遂に原作異変へと繋がっていきますが、霊夢さんはしばらく完全にお休みタイムとなります。
とりあえず動かしやすそうなキャラの視点を中心に回していきます。
第32話 : 瀟洒!
三日月にしては、少し眩しいくらいに明るい夜のことだった。
月光の差し込む廊下で、一人の女性が優雅にティーセットを運んでいる。
広く長い道を静かに、颯爽と通り抜けていく。
周囲のメイド妖精たちからの畏敬の眼差しのこもった挨拶からは、彼女の人柄を窺える。
その完璧な佇まいは、従者の身でありながらもこの屋敷の「顔」であるといっても過言ではないだろう。
……とかまぁ、ここまで持ち上げといて、それ私のことなんだけどね。
だけど、身体の奥底から這い上がりそうになるドヤ顔を表に出してはいけない。
そんなはしたない一面など見せてはいけない。 表向きは完璧なデキ女であれ、それが私が自分に課したルールだ。
そう、この紅魔館の瀟洒なる新メイド長、十六夜咲夜の名に懸けて!
と、そんなアホみたいなノリを毅然とした表情で妄想しながらも、私は辿り着いた部屋の大きな扉を悠然とノックする。
その部屋は、この紅魔館の主であるレミリア・スカーレットお嬢様の部屋だ。
「お待たせ致しました、お嬢様。 本日の紅茶は…」
「ああ、ありがと咲夜。 入って」
だけど、聞こえてきたのはお嬢様ではなくパチュリー様の声だった。
あ、パチュリー様というのは、自称お嬢様の客人である魔法使いのパチュリー・ノーレッジ様のことね。
正直言うと、パチュリー様には広辞苑の「客人」と書いてあるページを開いておもむろに顔面に叩き付けてみたい。
何故って、数十年以上も前からパチュリー様はずっと紅魔館に住んでて、地下の図書館に至っては使い魔まで雇って自分のものみたいに管理しているのだ。
なのに、客人という一時的な肩書を頑なに貫くことには、何か意味でもあるのだろうか。
もう、素直に親友よとか家族みたいなものよとか言えばいいのに、この照れ屋さんめ。
「お嬢様はどうなされましたか?」
「レミィならテラスで黄昏てるわ」
「……ああ、なるほど」
テラスへ続く扉は少しだけ開いていた。
お嬢様はこうなるとしばらく戻ってこないのよね。
まぁ、仕方ないのでパチュリー様の分の紅茶を先に入れてからお嬢様にも一言だけかけとくことにしよう。
「お嬢様、紅茶が入りましたよ」
テラスから顔を乗り出すと、低めの柵に小さな子供が腕をかけている。
何を隠そうあの少女こそが、我が主であるレミリアお嬢様なのだ。
子供のような見た目に騙されるなかれ、お嬢様はおよそ500年を生きてきた吸血鬼であり、幻想郷の王たるカリスマ的存在なのだ。
その対応には、一挙手一投足まで気を遣わねばなるまい。
お嬢様はまだ大部分が欠けている月を一人静かに見上げていたけれど、やがて小さく、
「咲夜」
少しだけ、消え入るような細い声が聞こえた。
だけど、お嬢様は振り向かなかった。
「いかがなされましたか、お嬢様」
「……」
そして沈黙。
……って、呼んだだけか―い! みたいな感じのツッコミは脳内だけに留めておく。
長年の付き合いだ、こうして焦らしてそれっぽく見せるのがお嬢様の常套手段であることくらいよくわかっている。
だから、私はじっとお嬢様の次の言葉を待つ。
主のそんな戯れに付き合うのも、一流の従者の嗜みなのだから。
「永い夜になりそうね」
「……ええ、そうですね」
そして長く溜めて放ったにしては思わせぶりな、それでいてよく意味のわからない一言に、私はとりあえず適当に相槌を打っておく。
「カリスマ」ってよりむしろ「かり☆すま」みたいな感じの何かの権化であるお嬢様の儚げな表情と言動は……うん、正直に言おう。
毎日見てても飽きないくらい、ぶっちゃけ面白い。
本人は至って真面目に話してるんだろうけど、思わずツッコミを入れたくなる言動の数々。
私も「ええ、そうですね」とか、何がそうなのかわからずただそれっぽく答えてるのとか、謎のシュールな笑いが後からこみ上げてくる。
もう、私の短い生の間くらいならば、一生ついて行っても退屈しないと思える。
何をする訳でもなくお嬢様と一緒に欠けた月を静かに見上げる、ただそれだけでも毎日が充実している気がしていた。
だけど、この時の私はまだ気付いていなかった。
今回のお嬢様の何気ない一言が、本当に永い、永い夜が始まる前兆だったということに―――