霊夢と巫女の日常録   作:まこと13

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第3話 : いきなり過ぎてついて行けん

 

 

 

 秘符、『直立睡眠』!!

 

 ……まぁ、一言で言うと、日光が心地よいから立ったままでも気持ち良く寝られそうだしウトウトしてきた、そうだ、寝よう!

 という、全然一言じゃない私の今の心情。

 今はドッヂボールの時間で、私は外野にいる。

 今回は第一投目でとりあえずボールに当たっておいた。

 受け身を取らずに、当たり際に「きゃっ!?」と軽い悲鳴を上げておくのも忘れない。

 あとは、ずっと外野だ。

 周囲からの「やっぱりこの前のはマグレかー」という眼差しが刺さる。

 だけど、あの金髪だけはなぜか不機嫌そうな目で私を睨んでいた。

 

 いや、もう正直そんなことはどうでもいい。

 あんたがどれだけ睨もうと、外野である私にはもう指一本触れられないのだよ。

 私は勝ち誇った顔で再び俯きながら目を閉じた。

 ……だが、現実は非情だ。

 

「んっ」

 

 何かが近づく気配を察知したので、とりあえず半分眠りながら片手でキャッチする。

 ボールが飛んできたようだった。

 それに気付いた私は、ハッとしたように目線を上げる。

 周囲からの怪訝な視線が痛かった。

 

「……今、ボール見てなかったよね」

「どうやったのかな……」

「それに、すごい速かったのに片手でとったよ?」

 

 そんなヒソヒソ声が聞こえてくる。

 もう、しまったとしか言いようがない。

 というか、外野の私に向かって思いっきり投げた奴誰だ、出てこい!!

 確認するまでもない、あの金髪チビだった。

 どうやら今回あいつは味方みたいで、敵の内野の子供と外野の私が一直線上に来るような位置から投げて、わざと外して私に速い球が行くよう仕向けたようだ。

 くそっ、こんな時だけ頭のまわる奴め。

 今の私に残された選択肢は……

 一つ。 今からでも「ぬわー」とか言って吹き飛んで、あたかもボールを放ったあいつ必殺の時間差攻撃だったと言い張る。

 ……アホか私は。 次。

 二つ。 ボールをこのまま落として、「痛いー」とか言いながら泣き出す。

 無理。 痛くもかゆくもないのにそんな都合よく涙とか出せない。 次。

 三つ。 怖くて目を瞑ってたけど、手を伸ばしたら偶然とれちゃったことにする。

 よし、これだ。

 ここまでの思考の所要時間わずか2秒。

 

「あ、やったぁ。 怖かったけど手を伸ばしたらとれたよ!!」

 

 年甲斐もなくはしゃいでみせる私。 いや、そういえば年相応か。

 正直言うと、我ながらあざといなぁと思う。

 何か知らないけど、皆から拍手が漏れていた。

 一時的に目立つのは嫌だけど、多分こんな感じにするのが後々のことまで考えると一番目立たない方法だったと思う。

 私はそのまま別の子供にパスをして、なんとかこの場を凌ぎ切った。

 いやー、多分これはまた授業中に寝てた私への天罰ね。

 先生の頭突きもあと一回くらいなら甘んじて受け入れよう。

 そして、学習した。

 もう体育中には寝ない。

 だってほら、またボールが飛んできたし。

 今度はちゃんと両手でしっかりとキャッチした。

 あとは味方に適当にパスしてけば……

 

「きゃああああああああっ!?」

 

 そこに、悲鳴が響き渡った。

 その子供の目線の先を見ると、校庭の隅に異形の妖怪がいた。

 その妖怪は、明らかに殺気立っているのが遠目からもわかった。

 ……いや、そんな訳ないよね。

 まだ歴史の授業はない学年だけど、私は歴史の勉強は個人的によくしてる方だ。

 昔、何か偉い妖怪が、妖怪は人間の里の人間を襲っちゃいけないって決めてたはずだ。

 だけど、そこに見える妖怪は、荒い息のまま明らかにこっちに殺気を向けているように見えた。

 

「キシャアアアアアアッ!!」

 

 そして、その妖怪は突然奇声を上げながらこちらに突っ込んできた。

 ……何この展開。 いきなりすぎてついて行けん。

 それを見た先生が、とっさに子供たちを守るように立ちふさがった。

 

「――っ!! みんな、私の後ろに隠れろ!!」

「きゃああああああああ」

「いやああああああああ」

「うわああああああああ」

「たすけてええええええ」

 

 うるさい。

 あの妖怪の登場よりも、耳元で響き渡る子供の甲高い悲鳴の方が私には辛かった。

 見た感じあのくらいの妖怪なら私一人でも、まぁ無傷で済むかはわからないけど普通に何とかなりそうだからだ。

 でも、ここは私も一応悲鳴上げとかないと怪しまれるかな?

 いや、足がすくんで動けないってことにしておこう。

 

「聞こえないのか霊夢! 逃げろ!!」

「え?」

 

 そこに、先生の叫ぶ声が聞こえた。

 あ、もう私以外みんな先生の後ろに逃げてるじゃーん。

 ってかこの妖怪私の方に向かってきてるよ。

 どうしようかなー、迷っちゃうなー。

 今からでも逃げるか。 それとも戦うか。 さあ……どっちッ!?

 

「ちィッ!!」

 

 とかアホなことを考えてる間に、舌打ちしながら私を抱きかかえようとした奴がいた。

 まーたこいつか、霧雨魔理沙。

 ってよりもあんたのせいで前が見えないんだけど。

 

「魔理沙ちゃん霊夢ちゃん、危ない!!」

「シェアッ!!」

「このっ、子供たちに……手を出すなッ!!」

「グギャッ」

 

 名前もわからないような女の子が声を上げていた気がする。

 けど次の瞬間、先生が瞬時に距離を詰めるとともに、妖怪は関節をきめられて地面に叩き付けられる。

 それだけで、妖怪は沈黙した。

 わかってはいたことだけど、あっけなかった。

 

「……すっごーい!!」

「先生カッコいいーっ!!」

「ははは、まだ危ないから近づくなよー」

 

 先生に向かって子供たちが黄色い声を上げていた。

 今回ばかりは、私もそれに混じってもいいと思うくらいには同じ気持ちだった。

 いやー、やっぱり先生は凄いなぁ。

 相手が低級妖怪だとはいえ、私にはまだあそこまで鮮やかに打ち伏せることはできない。

 そこは、素直に感心しておく。

 っていうか、こいつそろそろ放してくれないかな。

 もうあの妖怪も…

 

「――っ!?」

「魔理沙、霊夢!!」

 

 こいつが私を放す前に、私のいる方に何かが迫っていた。

 少し濁った色の光を放つ、何か。

 私はそれが何かを知っている。

 妖力や霊力でできた魔弾だ。

 母さんが私に飛ばすものとは違って、これは明確な殺傷能力を持った凶器だった。

 多分あの妖怪が打ち伏される前に飛ばしていたものだろう。

 っていうか、さっきからなんで私よ。

 何か私に恨みでもあんのかあの妖怪は。

 心当たりといえば……昔やさぐれてた頃にその辺の適当な妖怪をボコボコにしてたこともある気もするけど、あの妖怪は関係ないと信じたい。

 どうしようかな、本当に。

 あの妖怪を押さえつけてる先生は動けなそうだし。

 

「伏せろ、れいむっ!!」

 

 それに気づいたこの金髪は、あろうことかそう言って私を突き飛ばして仁王立ちし始めたし。

 いや、それでどうするつもりよ。

 低級妖怪の魔弾とはいえ、子供がまともに当たれば死ぬわよ。

 ってよりも、そのやり方じゃあんたが木っ端微塵になった後、私まで巻き込まれるのよ。

 こいつの足は震えてるし、何か特別な力を持ってるようにも見えない。

 それなのに、こいつはただ私の前に立ちふさがってるから、

 

「あーもう、邪魔っ!!」

「えっ?」

 

 私はとりあえずそいつを蹴り飛ばして、偶然手に持っていたボールに申し訳程度の霊力を纏わせて、魔弾に向かって投げつけた。

 ……本当に申し訳程度だったのよ?

 何かすっごいことしてやろうとか思ってはいなかったのよ?

 自分の才能が怖いわー。

 

「―――――ッッ―――――――!?」

 

 もう、そもそも魔弾なんてあったの? って感じだった。

 私の放ったボールは真っ直ぐに大気を切り裂き、その魔弾ごと前にあるものを全て消し去って空の彼方へと消えてった。

 妖怪の魔弾ではなく、私が投げたボールの余波で校庭はメチャクチャになってた。

 何かもうみんな、地に伏している妖怪ですら呆然としていた。

 目の前のこいつなんて、漏らしてた。

 そして、正直に言うと私も本当に怖かった。

 

「なんで……?」

 

 今まで妖怪とケンカしてきた時は、一度もこんなことにはならなかった。

 私の霊力なんて、そんなに危ないものじゃないと思ってたのに。

 もし運が悪ければ、こいつを……殺していたかもしれない。

 しばらくの間そんな恐怖に支配されながら、体の力が抜けた私の意識はゆっくりと沈んでいった。

 

 

 


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