霊夢と巫女の日常録   作:まこと13

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第29話 : 新たな決意

 

 

 

 柄にもなく、私は緊張していた。

 次に何を言うべきかも、全然思いつかない。

 恋をしている人とかって、こんな気持ちなのかなと少し考えたりもした。

 ……いや、別にそういう感情じゃないんだけどね。 ただの例えよ例え。

 とりあえず、私は沈黙を破るべく恐る恐る尋ねた。

 

「邪悪な気って、どうしてそれを…」

「『共鳴』するのよ、私の右目に封じられた邪神の力と」

 

 えっ!? 閻魔様は私の中の力が3つに分けられたものの一つと言ってたけど、まさかこの人がその内のもう一つを?

 ってことは、その右目の眼帯は力を封じるための……?

 しかもそれが『共鳴』するとか、一体どういうこと!?

 ヤバい、いろいろ思考が入り混じってきた、まさかこんなところで関係者に出会えるなんて思ってもみなかったわ。

 K点越えのカッコ良さに加えて、私と同じ力の持ち主……かつてないほど興奮してるわ私。

 

「あのっ、だったら教えてください! 私の中にあるこれは一体…」

「ダメよ。 それは軽々しく触れるべきでない禁忌なのだから」

「え?」

「深く知ってしまえば、貴方はもう二度と日常に戻れなくなるわ」

 

 えっ、そんなこと聞いてない!

 知るだけでダメとか、そんな途方もないものだったなんて。

 それなら…

 

「……だったら、せめて教えてください。 貴方の名前は…」

「それも、無理な相談ね。 私のことを知れば、貴方はきっと…」

「お願いします!」

 

 少しだけ、目を見開いて驚かれたように見えた。

 でも、構わない。

 今はどんなにカッコ悪いと思われてもいい。

 私は土下座するような体勢で、頭を下げた。

 

「……そう。 或いは、貴方が『運命の子』なのかしらね」

「え?」

「西行寺幽々子。 それが、私がこの世界に存在するための仮初めの名よ」

 

 西行寺、幽々子?

 でも、仮初めの名で存在ってどういうこと…?

 そう思って顔を上げると、この人はもう私に背を向けていた。

 

「待ってください、どこに…」

「でも、せっかくの心躍る出会いなのに、ここでお別れみたいね」

「え?」

「私と貴方の力は惹かれ合い、世界に禍を引き起こす。 だからこそ私は今日まで、誰とも触れ合わずに孤独に身を捧げてきた」

 

 え……何よ、それ。

 じゃあ、本当は私もそうした方がいいってこと?

 本当は母さんたちと離れて、一人で暮らすべきってこと…?

 そんなのって……

 

「でも、貴方が現れたということは、これで永きに渡って私に与えられた『天命』も終わりね」

「天命? それって、一体…」

「運命の子が現れたというのならば、これは恐らく私が背負うべき業。 まだ覚醒前とはいえ、貴方はいずれこの世界の因果を打ち破る力を秘めているのでしょうから」

「世界の、因果を?」

「ええ。 だから、貴方は前に進まなければならない。 そのためにも、貴方には私の力の全てを託すわ。 幾千にも渡る邪を封じる力を込めた、この眼帯を」

 

 そして、その目に付けていた眼帯を外すと……って、え!? 

 どうして、あり得ない……ちょっと待ってよ!

 何か生命力というか存在的なものがどんどん希薄になって、もうほとんど感じられなくなってるんだけど……

 

「待ってください、一体これは…」

「私はあまりに深く『染まり』過ぎた。 仮初めの名で、仮初めの身体に、仮初めの命……私はもう、日常には戻れないの。 だけど、貴方は違う。 私の代わりに幸福を追求する資格と、そして義務があるわ」

「そんな……じゃあ、貴方は!!」

 

 私にはもう、その存在を微かにしか感じられなかった。

 その身体は空に溶けてしまいそうなほど、儚く散ろうとしていた。

 それでも、私に向かってただ優しく微笑んで、

 

「泣かないで霊夢、私はいいの。 ただ隠居場所が冥府の狭間になるだけの話だから。 この世界も長く愛着のある場所だったから少しばかり名残惜しいけど……でも、貴方がその限りある生を謳歌してくれることこそが、私への何よりの餞よ」

「西行寺、様……」

「最期くらいは……いいえ、これからはそんな他人行儀なのはやめて。 きっと私の魂は、貴方の中で共に生き続けるのだから」

「っ!! ……はい、幽々子様!!」

 

 そして、幽々子様は最後に私を抱きしめて、

 

「ありがとうね、霊夢。 せめて貴方の進む道に、永久なる幸のあらんことを」

 

 全てを包み込むような微笑みとともに、ふわっといい匂いがした。

 幽々子様の身体は、既に冷たくなっていたけど。

 それでも、自然と心は温かかった。

 幽々子様の最後の温もりだけは感じられた。

 だから、私は幽々子様がここにいた証をこの身に刻み込むように、ゆっくりと目を閉じて……

 

 ……気付くと、そこにもう幽々子様の姿はなかった。

 青白く光る蝶の群れが視界いっぱいに弾けて、静かに天に昇っていくのだけが見えた。

 ただ、私の手の平に眼帯が一つだけ遺されたまま。

 それでも、微かな温もりだけは感じられた。

 まるで幽々子様が、私の中でいつまでも見守っているよと囁いてくれているかのように。

 

「っ……帰ろう、博麗神社に」

 

 耐え切れずに溢れていた涙を拭って、私は前を向いた。

 

 私は、今までなんてくだらないことで悩んでいたのだろう。

 この世には、こんなにも気高く生き抜いた人がいたというのに。

 なのに、自分だけの必殺技が欲しいだなんて、私は何てちっぽけな人間だったのだろう。

 もう迷いなんてない。

 私も強く、前を向いて生きよう。

 いつか幽々子様の名に恥じないような立派な巫女になって、冥府の門で再び出会えるその日まで―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 という話を胸に意気揚々と眼帯をして神社に帰ったら母さんと紫と橙に大爆笑され、藍にまで吹き出すように笑われ、魔理沙は完全に苦笑いだった。

 こいつら揃いも揃って幽々子様を侮辱するなんて許せない!とか最初は思ったけど、実は幽々子は紫の友人でただの中二病の亡霊らしい。

 あの時の何もかもが幽々子の妄想で、最高位の亡霊なので生命の気配を人間並みにすることも死んでるように希薄にする芸当もできて、この眼帯すらも何の意味もないただの布きれなのだという。

 実際、紫が能力を使って見に行ったら、既に幽々子は白玉楼という自分の家に帰っており、今はおやつタイムに入っているという。

 つまり、私は完全に騙されていたのだ。

 「あの時の涙を返せー!!」と叫びながら、私は眼帯を投げ捨てた。

 

 あの悪霊、次会ったらマジで殺すわ。

 

 

 

 


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