「ほほう、魔理沙と霊夢は元々友達だったんですねぇ」
「まぁなー。 親友歴1年の絶対の相棒だぜ」
「って、私の方が長いじゃないですかー!」
「ごめん阿求。 俺、他に心に決めた人が…」
「この人でなし! 鬼っ、悪魔っ!!」
私を差し置いて、勝手に盛り上がってる魔理沙と阿求。
新しくできた友達を紹介しようと思ったら、実はもう私より魔理沙の方が仲良かったでござるの巻。
何それ死にたい。
「……そういうことは最初から言いなさいよ。 何か私、馬鹿みたいじゃない」
「え、何だって?」
「別に」
まぁ、でも2人の仲がいいのも少ししょうがない部分もある。
身体が弱く大人しめの阿求は周りから浮いていて、しばらく前までクラスで少しだけイジメの対象にされつつあったらしい。
まぁ、実際はむしろ表向きだけ大和撫子的な側面のある阿求が、一部男子から子供特有の「好きな子をイジメちゃう」感じの扱いを受けてただけっぽいけどね。
阿求も阿求でわかりやすい猛アタックをろくに相手にしてこなかったせいで、それが次第にエスカレートしちゃったんだと思う。
で、そんな阿求を救ったのが、魔理沙なのだとか。
魔理沙が昔、いじめっ子の……もとい、阿求への悪戯を繰り返す迷惑な上級生を3人呼び出してケンカして勝ってきたという話は、実は阿求を助けてあげるためだったみたい。
あの頃の私は子供3人程度倒したから何なのだと思っていたけど、他人のために迷わず上級生のクラスにさえ突撃してそんなことをできる行動力が凄いのだと、私は最近になって気付いた。
「それにしても、魔理沙が霧雨家を飛び出したと聞いた時は本当にどうなることかと思いましたよ」
「まぁ、今が充実してるから私は後悔はしてないぜ」
「それならいいんですけどね。 ま、今後次第ですかねぇ、魔理沙を『英雄伝』に載せるかの判断は」
阿求は『幻想郷縁起』を代々編纂する『御阿礼の子』として、霧雨邸と双璧を成す大豪邸である稗田家で、なんとこの歳で当主をしている。
本当に、私の金運はこいつらに吸い取られきったと言って過言ではないほどの差だ。
ちなみに幻想郷縁起とは、元々は妖怪に対抗するために妖怪の弱点等を記す書物だったらしいけど、最近の幻想郷はすっかり平和になったっぽいので、ただの幻想郷の妖怪紹介本になってしまっている。
そして、英雄伝というのはその幻想郷縁起の一部で、特筆すべき人間のことが書かれるページのことだ。
博麗の巫女となった私はもう載せられることが確定していて、今まで謎が多くほとんど完成していない母さんのことも、今後少しずつ書いていくつもりだという。
だけど、魔理沙のように特殊な役職に就いている訳でもない人間が載るかは今後の魔理沙次第だそうだ。
「それは別にどっちでもいいけどな。 でもまぁ、載せるなら霊夢のライバルとかって書いといてくれ」
「ああ、「博麗の巫女にライバル現る!」、とか面白そうですしね」
「……そんな天狗のゴシップみたいな書き出しでいいの? もっと真面目な書物と思ってたんだけど」
「いいんです! 今の代は、私がルールですからっ!!」
阿求がドヤ顔で胸を張る。
こうして見ると、阿求も普通の年相応の子にも見えるんだけどね。
だけど、阿求は私とは違って、変えるところは完全に切り変えるのだ。
ほら噂をすれば、ノックとともに侍女が一人…
「失礼致します、阿求様。 今夜の会合の件ですが…」
「下がりなさい、客人の前ですよ。 無粋な話は後になさい」
阿求の視線は、一瞬で「稗田家の当主」のものに切り替わっていた。
相手はかなり年上の人だと思うんだけど、芯の通った阿求の視線とそれに恐縮する侍女の態度は、この屋敷の主が誰であるのかを如実に物語っていた。
「し、失礼致しました。 ですが、少しばかり会合の予定が早まりそうでしたので…」
「そうですか」
私以上に学問に秀でている阿求にとって学校の授業はほぼ無意味なものだけど、現代の人と人との繋がりを学ぶために寺子屋に通い続けているという。
まぁ、私も何やかんやで寺子屋に通ってたおかげで魔理沙や阿求に出会えたので、勉強がつまらないからといって行かないのはいろいろと損なのだと今になって実感してるしね。
ただ、そのせいで、ただでさえ多忙な阿求のスケジュールが更にギリギリになっているっぽい。
話を聞くと、どうやら今日も阿求はこの後の大事な会合までの僅かな合間に、私たちに時間をつくってくれていたみたいなのだ。
「……承知しました。 それでは、後ほど伺います」
阿求が静かにそれだけ告げると、侍女は一礼して去っていった。
いやー、でも何ていうかカッコいいなぁ、こういう時の阿求は。
何だっけ、さっき入ってきたときの、こんな感じに鋭い視線でスカした表情で。
「……客人の前ですよ、無粋な話は後になさい。 キリッ!!」
「キリッ!! ヒュウッ、カッコいーなー。 さっすが阿求さん!」
「も、もうっ、からかわないでくださいよっ!!」
魔理沙と一緒に茶化すと、顔を真っ赤にしていつもの口調に戻る阿求。
当主の顔をし続けるのも疲れるらしいので、一部の気の合う相手の前だけでは息抜きに自然体の振る舞いになるらしい。
でも、阿求のこんな顔を見れるのは寺子屋の中では私だけの特権だと思ってたのに……まさか魔理沙が先約だったとはね。
「でも、すみません。 せっかく誘ってもらったのに、この後に大事な会合がありまして……」
「ま、残念だけどそれならしょうがないわね。 ちなみに、何の話なの?」
「ふふっ。 内緒です」
「お? 何だ、そう言われると気になるな」
「いずれ話しますよ、でもそれは時期が来たらということで」
いずれ話すってことは、もしかして私たちに関係のあることなのだろうか。
むむむ、気になるけど……でも、阿求の邪魔になるようなことはしたくないので、この好奇心は心の奥にしまっておくことにしよう。
「じゃあ、あまり邪魔しても悪いし、今日はもう帰るわね」
「そうだな。 そんじゃまた来るぜ、阿求」
「またね、阿求」
「はいっ、今日はありがとうございました! またお待ちしてますっ!!」
少し名残惜しそうにお辞儀をしてた阿求に手を振りながら、とりあえず稗田家を出ることにした。
そして、私たちが外に出るとともに慌ただしく阿求に群がる人たち。
本当にスケジュールがギリギリなのだろう、阿求は即座に真面目な顔でいろいろと指示していたのが遠くからでもわかった。
「……やっぱり、御阿礼の子ってのは色々と大変なのね」
「ああ。 名前ばっかり有名で実際は暇などこぞの巫女とは大違いだよな」
「喧嘩売ってんの?」
まぁ、ぶっちゃけ私もその通りだとは思うんだけどね。
博麗の巫女になったものの、実際に人間の里を襲うような妖怪もほとんどいないし、ぶっちゃけいうと拍子抜けなくらい暇なのだ。
こんなことを思うのもアレだけど、そろそろ何か大きな事件でも起きないかしらね。
「それより、この後どうする?」
「ああ、そうね……」
何かすっかり予定が狂っちゃったわね。
とりあえず今日の予定は、阿求を誘って寺子屋の校庭でのんびりするはずだった。
でも、実際は阿求が来ないと思ったら、何やかんやで改めて寺子屋に行くのも面倒になってきたのよね。
どうしようかしら、やっぱりいつも通り博麗神社に帰ろうかな。
新しい場所の開拓するほど元気が有り余ってる訳でもないし、またアリスの家に戻るのも嫌だし……って。
「あ」
「どうした、霊夢?」
「母さん忘れてきたわ」
「あー」
あいつの家に長時間取り残されてるのとか、もしかしてそろそろ母さんヤバいんじゃない?
何かこの時点で嫌な予感がするから戻るのが怖いんだけど。
でも、流石に放っておく訳にはいかないので、やっぱり迎えに行かざるを得ないわよね。
お願いだから、何事もありませんように。
◇
で、結論から言うと、私の嫌な予感はただの取り越し苦労だったようだ。
特に問題はなかった……というよりも、むしろアリスとはこれから少し仲良くなれそうな気がした。
「藍ー、私肩凝っちゃったなー」
「……は、はい、魔理沙様、只今…」
「あー、もふもふするぅ……」
今、ここ博麗神社で何が起こっているかというと、まず寝転がったまま藍に肩もみを要望する魔理沙と、フリフリの服を着ながらそれに大人しく従う藍に、藍の尻尾に包まってずっともふもふしている橙。
「ご、ごはんにする、お風呂にする? それとも……」
「私は久々にお肉が食べたい」
「私はご飯よりも、もこたんを食べちゃいたい」
「に、肉か。 と……わ、私!? わ、わた、た、わあああああっ!?」
母さんがリクエストを聞いてきたので、質素な食事に飽きたから久々の肉料理を要望する私と、母さんを食べたいとか訳の分からない要望をして母さんをからかうアリスと、恥ずかしさのあまり何か頭から湯気を出して爆発した母さん。
うん、何を言ってるかわからないと思うから、順を追って説明しよう。
母さんを迎えに一度アリスの家に戻ったものの留守だったため、私たちはとりあえず博麗神社に戻ることにした。
そして、いざ博麗神社に帰ってみると、母さんと藍が壊れていたのだ。
「お、お帰りなさいませぇ~ご主人様ぁ~」と、震えた猫なで声で顔を真っ赤にしながら私と魔理沙を迎えてきた母さんと藍。
それも、西洋のメイド服とやらを着て。
聞いた話によると、私と魔理沙がアリスの家を出た後、母さんとアリスは奥の部屋で、トランプを使った「インディアンポーカー」とかいうゲームをしていたらしい。
お互いに自分のカードが相手に見えるよう額に構え、相手の表情や反応を見て自分のカードが強いかを判断し、勝負するか降りるかを決める、心理戦を含んだギャンブルである。
賭け金が発生したりするので、どうやらそれでオトナの遊びとか言ってたっぽい。
……いや、別に私は変な妄想をしてた訳じゃないのよ、どうせそんなことだろうと思ってたわよ、本当よ!
まぁ、とりあえずこのゲームはいかにしてポーカーフェイスを演じるかが勝負の鍵となるため、顔に出やすい母さんが弱そうなのは言うまでもない。
そして、母さんはアリスと勝負し、負けて、負けて、時々勝つけどまた負けて、悔しいから次第に負け分を取り返そうと賭け金を釣り上げて……最終的に返せる訳のない負債を負ったという。
だから、負け分を取り返すべく博麗神社で紫に代打ちを求めようとしたけどこんな時に限っていなかったみたいなので、代わりに藍に助けを求めたらしい。
常にポーカーフェイスみたいな藍だからね、当然そういうのも強いと思ったんでしょうけど。
藍も藍で得意なゲームなのか、まんざらでもなかったのだろう、「……くだらん話しだが、私がさっさと終わらせてやる。 博麗神社を担保にでも取られたら敵わんからな」とか言ってノリノリで勝負していたという。
そして、それが藍の遺言だったらしい。
藍の無表情は、負け続けるにつれて見る見るうちに物悲しく歪んでいったんだとか。
そして今に至るという訳だ。
あり得ないくらいの負け分をチャラにする代わりに、母さんと藍は今日1日はアリスの下僕らしい。
それで、せっかくなので私と魔理沙と橙の下僕でもあるらしい。
何それ楽しい。
「ア、アリス様、私を、た、食べて…」
「声が小さいわよ。 もっと可愛らしく甘えるような声で!」
「……お、覚えてろよ」
「えー何? 聞こえなーい」
「か、かゆいところなどありませんか、ご、ごご、ご主人様」
「うむ、苦しゅうないぞ、藍よ。 あ、もうちょい右ね、そうそうその辺」
「……くそっ、末代までの恥だ、こんな、こんな…」
ヤバいわ、何か見てて凄く楽しい。
最近何か色々と新鮮味に欠けていたので、アリスには感謝だ。
正直言うと、また藍がダークサイドに墜ちないか不安だけどね。
意外とメンタル弱いし長引くから結構面倒なのよね、藍って。
でも、冷静に考えると、これって藍を相手にアリスが心理戦で勝ちまくったってことよね。
ただのアホかと思ってたのに、何者なのよこいつって感じはする。
どうせ何かイカサマでもしたんだと思うけどね。
まぁ、今回の件に関して私は何も困ってないから別にイカサマ上等だけど。
……それにしても、紫はこんな時に限って一体何をしてるのかしら。
こんな面白そうな場面を逃したことを知ったら、悔しさで紫まで発狂するでしょうね。
仮に紫がいたとしたらここまで負けてるなんてことは流石にないだろうから、この光景はなかったとは思うけど。
でも、紫ならたとえ負けてもノリノリでメイド服を着こなして楽しみ始めていただろう。
「お待たせしましたぁ、皆のアイドル紫ちゃん17歳です☆」とか言ったりして。
……うーん、正直そっちはあんまり見たくはないかな。
とりあえずこんな場面に居合わせることのできなかった紫の悔しがる顔を楽しみにしながら、私は母さんと藍を苛め倒せる今日という日をもう少し満喫しようと思う。
◆
その日の夜、稗田家。
とある薄暗い部屋で行われた2人の会合は、厳かに、それでいて和やかに進んでいた。
「……ふふっ。 なるほど、それは面白そうですねぇ」
「でしょう? だから、貴方にも手伝ってもらいたいんです」
「お安いご用ですっ!!」
任せろと言わんばかりに胸を叩く、人間の少女。
その答えに、ホッと息をついてニヤリと笑う妖怪。
霊夢たちの知らない場所で今、一つの壮大なプロジェクトが始まろうとしていた。