霊夢と巫女の日常録   作:まこと13

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第4章:スペルカードルール
第25話 : 新しい明日へ


 

 

 

 

 全身が痛む中、朝日と共に目を覚ましたことは覚えてる。

 随分早く寝た気がするのに、特に変わらないいつも通りの起床時間。

 私の枕元には、久々に張り切ってうさぎ型に剥いたりんごを皿に山盛りにしてくれている母さんがいて。

 襖から顔を出すか出さないかの位置で、未だにブツブツと何か呟いてる藍がいて。

 そんな藍にひたすら謝り続けてる橙がいて。

 そして、私をこんな重症の身にしておきながら、何食わぬ顔で私のりんごを食べている紫がいた。

 

「おはよう霊夢。 よく寝たな」

「まったく、随分と寝坊助さんね」

 

 誰のせいだ誰の。

 でも、いろいろ言いたいこともあったはずなのに、怒る気にはならなかった。

 なんだかんだで、私はこんな何でもない時間を愛おしく思ってたのだ。

 

「起きていきなりだけど、りんご食べるか霊夢?」

「……食べる」

「はい霊夢、あーん」

「はぐっ。 うーん、おいひい」

「……」

 

 母さんが私の口元に持ってきたりんごを、直前で隙間を使ってまた横取りする紫。

 そして、りんごを横取りされて口が寂しくなった私のリアクションを、期待の眼差しで見ている母さんと紫。

 ツッコまない、私はツッコまない。

 お前ら仲直りすんの早過ぎとか、絶対にツッコまない。

 

「ほ、ほら藍様! 霊夢が起きたよ、ほらっ!!」

「……初めまして、私が八雲藍だ」

「藍様ああああああっ!?」

 

 そして、橙が藍に縋り付いたまま膝から崩れ落ちる。

 こっちはこっちで引きずりすぎだ。

 藍は、未だにあの時のことをなかったことにしようとするくらいに現実逃避してるらしい。

 黒歴史の一つや二つくらいあっても別にいいんじゃないかとは思うんだけどね。

 ってかそんなんでいちいち落ち込んでたら紫とかどうなるのよっていう。

 見なさいよ、私がまだ一つも食べてないのにちょっと目を離した隙にあと一個しか残ってないのよ、私のりんごが!!

 太ればいいのに。

 

「ふぅ、食べた食べた。 あ、それより霊夢、早く準備してね」

「へ? ……準備って、何の?」

「決まってるでしょ」

 

 決まってるって、突然何よ。

 私のいないところで、一体何が進んでいたというのだ。

 すると、母さんと紫は顔を見合わせてニヤリとして、

 

 

「博麗の巫女の就任式よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

霊夢と巫女の日常録

 

第25話 : 新しい明日へ

 

 

 

 

 

 

 私は、寺子屋の校庭に造られた仮説ステージみたいなのの裏に立っていた。

 それも正式な巫女装束とでもいうものを着て。

 ……いや、いきなりすぎるでしょ。

 常識で考えてよ常識で。

 私が博麗の巫女を継ぐことになった……まぁ、これは私が言い出したことだし、百歩譲っていいとしよう。

 だけど、それを言った日の内にボコボコにされて寝込んで、身体の節々が痛い中起きてみれば、もう就任式だと。

 どうしてこうなった。

 

「……あー。 けっこう集まってるのね」

 

 昨日に突然開催することになった式典にもかかわらず、1000人近いレベルで人が集まってるっぽい。

 何でも、新しい博麗の巫女が決まったからこの時間にここで大々的に就任式をすると、昨日の内に紫が人間の里に触れ回ったのだという。

 隙間の能力を使って、人里中に紙吹雪的なものと横断幕をばら撒いて知らせたのだという。

 なんと傍迷惑な。 若干殺気立ってる人たちは、多分その後始末に苦労させられた人たちなのだろう。

 なんで始める前から敵つくってんのよあいつは。

 まぁ、母さんはそういうの伝えられる友達とか先生くらいしかいなそうだし、他に人を集める方法もなかったんだと思うけど。

 ……実際のところ、私が今日起きてこなかったらどうするつもりだったのだろうか。

 

「そろそろね。 準備はいい、霊夢?」

「いや準備も何も何で私が今ここにいるのかすらもわからないし全身が痛いから帰って寝たいんだけど」

「大丈夫そうね、始めて!」

 

 話聞けよ。

 やっぱり、「ゆかりおばあちゃん」の嫌がらせはまだ続いてるんだろうか。

 そして私の祈りも空しく、母さんが一人ステージ上に立つ。

 その手に持っているのは、河童の発明品の「拡声器」とかいうメガホンみたいな道具だ。

 

「あー。 うん、その、何だ、えっと、今日はお日柄もよく……」

 

 ……いやいやいや、私ってよりも母さんの準備がダメじゃない!!

 耳障りなほど大きく響く機械音で、ただ意味のない言葉だけが並べられ続けている。

 わかってはいたけど、母さんの演説はへたくそだ。

 大勢の前で話すこと自体に慣れていないのか、次の言葉が続かない。

 まぁ、私も人のこと言えるほど話はできないんだけどさ。

 

「今まで長いこと博麗の巫女をやってきた私……ですが、」

「声が出てないぞ妹紅! もっと腹から声を出せ、腹からっ!!」

「う、うるさいな慧音っ、ちょっと黙っててっ」

 

 拡声器の声を掻き消すほどに大きく響き渡ったのは、先生の声。

 私が博麗の巫女を継ぐという話を聞いた時、先生はまだ私には早いとか、危険な役職だとか、最初は断固として反対していたらしいけど、何だかんだで最後には祝福してくれたらしい。

 諦めんなよ、どうしてそこで諦めるんだそこで!

 まぁ、それでも紫が迷惑をかけたにもかかわらず今ここに多くの人が穏やかに集まってくれているのは、ほとんどが先生の人望によるものなので、文句は言えない。

 先生の元気な声を聞いて、自然と辺りから笑い声が漏れる。

 ほとんどは苦笑だろうけど、沈黙よりはだいぶマシだろう。

 今だけは、先生の暑苦しさが少しだけプラスに働いたようだ。

 妹紅と名前で呼んでいいと言われたことが、少なからず先生のテンションをアップさせているのだろうか。

 やがて母さんは一つ咳払いして、静かに、真面目な声で語り始めた。

 

「えー、この度は異例のことではありますが、私が死ぬ前に新しい巫女に代替わりすることとなりましたので、本日はそれをお知らせしようと思って集まってもらいました。 とは言っても、今いちピンと来ない人も多いかなーとは思います。 多分今の人間の里じゃ私のことを……今の博麗の巫女のことをほとんど知らない人もいるんじゃないかなーと」

 

 自虐ともとれる発言に、人ごみが少しざわつく。

 

「私は、進んで人間と関わろうとしませんでしたから。 はは、そこにいる慧音くらいですね。 私がまともに関わってきたのなんて。 でも、それは私が望んでそうしただけです。 誰かに認めてもらわなくても自分一人でこんな役目くらい果たせるって。 ただ妖怪退治をすれば、それだけでいいんだと私が勝手に思ってきただけなんです」

 

 辺りは微妙な空気に閉ざされる。

 人間の里の、いや、幻想郷の中心人物であるべき博麗の巫女からのそんな独白は、それにどう反応していいのかもわからなかった。

 

「でも、これからの博麗の巫女というものは、今までとは違う形にしてほしいんです。 ただの妖怪退治の専門家としてじゃなくて、もっと何というか、こう…」

「長あああああああああいっ!!」

「そして暗ああああああいっ!!」

 

 そこに、鳩尾に向けた突然のロケット頭突き!

 追い打ちをかけるように、背中への後ろ回し飛び蹴り!

 犬猿の仲だったはずの先生と紫は、見事なコンビネーションで母さんの腹を前後から打ち抜いていた。

 

「なんでこんな時だけ真面目なんだお前は! 聞いてるこっちがむず痒くてしょうがないぞ!!」

「そうよそうよ、もっと空気読みなさいよ! 何か微妙な空気よこれ、ここは霊夢のために会場を温めておくところでしょ!?」

 

 紫たちの力説もむなしく、母さんは「ぐふっ」って感じのうめき声とともに目を回してのびていた。

 ってか会場を温めておくとか、紫は私のトークショーでも始めるつもりだったのだろうか。

 でもまぁ、この微妙な空気を打ち破ってくれた2人には少し感謝した方がいいかもしれないかな。

 

「もういい、私が代わる! 霊夢っ、出てこい霊夢っ!!」

 

 ……前言撤回。 先生、余計なことしないで。

 そんないきなり言われても何も準備なんてできてないわよ、私。

 時間を稼ぐよう、私は舞台裏から紫に両手で空間を引き伸ばすようなジェスチャーを送る。

 

 ――も・う・す・こ・し・の・ば・し・て。

 

 ――ま・か・せ・な・さ・い・!

 

 よし、伝わっ……

 ……そして、足元の隙間に飲み込まれて舞台上に直通で到着する私。

 

 ないわー。

 流石にこれはないわー。

 イタズラにしても、限度があるわー。

 

「……紫」

「もう。 ワープして華麗に登場したいなんて、霊夢もまだまだお子様ね」

 

 ああ、そう受け取ったのね……って、んな訳ないでしょ! とか言いたかったけど、紫がわざとやってることなんて言わずもがな。

 どうしろってのよこの微妙な雰囲気、私がこういうの得意とでも思ってるの?

 せめてもっと、話しやすい空気を作ってから…

 

「でも、無理して派手な登場なんてしなくても、勝手に会場は温めてくれるだろうから多分大丈夫よ」

「え?」

 

 すると、突然空に無数の弾幕が咲き乱れる。

 花火のように弾けていく魔弾の中を、一筋の流れ星が弧を描いていく。

 誰もがその光景に目を奪われていた。

 その中心にいるのは……間違いない、あれは魔理沙だ。

 よかった、あれ以来会えてなかったから本当はちょっと心配だったのよね。

 

「いくぞ皆、せーのっ!!」

 

 そして、箒に乗って空を舞う魔理沙が派手な破裂音と共に紙吹雪をまき散らすと同時に、寺子屋の屋上に待機してた子供たちがその手に持った大きな紙を一斉に広げた。

 いくつもの垂れ幕が、同時に校舎に現れる。

 

「……あー。 あんにゃろ、粋なマネを」

 

 そこに書いてあったのは、あまりにまっすぐな言葉。

 ただ、「がんばれ れいむちゃん!」とだけ、一つ一つの垂れ幕に一文字ずつ、違う筆跡でデコレーションされて書いてあった。

 

「おーい、霊夢! 緊張してんなよっー!!」

「れいむちゃーん!」

「がんばれ、れいむちゃーん!!」

 

 一人一人が楽しそうな笑みを浮かべて、こっちに手を振っている。

 活気のないクラスだったけど、やっぱり魔理沙がいるだけでこうも違うのか。

 ……ああ、何かこういう微笑ましい光景見てたら、少し元気出てきたわ。

 こうなってみると、「あれは誰々の文字だ!」とか言えるほど深くクラスメイトと関わってこなかったのが悔やまれるわね。

 今までは面倒でクラスの子の顔も名前も覚えてこなかったけど、これからは少しくらいは誰とでも話してみるようにしていこうかな。

 

「……あー。 えっと、ご紹介に与りました、新しい博麗の巫女に任命された博麗霊夢です」

 

 そして、私は今になって初めて、人間の里の人たちと正面から向き合った。

 

 

 


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