霊夢と巫女の日常録   作:まこと13

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第24話 : やっぱり、平和が一番

 

 

 

 ……終わった。

 閻魔を殺して、目の前には何も残らなくて。

 後先考えずにとんでもないことをしちゃったけど、これからどうしよう。

 死神たちに追われるだけの罪人として、一生を逃げ延びていくのか。

 でも、それも悪くはないかな。

 母さんや紫たちと、家族と離れ離れになるくらいなら、それでも……

 

「やめておきなさい。 貴方のそれは、こんなところで使うにはあまりに危険なものです」

「……え?」

 

 閻魔は何事もなかったようにそこに立っていた。

 ……冗談、でしょ?

 何で無事なのよ、傷一つ無いとかあり得ないじゃない!?

 

「どうして……」

「私の能力を、八雲紫から聞いているのでしょう? 貴方の力と邪神の力を、二極に分けて使えなくしただけですよ」

 

 そんな……あの力が私と分けられて、もう使えなくなったってこと?

 切り札のない私じゃ、この状況をひっくり返せる手段なんてもう何もないじゃない!

 ……って、あれ?

 使えなく、なったと?

 

「ですが、これでいいのでしょう?」

「え……?」

「まぁ、確かに何も知らない子供に背負わせるのはあまりに酷ですからね。 貴方の言うとおり、私が悪かったのでしょう」

 

 閻魔が私ではなく、母さんをまっすぐに見据えてそう言った。

 母さんは、呆然としていた。

 私も、何が起こっているのかわからなかった。

 ただ、閻魔は母さんに向かってまっすぐに頭を下げて、

 

「申し訳ございませんでした。 今回の件について貴方の罪は不問とし、全ての責任は私が負います」

 

 あれ、そういうこと?

 母さんを地獄に落としに来たんじゃなくて、謝りに来たと。

 そして、母さんが望んだとおり、私を邪神の力から解放しに来たと。

 ……えー、流石にそれはひくわー。

 最初からそう言えばいいじゃない、何でそんな勿体つけたのよ、馬鹿なの?

 まぁ、多分馬鹿とか不器用ってよりも、藍が可愛く見えるくらいの石頭なんじゃないかしらね。

 

「じゃあ、霊夢はもう…!!」

「いえ、完全に切り話した訳ではありません。 この子から一時的に分断しているだけです」

「一時的?」

「ええ。 後のことは全て、この子の決断次第です」

「え、私?」

 

 私の決断次第?

 ……よくわからないけど、何となく真面目な話になりそうな気がしたので気持ちを切り替えておいた。

 

「少し、貴方にも詳しいことを話しておきましょうか。 これからの人生に関わることですから」

「あ、はい」

「貴方の中にあるその力の正体。 それは、その昔世界を滅ぼそうと暗躍した邪悪の力の一端を封じたものです」

 

 うへぇ、何ぞそれ。

 確かにあんまり詳しくは聞いてこなかったけど、世界を滅ぼすとか、そんなヤバいものだったの?

 ってか、「一端」ってのがまた嫌な予感を醸し出している。

 

「まだ幻想郷が安定していない、数百年も前の話になります。 突如として幻想郷に現れて世界を飲み込もうとしたその邪悪を抑えるべく、かつての八雲紫を含めた当時の妖怪たちが奮闘し、多くの犠牲を出しながらもその力を抑え込むことに成功しました。 そして、最終的には私の能力と八雲紫の能力を使ってその邪悪の構成要素を3つに分割して封印したのです」

「分割?」

「ええ。 その邪悪の持つ力が、八雲紫や私の力だけではどうにもならないほど強力過ぎたが故、ですね。 その時はまだその邪悪が完全に目覚めてはいなかったからよかったものの、恐らくはその3要素が結びついて邪悪が目覚めたその時が、幻想郷の……いえ、この世界の最期となると言っても過言ではありません」

 

 ……マジで眩暈がしてきたわ。

 そんなヤバいものを知らずに宿してた、ってか使おうとしてたのか私は。

 

「貴方の中に封じられているのは、そういう類のものです。 そして、その力はもう貴方と……人間と強く結びつきすぎた」

「へ?」

「私と八雲紫の力を使えば、それを貴方から再び切り離すこと自体は可能ですが……今さら結界に封印、などという手段で抑え切ることは恐らくできません」

「えっ!? じゃあ、どうするんですか」

「それを、貴方に選んでいただきたいのです。 私たちに残された3つの道の内、貴方が望む一つの道を」

 

 閻魔様が指を一本開き、真剣な顔つきで言う。

 

「一つ。 いつか世界が滅びるリスクを承知で、その力を再び結界に封印する」

 

 まず、一つ消えた。

 そんな、いつ決壊するかわからない負の遺産を未来に遺す方法じゃ、何の解決にもならない。

 紫は幻想郷を、本当に愛しているのだ。

 だから、絶対に紫たちはそんな選択はしたくないだろう。

 もしかしたらその封印が破られる頃には私はもう死んでるのかもしれないけど、結局は紫たちがその後苦労するだけなのだから。

 

「二つ。 新たにこの力の人柱を立て直して封印する」

 

 それも、あんまり現実的じゃない。

 人間の里は結構見て回ったけど、正直なところこんなのを宿すのなんて大人でも無理だと思う。

 ってか、それができるほどの力を持った人間なんて、そもそも人間の里にはいないんじゃないかしら。

 そもそも「神降ろし」なんて芸当をできる人間自体が、今の時代には誰一人としていないのだから。

 そう、一人を除いては、ね。

 ……はぁ。 まったく、これだから天才ってのは辛いわね。

 

「そして、三つ」

「もう一回、今まで通り私がその力を制御できるよう頑張ればいいんでしょ」

「霊夢っ!?」

「いいのよ。 私にしかできないことなんでしょ、これは」

 

 まぁ、なんとなく予想はついていたけど、これが一番現実的な案なのだろう。

 結局は今まで母さんが頑張ってくれたのも、閻魔様がここに来てくれたのも、ただの取り越し苦労ってことになるけどしょうがないわよね。

 

「だったら…」

「却下」

「何?」

「どうせ「私が代わりにー」とか言うつもりだったんでしょ。 却、下!」

 

 はい知ってた、どうせそんなこと言うんだろうと思った。

 ま、いくら母さんでも流石に私より適任ってことはないだろう。

 多分それは母さんより私の方が才能があるから、とかではなく単純に能力の問題なのだ。

 紫曰く、私の『空を飛ぶ程度の能力』は、端的に言ってしまえば世界と感覚を共有する力だという。

 つまりは、得体の知れないものを感じ取って自分と一体化する力、特に神降ろし的な力に関しては、私の右に出る者はそもそも先天的に存在しないはずなのだ。

 

「でも、私は…」

「何?」

「そうでもしないと、私には霊夢を助けてやれない。 私なんかにはもう霊夢の親である資格が…」

 

 まぁた、何言っちゃってんのよこの人は。

 もしかして未だにさっきのことを思い悩んでるの? もう終わった話でしょそれは。

 まったく、こんなに母さんが石頭だとは思わなかったわ、本当にどうしたもんかしらね。

 と、思い悩んでいたら、閻魔様がいつの間にか私の隣に立っていた。

 

「……確かに、貴方は潔白な存在ではない。 限りなく黒に近い何かです。 本来はそうやって、深い苦悩の中で生を全うするのが正しい在り方なのでしょう」

「ちょっ!? なんてことを…」

「ですが、貴方は人の親としては限りなく白に近い人間です」

「え?」

「我が子を想うあまりの過ちも、悔いる心があるのなら償えない罪ではありません。 貴方はこの子のためなら、三途の川さえも躊躇いなく越えられるほどに深く愛している。 この子もまた、貴方のためなら恐怖を押し殺してなお私に立ち向かえるほどに深く愛している。 人の親であり子であるために、それ以上の条件が必要ですか?」

 

 愛している、とか直球に言われると何か凄く恥ずかしい。

 でも、それは間違いではないのだ。

 

「……ほら、貴方からも何か言ってあげなさい」

「え?」

 

 そして、ここでまさかの閻魔様からのご指名。

 ……何この公開処刑。

 この状況で、私が話すの?

 愛してるとかそういうこっ恥ずかしい話をされた後で、私もそういうこと言うの?

 

「……母さん」

 

 まぁでも、この際だから言ってしまおう。

 私の本音を、今までずっと言えなかったことを。

 勢いに任せた言動は私らしくないけど、今しかないのだ。

 今の母さんに声を届けるには、私の、心からの言葉をぶつけるしかないのだ。

 

「私ね、母さんのこと大好きだよ」

 

 ……言った。

 言っ、ゃあああ、何かああああ恥ずかしいいいいいいいっ!?

 多分今の私の顔とか真っ赤だと思うし耳とかまで血走って頭から湯気とか出てきて何か体中からよくわからない汗とか吹き出てきた気がするよし死のう。

 でも、ここで終わるつもりなんてない。

 こんな中途半端に終わるくらいなら、最初から何もしない。

 何かもう、どうにでもなれってくらいに突っ走ってやる。

 

「家族、だもん。 私がずっと憧れてた……大切な家族だからさ。 もう絶対、離れたくなんてないよ」

「……」

「でも、それは母さんだけじゃない。 紫や藍や橙も同じなんだ」

 

 母さんが、ハッとしたように顔を上げる。

 

「母さんがいて、橙が妹で、藍がお姉さんで、紫は……まぁ、父親ってよりむしろ、母さんが2人に増えたみたいな変な感じなんだけどさ。 でも、そうやって家族と一緒に頑張れるのなら、私は何も辛くないよ。 たとえこの邪神の力っていうのが怖くても、私は全然平気だよ」

 

 後で多分、私は今の自分の言葉を思い出して「誰だこいつ」とか思いながら恥ずかしくて転げまわるのだろう。

 それでも、今は。

 今だけは、本気で母さんと向き合いたかった。

 

「私には、母さんたちが傍にいてくれるだけで十分なの。 だからさ……もう他人じゃないんだから、そんな肩肘張らなくてもいいでしょ」

「……そう、なのか」

「そうよ。 だから……紫!」

「な、なに?」

「2人で仲直りして、今回のことは綺麗さっぱり終わり。 それで、いいでしょ?」

 

 私は紫の手を引っ張ってきて私と重ね合わせた。

 橙もこっちに走ってきて、輪になってそこに手を重ね合わせる。

 藍は今はいないけど、大丈夫。 

 きっと、皆でもう一度やり直せるから。

 

「さあ、お互いにごめんなさいで終わり! ね!」

「……でも」

「口答え禁止! これからは私が博麗の巫女なのよ、我が家の決定権は私にあるわ!」

「……ぷっ」

「霊夢が、博麗の巫女……ブフォッ」

「そこ、笑うな!」

 

 橙が、それを想像したのか笑っていた。

 想像できないそれを思い浮かべたのか、紫も露骨に吹き出す。

 そして、もう一人。

 

「そういえば、そういう話だったか。 ……それなら、仕方ないのかな」

 

 言い訳のようにそう言って、母さんも手を重ね合わせて少しだけ微笑んだ。

 母さんが、やっと笑ってくれた。

 だから、今なら自信を持って言える。

 きっとこの選択は間違いなんかじゃなかったんだと。

 

「ごめんな。 紫、橙。 いろいろひどいことしちゃって」

「ううん、私は平気!」

「いいのよ、私もごめんなさいね。 こんなことをすれば貴方が怒るってわかってたはずなのに」

 

 いつものような馬鹿騒ぎをするような雰囲気ではなかったけど。

 それでも、きっとまたいつか、今までみたいに戻れるから。

 だから、これで一件落着……としたいところだけど、せっかくなのでここで聞いてしまいたい。

 今まで通りではなく、一つだけ新しい風を吹かせたい。

 

「ダメよ紫。 それじゃ、ちゃんと心が伝わらないわ」

「え、わ、私!? どうして?」

「謝る時はね。 ちゃんと、相手の名前を呼ぶのよ」

 

 それを聞いて、少しだけ空気が変わる。

 紫が母さんの顔色を窺うような、母さんは少し迷ったような。

 

「それは……」

「私に教えてくれるって言ったでしょ? 家族だからって」

「……ああ」

「だったら、紫も藍も橙も同じでしょ。 これからは……いや、今までもこれからも、ずっと家族なんだから!」

 

 母さんが、少し私から目を逸らす。

 それと同時に、紫が気まずそうに私から目を逸らす。

 そして、紫と母さんの目が合った。

 どちらから、とでもなく自然と2人は笑みを漏らす。

 相変わらず息はピッタリだなぁこの2人と思いつつ、母さんはやがて笑って、

 

「……ああ、そうだな。 そうしよう」

「いいの? 貴方は…」

「いいったらいいんだよ。 私だって、いつまでも過去に囚われてる訳にはいかないだろ?」

 

 そして、母さんは息を吸う。

 今までずっと聞きたくて、それでも聞けなかった母さんのこと。

 私は緊張の面持ちでそれに耳を傾けて……

 

「私の名前は…」

 

「はっはっは。 どうやら一本とられてしまったみたいだな、妹紅よ!」

 

「へ?」

 

 その声は、突然降ってきた。

 「もこう」とかいう言葉が聞こえてきて、多分それが母さんの名前なんだろうと何となくわかったけど、そんな重要な情報以上にその声に気をとられてしまった。

 セリフから考えて先生かな? とか思ったけど、そうじゃない。

 間違いない、この声は……藍のものだ。

 「とうっ!!」って感じで神社の上から勢いよく回転しながら跳んできた藍が、華麗に着地して顔を上げると、

 

「だが、心を開いてくれたみたいで嬉しいぞ! これからは私も…」

 

「だ、大丈夫ですか藍様!?」

「藍、熱でもあるの!?」

「おい、しっかりしろ、藍!!」

 

「……あれ?」

 

 藍の声を遮って、橙と紫と母さんが一瞬で藍を取り囲むように叫んでいた。

 心から、藍の体調を心配するような表情と声で。

 藍が少し固まった後に私の方を見てきたんだけど……こっち見んなとばかりに無視する。

 まぁ、私だけは藍がこうなった原因に少しだけ心当たりがあったので、露骨に目を逸らさざるを得なかったのだ。

 多分、アレよね。

 昨日私に「お前が言うな」って言われたのを、今の今まで思い悩んでいたんだよね。

 感情の表現が下手すぎると言われたようなものなので、真面目な藍は今日この時まで、ずっと一人でどうすべきか考えていたのだろう。

 ……その結果が、これか。

 多分、これが「嬉しさ」を力いっぱい表現しようとした藍の末路なのだ。

 正直言うと、私は藍に初めて「アホか」って言いたくなった。

 

「藍様お願い、目を覚まして!」

「いや、私は…」

「私、主として失格よね。 藍がこんなになるまで無理をさせて…」

「そうではなく…」

「本当にごめんな。 藍が、ここまで思い詰めていたなんて知らなくて…」

 

 藍の奇行は、きっと藍が悪い病気なのか、もしくは心を壊すほどに思い悩んだ結果なのだろうと、完全にそういう雰囲気だった。

 そりゃそうよね。 母さんや紫とかならともかく、あの藍がいきなり先生みたいな暑苦しい喋り方をし始めたら、本気で心配するわ。

 そんなこともわからないとか、実は藍って一周回って馬鹿なんじゃないかしらね。

 流石の藍も困って泣きそうな目でチラチラこっちを見てたけど、助け船を出す気にもなれない。

 まぁ、藍にもいい社会勉強になったのではないでしょうか。

 

「……コホン。 とまぁ、場を和ませるジョークはこの辺にするとして」

 

 藍が、咳払いして3人を引き離す。

 いつもみたいな冷静な声で振る舞ってるけど、若干涙目になっているところを見るとジョークではなかったことは誰の目からも一目瞭然だった。

 まぁ、でもそれを指摘するような野暮な真似をするような奴は……

 

「嘘よ! 藍がそんなジョークを言う訳ないじゃない!」

「可哀そうな藍。 こんなにも、変わり果ててしまって…」

「ああ神よ。 どうして、藍が一体何をしたと言うのですか!?」

「藍さまぁぁ……嫌だよどうしてぇぇぇぇ……」

「……」

 

 ……うん、私を含めてそういう奴しかいないわね、この家族。

 ノリで便乗、ってよりむしろ真っ先に扇動しちゃったけど、私は悪くないわよね。

 何か間違った方向に突っ走った藍なんてのは、ウチじゃ格好の玩具にしかならないわよ。

 橙が何かマジ泣きっぽいのはアレだけど、少なくとも紫と母さんの表情はもういつも通りのそれだった。

 涙が出るほどに笑っていた。 お互いに顔を合わせて、今までのことが嘘のように。

 多分、藍は犠牲になったのだ。

 自ら道化を演じてまで、こんなにも早く母さんの笑顔を取り戻してくれたのだ。

 という風に、藍の名誉のためにも好意的に捉えておくことにしよう。

 

「行きましょうか、小町」

「いいんですかい? まだやるべきことが終わってないんじゃ」

「あの子たちなら、もう大丈夫でしょう。 間違わずに……いえ、たとえ間違ったとしても、これからゆっくりと前に進めるでしょう」

「はいはい。 で、本音は?」

「……私には少し、眩しすぎますからね」

「ははっ、そうですねぇ。 あたいもちょっと胸やけしそうです」

 

 小町が、閻魔様の言葉をカラカラと笑い飛ばしていた。

 去り際に、閻魔様が笑顔だった。

 って待って、流石にこのまま帰らせる訳にはいかないわよ、まだ何もお礼を言ってないんだから!

 だから、私は思いっきり手を振ろうとして、

 

「……せ」

「え?」

「いっそ、殺せ。 いっそのこと、ふふ、ふふふふふふ…」

「……藍様?」

 

 その、寒気がするような声に遮られた。

 藍の目からハイライトが消えていた。

 ……ヤバい、流石に調子に乗りすぎたかも。

 多分、藍にはこういう冗談が自分に向けられた経験なんてないだろうし、ましてや受け流せるような耐性はないと思う。

 ってか絶対ない。

 そして、私の嫌な予感は的中し、まるで噴火したかのように、

 

「ふふふはははああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!?」

「いやああああああああ、藍様が怒ったああああああ!!」

「あははははははは」

 

 藍が遂に、頭を抱えてギャグ漫画みたいに発狂した。

 それを見た紫がどうしようもないくらい大爆笑してて、橙がこの世の終わりみたいな声で叫んでた。

 ちょっと眩暈がしたような気がして、私が溜め息をついてから視線を上げると、閻魔様と小町は既にいなかった。

 ……まぁ、でももう正直何でもいいや。

 いつも通りの、にぎやかな日常。

 こんな景色が戻ってきてほしくて、今日の私は本当に頑張ったんだから。

 

「……母さん」

「あはははは……ん? どうした、霊夢?」

「おかえり、母さん」

 

 母さんは、少しだけ呆気にとられたような顔をして、それでも笑ってくれた。

 母さんも藍の変貌を見て笑ってたんだけど、それとは違う。

 ただ、いつものように微笑みながら、

 

「ああ。 ただいま、霊夢」

 

 いつぶりかわからないくらい、本当に久しぶりに私の頭を撫でて、母さんはそう言ってくれた。

 

 きっとこれからも、色々と大変なこともあると思う。

 閻魔様から聞かされた話だと、ぶっちゃけ私がこの世界の命運を担っていると言っても過言ではないのだ。

 だから、これからのことも、ゆっくりとでも考えていかなきゃね。

 それでも今だけは、こんな束の間の平和を堪能したい。

 だって、こんなに嬉しい気持ちは、初めてだから。

 皆、こんなにも楽しそうなんだから。

 

「ああ、それはそうとね。 れ・い・む・ちゃん?」

「へ?」

「何か忘れてること……ってよりも、言い残したことはないかしら?」

 

 紫も、いい笑顔だ。

 とても、清々しいほどにいい笑顔だ。

 それこそ、私のトラウマを呼び起こしそうなほどに……

 

「大丈夫よー、ゆかりおばあちゃんは心が広いから最後に何でも聞いてあげるわ―。 聞くだけだけど」

 

 紫が指をボキボキ鳴らしながら、背景に「ゴゴゴゴゴゴ…」って感じの音が出ていそうな雰囲気をしている。

 ……うん、正直これに関してだけは忘れていてほしかった。

 私が無縁塚で「ゆかりおばあちゃん」って叫んだこと。

 それを小町に聞かれて、爆笑されたこと。

 やっぱり、聞こえてたのね。

 どうしよう、今の体調じゃ流石に紫から逃げ切ることなんてとても……

 

「母さん。 助け…」

「強く生きるんだぞ、霊夢」

 

 母さんは、今日一番の笑顔でにっこりと親指を立てた。

 光の速度で母さんに見捨てられた私。

 藍と橙もそれどころじゃない様子。

 くそっ、この薄情者どもめ。

 

「……あー、えーっとね、紫?」

「何かしら? そんなのが辞世の句でいいの?」

 

 どうしよう。

 一瞬で天国から地獄に落とされた気分だ。

 なんで、今になって今日一番のピンチに陥ってんのよ。

 でも、ぶっちゃけ何とかなりそうな気がしなくもない。

 私だって、母さんに勝てるくらい強くなったんだから。

 今の私は今までとは一味違うのよ、きっと紫にだって…!!

 

「い、言いたいことがあるのなら勝負よ紫! 私が勝ったら…」

「百年早いわこの糞ガキがああああっ!!」

「いやあああああっ!?」

 

 そして、目の前を埋め尽くすのは、これで一件落着という、痛々しくも懐かしい終わりと始まりの合図。

 般若の面をつけた紫にいつも通りボコボコにされるという、ウチならではの「お約束」ってやつだった。

 正直なところ、こんな時が今日一番「ああ、やっと戻ってきたんだな」って実感した気がするかな。

 その後の記憶は曖昧であんまり覚えていないんだけどね。

 

 もう、本当にいろいろと大変だったけど、とりあえず最後に今回の出来事を振り返ってみて、その顛末を一言で綴ろうと思う。

 

 

 ――博麗神社は、今日も平和である。

 

 

 

 






第一部、完。


 お疲れ様でした、ここまで読んでくださりありがとうございます!

 日常録とか言いながら最近は全然日常してなかった霊夢たちですが、この後からやっと日常編に突入します。
 しばらくシリアス展開は控えめで、今回の後日談とか日常編とかを気が済むまでやった後に、徐々に原作に繋げていこうかとは思ってます。
 話のテンポも少しのんびりした感じになってくかとは思うので、これからもよろしくお願いします!



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