「見せてみなさい!」……とかカッコつけたセリフを言ってみたものの、正直なところ本当に死ぬかと思った。
開口一番に魔理沙が放ったレーザービームみたいな何かは、私の後ろにあった大岩を粉々に砕いていた。
何アレ? 冗談とかじゃなくて、あんなのにまともに当たったら本当に死んじゃう。
最近の私は橙にならあんまり霊力も使わずに安定して勝てるようになってきたし、少しなら藍のスピードにもついていけるようになってきたから、とっさに弾道を見切って避けることもできたが、去年の私だったら油断してる内に勝負はついていた。
正直言うと私はもう冷や汗でいっぱいなのに、魔理沙は「やるな、霊夢!」とか言ってきそうなくらい楽しそうに笑っていた。
「へえ。 少しはやるじゃない」
「まだまだ、これからだっ!!」
マジでか。 もう今のでお腹いっぱいよ、ハッタリならやめてよね。
そう思ってるうちに、魔理沙が辺りに星の欠片を散りばめる。
「『スターダストレヴァリエ』!!」
そして、それを見て私は確信する。
木っ端妖怪では対処しきれないほどの魔弾が、一つ一つ綺麗に凝縮されていた。
魔理沙は多分、もうその辺の妖怪なんかとは比べ物にならない相手にまで成長しているのだろう。
「……なるほどね」
正直言うと、私は魔理沙のことをまだ侮っていた。
こういう勝負でならまだ私の方が遥かに強いのだと驕っていた。
ちょっとアドバイスしつつも攻撃を全部見切って、落ち込む魔理沙を慰めてやろうとか思っていた。
だけど、やめよう。
本気で私に向かってくる強敵に、そんな失礼なことを続けるわけにはいかない。
全力で、勝負をつける。
「いくぞ、霊夢っ!!」
星の欠片を放ちながら、魔理沙が突っ込んできた。
私はその星々の隙間を瞬時に潜り抜けて、魔理沙の箒の先端を地面に叩き付けるように軌道を逸らす。
「え……っぁ”!?」
地面に向かって加速した魔理沙の顎を、私は狙い澄ましたかのように膝で迎え撃つ。
これで隙はできたから、あとは止めを刺せば終わりだ。
そのまま宙に放り出された魔理沙に飛び乗るように額を掴み、封魔陣をかけようとしたところで……私の腕は止められた。
母さんが、焦った表情で私を止めに来たのだ。
そこで私はようやく、魔理沙が人間だということを思いだした。
「魔理沙!? しっかりしろ…」
私は母さんに突き飛ばされて、呆然としたまま動けなかった。
魔理沙はぐったりしたまま動かない。
それはそうだ。 多分顎の骨が砕けて、脳にまで衝撃が伝わってるはずなのだ。
下手すれば、死んでるかもしれない。
「あ……ゆかり、どうしよう、私……」
私はどうしたらいいのかわからなかった。
そこに、数秒前までの楽しい雰囲気はなかった。
先生も深刻そうな顔で魔理沙に駆け寄るが、それはどうしようもないものだった。
魔理沙は虚弱な人間で、まだ小さな女の子なのだ。
壊れてしまった人間は、妖怪のようには復活しない。
母さん以外の人間をまともに相手にしてこなかった私は、そんなことすらも忘れていたのだ。
「……まだ、生きてはいるわ。 だけど、このままじゃ間違いなく後遺症が残るわね」
「後遺症?」
「少なくとも、生き残ったところで今までのように自分の足で立って生活するのは……普通に言葉を発するのは無理ってことよ」
「っ――――」
私は、血の気が引いていくのを感じた。
私の軽率な行動で、魔理沙の人生を壊してしまったのだ。
家を飛び出してまで魔理沙が目指した夢を、私が一瞬で奪ってしまったのだ。
私の頭はもう真っ白で、何も考えられなかった。
「……でも、魔理沙が助かる可能性がない訳じゃないわ」
「え?」
だけど、紫がそんなことを言った。
「一人だけ、この状況を打開できる奴を知ってるわ。 このくらいの疾患なら直せる万能薬を持っている妖怪をね」
「え? じゃあ、それをもらってくれば…」
「でも、かなり危険な相手よ。 それに、私たちが行っても間違いなく諍いを起こすだけだわ」
紫は勿体つけたようにそう言う。
いや、紫の目を見る限り、本当に危険なのだろう。
母さんや先生も紫が言う相手を察してか、表情は優れなかった。
「……じゃあ、私が行く」
「待て霊夢、お前にはまだ無理だ! 私が行く」
「先生?」
「幸いにも、私はまだそいつとほとんど面識がないからな。 お前たちとは違って、少しは話もできるかもしれん」
先生が私を抑えるように前に出る。
それを見た紫は、首を振って言った。
「ダメよ。 貴方はここに残ってもらうわ」
「はあ!? ちょっと待て、どうして…」
「魔理沙に何かあった時のために、貴方がここに残る必要があるわ。 歴史改変の能力を持つ貴方がね」
「――っ!? ……意味、わかって言ってるのか? 霊夢の前なんだぞ!」
先生が、見たこともないほどの形相で紫のことを睨んでいた。
歴史改変? 先生ってそんなことできるの?
それは私には初耳だったけど、今はそれを気にしている場合じゃない。
それなら代わりに私が、一刻も早くその薬をもらいに行かなきゃならない。
だけど、私を止めるように母さんが前に出て言った。
「……いや。 だったら私が別口で何とかしよう」
「別口?」
「確かに紫の案も有効かもしれない。 だけど、霊夢にはまだ危険すぎるし、私はもっと確実な方法を知ってる」
もっと確実な方法と聞いて、紫は怪訝な表情を浮かべていた。
恐らく紫は、自分の案が魔理沙を助ける唯一の方法だと思っていたのだろう。
まるで自分が知らないことなど、幻想郷にはないと言わんばかりに。
「だから紫。 私と魔理沙を人間の里の入り口まで送ってくれないか」
「待ちなさい。 そんな必要は…」
「絶対に魔理沙のことは助ける。 だから、頼むよ紫」
母さんの目は、真剣だった。
紫も何かを察したのか、母さんの後ろに境界を開いた。
「……わかったわよ。 勝手になさい」
「ありがとう」
そして、母さんは魔理沙を背負ったまま先生に向かって、
「慧音! 霊夢のこと、頼んだ」
「待て、お前は…」
それだけ言って、隙間の中に消えていった。
紫さえも知らないところで母さんが何をするつもりなのか、私も気になる。
だけど、この際それはもういい。
「……紫。 私も行く」
「霊夢!?」
母さんのことを信頼してない訳ではない。
だけど、魔理沙を助けられる手段は、多いに越したことはないのだ。
紫の心当たりを私が埋めれば、きっと魔理沙は私か母さんのどちらかが助けられる。
「……そうね。 でも、霊夢にはまだ少し荷が重いかもしれないけど、大丈夫?」
「大丈夫な訳ないだろう!? そんなの…」
「いいの。 心配してくれてありがとう、先生。 でも、私は絶対魔理沙を助けたいから」
私の真剣な目を察して、先生は押し黙る。
だが、諦めたようにため息をついて、
「わかった。 ただし、私もついていく。 別にかまわないだろう?」
「……そうね、魔理沙はあの子と一緒に行っちゃた訳だし」
「紫はどうするの?」
「私は、あの子を追うわ。 魔理沙のことも、境界を弄り続ければ少しは延命できるだろうからね」
そして、紫は何か考え込むように目線を下げながら、境界を開いて言う。
「霊夢。 その相手なんだけど……」
「わかってる。 なんで紫が、そんなに私を止めるのかも」
「そう。 ……いざという時のために、できるだけ早く藍を向かわせるわ。 だから頑張るのよ、霊夢」
「うん。 ありがとう紫、行ってくる!!」
そして、私と先生は境界の中に飛び込んだ。
……あ、ヤバい。 この時点で身体の震えが止まらない。
私はもう、その相手が誰なのか予測がついているのだ。
幻想郷で、紫と並んで最も有名な妖怪の一人。
紫を差し置いて最強の名を手にするまでに至った、最恐の妖怪。
だけど、今はそんなことを考えている場合じゃない。
先生も一緒なら、きっと何とかなる。
絶対、私が魔理沙を助けるんだ!
そして、暗い境界の先に、その景色が見えてきた。
視界いっぱいに広がる花畑が。