものは一つもなかった。

 私を構成していると思っていた野生の血なんてものも。

 強敵に打ち勝つ喜びなんてものも。

 一瞬たりとも、見えることはなかった。

 この紅魔館に住む皆と、ただ楽しく平穏を過ごす日常だけが私の全てなのだと、今になってやっと気付いたから。

 

 だから、私の本能はいつの間にか気持ちを切り替えて―――勝つことを捨てて、生きることだけに力を注いでいた。

 

 

「――超人『飛翔役小角』――」

 

 

 その小声が鼓膜に響くと同時に、意識が飛びかけた。

 目にも映らぬ速さで突っ込んできた何かは、一瞬で私のガードを打ち砕いた。

 武術なんて介入する余地すらもない、圧倒的な力の差。

 多分、その辺の妖怪じゃ既に五体バラバラの血煙になって消えているだろう一撃。

 

 だけど、私はそうはならない。

 私の『気を使う能力』の全てを、全身を守ることだけに注いでいるから。

 それでも、ほんの少し気を抜けば私は死ぬのだろう。

 仮に死ななくても、たった一撃で動けなくなってしまうのだろう。

 だけど、耐え切れなくてもいい。

 その後に立ち上がれなくてもいい。

 この一撃を生き抜いてさえいれば、騒ぎを聞きつけたお嬢様たちが、きっと助けに来てくれるから。

 お嬢様が、咲夜さんが、パチュリー様が、こあが、皆が来てくれれば勝てない相手なんてどこにも存在しないから。

 だから、死ぬな。

 死ぬな私!

 こんなところで、絶対―――

 

 

「死んで、たまるかああああああっ!!」

 

 

 

 


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