霊夢と巫女の日常録   作:まこと13

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1章からおよそ1年後



第2章:家族
第13話 : せめて夢の中ぐらいは平和にしてて欲しい


 

 

 

 少しだけ、嫌な夢を見た。

 人を愛し、人を助け、その身を犠牲にしてでも誰かのために尽くしたとある人間。

 だけど、その人は誰からも受け入れてもらえなかった。

 行く先々で化け物だと、妖怪の仲間だと言われ、それを否定するために悪い妖怪を退治しても決して認めてはもらえなかった。

 人間からは恐怖の目で見られ。

 妖怪からは嫌悪の目で見られ。

 次第に心を失っていった、一人の悲しい人間の夢。

 

 だけど、その夢には少しだけ救いもあった。

 

「貴方ね。 妖怪を退治して回ってるという人間は」

「……」

 

 突然何もない空間から現れた妖怪を前に、その人は驚くことすらなかった。

 その反応を見た妖怪は、厄介なものを見つけたと言わんばかりに頭を掻いて言った。

 

「ああもう、本当に噂通りね。 妖怪をこれっぽっちも恐れちゃいない。 臨戦態勢の私に会ったのなら、普通は妖怪ですら裸足で逃げ出すのに」

「だろうな。 だが、そんなのは私の知ったことじゃない」

「知ったことじゃない? いいえ、これは大問題よ」

 

 そう言うと同時に、妖怪は無限の境界を背後に開いた。

 並の者ならそれを見ただけで卒倒しそうな光景だけど、その人はまるでただの有象無象を目の前にしたかのように淡々と霊力を纏って構えた。

 

「妖怪は人間を脅かす。 人間は妖怪を恐れる。 その方程式が成り立つからこそ、幻想郷はいろんな種族が平和に暮らせるの」

「そうか」

「だから、妖怪を少しも恐れない……いや、むしろ人間でありながら妖怪を脅かす貴方の存在は――」

 

 そして、その人の後ろで大きく空間の隙間が開いて、

 

「――この世界にとって、邪魔でしかない」

 

 そこから九本の尻尾を持つ妖狐が飛び出して、その鋭い爪を振う。

 それと同時に、背後の空間の隙間から現れた無数の武具が、弾けるようにその人を襲った。

 

 そこで、終わりのはずだった。

 少なくとも、妖怪たちはそのつもりだったと思う。

 だけど、その2人の攻撃が当たる直前、辺りは突如として蜻蛉に包まれて……

 

 ……

 

 それから何時間経っただろう。

 気付くと、最初の面影など欠片も感じられないほど荒れ果てた景色の中に立っていたのは2人だけだった。

 妖怪と妖狐ではない。

 体中に大傷を負って満身創痍になった妖怪と、空間の境界に両手足を捕われながらも冷ややかな目をしたままの人間の姿だった。

 瀕死の重傷を負った妖狐を、妖怪はその能力を使って既に逃がしていたのだ。

 人間は、少しだけ息切れしていた。

 力を使いすぎたのか、その長い髪は色素を失って真っ白になっていたけど、それでも最初と変わらぬ目をして立っていた。

 それ自体があり得ないことだった。

 時代が時代ならたった一人で世界を脅かすこともできる九尾の妖狐を、それを使役するような大妖怪と同時に戦って生きている、ましてやそれを退ける人間は、もう人間とは呼べない。

 人間の里の人たちの言うとおりの、化け物。

 きっと、その人自身がそれを一番よくわかっていたと思う。

 

「ねえ―――」

 

 だけど、そこに立っていた妖怪はなぜか笑っていた。

 フラフラながらもまだほんの少しだけ余裕の残る表情で、その人に手を差し伸べて――

 

 

「貴方、博麗の巫女をやってみない?」

 

 

 そこで、夢は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「起きてー、れ~い~む~っ!!」

 

 痛い。

 ほっぺたがぐにぐにと横に引っ張られている。

 誰だ、とかは言わなくてもわかってる。

 橙ならもっと過激に起こすし、藍なら冷静に起こすし、紫なら陰湿な悪戯を仕掛けてくる。

 だから、間違いない。 母さんだ。

 少しだけ目を開けるとそこには予想通り、私にかぶさるようにして頬を引っ張りながら、まるで母親を起こす小さな子供のような屈託のない笑顔をした母さんがいた。

 

「……もう、どうしたのよ朝っぱらからテンション高いわね」

「ひどい霊夢っ、忘れたのか!? 今日は一緒に出かける約束だっただろ!」

「……あー、そうだったわね」

 

 少しだけ横に目線を逸らすと、大きなリュックサック一杯にお弁当やら着替えやらいろんな物が詰め込んであった。

 そう、今日は修業のついでにピクニックに行こうという話なのだ。

 今日は巫女はオフの日ということで、変わった感じのズボンにサスペンダーという、とても大人の女性が着るとは思えない男の子みたいな格好をして、その目は眩しいくらいに輝いていた。

 ……ああ、夢に出てきた昔の博麗の巫女らしき人とはえらい違いね。

 ただの夢の登場人物と比べるのもどうかと思うけど、母さんももう少しでいいから大人になってほしいものだ。

 

「ほら、早くしないと待ち合わせに遅れるぞ!」

「別にいいでしょ。 紫たちなんて少し待たせてやるくらいのほうが…」

「何言ってんだ、今日は慧音と魔理沙ちゃんも来るんだろ?」

「……ああ、そういえば」

 

 しばらく前、紫が魔理沙のことを見つけたという。

 数か月も行方不明だったが、今は魔法の森という迷路みたいな森の中に住んでて、近くで魔法使いとして師事する相手も見つけたらしい。

 私は私で去年のわがままが祟って修業が今まで以上に鬼のようになってたから、会いに行くこともなかった。

 だけど、先生がせっかくなので久々に私も連れて行きたいということで、今日は魔理沙と会う名目で、一緒にピクニックに行くことになったのだ。

 

 ……という話があったのとか、完っ全に忘れてた。

 もう1年ぶりくらいだったっけ、会ったらなんて言おう。

 久しぶり? 元気してた? 相変わらずチビね?

 あー、わからん。 とりあえず行き当たりばったりで行こう。

 

「だから、早く行くぞ、霊夢!」

「はいはい」

 

 行き先は、ピクニックらしく山である。

 排他的な思想をした天狗たちの社会がある、妖怪の山。

 ……はぁ。 どうせまた天狗にケンカ吹っかけろとか無茶な修業が始まるんだろうなー。

 私の気も知らないで、母さんはたかがピクニックで大はしゃぎだ。

 

 そして、私は眠い目を擦りながら母さんに手を引かれて博麗神社を出発した。

 

 

 


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