「……ひ、久しぶりね。 元気してた? 相変わらずチビね」
「ダメだダメだ霊夢! せっかくの再会なんだぞ? もっとドラマチックにだな」
あああああああああもう、暑苦しいっ!!
妖怪の山の集合場所への道中、私たちは不運にも先生に出会ってしまった。
そして、歩きながら魔理沙への再会の挨拶の稽古をさせられていたのだ。
面倒なので聞こえてきた言葉をそのまま左へ受け流そうとするが、先生のマシンガントークを全て受け流せるほど私は器用ではなかった。
「ほら、ちゃんと名前も呼んで、もっと会いたかったっていう気持ちを込めて、飛び跳ねるような気持ちでもう一回!!」
「……わ、わぁーっ! 久しぶりね魔理沙、元気してた!? 会いたかったわ、相変わらずチビね!!」
「最後のは余計だアアアアアアっ!!」
うるさああああああいっ!!
とか言えたらなあ……でも、そんなこと言ったら先生の頭突きが飛んで来かねないので言えない私。
そんな私と先生の掛け合いを見ていた母さんが、苦笑しながら言う。
「まったく、相変わらずだな慧音は。 でも、その元気さは霊夢も少しくらい見習った方がいいぞ」
「嫌よ、こんな暑苦しいの…」
……………
―――――――はっ!!
ヤバい、一瞬三途の川が見えた。
先生が前を向いたまま横に傾くように不意打ちで頭突きを入れてきたのだ。
いつものように正面に構えられたときは頭に軽い結界を張って威力を軽減しているが、突然やられるとそんな前準備をする余裕はない。
多分先生は威力を軽減したつもりだとは思うが、子供にハンマーで殴られたくらいには痛い。
つまり、運が悪ければ死ぬ。
いつの間にかうつ伏せに倒れていた私が涙目になりながら顔を上げると、正面に回り込んだ先生の笑顔が怖かった。
「で、私が何だって? 霊夢」
「……いやー、私も先生を見習ってそんなダイナマイトボディになりたいなー、と」
「ダイ……!? っ――――!!」
私の視線の先がどこに向いてるかわかると同時に、微妙に前かがみのセクシーポーズになってた先生の頭がもう一度振り下ろされる。
が、さっきのような勢いはない。
とっさに飛びずさった先で顔を上げると、先生が顔を真っ赤にしていた。
「れ、れれれ、れーいーむー?」
「冗談よ、冗談。 だから落ち着いて、ね? せーんせ」
先生は、こういうネタにはめっぽう弱い。
からかうと面白いけど、夏場はよけい暑苦しいから止めておいた方がいい。
「まったく、こんな子供の戯れに大人げないわよ。 ねー母さん」
「……」
「母さん?」
「……どうせ私はお子様体型だよ。 悪い!?」
……あれ、もしかして地雷踏んだ?
ってか気にしてたんだ。
いやー、母さんもルックスはいいし髪も肌も綺麗なんだけど、なにぶん凹凸の少ないところとかね。
別に際立ってお子様体型って訳でもないけど、いつも周りにいるのが先生とか紫とか藍だから、どちらかというと橙や私と同じグループになる。
まぁ、その3人と比べるのも少しかわいそうな気もするけどね。
ってよりも、そういうの気にするなら、まずはもっと女らしい格好をして喋り方や中身から変えていく方が先だと思う。
「……まあまあ、母さんにもいいところはあるから」
「本当?」
「そうよねえ。 うっすい胸とかちょうどいい抱き心地の背丈とか」
「そうそう、うっすい…」
って、何言わせるんじゃあああああっ!?
ああ……母さんのテンションが朝と比べてどんどん沈んでいってるのがわかる。
本当にタイミングといい言動といい空気が読めないわねこいつは。
「……で、紫。 いつから見てたのよ」
「わ、わぁーっ! 久しぶりね魔理沙、元気してた!? 会いたかったわ、相変わらずチビね!! ってとこからね」
似てない、全然似てない。
私の真似のつもりなんだろうが、子供だと思っていちいち声色を高くして目をキラキラさせながら言うあたり、めっちゃ腹立つ。
ってかヤメヤメ。 改めて第三者が言ってるのを聞いたら、私の言うようなセリフじゃないってわかるわ。
どっちかというと……
「おおっす! 久しぶりだな霊夢っ、元気してたか? 会いたかったぞ~……ってあれ? 全然成長してないな」
そうそう、あいつが言うようなセリ、フ、
「……って、ななななななあああああっ!?」
「どうした霊夢? そんな豆鉄砲食らったような顔して」
お、おおおお落ち着きなさい博麗霊夢、冷静になるのよ。
草むらから飛び出してきた怪しげな金髪、それが突然抱きついてきた、ここまではいい。
服のチョイスも多分あいつのものだ。 上から下まで全身白黒の怪しい服だ。
だけど、おかしい。 私よりチビだったあいつが、いきなり母さんより大きくなって、巨乳とは言わないまでも十分な……
「……って、あんた誰よっ!?」
「え?」
冷静に考えると声質は澄んでいて、少しハスキーがかったあいつとは似つかない。
ってよりも流石に1年で身長がここまで伸びるはずがない。
むしろ何で気づかなかったんだ私はって感じで、いつものような冷静で白けきった態度が戻ってくる。
私がジト目で見つめると、そいつはウインクをしながらポーズを決めて言った。
「私、霧雨魔理沙! 魔法の森に住む普通の魔法使いだぜ☆」
「嘘つけ」
「……あー、何よつまんない子ね。 子供はもっと子供らしくしなさいよ可愛げのない」
「えっ?」
と、そいつは突然かぶっていた白黒帽子を不機嫌そうに地面に叩き付けるように投げ捨て、あからさまに冷めた目で声のトーンを下げてそんなことを言ってきた。
……って、なんで私怒られてんの!?
何か知らないけど、今の一瞬でわかった。
こいつは、苦手だ。
「おーい! 待ってくれよアリ…痛っ!?」
「違うわ、公式の場では私のことは巨匠と呼びなさい」
「師匠じゃなくてか!?」
「嫌よそんな安っぽい呼ばれ方」
「はいはい……って、あっ」
そして、今度こそ間違いない。
私より小さい背丈に白黒帽子、あの頃とほとんど変わってない魔理沙の姿だ。
よし。 久しぶりね、元気だった? って感じでやっぱりシンプルに、今までみたいにクールにいこう。
「やっ、やあ、久ぶ、ひさ、ひさし……」
あれ?
ヤバい、うまく声が出ない。
たかがあいつと会うために、何で緊張してんのよ。
まぁ、確かに友達に再会するなんてシチュエーションは私には無縁だったけど。
でも大丈夫よ、難しいことなんてないわ、いつものように冷静に…
「ひ、久しぶ…」
「おっす霊夢! 元気だったか? いやー、会えて嬉しいぜ」
「え? ええ元気、私は元気…」
「先生も久しぶり! 前はいろいろ迷惑かけちゃってごめんなー」
「ああ。 元気そうで何よりだ、魔理沙」
そう言って先生と、なぜか紫や母さんにまでご丁寧に挨拶していく魔理沙。
そして取り残される私。
……何だろう、この敗北感は。
サラっと私のこと流して、何なの? この、私一人だけ昨日は楽しみで眠れませんでしたみたいな雰囲気。
ムカつく。 何がムカつくって、いつの間に仲良くなっていたのか魔理沙と話しながらニヤニヤとこっちを見てくる母さんと紫が一番ムカつく。
「それで魔理沙、後ろの人が話に聞いてた…」
「ああ、紹介するぜ。 私の魔法の師匠の……っった!?」
「……」
「……巨匠、の、」
「アリス・マーガトロイドです。 ご機嫌麗しゅう、妖怪の賢者に博麗の巫女」
そして、そいつは魔理沙にデコピン食らわせた直後、優雅にスカートの端を持ち上げて頭を下げる。
何という変わり身の早さだこいつ。
正直言うと、私じゃ絶対こいつに合わせることなんてできない。
普段は絶対思わないけど、今こいつに会って初めて思ったことがある。
私の師匠が紫で、こいつじゃなくて本当によかった。
「じゃあ、挨拶も済んだし私は今日は帰るわ」
「え? 待てよアリス…ってげほっ!?」
そして、再びデコピンされて変な声を出しながら吹き飛ぶ魔理沙。
……って、一瞬魔理沙の方に目を向けてる間にもう帰ってるし!
何よあいつ、気まぐれとかいうレベルじゃないわね。
「……随分と、個性的な方ね」
「ははは、否定はしないぜ」
「それより、いいの? 今日は私たちと話しに来た訳じゃないんでしょ?」
そう言って、紫は私を一瞥する。
それにつられるように魔理沙の視線が私に向く。
……ふん。 今更もういいわよ。 別に、そんなに私に会いたかった訳でも何でもないんでしょ?
そう思って、私は不機嫌そうに目を逸らそうとして、
「いいんだ。 今日は、ただ仲良く再会の挨拶に来ただけじゃないからな」
「え?」
「私は霊夢に必死で追いつくって伝えたからな。 その成果も見せてないのに、いきなり仲良しこよしの態度で接するのなんて、霊夢に失礼だろ?」
そう言って私を見る魔理沙の目は、メラメラと熱く燃えてるのがわかる。
やめてっ、そんな綺麗な目で私を見ないでっ。
そんな約束も忘れて子供みたいにふて腐れてた私が恥ずかしいじゃない!
やっぱり、魔理沙はアホみたいな態度をとっていても、本当は私なんかよりずっと大人なのだ。
そして、私がそんな恥ずかしいことを考えていたのを魔理沙は知らず、私のことをクールで大人びた相手だと思っているのだろう。
そんな魔理沙の思い込みを壊さないように、私はクールに対応しなければならない。
……いや、別に壊してもいいけど、何かいろいろガッカリされてしまいそうで恐いのだ。
「ふーん。 そこまで言うってことは、少しはデキるんでしょうね?」
「ああ。 まだ追いついただなんて思っちゃいないけど、期待してくれてもいいぜ?」
「そ、わかったわ。 紫」
「はいはーい」
「うおっ!?」
紫が例のごとく私と魔理沙の間の隙間から出てくる。
私はもうだいぶ慣れたけど、やっぱ初見だとこの登場の仕方は心臓に悪いわよね。
「えっと。 お昼前にせっかくだし、これから霊夢がいつも修業の一環でやってる1対1の実戦形式の勝負をしてみようと思うんだけど、魔理沙はそういうの初めて?」
「……い、いや。 アリスやその辺の妖怪と何度かやりあったことはあるぜ」
「なるほどね。 じゃあ、ルールは相手を無力化させるかギブアップさせた方の勝ち、それでいい?」
「ああ、いいぜ!」
そう言って魔理沙はその手に箒と……何かよくわからない物体を持っている。
多分あれが魔法使いの装備なのだろう。 少し警戒しておこう。
そして、それを観察しているうちに準備が整った私に、母さんがそっと耳打ちする。
「……念のため言っておくけどな。 本気になっちゃダメだぞ、霊夢」
わかってる。
そもそも今までガリ勉だった奴が1年くらい本気でやったところで、そこまでのレベルになっているはずがないのだ。
だから、今回は私は魔理沙に少し胸を貸してあげるつもりだ。
「さて、じゃあ準備はいい? 実戦訓練、レディ……ゴー!!」
とはいっても、せっかくなので少しくらいは圧倒的な実力差というものを見せつけておきたいという気持ちもある。
という訳で、ここは一つ軽くあしらって、現実の厳しさというものを教えてあげよう。
「さあ魔理沙。 あんたの1年間の集大成、私に見せてみなさい!」
「ああ、いくぜ霊夢っ、『マスタースパーク』!!」