遂に、この日が来てしまった。
最近ウチの修業に魔理沙がよく混じっていたけど、今度は魔理沙の側に私が混じることになった。
でも、私は別にウキウキしている訳ではない。
むしろ、鬱屈な気分の方が大きい。
なぜかというと、魔理沙側の修業に付き合うということは、つまりはヤツがいるのだ。
第一印象で完全に苦手意識ができてしまった、あの変な魔法使いの家に行くことになるのだ。
「大丈夫か霊夢、顔色悪いぞ?」
「……うん。 ちょっと億劫だけど」
「ははっ、そんな緊張しなくても大丈夫だろ」
母さんが私の背中をバシバシ叩いてそう言う。
保護者同伴というのも情けない気がするけど、正直一人で行くのは躊躇われたから母さんに来てもらったのだ。
流石に、こればっかりは一人で行くのはハードルが高い。
まぁ、実際のところヤツとはそんなに深く話した訳でもないから、私の勝手なイメージが先走ってるだけだとは思うけどね。
意外と人見知りなのかしらね、私って。
そして、そうこうしている内に辿り着いたのは、迷いの森の中にある一軒家。
こんな不便そうなところに住んでる時点で、よほどの変わり者であることは言うまでもないだろう。
はい、あんな神社に住んでる私が言うなっていう。
「おーい、アリスー! いるかー?」
あ、それまたデコピン食らうやつじゃないの?
この前、そう呼ぶたびに「巨匠と呼べ」とか訳の分からないことを言って魔理沙を弾き飛ばしていたのをよく覚えている。
そして、ゆっくりとドアが開いて……
「はーい。 あらいらっしゃい、魔理沙のお友達ね」
……。
………はっ!?
ヤバいヤバい、一瞬トリップしてた。
ってか何? 誰?
私の知る限りじゃ、こんな奴じゃなかった気がするんだけど。
こんな、女の子の理想を集めた様な可愛さと、まるでお人形のような……っ、イカンイカン騙されるな、中身は違うのよ!
「ささ、入って。 おいしい紅茶とクッキーを用意してるわ」
……マジで、誰だこいつって感じね。
この前来てたのとは別人ってこと?
実は姉妹がいて、姉がヤバい奴な分、妹は可憐な美少女的な。
まぁ、そんなベタなことはないだろうけど。
「会うのは二回目だったかしら。 えっと…」
「博麗霊夢です、よろしく」
「あっと、ふじ……博麗、妹紅です」
母さんはまだ博麗の苗字に慣れていないらしい。
元々は母さんも自分の苗字があったらしいけど、私と別姓というのも何となく嫌なので、母さんの姓を博麗にすることにしたのだ。
とりあえず、早く慣れろとだけ言っておく。
「あ、私は人形使いと少し魔法使いもやってる、アリス・マーガトロイドよ。 よろしくね、霊夢ちゃん、もこたん」
アリスはパンと手を叩いてそう言いつつ握手の手を差し出してくるけど、何か違和感があった。
霊夢ちゃん、という呼び方はまだいい。
でも……もこたん?
母さんの方を見るけど、母さんも反応に困っていた。
多分何か聞き間違えたのだろうと、母さんはもう一度自己紹介をやり直す。
「…えっと、その、私は博麗妹紅って名前で」
「それはさっき聞いたわよ、もこたん」
だが、華麗なるスルー。
母さんがちょっと照れてるように見えた。
「えっと、その、アリスさん?」
「なに、もこたん?」
「一応、初対面…ではないけど、ちゃんと話すのは初めてだよな」
「そうね。 初めまして、もこたん」
「なのに、その、もこたんっていうのは一体…?」
「やーね、私たちもう友達でしょ? 友達はあだ名で呼び合うのが常識じゃない」
「そ、そうなのか?」
「そうよ。 えーいっ!」
そう言って突然母さんの腕に飛びついたアリス。
あだ名で呼ばれたことなんてないからか、可愛い感じの相手に不意打ちで抱きつかれたからなのか、母さんは初々しい反応で少し顔を赤くしながら指で頬を掻いていた。
先生や紫のスキンシップとは違う反応に慣れていない母さんは、動揺してそわそわしながら視線を泳がす。
泳がせているから気付かなかったのかもしれないけど……私は確かに見た。
アリスが浮かべた、微かな笑みを。
言葉にするなら、「また面白そうな玩具を見つけたわ、ニヤリ」的な感じの。
やっぱり間違いない。 こいつはこの前の奴と同一人物だ。
「じゃあもこたん。 子供たちは子供たちで遊ばせといて、私たちは行きましょうか」
「へ? 行くって、どこに…」
「決まってるじゃない。 奥の部屋で……オトナの遊びを、ね」
アリスの目が光った気がした。
流石の母さんも何か嫌な予感を察知したのか私を見てきたけど、
「れ、霊夢…」
「じゃ、じゃあ私は魔理沙と遊んでるわ。 いってらっしゃい母さん」
「お、霊夢からの誘いとは嬉しいな。 じゃあアリス、ごゆっくり」
「ええ、後でねー」
「そんな、ぁぁぁ……」
そう言って、奥の部屋へと母さんを引きずっていくアリス。
青ざめた顔で私に手を伸ばしてくる母さん。
……ごめん、私にはどうにもできそうにないわ。
本当に、私は気に入られなくてよかったと心の底から思う。
そして母さんが抵抗する声は、虚しく奥の部屋へと消えていった。
静寂の中、内側から扉の鍵を閉めた音だけがやけに鮮明に響いていた。
「……な? 面白い奴だろ」
「そうね。 私は多分3日も一緒にいたらストレスで胃が爆発する自信があるわ」
「ははっ、そこは慣れるまでの辛抱だろうさ。 いつも2人きりでいりゃ、その内慣れるぜ」
「2人きり、ねぇ……」
……うん、想像してみたけど私にはどれだけ時間をかけても慣れるビジョンは全く浮かばなかった。
何か本能的に、いろんな意味で紫なんかよりよっぽどヤバい奴な気がするのよね。
よくもまぁ魔理沙はあんなのと一緒に修業なんてできるものだ。
今日は母さんがいたから母さんに矛先が向いてるけど、いつもは魔理沙が相手をしてる訳でしょ?
あんなのと2人きり……そこで、一体何が…
「……別に変なことは何もないからな」
「ま、まだ何も言ってないでしょ!!」
「まだ…?」
「あっ」
魔理沙がジト目でこっちを見てくる。
何か幽々子の一件以来、魔理沙の中で私の株が大暴落してきてるっぽい。
私が子供だましに引っかかる訳がないと信じてくれていた魔理沙の期待を裏切って中二病に染まって帰ってきたこととか、深刻な顔して必殺技の名前みたいなくだらないことで悩んでたこととかがバレたのだ。
まぁ、魔理沙も魔理沙で私がクールな大人だと思って少し一線を引いて距離をとってたらしいので、それ以来少し距離が縮まって話しやすくなったのは結果オーライだったのかもしれないけど。
でも、あんまり私が変なことばかり考えてるのがバレるのは嫌なので、華麗なトークテクニックで会話を逸らすことにしようか。
「そ、それにしても今日はいい天気ね」
「……」
「凄く、いい天気よね」
「……」
「本当に、言葉にできないくらい眩しい太陽が…」
……わかってるもん。
私に、そんなリア充みたいな対応力がないことくらい、本当はわかってるもん。
だって、ろくにクラスメイトとコミュニケーションとったこともないんだもん、しょうがないじゃない!!
「……そうだな。 こんな日はゆっくりと日向ぼっこでもして過ごすのが最高だよな」
「そ、そうよね!」
……ああ、その切り返し、マジで魔理沙イケメンね。
こういうところは私は本気で魔理沙を見習っていかなきゃと思う。
「そんじゃ、せっかくだし寺子屋の校庭にでも行こうぜ」
「え?」
「久々にいいだろ? ま、私は寺子屋は辞めちゃった身だけどさ、先生の厚意で戻れるようにはしてくれてるみたいだし」
魔理沙は、霧雨の家を飛び出すと同時に寺子屋を辞めたらしい。
それでも、私の博麗の巫女就任式前日にクラスメイトの家に次々と突撃して頭を下げ、朝早くから垂れ幕の準備を先導してくれてたとか。
クラスメイトの皆も、私のためってよりも久々に戻ってきた魔理沙にテンションが上がって皆で手伝ってくれたんじゃないかな。
まぁ、魔理沙はその日以来、結局もう寺子屋には来なかったんだけど。
「そういや、霊夢は最近ちゃんと寺子屋に行ってるんだよな」
「まぁ、前よりはね」
「私以外の友達、一人くらいできたのか?」
「当たり前じゃない、一人できたわよ! ……って、あんたは私のお母さんか」
「魔理沙ママと呼んでくれてもいいんだぜ?」
「やかましいわ」
毎日行ってる訳じゃないけど、最近は気が向いたら寺子屋に顔を出したりしてる。
博麗の巫女の立場上、毎日お勉強って訳にもいかないから、別に来るのはたまにでもいいと先生から許しをもらったのだ。
まぁ、でも前までみたいにイヤイヤ行ってる訳じゃない。
流石に私のためにあそこまでしてくれたクラスメイトと、未だに向き合おうとしないのは流石に失礼だと思うからね。
それに、一応上級生ではあるんだけど、いい感じの友達になれた子もいるし。
「んじゃせっかくだし、まずは霊夢のその友達に挨拶がてら誘いに行くかな」
「あー、待って。 言っとくけどあんまり外に出るようなタイプの子じゃないわよ」
「そんなのわかってるって。 どうせ阿求のことだろ?」
「え? どうして…」
「ま、寺子屋にいる子供で私以外に霊夢が認めそうなのなんて、他にいないだろうしな」
うわ出たよ、流石は寺子屋の元ボス猿。
こいつは本当に、行きもしないくせに寺子屋の全員の顔と名前を把握してるのだろうか。
ま、でも知ってるのなら丁度いいか、せっかくだし魔理沙に紹介がてら阿求を誘いに行くのも悪くないわね。
「それじゃ、まず阿求の家に行く?」
「おう、その後のことはそれから考えようか」
という訳で、次の行先は阿求の家である稗田家だ。
何だかんだで私も行ったことはないんだけど、アリスの家に行く時とは違って少し楽しみね。
……そして、この時の私が母さんを忘れて帰ったことなど、言うまでもない。