霊夢と巫女の日常録   作:まこと13

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すみません、いろいろあって少し書くのに時間かかりました。
今回は橙視点です。





第37話 : 人(妖怪)は見かけによらないね

 

 

 

 視線の先に高く紅くそびえ立つは吸血鬼の城、紅魔館。

 その辺の妖怪や妖精の住処は素通りして、私たちは一直線に目的地の近くまで到着したんだけど。

 でも、張り切って来てはみたものの……やっぱりちょっと怖いかも。

 吸血鬼って、確か幻想郷の王とも言われるくらい強大な種族なんだよね。

 昔、幻想郷を侵略しに来たときに紫様と藍様が退治したこともあるらしいけど、2人が直々に対応しなきゃいけないくらい強いってことだよね。

 で、でも私たちが頑張らなきゃ霊夢と魔理沙が危ないんだから、怖がってなんていられないよ!

 たまには霊夢たちに頼られるような、お姉さんらしいところも見せないとね!

 よし、まずは進入しやすい経路を探すために…

 

「藍様! 私がどこか抜け道を…」

「いや、いい。 私たちは正面から行こう」

 

 正面って、藍さまああああ!?

 吸血鬼の城に正面からって、そりゃ藍様ならいけるかもしれないけど、霊夢たちにはまだ…

 

「でも、確か強い門番がいるって…」

「だからこそだ、橙」

「え?」

「霊夢たちがそいつと勝負しても大丈夫か、見極めるのが私たちの役目だ。 それに、ここの門番の佇まいは紛れもない本物だ。 霊夢たちのためだけじゃない。 霊夢にこれ以上離されないように、橙がここで学ぶべきことも多いだろう」

 

 そう言って、他のことには見向きもせずにまっすぐに門前へと進んでいく藍様。

 ああ、本当に藍様はカッコいいなぁ……何も考えずに忍び込もうとしてた私が恥ずかしくなってきたよ。

 こんな主人に出会えた私は、間違いなく幸せ者なんだと思う。

 私も早く、藍様に相応しい式神になれるよう頑張らないと!

 

「ほら、彼女を見ろ、橙」

「はい! あの人ですね!」

「そうだ。 あの隙のない立ち方は、まさにお手本とすべき……」

 

 やがて近くに見えてきた門前にあったのは、まっすぐ仁王立ちする一つの影。

 藍様と同じくらいの体格かな、確かに凄いオーラみたいなのを感じられ、て…

 

「……」

「……橙」

「はい、藍様」

「すまない、私が悪かった」

 

 ……ううん、藍様は悪くない。

 悪いのはあまりに綺麗な姿勢で立っている、あの門番だ。

 相手を威嚇するかのような「気」を放ちながらも、藍様の期待を裏切って立ったままぐっすりと眠ってるあの門番が全部悪いんだ。

 

「いいんですよ、藍様。 私に任せてください」

 

 だから、悪くない藍様の方は絶対見ない。

 まさにお手本とすべき……とか、多分ドヤ顔で言っていただろう藍様と、目を合わせない。

 藍様がこう見えて意外と豆腐メンタルなのは、しばらく前によくわかったから。

 べ、別に失望なんてしてないよ、むしろちょっと弱みがあるくらいの方が、かわいいからね。

 でも、藍様をカリスマブレイクしてくれちゃいそうになったあの門番には、とりあえず腹いせに蹴りでも一発入れておこう。

 

「このっ。 門番が、寝るなああああああ!!」

「……ふっ!!」

「ごふっ―――!?」

 

 ……と思ってたら、息ができないほどのお腹への衝撃とともに派手に吹き飛んでる私。

 ありのまま今起こったことを話すと、門番にツッコミの飛び蹴りを入れたと思ったらいつの間にか私が蹴り飛ばされていた。

 もう、訳が、わからないよ……ガクッ。

 

「彼女を甘く見過ぎだ、橙。 真の武人には、いかなる時も隙などない」

 

 でも、飛ばされた先で藍様がいつものクールな声で私の身体を受け止めてくれたので、ひとまず安心した。

 私の犠牲の甲斐もあって、藍様のメンタルは無事だったみたい。

 まさにお手本とすべき……とか言って居眠りしてた時はどうしようかと思ったけど、ちゃんと門番やってたんだね。

 って、そんなこと考えてる場合じゃなかった!

 これ以上藍様に情けない姿は見せられないし、早く立ち上がって次こそ頑張らないと。

 

「うぐっ……大丈夫です。 まだ、やれます」

「ふっふっふ、こんな夜中に吸血鬼の城に殴り込みとは。 命知らずも甚だしいですねっ!」

「な、なにおう、寝てた奴に言われたくないやいっ!!」

「寝ながらでも倒せるんですよ! たかが二尾の化け猫と、あと……あれ? 7、8、9……まさか、九尾の、妖…………さ、咲夜さーん!! 大変です、咲夜さーん!!」

「……」

 

 ……ああ、やっぱり駄目だった。

 藍様が、すごく悲しそうな目をしている。

 だってどう見ても隙だらけだし、すごく情けない感じがするんだもん。 あそこにいる、藍様曰くの真の武人。

 ため息をついて歩いていく藍様の後ろ姿が、泣きたくなるくらい寂しそうに見えた。

 そして、藍様は背を向けて叫んでるあの人の肩に手をかけて、

 

「おい、私は別にここを侵略に来た訳ではないんだ、ただスペルカード…っ!?」

「ふふっ、引っかかりましたねっ!!」

 

 ……って、え?

 ええええええええっ!?

 嘘っ、説得に回った藍様の腕がいつの間にか掴まれると同時に身体が宙に浮いてて。

 簡単に投げられて体勢が崩れたかと思ったら、そのまま追い打ちをかけるようにあの人が振りかぶった足が、まさか……

 

「アチョーッ!!」

「ぐっ!?」

 

 いやあああああ、藍様のお顔に蹴りが直撃いいいいっ!?

 

「ふははははは油断しましたねぇ! いかに九尾の妖狐といえどもこれなら…って足痛っ、え、ちょっ嘘なにこれええええっ!?」

「……っと、見たな橙! 今の流れるような一連の動きが武術、「技」というものだ。 柔能く剛を制す、橙でもその気になれば私を制することも不可能ではない!」

 

 と、顔面を思いっきり蹴り飛ばされたはずなのに、いつの間にか回転しながらカッコよく私の隣に着地して、いい顔を向けてきた藍様。

 いい笑顔だったけど……ごめんなさい、正直ちょっと何言ってるかわからないです。

 何があったのか詳しくはよくわかんないけど、藍様は多分蹴られる直前に顔に妖力を集めて防御しつつ、蹴られた反動で体勢を整えたみたい。

 その結果、無傷で私の隣に舞い戻った藍様と、硬いガードの上から蹴ったせいで逆に足の甲が腫れ上がっているあの人。

 全然剛を制してないし、どう見ても柔の方が一方的に被害こうむってるじゃないですか。

 

「だから、橙もこれをお手本、に”っ……!?」

 

 え? って、わあああああ藍様、鼻血鼻血っ!!

 結構派手に出血してますよ!!

 

「……すまない橙。 本当に、私の見通しが甘かったようだ」

「わ、わかりましたって藍様、だから後は私が…」

「いや、少し下がっていろ。 彼女はまだ橙の……いや、恐らく霊夢たちの手にも負える相手じゃない」

「え……っ!?」

 

 目線を上げると、あの人は藍様の目の前まで一歩で踏み込んでいた。

 嘘っ、こんなに気配もなく一瞬で!?

 

「隙ありぃっ!!」

 

 とっさに飛び退いた藍様を追い込むように繰り出される突きと蹴りのラッシュは、藍様や妹紅さんの体術を見慣れてる私でも目を奪われるものだった。

 結構疑ってたけど、藍様の言った通り、この人の体術は本物だった。

 正直、すごいとしか言いようがない。

 スピードが速い訳でも一撃が重い訳でもない。

 それでも、私なんかじゃ見えないくらい僅かな隙をつく、流れるようなその動きは、藍様をして徐々に押され始めている。

 

「っ……お、おい、少し待て。 別に私に敵意はない、ここは一つスペル…」

「ちぇいっ!!」

 

 あ、でもだめだあの人、話を全然聞いてないっぽい。

 藍様が何とかスペルカード戦に持ち込もうと説得してるのに、まるで聞く耳持たずだ。

 その辺の木っ端妖怪ならともかく、藍様に敵意がない以上、このレベルの人相手にこの状況はちょっとマズいかもしれない。

 

「…ちっ。 おい、お前」

 

 だけど、そんなことで苦戦する藍様じゃなかった。

 ってよりも、藍様の不機嫌そうな気持ちが嫌というほどにここまで伝わってくる。

 そして、藍様のイライラが最高潮に達するとともに寒気がした。

 いつの間にか、藍様からは禍々しいくらいの妖力が溢れていて……

 

 

「―――調子に乗るな。 殺すぞ」

 

「っ!!」

 

 

 うわっ、やばっ。

 藍様が本気っぽいので、とりあえず私は意識を戦いから逸らして目をつぶる。

 だって本気の時の藍様の殺気って正直言うと紫様より怖いんだもん、あんまり直視するとこっちまで震えが止まらなくなるんだよね。

 だから、大事な場面ではあるけど、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけその攻防を見てなかったんだけど。

 

 凄い爆発音みたいなのと同時にもう一度目を上げると、辺りは砂埃に……抉り取られた地面の残骸と血の色に覆われていた。

 

 ……って。 わああああああ藍様、やりすぎ、やりすぎですって、威嚇するだけじゃなかったんですか!?

 イライラしちゃうのもしょうがないですけど、こんなの相手が死んじゃいますよ!!

 

「って、待ってください、そこまで、そこまでです! 駄目ですよ藍様! ここは、ちゃんとスペルカードルールで…」

「下がってろ橙、それ以上近づくな!」

「え……?」

 

 でも、私の仲裁は、藍様の焦ったような声に止められた。

 そこから感じるのは、威嚇で放っている殺気じゃない。

 藍様は、本気で戦う時の妖力を発しながら構えていた。

 だけど、この状況で私が畏怖を抱いたのは、めったに見ることのない藍様の本気の姿じゃなくて、その視線の先にある人影だった。

 砂煙が僅かに晴れるとともに初めて理解できたその光景。

 抉り取られた地面の形は、藍様からではなく、あの人のいた場所から伸びていて。

 辺りに散った血の色も、藍様の腕から零れ落ちていた。

 

「……そういうことか。 このペテン師が」

 

 式神である私でさえ怖くてまともに近づけない、藍様の全開の妖力や殺気のこもった目は、並みの妖怪に耐えられるようなものじゃない。

 今の藍様から感じられるのは、普通ならそれだけで戦意喪失してもおかしくないほどの圧倒的な力なのに。

 なのに、その藍様を目の前にしてるはずのあの人は、無言のまま……

 

 狂おしいほどに、笑っていた。

 

 

 

 


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