遊戯王GX ~もしもOCGプレイヤーがアカデミア教師になったら~ 作:紫苑菊
なので今回は、その繋ぎみたいに思ってください。デュエルはありません。おい、デュエルしろよ←
異臭がする。気分が悪い。
鼻につくような異臭がこみ上げてくる。肉を焼いた、だが香ばしいとは程遠い匂い。その匂いを嗅ぐと、どんどん気分が悪くなってきて、胃の中のものがこみ上げてくる。
それはそうだろう。正常な人間ならば、目の前で
「・・・止めてくれ。」
目の前の肉塊は、男はそう消えるような声で呟いた。
男は、サイバー流といったか。そんな流派を使うデュエリストだった。元々、表の世界でプロデュエリストとして活躍していて、ランキングも、人気も上位に入るデュエリストだったらしい。
だが、ある時転機があった。プロとして期待が上がっていくにつれて、勝てなくなっていったのだ。当然だ。ランキングが上がれば、必要なタクティクスも、実力も上がる。だが、男には成長することが出来なかったのだから。
勝率が下がる。そしてファンが減っていく。そしてまた負ける。またファンが減っていく。
そんなループに耐えられなくなったのだろうか。ある時、男は試合の中で、相手の戦法を批判し始めた。陰湿だ、陰険だ。そんなことに意を介さない相手に、男は暴力をふるい、プロからも、サイバー流からも姿を消したらしい。
そして、ココに堕ちてきた。ここは『アンダーグラウンド』と呼ばれる地下施設。通称地下と呼ばれるここは、ラスベガスのカジノの賭け事の一つとして、半合法的に運営されている。警察すらを抱き込んだ、このデュエルの闇と言える世界に。
やることは上と同じ、ただのデュエル。ただ、ライフが減っていくごとに電流が流れ、負けたときにはさらに大きい電流が流される。下手をすれば死んでしまうような電流が、敗者を襲うということはすなわち敗者の死を意味する。
ただ、それだけ。
「止めてくれぇ。」
男は泣きながら、目の前の少年に訴えた。だが、終わることはない。男のライフは0。だが、効果処理はまだ終了していないのだ。
少年の手が、デッキに触れる。わずかに躊躇していたのは、まだ少年の心に罪悪感が残っていたからだろうか。
「ドロー、モンスターカード。」
目の前のモンスターが、再び攻撃に入る。止めるすべはない。0のライフが、更に攻撃を受けたことで減らされ、男は悶絶する。今度は、息も止まったのだろうか、か細い声すら上げられなくなった。
「ドロー。モンスターカード。」
また、モンスターの攻撃が入る。電気の奔流が彼を襲う。だが、幸いにも止まった心臓が今ので動き出したらしい。また、男は息を吹き返した。
「ドロー。モンスターカード。」
「止めて・・・。」
だが、効果処理は終わらない。三度彼に電流が襲う。
「ドロー。」
「この・・・人でなしぃ・・・。」
電流が、ストップする。引いたのは魔法カードである死者への手向け。なんという皮肉か。自分には、介錯してやることしか出来ないと言われているみたいに、少年は感じた。
男が医務班により担架に上げられ、担ぎ込まれる。あの人は助かったのだろうか。いや、そうはならないかもしれない。ここでは、人権が一番軽視される。もしかしたら、もうすでに彼のレシピエントとしての行き先が決まっているのかもしれない。そうなら、彼の命は負けた瞬間に生きていようが生きていまいがこの世からいなくなる。幸いにもそうでないなら、次の試合のための道具として丁重に、懸命に処置が施されるのかもしれない。
だが、それを少年が知る術がない。いや、知るだけショックを受けて苦しむだけなのだと理解しているから、あえて知ろうとはしない。
男の姿が見えなくなる。男の行く末を憂いていた思考を切り替え、控室へ踵を返す。
ふと、気付いた。自室である控室の前に、大柄な男が立っている。少年はその男を知っていた。ここに少年が来た時から、面倒を見てもらっている男だ。スライムとウイルスによるロック戦術を使う男で、見た目のわりに随分とクレバーな戦術を使うと、彼の頭は記憶していた。
「おう、お疲れさま。」
そう、男が労うが、少年はまったく反応を見せない。その様子に男は、頭をかきながら困ったように少年に話しかけた。
「・・・さっきの男のことを憂いているなら、それは違うぞ。」
男は少年と長い間意思疎通を図っている。だから、少年が何を考えているのかを見抜いていたのだろう。
「あいつは、落ちて、堕ちて、墜ちてきた。それは、あいつが選んだ道で、あいつが選んだ結果だ。その末にお前に負けて、命が危うい。それだけの話だ。お前が気にすることじゃない。」
「・・・だけど、彼はここに初めて来た初心者だ。」
「ああ、あいつには痛みに対する耐性はない。ここの奴みたいに薬やって痛みを減らしたり、俺みたいに特別鍛えたりしているわけじゃない。お前みたいに、ライフを減らされないように立ち回ったわけじゃない。だから、ミスを連発したのかもな。だがだからと言ってなんだ?お前が気にすることじゃない。」
「殺したのは俺だ。」
「いいや。お前は殺してない。殺すのは今あいつを連れて行った医者だ。」
ああ、彼は死ぬのか。今度はどこの病院に売られるのだろう、と少年は思った。負けた瞬間、彼の命は後ろの医者によって消されるのが既に決まってしまったのだ。
「・・・ここじゃ、人権が軽視される。だがな、同時に一番重要なものもある。」
男が少年に言い放った。
「それは、勝利だ。そして、勝利によって得られるモノだ。その次に大事なのは、自分の命だ。間違っても、他者の命じゃない。」
「だけど、彼は死ぬ。俺が態と負けていたらそんなことにはならなかった。」
「そうすりゃ、お前があの電流で死んでいたかもな。」
その方がよかったのじゃないか、と少年はそこまで思ってその思考を破り捨てた。自分が、なぜここにいるのか。その原因を思い出したからだ。
「・・・お前が気にすることは、自分のことだけでいい。他のことは、何も考えるな。」
だが、だからと言ってそう簡単にその思考を捨てれるわけではない。少年は、苦々しい表情で押し黙った。
「・・・お前は、ほんとココに向いてないな。まったく、なんでこんな奴がアンダーグラウンドマスターなんだか。」
アンダーグラウンドマスター。それは、ここのチャンピオンのみに与えられる称号。そして、裏社会トップクラスのデュエリストの証。
「・・・じゃあな。とりあえず、敵に情けを掛けて、自分がくたばるんじゃないぞ。『悪夢』さん。」
『悪夢』なんかじゃない。俺の名前は・・・。
そう言おうとして、振り返るとすでに彼の姿はいなかった。代わりに聞こえてきたのは、反対側から突き上げるような悲鳴。それは、対戦した男のもの。ふと、少年の目に涙が流れた。
・・・ごめんなさい。
・・・・・・生き残って、ごめんなさい。
それでも、俺はここで金を手に入れなきゃいけないんです。生きていく、生活のために。
そう、少年は自分を正当化して、控室の中へ消えていった。
◇
「・・・最悪の夢ですね。」
沖田は、呟いた。それは、とある少年の1ピース。苦悩に満ちた、少年の罪。
「・・・3日前の対戦が、サイバー流だったからですかね。何年も見てなかったのに。」
この数日、同じ夢ばかり見る。おかげで睡眠時間が減って、いまだに眠気が襲ってくる。
眠気覚ましにシャワーでも浴びよう、と沖田は呟きながら浴室に向かう。ふと、視線を斜め後ろにやる。
「・・・大丈夫ですよ。もう、あんなデュエルはしなくてすむんですから。」
そこには、自身の精霊であるカードが、数枚。そして、それらは実体化しないまでも、沖田に心配そうな目を向けていた。
「大丈夫ですって。それよりも、朝ごはん何食べますか?」
パンケーキ、と精霊達は答えた。沖田は少し笑って、「シャワーが終わったら、一緒に食べましょう。」と言うと、少し嬉しそうな顔をする精霊達。
今日も、アカデミアは平和だった。
◇
「それで、反省文は書き終わりましたか?」
「いや、あのデュエル終わってすぐに反省文の提出は無理だって、先生。」
生徒指導室の中で、十代と沖田はそんな話をしていた。今日、十代がここに呼ばれたのは先ほど、反省文を掛けたデュエル(デュエルが終わっても反省の様子を見せない十代達に、結局校長が反省文を書くように言われてしまったが)が終了した後に約束通り沖田に呼び出されたからだった。
「それで、話ってなんだよ先生。ハネクリボーのことについてって。てか、先生見えてるんだよな?!」
「落ち着いてください、十代君。自分以外の精霊が見える人が珍しくて興奮しているのは分かりますから。」
そう沖田は十代をなだめるとお茶をすすった。
『十代さんもどうぞ。』
「あ、はい。ありがとうございます。って、え?」
十代が思わず振り返る。そこには、長身のどことなく儚げで神聖な、綺麗な女性の姿があった。
『どうなさいました?十代さん。』
「いや、誰?!」
「気付いていなかったんですか。最初から部屋に居ましたよ。」
『酷いです。私、そんなに影が薄かったなんて。』
「ほら、十代君謝ってください。」
「あ、すいません。」
思わず謝ってしまった十代だが、疑問は晴れない。この部屋に入った時、初めて入ったのもあって興味津々といろんなものを見た。その時に、彼女の姿はなかったのは確かだった。
一体、彼女はどこから来たのだろうと考えるが、一向に答えは出ない。
「・・・冗談はこのくらいにしようか。お前も、人型の変身を解け。そうすれば十代君も誰なのかくらいわかるさ。」
え?と十代が思うのもつかの間。女性の姿は見る見るうちに変わっていく。白磁器のような白い肌。だが、無機質な人形のような姿に。その姿、その名前は。
「エルシャドール・ネフィリム・・・。」
「正解だ、十代君。彼女は精霊のネフィ。それなり・・・というか、かなりの力を持つ精霊だよ。君のハネクリボーほどじゃないけどね。」
そう言って、沖田は微笑んだ。
『白き羽の精霊に精霊の力で勝て、なんていう方が無茶な話なんですけど。』
「そういうな、ネフィ。ハネクリボーの出自には驚いたが、お前は俺の大事な精霊だ。そう拗ねるな。」
『拗ねてはいません。』
「そうかい。まあ、悪かったよ。」
そんなほほえましい会話だが、十代は先生何の話?とか、ハネクリボーってそんなに凄い精霊なのか?など疑問は尽きない。
「ああ、十代君。そういう訳で、俺も精霊が見える。君よりも、ずっと前からね。」
「それはいいけど、精霊についての話ってそれだけ?」
「まさか。でも、まずは自己紹介から。俺には彼女以外にも精霊はあと何人か憑いてくれているんだけど、他のメンバーは・・・まあ、大変気まぐれでね。今日は日光が強いから部屋から出ないとか言い出して今は俺の部屋に居る。その内、紹介しますよ。」
「ああ、じゃあ俺もちゃんとネフィ?だっけ。その精霊に自己紹介しないと。えっと、俺は。」
『知っていますよ、十代さん。そしてその横の精霊のことも、存じています。初めまして。私はネフィ。曽良の精霊です。他にも何人かいらっしゃるんですが、本当に気まぐれで。』
本当、これだから魔轟神の奴らは一族内で争いまくってるんですよ。とネフィは呟いた。魔轟神、というキーワードが十代には気になったが、そこについてネフィは話すつもりはないのか、話を早々に切り上げて、ハネクリボーに対して初めまして、と自己紹介を始め、撫で始めた。それに気持ちよさそうに答えるハネクリボー。
「クリクリィ!」
『・・・曽良、この子持ち帰っちゃだめですか?こう、人をダメにする感触なんですけど。』
「ダメ、十代君に返しなさい。」
『はーい。』
どうやら、ハネクリボーの感触はネフィの琴線に触れたらしい。感触も手触りも一級品だったのだろう。ネフィは名残惜しそうに十代に返した。対してハネクリボーの方も名残惜しそうにしていたが、すぐに十代の肩に乗り、笑顔になる。
「それはいいが、その姿だと他の生徒に見られた場合に言い訳が聞かない。実体化を解いて一般人に見られないようにするか、それとも人型に戻るか。なんでもいいからどうにかしてくれ。」
『この辺りに一応人よけの魔法を使ったから大丈夫じゃあないんですか?』
「念のためだ。」
『仕方ないですねぇ。』
そう言って、ネフィは先ほどの姿に戻った。どことなく神聖な雰囲気を持つ女性の姿に。
「・・・さて、十代君。精霊の存在については、このように明らかなのはわかってもらえたかな。」
「ハネクリボーがいるからそれは分かってたけど。」
「なら、この前体験した闇のゲームについても、真偽は分かるだろう?」
その言葉に十代は頷いた。沖田は続ける。
「闇のゲームは実在する。闇のゲームと言っても、種類は様々だ。古い道具を軸にして再現されるゲームから、こうした、精霊を使った闇のゲームと言うのも、実は存在している。」
「精霊を使った闇のゲーム?」
初めて聞く言葉だった。元々闇のゲーム自体が都市伝説のようなものだったのに、それに種類があるなんて言うことを誰が知っていようか。
「・・・精霊っていうのは、人と同じように善いやつと悪いやつがいる。君のハネクリボーのように実害がなく、むしろ神聖な力を持っている精霊もいれば、もっと性質が悪いやつまでね。そう言ったやつらが利用するのが、アイテムに頼らない闇のゲームだ。俺たちはそういうのを区別しているんだよ。」
対処法が変わるからね、と沖田は言う。
「性質が悪いやつ?」
「具体的に言うなら、この世界に実態を持つために人を殺してその魂を生贄にしたりだとか。他者を操って暗躍したり、生き延びるために処女の生き血を集めたり。そうした類の存在まで多種様々だ。」
思わず十代は引いた。そんなにあくどい精霊が精霊がいることにも驚いたが、それを淡々と説明する沖田にもなにか只ならぬものを感じる。
「まあ、其処まで悪質なのはそうそういませんし、人生で1回も会わない方が自然なんですが・・・。精霊が見えるとそういうものに巻き込まれやすくなりますからね。その為に、渡すものがあるんです。」
そう言って、彼はポケットの中からアクセサリを取り出す。それは、布のようなものだった。
「これは、聖骸布です。」
「聖骸布?」
「・・・まあ、闇のアイテムと思って相違ありません。」
闇のアイテム。それは闇のデュエルをするにあたって、必須ともいえるアイテム。
「これを持っていてください。君が精霊の力を自在に操れるなら必要ありませんが、これがあれば闇のゲームのダメージを少しだけ弱めたりすることが出来ます。」
「そんな凄いもの貰っていいのかよ!」
「・・・まあ、それ以外にまったくと言っていい程、布ですし。」
ほかに利用できることがないからと言って他人にあげるものではないだろう、と思いながらも、十代はそれを受け取った。
「そして、これも渡しておきます。」
「・・・鍵?」
「ただの鍵じゃありませんよ。職員室の俺の机の一番上の鍵です。」
なぜ、そんなものを渡すのだろうか。そう気になった十代だが、その次の沖田の言葉で余計にこんがらがった。
「その中には、俺が持つカードの一部が入っています。」
「え?」
「それも、ただのカードじゃありません。とある界隈では『精霊付き』と呼ばれる特別なカードです。」
『精霊付き。』それは、精霊の力が根強く残ったカード。精霊そのものはついていないが、かつて精霊が宿ったことで、その力の一部が残っているカードのことを指す。これらを、沖田は大量に持っていたと、十代に教えた。
「それで、それをどうすればいいんだよ。」
「・・・もし、俺がこの島にいないときに精霊の力による事件が起きたら、そのカードを持って行ってくれてかまいません。」
「え?でもそんなことってそうそう起こらないんだろ?」
「それがそうとも言えない状況なんです。」
沖田が言うには、この島は精霊の動きが明らかに異常と言えるまでになっていたらしい。なっていたというのは、先日のタイタンの後、妙に活発になっていたそうだ。この島の精霊は元々が活発なのに加え、その異常な精霊の行動のせいで少々警戒しなければいけないものの気配がするそうだ。
「ただ、俺はずっとこの島にいるわけじゃありません。土日にはこの島にいないことが殆どです。」
「え?そうなのかよ。」
「ええ。たいていは定期便で本土に戻ってアメリカにわたっています。実家がそこなので。」
そういえば、先生はアメリカに居たんだっけと思考をめぐらす。
「まあ、この前みたいに帰らない日もありますし、その時は俺を呼んでくれたら、少なくとも十代君よりは精霊について対処できます。ですが、そうでないときは君が、このアカデミアの生徒を守ってほしい。」
「守る?」
「よっぽど悪質なリアリスト精霊以外は、大抵デュエルで対処できますし、精霊のデュエルタクティクスってそんなに高いものじゃないですから、その聖骸布を持って、デュエルで勝ってください。それさえ持っていれば負けても命を取られることはありません。・・・まあ、一番は俺に連絡してください。その時その時で対処法を教えます。」
そういう沖田の目は真剣だった。だが、十代には自信がない。先日のタイタン戦、そこで少々、自信を目の前の男に崩されてしまったのだから。
「・・・無理にとは言いません。ですが、この島で精霊を見ることが出来る人物は君と私を含めても僅か数人です。」
「え?数人もいたのか?!どうやって分かったんだよ!」
「驚くとこ其処ですか。・・・まあ、見えている人からしたら何とも言えない光景が広がっていたんでしょうねぇ。」
「え?」
沖田がとった方法は、いたって簡単だった。授業中、精霊に頼み込んで用意してもらった変わった衣装で劇をしてもらったり、悪戯をしてもらったりした。精霊が見えているのなら、それを目で追うなど何かしらのアクションを起こす。そうでないのなら、何もしない。そうやって沖田は精霊が見える人物を探し続けていた。
その結果、数人だが目星をつけていた人物がいた。だが、彼らに精霊を操ることは出来ない。なぜなら、彼らに精霊の気配がまったくしていなかったからだ。精霊が見えているのに精霊が憑いていない。これは、本人に精霊を操る力が希薄である証明だということを沖田は知っていた。
だからこそ、沖田は十代に頼み込んだのだ。そうでなければ、誰が好き好んで未成年にそんな役回りを押し付けようか。だが、いざと言う時に動ける人物が自分以外に必要だということも理解していた。これは苦渋に苦渋を重ねた選択だった。
「なので、一応お守り代わりに持っておきなさい。そして、必要な時には引き出しからカードを取り出して使ってください。」
「・・・わかった。」
真剣な表情でそう語る沖田に、十代は何も言えなくなった。本気で、心配しているのだと、でも、これしかないのだと、その表情で悟ってしまったから。
だけど、おきたはその悲痛な表情をふっと和らげ、朗らかに言った。
「まあ、そんな事態はそうそうないとは思いますけどね。俺がいる限り。」
「馬鹿じゃないですか、曽良。」
「そういうことは言わないのがお約束ですよ、ネフィ。」
そういって、柔らかな空気に戻った。その空気に、自然と十代も笑顔になる。だが、沖田はまだ何か言いたそうだった。
「・・・それから、もし、君が精霊のことで知りたいことが出来たのなら。」
「え?」
「・・・いや、止めておきましょう。普通に生きていれば知る必要のないことだ。」
そう言って沖田は手元にある温くなったお茶を一気にあおった。
「さて、十代君。俺の予想が正しければ、そろそろ約束の時間なんじゃなのかい?」
「え?あー!この後約束があるんだった!」
その様子に、ほほえましくなる沖田。自分には、あまり縁がなかったことなので、尚更そう思うのだろう。
「ははは、まあ、急いで行ってきなさい。青春を謳歌するのは、若人の務めだ。」
「いや、先生そこまで俺らと年変わんないような・・・。あ、そうそう先生も誘ってほしいって明日香に言われたんだった。」
「明日香さんに?」
「今からパーティやるんだよ。バーベキュー。今回の勝利を祝ってさ、レッド寮で!んで、先生にはお世話になったから是非来てほしいって。もちろん俺らも来てほしいと思ってるぜ。」
その様子に、少し面白そうと思った沖田は、行くことを決意した。
「・・・分かりましたよ。でしたら、もうすぐ明日の準備が終わりますので、後から向かいます。」
「やりぃ!絶対だぜ!」
そう言って十代は廊下を急いで駆け抜けていった。
「行きましたか、元気ですねぇ。さて・・・。」
そう言ってコンピューターの電源を入れた沖田。テレビ電話のアプリケーションを開き起動する。そこには、予想通りの相手からのコンタクトがあった。
「お久しぶりデース、沖田ボーイ。それでは今週の報告をお願いシマース。」
「・・・その似非日本語、どうにかならないんですか、ペガサスさん。」
◇
十代は、一時間経っても、沖田が来ないことに少し訝しんでいた。
「先生、遅いなぁ。」
「まあ、いいじゃない十代。」
向こうも仕事があるんだし、と明日香は諫める。それと同時に、少し気になることを十代に聞いた。
「それで、話って何だったの?そのハンカチみたいなののこと?」
「ああ、まあ、いろいろ。」
「なによ、十代らしくない返事ね。」
だが、思ったような答えは返ってこなかった。そんなとき、翔から誘いがかかる。
「アニキ―!そろそろ始めましょー。お肉ですよお肉!」
「お、今行くぜ!」
そんな様子の十代に、少し話したかったことがあった明日香は、呼び止めた。
「ねえ、十代。」
「なんだ、明日香。」
「・・・ううん、何でもない。」
だが、それを打ち明けることはなかった。明日香は、自身の兄について、十代に助力を請おうとしていたのだが、寸前で思いとどまった。
(これは、私の問題。無関係な十代を巻き込むわけには。)
だが、それと同時に思うところもあった。
(でも、十代に手伝ってもらいたい。)
おそらく、十代と自身の兄が似ているからだと思った。ムードメーカーで、どことなく飄々としている、それでもデュエルには人一倍熱心な兄に。
だからだろうか。頼ってもいいのではないかという思いが明日香にはあった。
「どうしたんです?明日香さん。」
「・・・沖田先生。」
沖田先生なら、何か知っているかもしれない。闇のゲームについて詳しい先生。それなら、あの寮で起こったことが、同じ廃寮で居なくなった兄について何か知っているんじゃ、と考えていた。
「あの、先生。」
「ほら、十代君達が待ってますよ。」
ふと、前を見た。先ほど走っていった十代が戻っていた。
「何やってんだよ、明日香!はやく行こうぜ。」
「焦らない焦らない。十代君、そんなんじゃモテないよ?」
その様子とセリフが、どことなく兄に似ていたのが明日香には心苦しかった。何の手がかりも得られてない。その焦燥感が明日香を焦らせる。
「あ、先生!遅いぞ!もう火の準備は出来てるんだぜ?!」
「ごめんごめん、思ったより手間取ったんだ。ほら、お肉を持ってきてあげたからこれで許してくれ。」
「あ、すげぇ!肉一杯だ!」
「あとで、みどり先生も来るそうですよ。」
「分かったぜ!ほら、明日香!行こうぜ!」
『行こうよ、明日香!』
過去にあったその姿と十代の姿が重なる。明日香は、その行動で思考に酔った頭を完全に切り替えた。
「・・・そうね。これ以上遅くなったら炭が灰になっちゃうわね。」
「そうそう!って、継ぎ足せばいいんだからそれはないとは思うけど。」
こういう時くらいちょっと場を和ませてくれてもいいじゃないか。なんでいきなり冷静になってんだ。と突っ込みたくなったが、まあいいかと明日香もレッド寮に向けて走り出す。
◇
「・・・平和、ですねぇ。」
横目で見ると、バーベキューで騒ぐ生徒たちの姿。悩み事であるデュエルが終わって、溜まった鬱憤を晴らすかのように皆、騒いでいた。
この平和が、いつまでも続けばいいのに、と沖田は思う。だが、そんなわけにはいかないのだろう、とも思っていた。
(絶対に、防いで見せる。)
そう決意し、沖田は、足元にはびこる異常な気配に向かって、意識をめぐらした。
(三幻魔の復活だけは!)
そう、そのために自分はいるのだから。それが、自分の贖罪なのだから。
でも、今だけは。
「おーい、早く!先生!」
今だけは、この平和な教師生活を続けられますようにと、沖田は信じてもいない神に願った。