霊夢さんがログインしました。
私は再び、あの屋敷の前に来ていた。
もう、この日は来てしまった。
「たのもー!!」
元気のいい掛け声をしたが、私の顔は死にそうで、目の下には大きな隈ができている。
やるとなったら本気の紫と藍が交代で私に勉強を教えつつ見張っており、15分の仮眠をところどころ入れるのを除けばほぼ毎日24時間ぶっ通しだ。
しかも、ついでに修業もしようということで、空気椅子や片手倒立をしながら徹夜で勉強させるのとか、頭おかしいと思う。
ちなみに、当然のことながら母さんと橙は役に立たないのでしばらくは蚊帳の外だった。
だけど母さんが久々に食事を作ってくれたのは単純に嬉しかった。
でも流石に皆の前で「あーん」はやめてほしい。
食事休憩という概念がないのでしょうがないかもしれないが、紫はニヤニヤした顔で、藍は真顔でそれをじーっと見てくるから何か気恥ずかしいのだ。
だが、そんなこんなで私は1週間、地獄の勉強の日々を終えた。
ま、明日からは地獄の特訓の日々なんだけどねー。 いや、今はそんなことは考えないようにしよう。
とりあえず、あいつに言ってやりたいことはもう決まっているのだ。
「帰れ」
「……は?」
だが、意気揚々と門が開くのを待っていた私にそんな一言がかけられる。
そう言ったのは、2メートルくらいあるのではないかという筋肉モリモリのいかつい男だ。
私を怯えさせようとしているかのように、門の向こうで3人くらいが仁王立ちでこっちを睨んでいた。
その姿は……まぁ、ぶっちゃけ滑稽以外の何でもなかった。
子犬たちがライオンに向かって必死に吠えているようなものだ。
とかそんなこと思えるくらいには、私も自分が強くなったなぁという実感はあった。
そいつらはまるでそこに私がいないかのように、もう相手にしていない。
多分、子供だと思って私をバカにしてるのだろう……まぁ、別にいいけどね。
そういう場合には、せっかくだし喧嘩を売って来いと母さんに言われているのだ。
なので、私は一つ「挨拶」してあげることにした。
「あ、あのっ、すみませんっ!」
「何だ」
「はい、落し物」
「……―――――っ!?」
私がそう言って小さな物体をその男の顔に放り投げるとともに、ポーカーフェイスを気取っていた男の表情が変わった。
第二ボタン。 即ち心臓に一番近い位置にあるボタン。
紫曰く、相手のそれを気付かれずに取ってみせることが喧嘩を売る時の作法なのだそうだ。
だから私は、とりあえず門の向こうにピッタリ張り付きすぎたそいつのそれを門の隙間から一瞬で千切って、目元に投げつけてやったのだ。
「さーて、この屋敷のお姫様はどこにいるのかなーっと!!」
一瞬目を瞑った隙だらけの男の横から、私は自分の身長の倍くらいの高さがあるんじゃないかという門を飛び越えた。
そしたら、その男が私に殴り掛かってきた。
マジかこいつ、自分の半分くらいの背丈しかない女の子相手に全く躊躇しないのか。
だけど、そんな紳士な彼に失礼かもしれないけど、一つ言いたい。
……遅っそおおおおおいぃっ!!
橙の速さにすら対応できるようになった私からすれば、ただの人間の動きなど止まって見えた。
あんたは亀かと思うほどにゆっくりと向かってきたそいつの拳を、私は蠅でも払うかのように軽く受け流して屋敷に向かって駆け抜ける。
こいつの態度は正直ムカついたから軽くボコボコにしてやってもよかったけど、こんな木偶の棒に危害を加えたりしたら後で色々言われて面倒そうだからねー。
博麗神社の子が暴行を加えたとか言われたら母さんに色々と迷惑がかかりかねない。
母さんは「やっちまえ」とか言ってたけど、まぁその辺は本気ではとらえないようにしておく。
そのままあまりにあっさりと私を通してしまった門番たちは、焦りながら何か叫んでいた。
多分、侵入者が来た時の合図か何かなのだろう。
屋敷の扉までは目算3~4秒くらい。
その間に正面の扉が開いた。
屋敷の中にはゴツそうな奴から細身の奴まで、中には武器を構えた奴の姿まで見えた。
流石にこの人数を無血制圧するのは無理そうなので、とりあえず、
「よっと」
「……は?」
私は少しだけ足に霊力を纏って2階までジャンプして、そのまま窓を蹴破って侵入することにした。
普通の2階建ての高さよりも高くて割とギリギリだったけど何とかなった。
流石に空飛んだりして妖怪か何かと勘違いされたらマズいからねー。 まぁ、2階までジャンプするのも空飛ぶのも一般人からしたらそんなに変わらないと思うけど。
辺りには怒号のような声が響き渡っている。
侵入者を捕えろーとか、お嬢様は無事かーとか、命に代えてもお嬢様を守れーとか。
どこのおとぎ話のお姫様だ、あいつは。
「……ぅおっ!?」
後ろから突然飛んで来た何かを私はとっさに避けて、壁の裏に隠れる。
そこに刺さっていたのは……なんと、弓矢。
なるほどねー、そうくるかー。
過保護とかそういうレベルじゃなく、あいつに危害を加えかねないと思われた私を人知れず消そうとしているかのごとく、屋敷の奴らは本当に殺気立っていた。
いやー、金持ちの家ってのは恐ろしいね。 ただ侵入しただけでこの始末だよ。
ま、多分もう私は人間じゃなくて危険な妖怪か何かだと思われてるだろうし、しょうがないのかな。
殺せーとか物騒なこと叫んでる奴らの声とか足音を聞いた感じ16,17……うん、17人だね。
飛び道具さえも持ってるだろうそれだけの数のプロに囲まれては、正直私もヤバいと思う。
だから、寄り道せずにさっさと用事を済まそう。
「『二重結界』!」
とりあえず私は、自分の後ろの廊下の四隅に札を投げつけた。
それに呼応するかのように再び矢が放たれるが、それは結界に阻まれて力なく床に落ちる。
後ろから走ってきた奴らは、結界に対応する策がないまま足止めされていた。
さーて、あとはあいつの部屋まで急いで行くだけね。
前回来た時に、だいたいの地理は把握していた。
ここからだとあいつの部屋はそう遠くない。
遠くない、が、曲がり角を曲がった時、その方向に既に2人、私の方を見据えて優雅に佇む奴らがいるのがわかった。
こいつらは後ろから来た奴らみたいに足止めするだけでなく、その先に抜ける必要がある。
だけど……
「……なるほど。 こいつらは別格って訳ね」
あいつの部屋があるのは、確かその2人の背中の位置。
だけど、そいつらの僅かな体重移動を見ただけでわかる。
人間の、達人。
この屋敷の、本当に最後の砦なのだろう。
実際に戦わなくても、2人同時に相手するのは今の私では無理だろうことがわかる。
でも、迷ってる時間はなかった。
ここで立ち止まっていれば、その間に後ろで足止め食らってるはずの奴らが回り道をして私の前に辿り着いてしまうからだ。
「しょうがないか」
私は両手両足に霊力を込める。
人間相手に直接霊力を使うのに少しは抵抗があったが、霊力無しでどうにかなると思うほど私は自惚れていない。
そして、私は意を決してその2人に向かって地を蹴った。
それと同時に、2人は一歩目から瞬時にトップスピードに加速していた。
いわゆる、縮地というやつだ。
別に特殊な力で瞬間移動しているわけではなく、立ってる状態の位置エネルギーを利用して初速からトップスピードで駆ける、達人の技だ。
……え? 何でそんなのを知ってるかって? だって、私も今使ってるもの。
私とその2人の間にあった距離は、一瞬で詰まる。
その時点で相手の力量をある程度わかっていた私は、多分ここを突破できないことを瞬時に悟った。
右の男は武術の達人、左の女は槍術の達人。
まずは槍使いを先に仕留めないと、私に勝ち目はない。
だが、そっちに気を取られていたらもう一人に一瞬で勝負を決められてしまう。
しかも、格上というほどでもないけど、多分2人とも今の私よりも強い。
ぶっちゃけ、一人を相手に勝つのも厳しい状況なのだ。
だったら、私のとるべき道は……と、数歩の内にここまで思考を巡らせていた私だったが、その刹那、私の視界の端を何かが横ぎった。
その気配を微かに感じたのかとっさに振り返ろうとした2人は、振り返ることすらできず音も立てずに倒れていった。
何が起こったか恐らく誰もわかっていないだろうが、私は確かに見た。
あれは、伝説の「首トン」だ。
「さあ霊夢、こっちだ!!」
……母さん、何やってんのよ。
流石に博麗の巫女がこんな不法侵入まがいのことやっちゃマズいでしょ。
私が達人扱いしてた奴らも含めて、いつの間にか数秒と経たずに10人くらいの気配が減っていた。
多分、母さんは視認されることすらなく死角から首に手刀を当てて霊力を流し込み、全員気絶させてきたのだろう。
はいはい、すごいね。 正直ここまで熱く戦況を語ってきた私がバカみたいよね。
でも、せっかく私が迷惑かけないようにと思って一人で来たんだから、少しはその気持ちを汲んでほしい。
「母さん、来ないでって言ったのに……」
「別にいいだろう? せっかく霊夢が友達のために頑張ってるんだから」
母さんが微笑ましいものを見るような目をしながら、そのドアの前で私を促してくる。
「べ、別に友達なんかじゃないわよ」
「むふふ、そうなの?」
何かちょっと腹立つ笑い方でそう言ってくる母さんにいろいろ言い返したいこともあったが、迷ってる時間はない。
私は逃げるように部屋の中に転がり込んだ。
「邪魔するわ」
そう言った私の目線の先には、振り向きもせずに座っている見覚えのある姿があった。
そいつは返事をしなかった。
まるで私のことが目に入っていないかのように、ただ黙々と机に向かっていた。
だけど、私はそんなことで動じるつもりはない。
たとえこいつに届かなくとも、私は決めていた。
ただの自己満足でもいい、よけいなお世話だと言われてもかまわない。
「あんたに、言ってやりたいことがあんのよ」
そして私は、この前あいつが持っていた分厚い参考書と同じものを、見せつけるようにその手に掲げた。