すみません、だいぶ投稿が遅くなりました。
何か調子に乗ってこの章が終わる分まで書き溜めてしまったので、割とペースは上げて投稿していけると思います。
この話を最後に、しばらくの間シリアスパートから離れます。
私の自己紹介とともに、ヒューヒューって感じの声が響いた。
どうやら魔理沙が子供たちを先導してやってるみたい。 おっさんかあいつは。
でも、少し冷静に周りを見回す余裕ができたおかげで、わかったことがある。
微笑ましい感じで私を見守ってる人もいることはいるみたいだけど、真剣に、そして少し不安そうな目で私を見てる人が多そうだということだ。
まぁ、まだ10歳くらいの子供が幻想郷を代表する博麗の巫女になるなんて言われたら、誰だって不安になるだろうからね。
こんな子供が妖怪と戦えるのかと、これを機に妖怪が攻め入ってくるのではないかと不安になっているのかもしれない。
正直言うと、私だってまだ実感が湧かない。
確かにその辺の妖怪が相手ならほとんどは何とかなるけど、大妖怪が相手じゃ今の私ではまだとても太刀打ちできないことは風見幽香の一件で証明済みだ。
だけど、博麗の巫女としてまだ未熟な私だからこそ、できることもあると思う。
妖怪を退治するのが博麗の巫女だとか、博麗大結界を維持するのが博麗の巫女だとか。
そんな、今まで通りの古いしがらみに囚われる必要なんて、ないのだ。
だから、用意ができていないと言いつつも、何だかんだで最初から私のしたいことは決まっていた。
「馬鹿な友人のおかげで何とか話せてますが、私は母さんと……先代の巫女と同じであまりこういうのが得意ではありません。 なので、会場を白けさせる二の舞を踏まないよう、今の私たちの簡単な紹介だけしたいと思います」
私はとりあえず、舞台裏に隠れていた橙と藍を手招きして舞台上に呼び出す。
流石に、ざわついていた。
紫はまだ完全な人型だからよかったけど、橙と……特に藍の尻尾はあまりに目立ちすぎるからね。
「えっと、いろいろ言いたいこともあるとは思いますが、これが今の博麗神社の……ウチの家族です」
顔が引きつっている人もいた。
そりゃそうだろう。 九尾なんてのは、人間からしたら恐怖の象徴だ。
藍がその気になれば、ここに集まってるたかだか千人足らずの人間なんて、ものの数分もあれば全滅させられるのだ。
でも、私はその藍の頭を、わかりやすく力ずくで下げる。
「怖いのも無理はないと思います、私も最初はむっちゃ怖かったので。 ってよりも隣にいる紫なんて今でも暴力の権化みたいな奴で、私のこのケガもこいつにつけられたものです」
紫の笑顔が怖い。
後で屋上来い、みたいな雰囲気がプンプン出てるけど、今は無視する。
「それでも、皆さんが思ってるような、人間を襲う恐ろしい妖怪なんかじゃないんです。 負けず嫌いで元気な、化け猫の橙。 ぶっきらぼうでも実は優しい、九尾の藍。 傍若無人で、だけど本当はこの幻想郷のことを誰よりも深く想ってる、妖怪の賢者と呼ばれた紫。 そして、いろいろ不器用な先代巫女である私の母さんと、私。 この5人が、まぁ、仲良く暮らしてる。 それが今の博麗神社です」
今までの歴史では、それは博麗神社の在り方としては間違っている。
そもそも、博麗の巫女は妖怪退治を専門とする、幻想郷の守護者なのだ。
それが妖怪と仲良く暮らしているだなんて、博麗神社の存在意義を疑われても仕方がない。
だけど、それでも……
「私はまだ先代の巫女みたいに一人で大妖怪を退治できるほど、一人で何でもできるほど強くはありません。 でも、そんな私だからこそ、妖怪とでも、種族を超えて誰とでも共存していける新しい幻想郷の形も見つけていけると思うんです」
妖怪と人間の共存。
妖怪は人間を脅かし、人間は妖怪を恐れることで、互いの存在意義を確固たるものにしていく。
そして、過度に脅威を振りかざす妖怪を排除するためのシステムとしての存在が、今までの博麗の巫女のあり方なのだ。
だけど、正直言うと私はそんなのは嫌だ。
私のただのわがままなのかもしれないけど、私は博麗の巫女になってからもしがらみに囚われることなく、母さんや紫たちと会ってからの繋がりというものを大事にしていきたい。
母さんと普通の親子みたいに人間の里を歩きたいし、私の妹ですとか言って橙を友達に紹介したいし、甘味屋で藍と団子でも食べながらのんびり過ごしたいし、いつか来る日の私の寺子屋の卒業式とかだって隙間からじゃなくて母さんの隣で堂々と紫に見てほしい。
悪い妖怪を退治するためじゃなくて、人間と妖怪とがもっとうまく共存できる架け橋になれるような博麗の巫女になりたいのだ。
「人間を食べようとする恐ろしい妖怪が今でも多数いることは否定しませんから、皆さんに私の考えを押し付けるつもりはありません。 もし悪いことをしようとする妖怪がいたら、私が今まで通り博麗の巫女としてきっちり退治していきます。 でも、中にはうまく共存していける妖怪もいると思うんです。 なので、これからは皆さんもただ怖がるだけじゃなくて、もっと何というか、こう…」
「長ああああああああいっ!!」
「お前もかああああああっ!!」
「ぶっ!?」
と、言いかけたところで意識が遠のいた。
何か結構真面目な話してたはずなのに、多分紫の蹴りと先生の頭突きに挟み撃ちにされたんだと思う。
母さんの時と比べて手加減はしてくれてると思うんだけど、流石に死ぬかと思った。
「……って、何すんのよ!?」
「いや、どうしてお前たちはそんなとこだけ似るんだそんなとこだけ!!」
「そうよそうよ! せっかく魔理沙たちが盛り上げくれたのに台無しじゃない!」
かなり頭がボーっとしてるけど、それでも私は少し苛ついていた。
何なのよさっきから、盛り上げる盛り上げるって。
今はそういう話じゃないでしょ、私はもっと真面目な話をして……
「ああもう、だいぶ会場ポカーンとなってるじゃない。 せっかくの『スペルカードルール』のお披露目会だってのに」
「へ?」
……スペルカードルール?
何か知らない単語がいきなり出てきたんだけど。
それにお披露目会って何? 私の博麗の巫女就任式とかじゃないの?
「何それ、私そんなの聞いてないけど」
「だって言ってないもの、霊夢には」
「……流石にぶっとばすわよ」
「ま、まぁ見ればわかるわ」
私に睨まれて、流石の紫も少し焦っていた。
そして私の手から拡声器を奪うと、そのまま集まった人たち向けて手を振りながら、言った。
「はい、じゃあ皆さーん。 という訳で堅苦しい博麗の巫女の就任式はこれにて閉幕、そして今から見せるのがこれからの新しい幻想郷の人間と妖怪の決闘の形、『スペルカードルール』でーす」
紫がアイコンタクトを送ると、いつの間にか目を覚ましていた母さんが上空に飛び上がった。
それを聞いた会場の人たちは、私以上に訳が分からないと言わんばかりの,そして不安が隠せないような顔をしている。
新しい決闘の形と、紫は言った。
今まで人間の里では妖怪に人間が立ち向かうこと自体が無謀とされてきたので、多くの人は戦うことを考えたことすらないはず。
そんなことを簡単に言われてもいまいちピンとこないだろう。
「ルールは至ってシンプル。 今までみたいにただ力の「強い」妖怪が勝つのではなく、ただ「美しい」方が勝つ勝負。 ……ま、とりあえず見ればわかると思うので、実際に私と妹紅で勝負してみましょう。 もこーう、準備いいー?」
上から「どんとこーい」という声が響くとともに、紫は母さんと同じく上空に飛び上がる。
そして、紫は懐から一枚のカードを取り出して、それを虚空に投げつけるとともに宣言した。
「いくわよ。 スペルカード宣言、境符『四重結界』!」
同時に、空に浮かんだ母さんを取り囲むように幾重にも結界が重なり合った。
そこから、無数の光の弾が放たれていく。
その光景は……言葉にできないくらい、綺麗だった。
今までの妖怪との戦いなんてものは、思わず目を背けてたくなってしまうような凄惨なものだったはずなのに。
今までずっと、そう思い続けてきたはずなのに。
なのに、色とりどりに弾けていく弾幕の花火に、皆いつの間にか目を奪われていた。
その結界の中を華麗に空を飛び回って避けていく母さんの姿は、人々の視線を釘づけにしていく。
でも、そんな中で私だけはその光景にどこか見覚えがあった。
っていうか間違いない、これは……
「……これ、私と母さんがやってる『いつもの』ヤツじゃない」
「うん。 それを改良して、完全なごっこ遊びにしたものが、スペルカードルールだね」
勝負してる紫と母さんの代わりに、橙が答えてくれた。
何それ知らない。
紫も母さんも、そして橙も知ってるということは、きっと藍も知ってるのだろう。
いつの間にそんなことを考えてたんだこいつらは。
そんな風に思ってたら先生が私に、
「これはな。 人間と妖怪が仲良くケンカできるための、幻想郷の新しいルールらしいな」
「え?」
「ま、こんなに早いとは思ってなかったみたいだが、いつか霊夢が成長して博麗の巫女になる日が来るだろうと、けっこう前から準備はされてたみたいでな。 妹紅は言わずもがな、紫も紫で霊夢のことをちゃんと考えてたみたいだぞ」
……何よ、それ。
妖怪と人間が、仲良くケンカできるように。
つまりは多分、私が博麗の巫女になっても、妖怪と仲良くケンカできるように。
母さんとの喧嘩のためだけだった我が家のルールが、こんなに広く伝えられようとしているってこと?
私がやり慣れたルールで、安心して妖怪たちに立ち向かえるように。
私の知らない間に、私なんかのために、ずっと……
そう思ったらもう、胸がいっぱいで他に何も考えられなかった。
「……そっか」
そこにもう、言葉は必要なかった。
その弾幕を放つ紫と、それを避ける母さんは確かに笑っていた。
妖怪である紫の放つ綺麗な弾幕と、それをあまりに美しく避けていく人間の母さんの姿からは、粗暴な争いの空気は感じられない。
それは細かいルールなんてわからなくても、ただただ見る者を魅了していた。
誰もが紫と母さんの織り成す「遊び」に見入り、やがて来るその勝負の終焉とともに息をのむ。
そして、煙の中から紫の弾幕を全て避けきった母さんがガッツポーズを決めながら地上に降りてくると、自然と拍手が波となって歓声となった。
最上級の妖怪にたった今人間が勝利した新たなルールは、きっとこれからの幻想郷の在り方を変えていくのだろう、そんな確信が持てた。
「……もう。 本当、敵わないわよね」
「そうだな。 だが、それが親ってもんだ」
「うん」
こんなルールが一体どれだけの妖怪に受け入れてもらえるのか、どれだけ時間がかかるのかも全くわからない。
今だって、聞こえてきた拍手も歓声もまばらなものだし、歓声に混じって否定的な言葉もちらほらと聞こえてくる。
実際、こんな遊びで妖怪が止まるものかと、紫の言うことが信じられない人もたくさんいるのだろう。
ましてや、人間ですら簡単に受け入れられないルールを、これから妖怪たちに、いろんな種族に浸透させていくだなんて、ただの夢物語と一笑されても仕方のないことだとは思う。
だけど、それでも私は何も心配してはいない。
こうやって人間も妖怪も対等に喧嘩して、誰もがその後に笑顔で仲直りできる日がいつか来るのだろうと、なぜかそう思える。
母さんが、紫が、藍が、橙が、こんなにも頑張ってくれたのだから。
だから、私は私でその気持ちに応えなきゃいけない。
これからは、私が頑張らなきゃいけない。
私なんかにこんな最高の始まりをくれた母さんたちに恥じないような、最高の博麗の巫女になってやるんだから!!
「ほら。 行って来い、霊夢」
「うん!」
だから、先生に言われて私は走り出す。
もう恥じらいも照れ隠しもいらない。
ただ一言、ずっと言いたかった「ありがとう」だけを添えて、私は母さんと紫を笑顔で出迎えた。