霊夢と巫女の日常録   作:まこと13

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第20話 : 今年一番の

 

 

 

「き、聞きたいこと? 私のスリーサイズとか?」

 

 ……うん。 出鼻を挫くようで悪いけど、前言撤回。

 私が悪かった。

 ボケを回収しきってない紫を相手に真面目な話を始めようとした私が馬鹿だった。

 

「ダメよ霊夢。 それは、ヒ・ミ・ツ・よ」

 

 何か勘違いしてる感が強すぎて、正直見てて居たたまれなくなってくる。

 でも、流石の紫も少し焦っているのか、対応にキレがない。

 まぁ、多分この謎のテンションは私とギクシャクした感じにならないようにという、紫なりの気遣いなんだろうなぁとは思う。

 仮にも賢者とか呼ばれてる妖怪らしいし、きっとそのくらいのことは考えてるのだろう。

 

「紫」

「な、なに?」

 

 紫が、期待の眼差しでこちらを見てくる。

 ここで激しくツッコミを入れて、いつもの和やかな雰囲気に戻すのは簡単だ。

 だが、私はツッコまない。

 決して甘やかさない。

 ここは冷静に畳み掛ける。

 

「いいから」

「え?」

「そういうの、いいから」

 

 すると性懲りもなく、紫がわかりやすくガビーンって感じになっている。

 ガビーン、て。

 そんな死語を使って表現するしかない古臭いポーズと、追い打ちをかけるような変顔。

 ダ、ダメ、吹き出しそう……くそ、負けるな私! ここで笑ったら全てが台無しになるわ!

 今回の件については、笑って済ませてはいけない。

 紫は私を風見幽香と戦うように仕向けて母さんと仲違いした上、そのせいで実際に途方もない被害が出たのだから。

 怒るべき時は怒らなくちゃいけない、それは当然のことなのだ。

 だから、私は頑張ってポーカーフェイスを保つ。

 流石の紫も、何か場違いな空気を察したのか折れたみたいで、

 

「……霊夢」

「何?」

「怒ってる?」

「逆に聞くけど、怒ってないと思う?」

「……そ、そっか。 そうよね」

 

 でも、体裁上は怒ってるけど、正直言うと私は別に紫に対してそれほど怒っはいない。

 今回の件に関しては、どちらかというと母さんの異常な怒り方に疑問があるくらいだった。

 紫が無茶なことするのはいつものことだし、何だかんだで紫は私の失敗から魔理沙を助けてくれたからだ。

 紫がとっさに私の攻撃から魔理沙を守っていなければ、本当にあのまま魔理沙は死んでいてもおかしくはなかったのだから。

 

 ……あ、でもちょっと気を抜いたらまた風見幽香と戦った時のトラウマが蘇ってきたわ。

 という訳で、実際はもう紫のことは許してるんだけど、このイライラを今のうちに紫にぶつけることくらいは許されてもいいはずだ。

 あと、せっかくだし私がアドバンテージを持ってる今の内に、聞いておきたいこともぶつけておこう。

 

「だから、真面目に答えてよ紫。 さっきの、紫が犯人ってのはどういうこと?」

 

 私は、あの一件で死者が増えすぎたせいで三途の川が大変なことになっているんだと思っていた。

 だけど、あの死神さん曰く、別に死者が溢れ返っている訳ではないという。

 生者を大量に彼岸に送り込んだ妖怪がいるとか。

 死神さんが気絶してる今、それがどういうことなのかは紫に聞くしかないのだ。

 

「ああ、あの時ね。 実は幽香に頼んで、霊夢を怖がらせて様子を見ようとしたんだけどね」

「うん、知ってる」

「思ったより霊夢の力の暴走具合がヤバそうだったら、とりあえず周りの景色ごと私の能力で彼岸に飛ばしたのよね」

「へ?」

「まぁ、他に広くて安全な場所が思いつかないからとりあえず一時的に彼岸に飛ばしたんだけど、そのせいで結構面倒なことになった上に霊夢が気絶しちゃってね。 釈明する余地もないままあの子に霊夢と引き離されて、今に至るって訳よ」

 

 と、なあなあな雰囲気の中で、思いもよらない事実が飛び出してきた。

 え? 何? じゃあ、別にあの時の犠牲者とかはいなかったってこと?

 私が消し去ったと思ってた景色は、実はただ紫が移動していただけで被害なんて出ていなくて。

 実際は何事もなく済んだはずの計画で、私や母さんが勝手に早とちりしただけってこと、か。

 

「いやー、ごめんね霊夢。 ちょっといろいろ訳ありでね、どうしてもあの力を霊夢の外に早急に出させてあげる必要があったのよ」

「訳あり?」

「まぁ、詳しく話すといろいろ面倒くさくなるから……って、あ、ヤバっ、藍! あとお願い!」

「え? ちょ、ちょっと待って紫……」

 

 まだ聞きたいことは山ほどあるのに、何か焦って突然紫がもう一度境界の中に飛び込んだ。

 と、同時に食事中の藍が境界の中から上下逆さまに落ちてくる。

 そして、好物の油揚げを無表情でもしゃもしゃと咥えたまま、頭から地面に激突した。

 だが、それでも藍は何事も無かったかのように続きを噛みしめ、表情を一切崩さないまま起き上がり、軽く辺りを見回して状況を確認していた。

 

 ……今のは、危なかった。

 頭から落下した藍の身体がとかじゃなくて、私の笑いのツボがヤバかった。

 結構恥ずかしいシーンの途中で、あんなコントみたいな「ゴンッ」って感じの落ち方をしてなお冷静に振る舞う藍のシュールな面白さが、私も最近になってやっとわかってきた。

 紫とはまた別の、クール系のボケ方。

 流石は、紫と長年連れ添ってきた相棒って訳だ。

 くっ、結局最後の最後まで私を休ませる気はないみたいね、紫!

 とかアホなことをこの一瞬に私が考えてるのとか、真面目な藍は一生知ることは無いんだろうなぁ……

、擦り傷のできた額を擦りながらため息をついた藍から、やれやれという心の声が聞こえてきた気がした。

 

「と、いう訳だ。 詳しくは私から説明する」

 

 ……いやいやいやいや、何がという訳なのか全くわからないんだけど!

 でもまぁ、多分流石の藍も相当焦っているのだろう。

 基本的に藍は何か話すときは一から順序立てて話すが、冷静さを欠くと私が何でも知ってるのが当然のように勝手に話を進める。

 長年一緒にいるからこそわかる、癖みたいなものだ。

 まぁ、調理してる訳でもない油揚げを咥えてる時点で、人間で言えば夜中にマヨネーズを直に吸ってる途中で召喚されたようなものなのだ。

 そりゃ、恥ずかしいし焦るわな。

 それでもなお表向きは取り繕える藍の凄さは、私も積極的に見習っていきたいと思う。

 

「藍? 紫は、何をしてるの?」

「ああ、紫様なら彼岸を好き勝手にしたせいで閻魔様に説教を食らっている最中でな。 こうやって隙をついて時々逃げているみたいだが、途中で逃げたのがバレると説教が更に延長されるから、その前に彼岸に戻っただけだろうな」

 

 うわぁ……そんな子供みたいなことしてるのか、紫は。

 でも、そんなことよりも紫を子供みたいに扱える奴がいるってのがビックリだ。

 ってか、まさかその閻魔ってのは噂に聞くあの地獄の閻魔大王のこと?

 なんつー相手を怒らせてるんだ紫は……

 

「まぁ、紫様は彼岸に移動したものは全て自分で元に戻したから、実際はそれほど問題にはなってはいないがな」

「あ、そうなんだ」

「ああ。 ま、あと3日も説教を耐え抜けば解放してもらえるだろう」

「3日!?」

 

 3日も閻魔大王の説教食らい続けるとか、それなんて拷問?

 そりゃ、リスク負ってでも逃げ出したくなるのもわかるわ。

 

「……だが、あいつはちょっと拙いかもな」

「あいつ?」

「霊夢の母親の、あいつだ」

 

 その言い方が、また少し引っかかる。

 藍は、母さんとの付き合いは紫と同じで長いはずだ。

 なのに、紫も藍も、私の前で母さんを名前で呼んだことはない。

 「あいつ」とか、「あの子」とか、先生ですらいつもそうだった。

 だけど、今大事なのはそこじゃない。

 

「母さんが、何かしたの?」

「昨日、三途の川を渡ったんだよ。 一人でな」

「えっ!?」

 

 三途の川って……え、ええええええええ!?

 ちょっと待ってよ、三途の川って確か渡ったら死ぬっていうアレのことだよね?

 それが本当だったら、何? 今日私と喋ってた母さんは、もしかして、幽霊か何かってこと!?

 

「待ってよ、だって、母さんは今日…」

「知っている。 博麗神社にいたんだろう? だから問題なんだ」

「え?」

「人間が勝手に三途の川を渡り切って閻魔様に喧嘩を売って生きたまま帰った。 こんなことは幻想郷が……いや、有史以来初めてのことだそうだ」

 

 生きたまま閻魔に喧嘩って……うそーん。

 確か三途の川って、気合でどうにかなるものじゃないでしょ。

 死神のような案内役がいなければ、人間では決して生きたまま渡りきることなんてできない。

 というよりも、許可なく彼岸に生者が入れないように、勝手に渡ろうとしたらそれだけで途中で概念的に死ぬようにできているはずなのだ。

 

「……本当に、母さんって何者なの?」

「お前と同じ、人間だった。 それだけは確実のはずだ」

「でも、それじゃ…」

「ただな。 あいつはただの人間とは思えないほど大きな「闇」を抱えてる。 私や紫様では晴らしてやることのできなかった程のな」

「闇?」

 

 確かに私は時々、母さんのことがわからなくなる。

 昔の私は、母さんは悩みなんか何もない、ただのちゃらんぽらんな巫女なのだと思ってた。

 でも昨日のどこか余裕を失った、何かに憑りつかれたような母さんの表情は、そのイメージを一瞬で崩した。

 正直に言うと、少しだけ怖かった。

 だからこそ私は、紫が一体母さんの何に触れてしまったのかを知りたかった。

 

「それって、一体……」

「知ってどうする」

「え?」

「それを知ったところで、霊夢にあいつを救ってやれるか?」

「それは…」

 

 ただの興味本位で聞いたのに、藍の表情は本気だった。

 藍の気迫に気圧されて私は一瞬黙ってしまった。

 

「即答できないのなら、話はここまでだ。 私が勝手に話していいことでもあるまい」

 

 ……まぁ、確かにそうよね。

 母さんは頑なに自分の過去を話そうとはしなかった。

 なのに、勝手にこんなところで知っていいものであるはずがない。

 でも今日、初めて母さんが自分の名前を教えると言ってくれたのだ。

 なら、それを黙って待つのが私なりの礼儀ってものだろう。

 

「なら、もう母さんの過去には触れないから、一つ教えてよ。 紫は、どうしてこんなやり方をしたの?」

「こんなやり方?」

「私の……ううん。 邪神の力ってのを、どうして母さんにも内緒でこんな危険な方法で出させたの?」

 

 母さんの怒りっぷりは、正直ヤバかった。

 私がどれだけ困らせても、紫がどんな悪戯をしようとも、たいていは軽く笑って流していた母さん。

 でも、今回は紫に絶縁状を出さんばかりだった。

 それだけ、母さんを怒らせるような何かがあったのだろう。

 母さんが何に怒っていたのかは、聞かない。

 それでも、紫たちがどうして母さんを怒らせるようなことを内緒で進めたのかくらいは聞いても大丈夫だろう。

 

「……霊夢も今回の一件でわかったとは思うが、あの力を表出させるには本人の強い感情が必要不可欠でな。 だから、リアリティを追求するために内緒にしただけだ」

「リアリティ?」

「あいつにあらかじめ計画を伝えれば、反対されるか何かしらのボロが出る。 霊夢も聡い部分があるから、このことを先に話していれば計画が失敗する可能性があった」

「ああ、確かにね」

「まぁ、お前は感情の表現が下手だからな。 うまく感情を誘導できるよう、ただ万全を期しただけだ」

 

 ……う、うん。 まぁ、母さんはそういう演技力とかあんまりないタイプだから、もし母さんがそれを知ってたら私も多分何か不穏な空気は感じてたわ。

 それにそれに? 感情が邪神の力の大きな鍵になることをあらかじめ知らされていれば、多分私は今回の件であんまり怖がったりなんてしなかったかな。

 多分境界の途中で先生とはぐれた後に花畑を踏み荒らしたあたりで、「ああ……多分、紫が私を追い込むためにドッキリでも仕掛けたんだろうな」くらいに考えたと、思うよ?

 そういう意味じゃ、手っ取り早く邪神の力を出させるには、確かに今回のやり方が一番確実だったのかもしれない……けど、さぁ。

 

 だけど、どうしても一つだけ言いたい。

 こんな重要な事実を次々と聞かされた中で、多分かなりどうでもいいことだと思うけど、それでも一番言いたいことがある。

 藍の最後の言葉について、さっきからずっと心のモヤモヤが晴れないのだ。

 「お前は感情の表現が下手だからな」。

 「お前は感情の表現が下手だからな」。

 大事なことなので、二回言いました。

 これについては多分誰もが思っていることだろうから、せーので藍に言ってあげたい。

 せーのっ、

 

 

「 お 前 が 言 う な ! 」

 

 

 ……ふー。 何だかわからないけど、すごくスッキリしたわ!

 

 でも、いつも「あんた」とか「藍」って呼んでる私が、いきなり大きな声でお前とか言ったもんだから、流石の藍もけっこう戸惑っていた。

 ってか冷静に考えると人格攻撃っていうか、けっこうひどいことしたよね、私。

 なんかごめんね、藍。

 

 

 





今さらだけど、こいつら全然日常してねえ(笑)
タイトル詐欺とか言われる前に、次の章辺りは日常パートしておきたいと思います。

あと、12月に書く時間がとれなくて書き溜めが尽きてきたので、しばらくは後書きに簡単な次回予告的なのを載せていきます。(週1の更新は、多分しばらくは無理っす)




次回予告

紫たちとの和解を終えた霊夢を待ち構えていたのは、別人のように変わり果てた母の姿。
霊夢の言い分を頑なに聞き入れようとしない母を相手に、霊夢がとった行動とは……

次回
第21話 : 第一次反抗期、襲来!




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