霊夢と巫女の日常録   作:まこと13

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第12話 : ずっと欲しかったもの

 

 

 

 私は、その本を掲げたままじっと立っていた。

 あいつが、私に少しだけ目を向けたことにも、気付いていた。

 だけど私は何も言うつもりはない。

 あいつの方から何か言ってくるまで、何も言うつもりなんてない。

 

「……やっぱりすごいですね、博麗さんは」

 

 やっぱり、こいつから博麗さんって呼ばるのはどこかくすぐったい。

 それは、別にこいつが「れいむ!」って元気に呼んでくるのに慣れていたからじゃない。

 どこか無理してそう呼んでるのが、聞いてるこっちからも痛々しいほどにわかるからだ。

 

「すごい? 何がよ」

「私は生まれてから今までずっと、お父様に言われて勉強ばかりさせられてきたんです。 他の子が遊んでる間に、家族と喋ってる間に、修業してる間に」

「……」

「それで身に付けたのが、こんな知識だけです。 この8年、ただそれだけのために生きてきました。 ……それだけのために、全部捧げてきました。 他には私には何も……何もないんです」

「ふーん」

 

 こいつの喋り方に、濃淡はなかった。

 抑揚のない泣きそうな声で、独り言のようにそう言っていた。

 

「なのに、博麗さんは全部持ってる。 私が持ってないもの、全部。 なのに、私が必死に努力して、努力して、やっと身につけたものさえ簡単に手に入れてく」

「……」

「……ずるいよ、どうしてよ。 なんで、私には何もないのに。 才能もないし、温かい家族もいない、自由も許されない。 それなのに、博麗さんは……っ!?」

 

 ……あ、ヤバい。

 いつの間にかこいつのこと、ぶっ飛ばしてた。

 そんなつもりはなかったのに、こいつの言い分聞いてたら無性にイライラしてついやってしまった。

 だけど、反省するつもりなんてない。

 

「甘えたこと言ってんじゃないわよ」

 

 私は、泣きそうな顔で床に倒れてるこいつの胸倉を、自分でも気づかない内に掴んでいた。

 

「あんたには何もない? それなのに私は全部持ってる? まるであんたが世界で一番不幸みたいなその言い方、ムカつくのよ!!」

「だって! 博麗さんは…」

「あんたには家族がいる! その気になれば自由だって手に入る! なのにそれ以上、何を望むっていうのよ!!」

「違う! そんなことない!」

 

 違う? 何が違うって?

 もう無理、もう一回殴ろうこいつ。 とか考える前に手が出てた。

 だけど、それでもこいつは頬を腫らしながらも私に食って掛かってくる。

 

「博麗さんに、わかるもんか! 優しい家族に囲まれて育った博麗さんなんかに!!」

「ええそうよ、わからないわよ。 確かに今の私は幸せだからね。 私の隣で手を取ってくれる家族も、不器用ながらに私を見守ってくれるバカたちも、私にはもう十分すぎるほどいるから!」

「だったら!」

「だけど、それを手にする前まで本当に孤独だった子の気持ちがあんたにわかる? どれだけ努力しても、どれだけ何かを成そうとも、誉めてくれるどころか話す相手すらいない子の気持ちがっ!!」

「え……?」

「他の子みたいに遊びたいならそう言えばいい! 家族と話したいのなら、本気でぶつかってみればいい! あんたは恵まれてんのよ、そんなことができる相手がすぐ近くにいるあんたは!! なのに、あんたは一度でもその気持ちを伝えたことがあんの? 他の子みたいに遊びたいって、家族と話したいって、本気でぶつかったことがある!?」

「それは…」

「あんたにはわかんないでしょうねえ! いろんな人に囲まれてぬくぬくと育って、言いたいことを言える相手もいつだって近くにいる! そんなあんたにはっ!!」

 

 あー、ヤバい、何これ。

 何で泣いてんのよ私、我ながらもう意味わからんわ。

 別にこいつに説教しに来たわけでも何でもないのに、どうしてこんなことになってんのよ。

 どこに行ったのか母さんはもう近くにいなさそうだし、だんだん外も騒がしくなってきたし、あまりここに長居はできない。

 逃げることを考えれば、この辺が潮時だろう。

 だけど、それでも私は続けた。

 続けなきゃいけないんだと思っていた。

 

「……でも、あんたなら変われる。 相手にするのも面倒な子供の中で私が唯一認めたあんたなら、自分の道くらい自分で切り開けるわ」

「え?」

「今日私が来たのはね。 一つだけ、あんたに言ってやりたいことが……教えてやりたいことがあったからよ」

「教えるって、何を……」

 

 つっかえ棒で開かなくしたドアを蹴破ろうとしているかのごとく、外からドンドンと音が鳴ってくる。

 私はそれを気にせず、さっき床に落としてしまった分厚い微積分の参考書を無造作に拾い上げた。

 

「これの、使い方よ」

「使い方って、そんなの勉強のために…」

「違うわ。 これはね、こうやって構えて―――」

 

 そして、遂にドアを蹴破って慌ただしくこの部屋に入ってきた男に向かって、

 

「こんなもん、わかるかああああああっ!!」

「ぶっ!?」

 

 それを、思いっきり投げつけてやった。

 ああ、何かこの数日の疲れが全部とれたかのようにスッキリしたわ。

 目の前で、こいつは口をぱくぱくさせて驚いていた。

 そして額に巨大な本が直撃した男は泡を吹いて倒れていたが、私は見なかったことにしつつ、壊れたドアから他の奴が入ってこれないよう冷静に結界を張り直す。

 

「こうやって使うのよ」

「あ、あの、それは……」

「私には、無理だったのよ」

「え?」

 

 さて、ここからが本題だ。

 ザ・屈辱タイム。

 だけど、もうそんなことは気にならない。

 プライドとかそういうのは、ぶっちゃけどうでもいい。

 

「この一週間ね、修業の時間も寝る間も惜しんでいろいろと基礎からやってみたわ。 だけど、ダメだった。 正直3日も経った頃には心が折れたわ」

「……」

「でも、あんたには簡単にできるんでしょ? まだ他の奴が分数なんてやってるのに、あんたはもう全部できるんでしょ?」

「……はい」

 

 やっぱりか。

 こいつはもう、私なんかがどれだけ頑張っても追いつけないくらい先に行ってる。

 一週間前の私に会えたら、無駄なことはやめとけって言いたくなるくらいに。

 だけど、正直もう悔しくなんてない。

 

「それは、十分な才能よ。 この幻想郷の子供にあんた以上はいない、それは誇っていいことよ。 ……それが、あんたが本当にやりたいことならね」

「え?」

「そんなつまらなそうな顔で、死んだような目でやってて楽しい? 本当に、あんたはそれをやりたくてやってる訳? 違うでしょ」

「……」

「あの時ね、あんたが持ってたこの本を見たとき思ったわよ。 負けたって。 だけどね、どうしてもあんたが嬉しそうに見えないのよ。 体育のときにはあんなに私に突っかかってきたあんたが、完膚なきまでに私を叩きのめしたってのに」

 

 私には、それが気に入らなかった。

 私に勝ったくせに、勝ち誇るでもなく空虚な目をしているこいつの態度が、ただ気に入らなかった。

 別に私が取るに足らない相手だと思っているのならそれでいい。

 いや、むしろそうだろうと思ってたからこそ私は死ぬ思いでこいつを見返してやろうと思っていた。

 だけど、今話しててわかった。 こいつは絶対にそんな風に思ってはいない。

 こいつは、本当は……

 

「あんたは、別に勉強で私に勝ちたい訳じゃない。 勉強で人間の里のトップに立ちたい訳じゃない」

「……」

「そのくらい、最初からわかってんのよ。 あんたは私が得意気にあの参考書を掲げたから凄いと思ったんじゃない。 この屋敷のセキュリティを掻い潜ってここに来れたから凄いと思ったんでしょ。 あんたの頭脳が私の遥か上にあるのと同じくらい、私の強さがあんたの上にあるから……悔しかったんでしょ?」

「……うん」

 

 今思うと、こいつはいつもそうだった。

 勉強なんていつも手を抜いて作業のようにやってたのに、勝負をする時は誰が相手でもいつも本気で、そして負けず嫌いだった。

 年上のグループを相手に一人で喧嘩した時も、同じクラスの子供たちとスポーツをする時も、勝てないとわかっている妖怪に立ち向かう時も、こいつは全力だった。

 ならば、きっとそれがこいつの進むべき道なのだろう。

 やりたくもないことに囚われて全てを捨てるのなんて、そんなに勿体ないことはない。

 だから、私はもう一つだけ言ってやろうと思う。

 だいぶキザなセリフになってしまうかもしれないが、一度くらいいいだろう。

 

「だったら、全力で私を追ってきなさい」

「え?」

「私は、いつだってあんたより前にいるわ。 それが悔しかったら、これ以上離されないように頑張りなさい」

「でも、私は……」

「ま、あんたがどっちの道を歩くと決めたって、私には別に関係ないけどね。 でも、もしもあんたが私と同じ道を歩くというのなら、私はその道をあんたよりも遥か先に進んであげる。 あんたがもう迷わないくらい、どこまでも新しい世界を切り開いてあげるわ! だから―――」

 

 私は、手を差し出す。

 こいつの手はもうボロボロ泣いた涙と鼻水まみれになっているけど、それでも別によかった。

 

「私についてきなさい、魔理沙!」

「あ……」

 

 あー、何かちょっと照れくさいけど、念のため言っておこう。

 私は別に、こいつを子分にしたいわけでも何でもない。

 ただ、こいつは私が初めて認めた、一緒に高め合いたいと思えた相手だから。

 ……いや、そういう言い方をするのはズルいかな。

 私はこいつを認め、そしてこいつに認めてもらう口実が欲しいんだ。

 ただ、魔理沙と友達になりたいだけなんだ。

 

「……うん。 ありがと、霊夢」

 

 そして、魔理沙はそのまま私が差し出した手をとった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 少しだけ、その後の話をしようと思う。

 

 あれで一件落着と思っていたが、よく考えたら私と母さんは屋敷の人たちを倒して忍び込んだ不法侵入者だったのだ。

 ……いや、ぶっちゃけ忍び込んだってよりも、暴れまわっていたテロリストみたいなものなのだ。

 まぁ、母さんは誰にも姿すら見られないまま何の問題もなく脱出してたみたいだけどね。

 でも、気付いたらこの屋敷の奴らに部屋を取り囲まれていた私は、とりあえず窓からそのまま空へとダイブしようとした。

 格子付きの窓で、流石に素手でこじ開けられるものではなかったが、そんなこと言ってられる状況じゃなかったので、偶然懐に隠し持っていた陰陽玉で壁ごとぶっ壊して逃げてきた。

 よく考えると、あの後の部屋って寒そうよね……ごめん、魔理沙。

 

 だけど、その部屋の持ち主が困ることはなかった。

 魔理沙が、次の日から行方不明になったからだ。

 霧雨の家を勘当されたそうで、かといって寺子屋に来た訳でもなく行き先もわからない。

 え? もしかして私のせい?

 魔理沙が住むところを失って、恐らく問題を起こした博麗神社にも何らかの処罰が下る。

 そう考えると、私は少しだけやったことを後悔しそうにもなった。

 

 でも、結論から言うと、それは私の取り越し苦労だった。

 博麗神社には何のおとがめもなく、その日あった一切が不問とされたのだ。

 魔理沙がそう取り計らったのだと、魔理沙の世話役だったあの武術使いと槍使いに後から聞かされた。

 てっきり魔理沙を失った恨み言でも言われるかと思っていた私は、なぜかその2人から涙を流しながらお礼を言われた。

 それは魔理沙の心からの笑顔を初めて見たという2人からの、裏の無い感謝の言葉だった。

 

 ただ、その時に聞かされた、魔理沙が私に伝えてほしいと言ったという言葉は、私を奮い立たせた。

 私についていくのではなく、私を超えると宣言したそうだ。

 そのために、たった一人で家を出て修業をするのだそうだ。

 そして、魔理沙が選んだ道が、

 

「私、魔法使いになる!!」

 

 ……魔法使いって、何?

 

 

 





 第1章、完。
 魔理沙みたいな別キャラの視点とか、唐突なシリアス展開とか、これからもちょくちょく出てくると思いますが、基本は霊夢が主人公のまったりした感じの小説つもりで進めます。



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