霊夢と巫女の日常録   作:まこと13

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今週は霊夢さんお勉強中のため、代わって魔理沙がお届けします。




第10話 : 私は霧雨魔理沙、普通の商人見習いです

 

 

 

 私にとっての寺子屋は、勉強するための場所でも、友達と遊ぶための場所でもなかった。

 私は言葉を話せるようになった頃からほぼ毎日、寺子屋とは別に半日以上の時間を勉強と護身術の稽古に費やしてきた。

 いわゆる、英才教育ってやつだ。

 既に家庭教師から複素積分を習い終えていた私にとって、寺子屋のみんなと一緒に一桁の掛け算を声をそろえて言ったりするのは、正直辛かった。

 だけどお父様は、その感情を表に出さず、他の子と同じように授業を受けることも大事だと言っていた。

 幻想郷の商業の全てを担う霧雨家の後継ぎとして、社交的に、嫌味にならない程度の優秀さを周りに見せつけて人心を掌握するのも一つの修業だと言っていた。

 だから私は寺子屋では周囲の子の勉強をサポートしながらテストで毎回100点をとって、体育でも一番で、普段もクラスで中心に立てるように明るく振る舞ってきた。

 そうできるよう、私はずっと頑張ってきた。

 それでも、それが当然のことだと言ってお父様は私を褒めてくれなどしなかった。

 

「魔理沙ちゃん、明日は私の家で誕生会をやるの! 魔理沙ちゃんも来てよ!」

「ごめんな。 私、そういうの行けないんだ」

「あ……そっか。 でも、魔理沙ちゃんにも来てほしかったな……」

「私も行きたかったけど……でも、ごめん」

 

 毎日すぐに家に帰って勉強や稽古をしななければならないため、私は何を言われても必ず誘いを断り続けてきた。

 休みの時の付き合いができないにもかかわらずクラス内で中心に立ち続けなければならないため、私は常に気を張り巡らせながら子供たちの様子を伺い続けてきた。

 それだけのために、寺子屋での時間を使ってきた。

 全然楽しい出来事なんてなかった。

 寺子屋の授業が終わるとともに虫取り網を片手に近くの公園に走っていく子たちや、かわいい人形を両手に友達とごっこ遊びをしている子たちが、羨ましかった。

 私には、他の子たちのように心の底から笑えることがなかった。

 私だけが、他の子たちとあまりに違う世界を生きなくてはならないからだ。

 

 それが変わったのは、1年前の体育の時間だった。

 

 護身術の稽古でずっと大人を相手にしてきた私にとって、子供たちのヒーローになるのはそれほど難しいことじゃなかった。

 あらゆるスポーツでみんなの先頭に立ってきた。

 だけど、ある日のドッヂボールでクラスメイトの一人が投げたボールが……強すぎて、本当に死ぬかと思った。

 お父様に怒られて叩かれた時も、稽古で大人の男の人に投げ飛ばされた時も、私は耐えきった。

 それでも、それが当たった時は予想外の痛みに耐えられず、私はその場で泣き出してしまったのだ。

 

 それを投げたのは、博麗霊夢というクラスでもあまり目立たない子だった。

 そんな子の投げたボールに当たったくらいで泣き出してしまった私は、周りの子たちからの信頼を少し失った。

 それがお父様の耳にも入ったらしく怒られそうになったが、その子の名前を出した途端お父様の顔色が変わった。

 絶対にその子に負けないように、と言われた。

 どうやらその子の家は、幻想郷で特別な意味を持つ神社なのだそうだ。

 経済的な権力を担う霧雨家と宗教的な権力を担う博麗神社は、人間の里の人にとって重要な意味を持つ二大勢力らしい。

 その相手に負けることだけは、絶対に許されないみたいなのだ。

 

 だから、私はその日以来、他の子よりも優先的にその子と関わるようになった。

 教育方針の問題なのかはわからないけど、その子は一言で言うと適当だった。

 子供にしてはぶっきらぼうで、他の子とは違う大人びた雰囲気が、今までとは違う強敵を予感させた。

 だけど、その子と話している時は、私は初めて心から楽しんでいたと思う。

 だって、今までみたいに周りに合わせて自分を下げる必要がなかったから。

 その子に負けないようにということは、自分が全力を出していいということだったから。

 

 だけど、その子も私と同じ境遇で……いや、それ以上だった。

 

 あの子が私と違う次元で力をセーブしていることを思い知ったのは、とある事件があってからだ。

 校庭に紛れ込んだ妖怪に襲われて足が震えていた私の横で、あの子はあろうことか持っていたボールで妖怪の魔弾を木っ端微塵にしたのだ。

 私はその時初めて、同世代の子を相手に一生敵わないと思った。

 多分、あの子は私なんかよりもずっと長い間頑張って、それでも自分を抑え込んできたのだろう。

 授業中につまらなそうにしていたのも、多分私なんかよりもよっぽどできるのを、無理矢理抑えてきたからなのだろう。

 

 それ以来、お父様の私への教育方針が変わった。

 お父様は、私が体力であの子に敵わないことはわかっていたらしい。

 だけど、せめて学力では有無を言わさないほどの差をつけるために、寺子屋にも行かずに今まで以上に勉学に励むことを優先させられるようになった。

 護身術の稽古すらも、次第になくなってきた。

 3時間程度の睡眠で、起きたら勉強して終わったら寝るだけの生活。

 ただ、それだけの生活。

 何も起きない、何も楽しくない、何も変わらない、ただ10年や20年後に私が霧雨家を正しく継ぐためだけの生活が続いた。

 

 

 そんな生活が始まって1年近く経ったある日のこと。

 私は一度だけ、思い切って屋敷の人たちの目を掻い潜って外に出た。

 人間の里の外に、出た。

 行き先は決まっている。

 私が唯一敵わないと思ったあの子が、どんな生活を送っているのかが気になったのだ。

 そして、私は長い長い階段を登って博麗神社の近くにまで来た。

 そこを覗くと、

 

「痛たたたたっったった、ちょっと母さん!? もう無理無理無理無理」

「甘いな霊夢、柔軟体操は基礎中の基礎だぞ!」

「いやこれ柔軟体操ってレベルじゃなっ、痛い、割けるっ! ほんとに割ける割ける!!」

 

 本当に、柔軟体操ってレベルじゃなかった。

 変な器具に固定されたあの子は、曲がるはずのない領域まで足を広げて無理矢理体を曲げられていた。

 あくまでも常識の範囲で行われる私の家の訓練では考えられない所業だ。

 その後も、あの子は変な修業を休む間もなくひたすら続けていた。

 私だったらすぐに音を上げてしまいそう、ってよりも死んでしまいそうな、地獄のような光景だった。

 

「……はい、お疲れ霊夢。 じゃあ次行ってみよう」

「ま、待って、もう限界…」

「だが、青春は待ってくれないぞ、霊夢!!」

「……似てない、25点」

「あれー。 慧音ってこんな感じじゃなかった?」

「セリフだけはね。 でも、あの何とも言えない暑苦しさが伴ってない」

 

 ……だけど、楽しそうだった。

 私とは違って、あの子は辛い訓練も楽しんでるようだった。

 そんな風に、辛いことも楽しめているのが羨ましかった。

 

「あらぁ? もう限界なの、だらしないわねぇ霊夢は」

「まったく、本当にダメダメだね霊夢は。 ね、藍さま」

「いや、記録が0.2ミリも伸びたのだからな。 全く進歩のなかった昨日より評価してやっても良いだろう」

「……いや正直、紫や橙の罵声よりも、藍の嫌味なのか慰めなのかわからないそれが一番キツいわ」

「何っ!?」

 

 そして何より、家族に囲まれているのが羨ましかった。

 私はどれだけ頑張っても、振り向いてすらもらえないのに。

 お父様が見守ってくれて、褒めてくれるのなら、私もそれだけで頑張れたのに。

 

 

 そして、こっそりと家に帰った私はまた退屈な勉強の時間に戻る。

 でも、その2日後、あの子が私のことを訪ねてきた。

 お父様に、その子に会うようにと言われた。

 その子を打ちのめせと言われた。

 

「こんばんは、お久しぶりです博麗さん」

「……久しぶりね」

 

 私はもうあの頃みたいにフランクな喋り方はしない。

 先生が何か言っていたが、適当に受け流す。

 そして、私がとっくに内容をマスターし終えた本をこれ見よがしに見せつけた。

 寺子屋でまだ子供と一緒に勉強をしているだろうあの子が焦ってるのが、私の目からもわかった。

 あの子は混乱して計算問題を口にして逃げて行った。

 その答えを、私はすぐに先生に伝えた。

 確認しなくても、私が勝っただろうことくらいわかった。

 

 ……だけど、私の中には虚しさしかなかった。

 あの子がそれをできないのなんて、当たり前だからだ。

 だって、私が20時間勉強してる間に、あの子は20時間修業しているのだから。

 もう、私とあの子は全く別の道を歩いている。

 もう、私があの子のような道を歩くことは決してない。

 そう考えたら、何もかもどうでもよくなってきた。

 

 魔法使いになりたいという私の夢は、その時にはもう完全に消え去ってしまっていた。

 

 

 


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