今回の話は魔理沙回です
第27話 : 霊夢の家族と辻斬りと
ふぅーっ、最近楽しくてしょうがないぜ。
何か、毎日がエブリデェイって感じだ。
私、霧雨魔理沙は最近よく博麗神社にお邪魔して、霊夢の修業に付き合っている。
アリスにいろいろ魔法の教えを乞うのもためになるけど、常に新鮮さも取り入れてくのが人生を彩るスパイスになるのだ。
「くっそー、やっぱ先生は強えーぜ」
「いや、むしろ私はその歳でこのレベルまで来た魔理沙の方が異常だと思うぞ」
今日は博麗神社に先生も来てたので、せっかくなので私は先生と手合せをお願いした。
霊夢のおふくろさんの妹紅と先生は仲がいいらしく、暇を見つけてはけっこう会いに行ったり来たりするらしい。
そんな先生と一緒にやってみたのは、霊夢の博麗の巫女就任式で紹介してた『スペルカードルール』ってのの勝負だ。
魔法を弾幕として美しく撃って当てれば勝ち、相手の弾幕に当たれば敗け。 ただそれだけのルール。
まぁ、だから基本的には魔法をぶっぱするだけの私にとっては、やることは今までとほとんど変わらないんだけどな。
そして先生が強いの何のって、まだ私じゃ歯が立たずボロ負けだった。
流石は人里の守護神とか言われてるだけあるよな。
まぁ、最初からそうではなかったらしいけど。
何でも、まだ人間の里に馴染んでなかった頃の妹紅をサポートするために、人里で何かある度に真っ先に先生が駆けつけて何でもかんでも一人で解決するもんだから、次第に皆から「もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな」とか言われるようになったという。
実際、授業中に突然寺子屋を飛び出して行くことも多かったし、つまりはそういうことなのだろう。
それ以来、人里に来た悪い妖怪たちを、博麗の巫女である妹紅を差し置いて千切っては投げ、千切っては投げ……とかしてる内に、強くなっちゃったらしい。
最近まで博麗の巫女の存在感が薄かったことの一因は、先生にあると言っても過言ではない。
「スペルカード宣言、鬼神『飛翔毘沙門天』!!」
そして、一息ついて休憩がてら境内に腰を落ち着けてちょっと右を向くと、妖怪が2人勝負していた。
その片方は、回転しながら周囲に弾幕を散らしていく、霊夢の妹みたいなものだという二尾の化け猫の橙。
二尾と侮るなかれ、アリスの無茶振りで何度か妖獣と交戦したことのある私だけど、橙の強さはその辺の妖獣とは比較にならない。
初めて博麗神社で霊夢の修業に付き合った日にボコボコにされたことは一生忘れない。
ま、それでもいずれ追いつくビジョンは何となく見えてるけどな!
問題は、もう一人だ。
「式神『憑依荼吉尼天』」
……うわぁ、改めて見ると本当に九尾なんだもんな。
橙のお手本になるよう、同種の技を加減して使ってるからこそ見てられるけど、その気になったら一人で簡単に人里くらい落とせる最強の妖獣である藍。
流石の先生も、こんなのが人里に攻め入ってきたら本当になす術もなくやられてしまうだろう。
私は昔、博麗神社にこっそり忍び込んだこともあってあらかじめ知ってたからよかったけど、人里で藍を初めて見た人たちの青ざめた顔は今でも忘れられない。
だけど、何でそんなのがいても大丈夫かと言うと、九尾の妖狐すらもここじゃ前座に過ぎないからだ。
「『徐福時空』!」
ドーンって感じの音がしたので左を見ると、マジで辺り一面を焼け野原にしてしまいそうな大戦争が起きている。
いや、結界の中で行われているただの弾幕ごっこだとわかってはいるんだけどさ。
スペルカードルールって、もっと安全で安心して見ていられるものじゃないのかよって感じだ。
どこから出してんだってくらいの大量のお札を虚空に放つ、密かに一部からは歴代最強の博麗の巫女という呼び声も高かったらしい妹紅。
「ふふっ、スペルカード・ブレイクね。 じゃあ行くわよ、結界――『光と闇の網目』――」
そして、相手の目を眩ますような陽と陰の力を無尽蔵に空間の狭間から放っていく、あの風見幽香と双璧を成す最強の妖怪であり妖怪の賢者と呼ばれた紫。
いやー、相変わらず凄まじいな。
なるほど家族が皆こんなだったら霊夢も強くなって当然だ、ずるいぜ。
そして、その霊夢当人はと言えば……
「……」
神社の境内にボーっと座ってるんだが……正直、最近霊夢の視線が怖い。
何が怖いって、誰かが勝負していると、凄く不機嫌そうな顔で物思いにふけってるからだ。
「……魔理沙? 霊夢と何かあったのか?」
「ああ、何となく気持ちはわかるけど、私は何もしてないぜ?」
あ、やっぱり先生もそう思うのか。
私が勝負してる時も、何か最近霊夢がジロジロ見てくるから、気になってしょうがないんだよな。
しょうがない、ここは魔理沙さんが一肌脱いでやるぜ。
「おーい、霊夢。 最近暗いぞー、どうしたんだ」
「……」
「霊夢ー?」
「……あ、ああ、何でもないわ」
いや、何でもないって顔じゃないだろそれは。
何か悩んでますーって、顔に書いてあるじゃんかよ。
「あー、ごめん魔理沙、先生。 しばらく出かけてくるって母さんたちに伝えといて」
「どこ行くんだ?」
「散歩」
「お、なら私も…」
「ごめん。 ちょっとね、一人になりたいの」
そう言って、霊夢はふわふわと飛んで行ってしまった。
相変わらずの自由人だな、あいつは。
まぁ、霊夢はきっと今も、私の想像もつかないような深刻な問題をいろいろと検算しているのだろう。
霊夢はけっこう大人びた部分があるから、そういうのも自分一人で抱えて解決しちゃうタイプなんだろうけど。
史上最年少の博麗の巫女なんて大役に平然と就ける時点で、あいつはいろいろと別格なのだ。
「ふぅ、疲れたわー」
「くっそ、やっぱ思い通りにいかないもんだな。 これで4勝5敗8引き分けと」
「ふっふーん、弾幕戦はこれで私の勝ち越しみたいね」
で、弾幕ごっこを終えて戻ってきた紫と妹紅。
今日は紫の勝ちだったみたいで、いつも負けた方があの大戦争の後処理をしてるという。
戦績を聞いた感じ、紫と妹紅のスペルカード戦の実力は割と拮抗してるっぽいな。
その日その日で結果が変わる、まさにライバルと呼ぶに相応しい相手。
私も、早く霊夢とそう呼び合えるくらい強くならないとな。
「という訳で後片付けよろしくー……ってあれ、霊夢は?」
「タッチの差だったな。 さっき散歩に行くって飛んでっちまったぜ」
「えー。 じゃあ魔理沙、ちょっと私と人里にお買い物に行かない?」
「お買いもの?」
「ええ。 和菓子のおいしい店があるんだけどね、あそこのおばちゃんは子供を連れてくとサービスしてくれるのよ」
なるほど、私は和菓子の引換券扱いって訳か。
こいつも戦ってる時はヤバいけど、普段は賢者とか呼ぶにはその言葉が勿体無いくらいのおちゃらけ野郎らしいんだよな。
「いいぜ、行こうか」
ま、でも最近は人里を散歩する機会も減ってきたし、ちょうどいい機会かな。
紫と2人で話したことは何だかんだであまりないので、交流を深めるにはもってこいだ。
霊夢のことも、いろいろ相談してみたいしな。
◇
和菓子屋のおばあちゃんから買った2つの大福の内、サービスしてもらえた特大サイズの方を当然のように店前のベンチで頬張っている紫。
「お前にあげたんじゃねーよ」という、おばあちゃんの目が少し怖い。
でもまぁ、こいつがこんな子供みたいなことをしてるせいで、妖怪の賢者も案外怖くない相手だと思われて少しずつ受け入れられ始めたのもまた事実だ。
霊夢は妖怪と人間が共存できる幻想郷にしたいとか言ってたから、ちょうどいいのだろう。
霊夢は紫の行動に不平を言うけど、案外この紫のキャラは霊夢のために狙ってやってるのかもな。
「……それで? 悩みでもあるの、魔理沙?」
「へあ?」
「何となく思い悩んでるように見えてね。 勘違いだったらごめんなさいね」
やっぱ鋭いな。 伊達に妖怪の賢者とか呼ばれてない訳だ。
「いやー、私の悩みってより、霊夢のことなんだけどさ」
「……ああ、霊夢のことね、私も少し気にはなっていたのよ。 博麗の巫女の重圧に耐えれないって訳じゃないだろうけど」
そうなんだよな、なんだかんだで霊夢はあの就任式の後一カ月くらい、全然いつも通りだったしな。
むしろ楽しそうにすら見えたんだけど、3日前くらいからか、こうなったのは。
「でもま、霊夢のことだし大丈夫でしょ」
「心配じゃないのか?」
「霊夢だしね。 案外、本当に子供みたいなくだらないことで悩んでるんじゃないかしら。 あ、おばちゃん他に何かお勧めのないー?」
そう言って、早々に大福をたいらげた紫は和菓子屋の中に一人で突入していった。
霊夢に限ってくだらない悩みってことは絶対ないだろう。
でも、やっぱ少し気になるんだよな。
どうしようか、紫も心当たりがないとなると、次は妹紅あたりに聞いてみるかな。
橙じゃ多分わからないだろうし、藍はまだ世間話を振るには少し敷居が高いし。
「……お?」
と、物思いに耽りながらベンチで足をぶらぶらさせてたら、向こうから一風変わった感じの恰好をした奴が近づいてきた。
おっと、お前が変わった恰好とか言うなというツッコミは禁止だぜ?
まぁ、別に服装のセンスが変な訳じゃなくて、この辺りの雰囲気にはそぐわないって言った方がいいか。
背負ってる2本の刀が、人里じゃあまりにも目立ちすぎるんだよな。
「あのさ、お嬢ちゃん。 ちょっと聞きたいことがあるんだけど、今いいかな」
そして絡まれる私。
歳は私より4,5歳くらい上かな。
銀髪のショートカットで、顔つきはまだ少し幼さも残る感じだけど、背筋と目に芯が通った綺麗な姿勢だ。
一目で只者ではないことはわかるけど、さっきまで隣に紫が座っていた私にとっては、別にそこまで驚くこともないかな。
「いいぜ。 どうしたんだ」
「ちょっと人を探しててね。 結構目立つ格好をしてるんだけどさ、水色っぽい着物を着てぐるぐる巻きの模様のついた帽子をかぶってて…」
ふむ、そんな目立つ格好の奴がいたら絶対気付くよな……と、考えたところで言葉が止まった。
口をあんぐりと開いて硬直しているそいつの視線の先には、紫の姿。
あ、やっぱり妖怪は怖いのかな。
だけど、そいつじゃなくむしろお団子を頬張っていた紫の顔の方が、一瞬で青ざめていた。
そして、私の隣で一陣の風が吹いて…
「……や。 妖夢、久しぶり」
「天誅っ!!」
「ひゃっ!?」
店が、二つになった。
……いや、実際そう表現するしかないぜ、これは。
妖夢とか呼ばれてたそいつが背中の刀を縦に一閃すると、扉がとかじゃなく壁を超えて天井までスパッと斬られていた。
信じられないことに、なぜか刀が当たっていない部分まで切れているのだ。
紫の能力のおかげで天井の途中までで止められてたけど、紫が止めなければ本当にこの店は桃太郎でも飛び出すんじゃないかってくらい綺麗に真っ二つに割れていただろう。
腰を抜かして「ひいいぃぃぃぃ」とか言ってる可哀そうなおばあちゃんをよそに、紫は引き攣った顔をしながらそいつをなだめていた。
「この悪霊が、よくも私の前にぬけぬけと顔を出せたものだな」
「いやね妖夢、私は妖怪よ? 悪霊って言うのならむしろ…」
「滅びろ!!」
そして、そいつが縦横無尽に刀を振り回すと、もう店の中は目も当てられなくなった。
鉄製の棚からやわらかい和菓子まで全て綺麗に細切れになり、元が何だったのかわからなくなって混ぜ合わされている。
ヤベーなこいつ、私も一応人間の槍術や剣術の達人に稽古つけてもらったこともあるけど、そんなの子供のお遊戯に見えるような神業じゃねーか。
まぁ、多分こいつもきっと人間じゃなくて何百年も生きてきた妖怪とかなんだろうな。
紫も紫で必死だし、こいつも何か我を忘れてるっぽい。
でも早く止めないと、乾いた笑い声を上げているおばあちゃんの心臓がそろそろヤバい。
「ちょ、ちょっと待てよ、いきなりどうしたんだよ!?」
「五月蠅い! こいつは殺さなきゃダメなんだ、こいつは…!!」
「待ってよ妖夢、いくらなんでもそんな物騒な…」
「っ――!? 忘れたとは言わせないぞ、お前が…お前のせいで、幽々子様は――――!!」
その名を口にすると同時に、こいつの目元から溢れた雫と、その手に構えた刀が光って見えた。
あ、これは流石にマズい。
店が真っ二つどころの話じゃない、多分4,5軒先の家で寝てる奴まで気付いたら天国行きになりかねないレベルのエネルギーを感じる。
だから、私はとっさにミニ八卦炉という魔法具を構えて……
「もう、落ち着きなさい!!」
「がふっ!?」
同時に紫の手刀がその首筋を打ち抜き、そいつが倒れた先に隙間を開いて飲み込んでいった。
……ふぅー、危なかったぜ。 流石、紫の能力は便利だな。
気絶はしてるけど、おばあちゃんの心臓もギリギリ無事だったみたいだし、死傷者は出ずに済んだみたいだ。
「おい紫、今のは一体なんだったんだ?」
「ああ、ちょっとね。 古い友人よ」
「友人って雰囲気じゃなかったぞ、それに幽々子様って……」
何だかよくわからないけど、あの妖夢って奴は本当に紫に憎しみでも持ってるかのような涙を流していた。
あの目は、恐らくは復讐の目。 大切な人を奪われたような、そういう強い感情だと思う。
「……幽々子はね。 しばらく前まで私の親友、だった子よ」
だった、という過去形。
つまり、その幽々子って奴はもういないのか。
ってかさっきのを見た感じじゃ、むしろ紫がそいつを……
「でも今は、個人的に幽々子のことはあんまり親友って紹介したくはないのよねぇ。 まぁ、確かに私が悪いっちゃ悪いのかもしれないけど」
だけど、紫はあんまり深刻そうな雰囲気ではなかった。
死別したとかより、むしろ喧嘩しちゃったとか、そういう感じのノリなのかな。
「あ、でも妖夢が人里で幽々子を探してるってことは……なるほど、少し面白いことになりそうね」
「おいおい、勝手に一人で完結すんなよ! 一体そいつは何者なんだ?」
「……まぁ、簡単に言うと、幽々子は私が外の世界から持ち帰った難病に感染しちゃった危ない奴なのよ。 魔理沙くらいになれば問題ないとは思うけど、今の霊夢なんか特に危ないかもね」
はあ!? 外の世界の難病に感染って、だったら何でそんなに楽しそうなんだよ!
ってか、そんなのが霊夢に感染したら本当に一大事だぞ!?
そう思っていたら……
「ねぇ魔理沙。 聞いたことあるかは知らないけど――」
紫は、その病気について詳しく教えてくれた。
心が発展途上の子供が特に感染しやすいという、とある精神病の恐怖を。