遊戯王GX ~もしもOCGプレイヤーがアカデミア教師になったら~   作:紫苑菊

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廃人の方待たせて申し訳ありません。今回はこっち側の更新です。


第7話

 沖田がタイタンを逃がし、校長に報告しに本校に向かうその間に、ちょっとしたトラブルが遊城十代の身に起きていた。

 ドンドンと扉を叩く音がオシリスレッドのボロ屋敷に響く。オシリスレッドの寮はその構築上の関係で、音があたりに響きやすくなっている。それが原因で、その騒動に気付いた周りの生徒は何があったのか不思議そうに扉を開けた。

 だが、その場にいたのは仰々しい装備に身を包んだ若い女性とそのボディーガードと思われる人たち。その人らの正体を知らない生徒たちは明らかに不審な、そして只事ではないその風景に知らんぷりを決め込む。知っている生徒も、その人物たちににらまれたくないが故に知らぬ存ぜぬを決め込んだ。

 

 倫理委員会。正式名称は教師のごく一部しか知られていないが、主にそう呼ばれている団体である。アカデミアの校則違反や業務違反などの裁量を一任されている機関で、睨まれたら最後、最低でも退学は覚悟しなければならないその存在は、真面目(オシリスレッドの時点で真面目とは言えないかもしれないが)な生徒には無縁なものである。そもそも倫理委員会が出張ってくるのは、学園の機密にかかわるものに出てくるだけであり、普通の生徒からすれば、触らぬ神に祟りなしという対応さえしていればそもそもかかわることのない組織であるはずなのだ。周りはいったい何をしでかしたと考えるが、だからと言ってかかわるようなことはしない。

 

「扉を開けろ!さもないと爆破する!」

 

 もはや学園どころかどこかの軍でも聞かないような言葉で脅しにかかる委員会の女性。だが、彼女に突っ込む生徒はいない。倫理委員会の手にかかれば白も黒も同じなのだから当然かもしれないが。

 だがその傍若無人な言葉(脅し)は、流石の遊城十代でも相当慌てるものらしい。大急ぎでドアを開けた遊城十代は、その目の前の光景に絶句した。・・・目の前に捕獲装備で一式で包まれた、メタルギアソリッド真っ青な光景が存在するのだから当然である。

 

「あの~、どうしたんですかにゃあ?」

 

 流石というかなんというべきか、この混沌とした状況に突っ込んだのはオシリス寮の寮長である大徳寺であった。

 

「遊城十代には今朝、廃寮への不法侵入の疑いがかかっている。よって、査問委員会にかけられることとなった。」

「へ?」

 

 その言葉に思わず絶句する十代と大徳寺。廃寮の侵入の件は、今現在沖田によって校長に伝えられているはずなのだ。それなのにそのことについて事情聴取するのではなく、査問委員会とは随分急な話である。これには、察しの悪い十代や大徳寺でも不審に思った。

 

「兎に角、今はついて来てもらう!弁明は査問委員会でするように!」

「え?あ、ちょっと待ってくれよ!」

「断る!」

 

 少年の拉致誘拐、これって重罪だよなと思いながら連れ去られる(ドナドナされる)十代。あとに残されたのはポカンとした大徳寺とオシリスレッドの生徒のみ。

 

「た、大変ですにゃあ。」

 

 その言葉に、全レッド生が同意した。

 

 

    ◇

 

 

「退学?!どういうことですか校長!」

 

 思わず声を荒げたのは沖田だった。深夜に起こった事件を報告し終えて(・・・・・・)、戻ってきた後に職員会議で告げられた事実に対し、憤る。

 

「倫理委員会が出張ってきたんです。」

「倫理委員会?!また、どうして?!」

「落ち着いてください沖田先生、とりあえず話を聞いていただけませんか?」

 

 渋々、校長室にある備え付けのソファに座る。いいものを使っているのだろうか、沈むようにフィットした。出された緑茶を飲み、少し落ち着くと鮫島校長は満足したようだった。

 沖田も、まさか退学になるようなことになるなんて思ってもいなかったのだ。思わず話を聞いた瞬間に校長室に押しかけ、他のことなど頭に入らなかった。

 

「どうやら、倫理委員会に匿名で電話があったらしいのです。そこで、侵入口を確認しに行くと確かに入った形跡があったようで。」

 

 それはそうだろう。昨夜は沖田も侵入している。

 

「それなんですが、校長。その件でお話があります。」

「はい、なんですか?」

「その時、自分もいました。」

「・・・はい?」

 

 沖田は、昨夜のことを説明した。不審者が侵入し、生徒が一人連れ去られたこと。それを助けるために十代と一緒に廃墟に向かったこと。不審者を捕まえて、今現在はレッド寮の空き部屋に寝かせてあること。それらを全て伝えたとき、校長は憤慨した。

 

「どうして真っ先に私に伝えなかったんですか!」

「校長、貴方今朝来客が来ていたのを思い出してください。一応、ナポレオン教頭に今と同じことを報告し、伝えてもらえるように頼んだんですが・・・。」

 

確かに、来客は午前中に来ていた。その為、校長のところに話が行くのが遅れたのだが・・・。

 

「・・・倫理委員会と話をしていたんです。遊城十代君の処分についても、その時に決まりました。」

「・・・へ?それはおかしくありませんか?」

 

 これはおかしい。その違和感に気付いた沖田は、それを校長に伝えた。

 

「私がナポレオン教頭に伝えたのは、来客中の時です。その匿名の電話の人は、どうやってそれを伝えたんですか?」

「さあ、それは分かりません。それよりも・・・。」

 

 そこで沖田は改めて鮫島の顔を見た。普段は温厚な鮫島校長だが、その額には血管が浮き出るほどに顔を赤くしている。

 

「・・・どうして生徒を巻き込んだのか、説明してもらえますよね?」

 

 あ、俺終わった。そう思うほどには沖田は鮫島校長を怒らせてはならないと痛感する。

 

「さ、鮫島校長。仕方がなかったんですよ。あの状況で、万が一十代君まで居なくなったら大変なことになりますし、ほら、ミイラ取りがミイラになっては困るっていうか!だから・・・その・・・すいませんでした。」

 

 威圧感に負けた沖田はその非を認めた。その姿に鮫島はため息をつき、考える。

 確かに、話を聞くその状況では仕方がなかったのかもしれない。万が一、生徒が不審者とデュエルして、怪我でもしていたら訴えられでもすれば弁解のしようがない。それに、十代君を返している時間で、天上院君に危害が及んでいるかもしれないとすれば時間も惜しかったのだろう。だが、その話を本当に全部信用してもいいのだろうか。

 ここだけの話、鮫島は沖田をあまり信用していなかった。それは彼の素性が一切わからないからでもある。いや、決してわからないわけではないのだ。履歴書もしっかり存在する。分からないのは、この沖田という青年がどうしてオーナーである海馬コーポレーションから直々に申請があって教師をすることになったのかだ。採用試験等、様々な障害を越えた一握りの教師のみがこの職場にありつくことが出来る。それなのに、彼はたった一本の電話で、それも事後承諾で決まったも同然だったのだ。更にそれだけではない。書かれた履歴書には、その経歴に詐称がないのならそれはとんでもなく波乱万丈な人生であったと告げている。

 

(いったいなぜ海馬コーポレーションはこのような人を教師に雇ったのか・・・。I2社もI2社か。なぜこれ(・・)を一時的にでも雇っていたのか・・・。)

 

 そう思っても無理はない。彼の経歴は、デュエルモンスターズの世界で生きるには、タブー中のタブーを冒しているのとほぼ同義のことが書かれている。

 

(決して、そんな人間には見えないのですけどねぇ…。)

 

 鮫島は、彼の人となりをこの1ヶ月の間観察していた。とてもではないが、そんな経歴があったようには思えない。それが鮫島の結論であったのだが、警戒を解く矢先にこの事件だ。何らかの関連性を疑っても不思議ではない。なぜなら、彼はとある犯罪の前科者(・・・・・・・・・)で、デュエリストとしては侮蔑されてもおかしくない種類の人間なのだから。

 

「沖田先生・・・。」

「はい?」

「嘘は、言っていないんですよね?」

 

 その言葉に、沖田は少し不思議そうにはしていたが、すぐに返答した。

 

「はい、今言ったことに(・・・・・・・)嘘偽りはありません。」

 

 タイタンが聞いていたらどの口が言うと思ったことだろう。彼はタイタンの脱走を促している。そんな人間が真面目な顔で嘘偽りはないと言い切るのだ。これが善人など片腹痛い。

 まあ、そんな実際のところはともかくとして、鮫島はその真剣な表情にすっかり騙されていた。

 

(彼がここまで真剣に言うんです。何より生徒のためにあそこまで心配する人が悪人なはずがありません。ここは信用しましょう。)

 

 実際は全然違うのだが、それは言わぬが花、知らぬが仏とでも言えばいいのだろうか。沖田からすれば、自分がタイタンを逃がしたうしろめたさ故なのだが、それを知るものはいない。

 

「事情は分かりました。どうやら、もう一度倫理委員会を行う必要があるみたいですね。」

 

 まあ、兎も角。

 結果的に、十代の退学は取り消されたが、深夜徘徊の罰則として遊城十代、前田隼人、天上院明日香、丸藤翔の反省文の提出を掛けた制裁タッグデュエルとなったのだった。

 

 

    ◇

 

 

 職員寮。その一室に来ていた十代は大声で叫びながらお辞儀した。

 

「ありがとう、先生!本当にありがとう!!」

 

 十代は感謝していた。退学の話が無くなったことが彼の耳にもすぐに届いたからだ。さすがの十代も不思議に思ったので、沖田のところに明日香と共に突入し、事情を聴きに来た。そこで沖田本人から今回の顛末を聞かされ、今に至る。

 

「すいません、沖田先生。ご迷惑をおかけしました。」

 

 同じくここに来ていた明日香もお礼を言う。

 

「謝らないでください、明日香さん。十代君。俺はほんとに特別なことは何もしていないんです。」

 

 彼にしてみれば、やったことと言えば昨夜あったことを校長に話したことくらい。そもそも今回の件の一連の流れはその事情を知った学園側が非を認めただけのこと。多少、倫理委員会がごねたが、どこからか情報を聞きつけたスポンサーの会社からの介入があり、倫理委員会もおとなしくなった。そこに沖田は介入していない。なので沖田はそのお礼を受け取ろうとはしなかったのだが、それでも頭を下げる二人に、しびれを切らしたのかこう言った。

 

「謝るくらいならせめて次からは外出届を出すようにしてほしいです。それから、夜間外出は出来るだけ2人以上で行動すること!・・・校医の鮎川先生やみどり先生などに頼むもよし、友人に頼るもよし。あまり女の子一人で夜中に出歩かないようにしてください。」

「次からは、気を付けます。」

 

 明日香はアカデミアの中でもファンが多いくらい人気があるのを彼は知っている。だからこそに忠告だった。高校生とはいえ、いや高校生だからこそ思春期こじらせた男子生徒が夜中に襲うなんてことを危惧している。ないことだとは思うが、いくらエリート校とはいえそういう事件がないとは言い切れない。もう少し危機感を持ってほしいというのが沖田の心境だった。

 

「それから十代君も。」

「げっ。」

 

 そして矛先は十代にも向く。

 

「ちゃんと校則は読んでおいてください!廃寮は封鎖されていますし、不法侵入は校則じゃなく刑法に引っかかります!肝試しするなとは言いませんが、何事もやってはいけないラインを考えて行動するように!」

「はーい、先生。」

 

 反省したのか、十代は素直に返事をした。それに満足した沖田は頷き、続ける。

 

「・・・もしくは先生も誘ってください。その方が安全ですし、教員同伴ならある程度のことは黙認されますから。レッド寮の行事とでも言えばいいですし、ね。」

「先生、ほんとに教員ですか?!」

 

 明日香が突っ込む。フランクすぎやしないかこの人。

 

「ノリいいな、先生。分かった!次からは先生にも連絡を入れるようにするぜ!」

「十代も乗らないの!」

 

 常識人は私だけなのだろうか、と頭を抱える明日香。教師として優秀なのは分かるが、このフランクなところと真面目なところが入り混じるのは何とかならないものかと思う彼女であった。

 

「まあ、私からは以上です。それからしばらく夜間外出は控えてください。」

「ああ、先生に許可取ればいいんだろ?」

 

 その十代の発言に沖田は首を横に振った。

 

「いえ、多分許可自体が下りなくなると思います。」

「どういうことですか?」

 

 明日香が聞いた。夜間にとある人と情報交換している身としては、夜間外出できなくなるのは痛い。外出許可自体は簡単にとまでは行かないが取れないことはないので、そこについて彼女にとっては死活問題になりえるのだ。

 

「・・・これについては、本当に申し訳ございません。」

 

 タイタンが、脱走しました。

 その言葉を聞いた瞬間、十代は驚き、明日香は身を凍らせる。いくら男勝りな明日香とはいえ、誘拐されたともなれば苦手意識どころかトラウマになってもおかしくはない。それゆえに沖田は黙っていることも考えたが、当事者なので伝えることにしたのだ。

 

「どういうことだよ先生!タイタンが脱走した?!先生たちが見張っていたはずじゃなかったのか?!」

「・・・まったくその通りです。これに関しては弁解の余地がありません。・・・どうやら、ドアのカギを壊して監禁場所から脱走したようです。やはりレッド寮の防犯設備は苦言を申さなければいけませんね・・・。」

「じゃあ、あいつはまだアカデミアの中に?!」

「そういうことになります。」

 

 その言葉に、ますます顔色を悪くしていく明日香。気絶していたとはいえ、その恐怖はまだ薄れてはいない。

 

「・・・大丈夫ですよ、明日香さん。」

「え?」

「女子寮はセキュリティに関しては一級品です。中側からの協力者なしには侵入できないつくりにはなっています。そのリスクを犯してまで中に入ろうとする馬鹿はそうそういません。」

 

 その言葉に、若干不安になる明日香。侵入者という点では、友人の弟である丸藤翔がすでに侵入している。さすがに寮内部に侵入はしていないが、だからと言って前例がある以上過信することは出来ない。

 だが、それを目の前の先生に悟られるのはまずい。約束で、あのことは誰にも口外しないことにしているからだ。それを悟られないため、明日香は笑って頷いた。

 それに満足げに頷いた沖田は、話を切り上げて部屋の中に戻ろうと踵を返す。明日香と十代も目的は達成したので、教室に戻ろうと足を切り返した。

 

 そのとき、十代の腹が鳴る。昼食を食べてなかったのか、どうやら空腹だったらしい。それに気づいた沖田が、気を使った。

 

「二人とも、昼食を食べていきませんか?」

「え?そんな」

「マジかよ先生!いいのか?!」

「ちょっと、十代!」

 

 明日香は十代を窘めるが、昨晩作りすぎたからぜひ食べて下さいなんて言われて断ることが出来るはずがない。渋々十代に付き添い、部屋まで同行する。

 

「じゃあ、入ってください。」

「お邪魔しまーす!」

「すいません先生、お邪魔します。」

「どうぞ。今温めますのでゆっくりしてください。」

 

 そう言って沖田はキッチンに入る。あの様子から察するに何か煮込みものだろうかと推測する。職員寮の部屋に備え付けてあるキッチンはダイニング式なので沖田の姿も見えた。ただ、沖田はダイニングに敷居代わりのレースをつけているので、顔を直接合わせることはない。

 

「なあ、明日香。なに作ってるんだろうな?」

 

 十代がそう聞いてくる。どうやら自分と同じことを考えていたらしい。

 

「さあ、ね。でもどうして私に聞くのよ。」

「いや、明日香って料理好きそうなイメージだし。詳しいのかなって。」

「それ、女子はみんな料理できるって偏見じゃない?」

 

 それに十代は驚いた顔で。

 

「明日香・・・。」

「何よ?」

「お前、もしかして・・・。」

 

 思わずがくっときた。何を言い出すかこいつは。

 

「出来るわよ!馬鹿にしないでよね?!」

「いや、其処までムキにならなくても。冗談だよ・・・。」

 

 ああ、こいつは。もう少し遠慮とか思慮とかないのか。そう思う明日香。

 

「あ、俺は偏見はないぞ。中学の時まったく料理が出来ないやつと調理実習に当たったことがあるからな。」

 結局、俺主導でやったくらいだったし。そういう十代に違う、そこじゃないと思いながらも、聞き捨てならない言葉に反応する明日香。

 

「貴方料理できたの?!十代の癖に?!」

「俺の癖にってなんだよ!家が一人のことが多かったから少しくらい出来るってだけだ!」

 

 ああ、そういうことと明日香は安心した。もし十代が料理上手だったら、なんだか負けた気がする。明日香も料理は出来るが、だからって人にふるまえるほどではない。もしそこで負けていれば、女としての自尊心が傷ついていたかもしれないと思った。ただでさえ友人であるジュンコとももえにもう少しおしゃれに気を使えとか女としてどうなんですかとか言われるとそれなりに気になるものだ。

 余談だが、明日香の料理は普通に上手である。彼女が自信を持っていないのは料理も完壁だった兄の存在があったからだ。

 

「それにしても、うまそうな匂いだよなぁ。で、なんの料理かな?」

「そうねぇ、匂い的に・・・。」

 

 そこまで行った明日香だが、その先を口にすることはなかった。沖田が台所から出てくる。

 

「出来ましたよ。」

「早!先生!」

 

 確かに早い。まだ台所に入って5分と経っていない。

 

「温めるだけでしたし。あ、すいません十代君。こっちに来て運ぶのだけ手伝ってください。」

「分かったぜ。」

「手伝います先生。」

「それでは、そこの棚からコップとスプーンとフォークを出してください。十代君はこっちに来て。」

 

 そう言って十代と沖田は台所に戻っていく。明日香も振り向き、後ろにある食器棚から言われた通り食器を取り出した。そこでふと気づく。

 

「あら?何かしら。」

 

 そこにあったのは写真だった。映っているのは先生と綺麗な金色の髪を三つ編みにした女性。映る先生の姿も若く、今よりも活気がある。

 

「綺麗な人。もしかして恋人かしら。」

 

 そうだとしたらももえ達は発狂するかもねと冗談めいた考えが頭に浮かぶ。沖田がそこそこ女子生徒に人気があるのはその事情に疎い明日香でも知っていた。先生は決してイケメンとは言えないが、だからと言って醜いわけでもない。生徒には優しい口調で問いかけるし、授業も面白いと評判。キャリアも元I2社所属と申し分がない。恋愛感情とまではいかなくてもそれなりに女子生徒には評判が良かった。中でもももえはお気に入りだったようで、沖田先生の授業は毎回最前列の席を取りに行っている。そんなももえに教えてやったらどんな顔をするだろうかと言う少しのいたずら心も出てきたが、あえて吹聴することでもないかと思い直す。

 

 そんな時だった。

 

「どうかしましたか?」

「ひゃ?!」

 

 思わず変な声が出た。明日香は少し気恥しくなる。そんな彼女の手元を見た沖田は察した。

 

「ああ、懐かしいですね。」

「懐かしい?」

「ええ、自分がアメリカにいたときの写真です。」

 

 ああ、そういえばこの後ろに写っているのはパンフレットなどでよく見かける場所だとそこで初めて明日香は思い至った。

 

「恋人さんですか?綺麗な人ですね。」

 

 純粋に褒めたつもりだった。だが、沖田は悲しそうな顔で首を振る。

 

「いいえ、それならどれだけよかったか。」

「え?」

 

 だが、その先を聞き返すことはなかった。

 

「おーい、何してんだよ明日香!早く食べようぜ!」

 

 そこで明日香はふと気づいた。もう机には皿が並んでいる。どうやらいつの間にか待たせていたらしい。

 隣にいた沖田がクスリと笑い、席に着くように促す。それに明日香は少々気になりながらも蒸し返すのは無粋だと思い従った。

 

「それでは。」

「「「いただきます。」」」

 

 ・・・余談だが。

 この『冲田特製ビーフシチュー』の味は、明日香の女子力を改めて考えさせる一品だったとだけ言っておこう。

 

 

  ◇

 

 

「「ごちそうさまでした。」」

「お粗末様でした。洗い物は流しに置いておいてください。」

 

 分かりました。そう言って明日香と十代は台所に食器を運んでいく。

 

「そうそう、聞きたいことがあったんです。明日香さん。」

「え?」

 

 何を聞くのだろうか、と明日香は身構える。昨日のことだろうか?それとも外出した理由?いろんなことが考えられたが、結果はそのどれでもなかった。

 

「丸藤亮。皇帝(カイザー)と呼ばれる生徒のことなのですが、知っていますか?」

 

 知っている。と言うよりは知らない生徒の方が少ないくらいだ。この学園で最も強い生徒。その強さはプロにまで匹敵し、あの校長の一番弟子。サイバー流免許皆伝を9歳のころに獲得したという神童。

 ・・・まあ、十代は知らなかったが。午前中にその弟である丸藤翔とデュエルし、その時に説明をした時には心底驚いた。

 まあ、兎に角。知っているとだけ伝えると、沖田はまた尋ねる。

 

「彼は、どんな生徒なのですか?あ、いえデッキとかではなく、純粋に性格とか、そういう話です。」

 

 どんなと言われても、明日香にとっては反応に困る。彼は優等生と言うほかあるまい。成績優秀、眉目秀麗。なにより相手を重んじるデュエルをすると評判の高い生徒だからだ。性格も、特に誰かを貶したりすることはない。

 だから、明日香は素直にそう伝えた。別に悪く言うようなこともない。いたって問題のない生徒なのだから、明日香の印象をそのまま率直に伝える。

 すると沖田はそうですか、とだけ言い、そのまま台所に戻る。

 

「何かあったんですか?」

 

 するとその言葉に、沖田はいえ、大したことはないのですが。と前置きをし、二の句を発する。

 

「その本人に、デュエルを挑まれまして。誰かに挑まれることは多々あったのに今回はやけに騒がしいですから。」

 

 その言葉に、明日香は「は?」とだけ発して固まった。

 

 

 

  ◇

 

 

 時は明日香と十代が彼の部屋に行く十分ほど前。丁度授業が佳境に入ったころ。

 

「・・・で、あるからして。この時ギアフリードを対象に発動した蝶の短剣エルマが破壊されることによって、エルマは手札に戻ります。ここで重要なのが、破壊されたからと言って発動が失敗されているわけではないということ。つまり、王立魔法図書館やエンディミオンと言った魔法を使うことで魔力カウンターがたまるカードに対し、無限にカウンターを増やすことが出来ます。ここで、今回のサンプルのビデオを流してみましょう。フィールドにはギアフリードと王立魔法図書館。そして魔法都市エンディミオン。エンディミオンには6つカウンターが乗っています。手札はありません。」

 

 そう言って沖田はスクリーンに投射機を使って動画を映し出す。

 

「ハイ、先生!」

「なんですか?ももえさん。」

「相手の場に古代の機械巨人が3体並んでいますが・・・。」

「ええ、相手(実験台)はクロノス先生です。本気のデッキでお願いしました。」

 

 その言葉に、『ああ、またか』と思う生徒たち。先生がリベンジを果たすため、沖田先生に何度も挑んでいることはもうアカデミア生徒にとっては周知の事実である。その度に授業のサンプルとして使われていることが、さらにクロノスがリベンジに燃える理由でもあるだろう。そしてそれが原因でクロノスが去年よりも慕われ、憐みの目を向けられていることは決して無関係ではない。

 

『俺のターン。』

『ドローフェイズ、刻の封印を発動するノーネ!これでドローさせないーノ!さあ、ここから逆転できるものならやってみなさいーノ!』

『分かりました。それではエンディミオンに溜まったカウンターを6個取り除き、神聖魔道王エンディミオンを特殊召喚します。効果で、墓地の蝶の短剣エルマを回収。そしてギアフリードに装備。この時ギアフリードの効果でエルマを破壊。そして王立魔法図書館とエンディミオンにカウンターが乗ります。そしてエルマは破壊されたとき手札に戻すことが出来る。効果で回収し、もう一度ギアフリードに対して発動。・・・チェーンは?』

『・・・ないノーネ。てか嫌な予感がプンプンするノーネ!』

『正解ですよ、クロノス教諭!では、これを繰り返してカウンターを溜めます。そして3つ溜まったので王立魔法図書館の効果でドロー!そしてエルマを発動します!』

 

「すいません、ここは繰り返しですので早送りしますね。」

 

 ここでVTRが途切れ、早送りされる。もう生徒たちは嫌な予感しかしないが、それでもクロノスの雄姿を見届けようと覚悟を決める。映像が元に戻ったころには沖田の手札は18枚までになっていた。

 

『天使の施しを発動。3枚ドローし2枚捨てる。さらにライトニング・ボルテックスを発動し、手札のマキュラを捨てて古代の機械巨人をすべて破壊します。そしてカウンターを6つ取り除きエンディミオン2体目を蘇生。効果によって死者蘇生を回収し、発動。混沌の黒魔術師を蘇生させ、墓地の代償の宝札を回収し、エンディミオンの効果で代償の宝札を捨てることでその伏せカードを破壊します。』

『・・・威圧する咆哮をチェーンして発動するノーネ。』

『先ほどの天使の施しの効果で捨てて墓地に行った処刑人マキュラの効果で、手札から罠カード、王宮のお触れをチェーンして発動します。さらに代償の宝札の効果で2枚ドロー。図書館でドロー。エンディミオンからも取り除き、ドロー。魔力掌握を発動し、魔力カウンターを置いて魔力掌握をサーチ。そしてカウンターを置く。』

 

 手札が減らない。まあ当然であるが。

 

『更に、フィールドのギアフリードと図書館を生贄に混沌の黒魔術師を通常召喚。サイクロンを手札に加え、お触れを破壊します。』

『何のつもりなのーネ!さっさとエンディミオンの効果で私の残りの伏せカードを破壊するだけでいいーノ!』

『いや、それだとこの罠が使えないんです。第六感を発動。5と6を選択し、サイコロを・・・5でした。なので5枚ドローします。・・・来なかったか。まあ、保険だし別によかったんだけどさ。エンディミオンで攻撃。』

『ミラーフォースなのーネ!』

『手札から王宮のお触れを発動。』

『・・・。』

『すいません。残骸爆破を引くつもりだったんですが、こっちを引いたのでもうこの際こっちでいいかなと。』

『ちょっと希望を持つだけ余計に悲しいのーネ。』

『・・・本当にすいません。ラスト1枚の山札が残骸爆破だったんです。』

『3積みしなさいーノ。』

『事故るから嫌です。混沌の黒魔術師で攻撃。滅びの呪文、デス・アルマ!』

『また負けたノーネ!!』

 

 ・・・VTRが終わる。これは酷い。思わず目をつむりたくなった生徒も多かったらしい。冷たい目線が沖田に刺さる。

 

「・・・いや、違うんです。クロノス先生は攻撃反応型の罠を多めに摘みますし、速攻のかかしを入れてる場合もあるので警戒しなければならないものが多かっただけなんですよ。」

「速攻のかかしはともかくとして、わざわざサイクロンを使ってまで第六感を発動する必要はなかったんじゃないですか?」

「・・・それもそうですね。」

 

 気まずくなって目をそらす沖田。まあ、沖田がクロノスをいじるのはもう慣れっこなので生徒たちはすぐにノートとホワイトボードにに向かう。

 

「・・・それはそうとして、このように『コンボ』と言うものは決まりさえすれば大量のアドバンテージを生み出します。最近できたカテゴリだと、ヴァイロンと静寂のロッド-ケーストなんかもコンボに利用できますね。」

 

 するとその言葉に最前列にいた少女が反応する。

 

「先生、それはどんなコンボなんですか?また映像用意してください!」

 

 どうやらまた、クロノスが犠牲になる未来が決定したようだ。要求した本人である生徒、ももえと沖田。そして一部の生徒以外は『哀れ、クロノス』と心の中で黙祷する。

 区切りがいいところでチャイムが鳴った。今は4限目。午前中の授業はすべて終了したので、生徒たちは我先にと食堂やになだれ込むように向かう。沖田もそれに乗じて部屋に一度戻ろうと踵を返した。

 

「待ってください。沖田教諭。」

 

 声を掛けたのは長身の生徒だった。水色の髪。そして切れ長の目。十人中十人がイケメンだと返す整った顔立ち。

 

「・・・丸藤、亮君だね?何の用かな?」

 

 と、いっても沖田には大体の見当はついている。

 

「俺とデュエルしてください。」

 

 ああ、またかと沖田は思った。彼のようなことはそう珍しくない。むしろ最近はそういったことばかりで辟易してきたくらいだった。

 

「かまわないですが、今すぐはやめてください。そうですね、放課後6時あたりなら時間は空いていますが。」

「・・・分かりました。それではレッド寮にその時間に来てくれませんか?」

「レッド寮?」

 

 これはまたおかしなことになったと思った。彼の制服はオベリスク・ブルーである。つまり、寮でデュエルするならそれはブルー寮でなくてはならない。

 そのことを察したのだろう。彼は事情を説明した。

 

「・・・と、言うわけでして。6時ほどには終わりそうなんですが・・・。」

「・・・成程、事情は理解したよ。分かった。じゃあ6時半、レッド寮前で待ち合わせよう。かまわないかな?」

「ええ。ありがとうございます。それでは失礼します。」

 

 そう言って彼もまた食堂に向かっていく。

 

「ねえ、ももえさん。」

 

 沖田は、すぐ近くにいた生徒に声をかける。

 

「なんですの先生?!」

 

 ミーハーな彼女は、今の光景をバッチリ目撃していたようで、食いつき気味に反応してきた。

 

「・・・丸藤亮って、そんなに有名なんですか?随分周りが騒がしいみたいなんですが。」

「・・・本気で言ってますの?」

 

 そこで少しだけ聞いて分かったことは、要するにかなり強く、周りから皇帝(カイザー)と呼ばれているということだけ。本当はもっと聞きたかった沖田だが、昼休みに明日香と十代から話があると聞いていたため、打ち切るほかなかった。

 

 

  ◇

 

 

 以上のことを明日香に説明した沖田。その反応は、なんというか、一言だけだった。

 

「先生、馬鹿なんですか?」

 

 仮にも教師に対しその反応は正直どうかと思うが、今の現状を理解できていない沖田には、流石の明日香もこう言うほかなかった。

 

「・・・そんなに、ですか?」

「今、その事情が分からないのは亮と先生くらいのものだと思います。」

 

 だが、そんなことをいわれても沖田には皆目見当がつかない。沖田はなおも首をかしげる。

 

「・・・今、この学校で最強と言われてる人が今、3人います。」

 

 冲田はまたたいそうな話になったなと思った。だが、今は聞いておく方がいいと口を挟まず、静かに明日香の声に耳を傾けている。

 

「一人が丸藤亮。もう一人がその師匠である鮫島校長。校長の実力は正直誰も分かっていませんが、元プロでそして亮の師匠だからと言う理由でこの中に入っています。そしてもう一人が先生、貴方です。」

「・・・はあ、そうですか。それで・・・?」

 

 この察しの悪さに思わずイラッっとくる明日香だが、気持ちを落ち着かせ目の前の事情を理解していない沖田(大馬鹿者)に説明する。

 

「いいですか?!亮は1年の時クロノス教諭に勝ってからずっとこの学園で負けなしなんです!生徒の中では、赴任してから負けなしの先生と亮、どちらが強いか議論が出されるくらいには!」

「・・・ああ、そういうことですか。」

 

 そこまで言ってようやく察したらしい。明日香は息をつき、気持ちを落ち着かせる。

 

「要するに、トトカルチョでもやってるんですか。」

「違います!単純に学園最強が誰の手に渡るか今回のデュエルで決着がつくからです!」

 

 発想がおかしかった。どうしてそこで賭け事に思考が行くのか。

 

「え?だってこんな機会そうそうないですよ?絶対生徒の間で賭け事してますって。」

「ははは、たしかにやってそうだよな。」

「十代!先生!」

 

 自分がおかしいのだろうか。そう思う明日香。目の前で笑いあう二人を前にしているとそういう感覚に陥ってしまう。

 実際、そういう発想に行く沖田の方がおかしいのだが、周りがそういう人間だらけだと自分がおかしいと錯覚するのが人間の性である。

 

 閑話休題(それはそれとして)

 

「まあ、騒いでいる事情は分かりました。ありがとうございます。」

「いえ、別にこれくらい学園の誰でも知っていることですし。そこの十代以外は。」

 

 実際、明日香にとってはこれくらいどうってことないくらい学園の中では知られている情報だ。先生に教えたからって何かあるわけでもない。

 

「おい、なんか俺貶されてないか?」

「十代・・・、あなた貶されるって言葉知ってたのね。」

「明~日~香~?」

「冗談よ。でも、今説明したこと知らなかったでしょ?」

「・・・知らなかったけどさぁ。」

 

 そうじゃれつく二人を見て思わず微笑み、和む沖田。暖かい視線になるのは仕方ないのかもしれない。彼にも、きっとあんなふうな時期があったのだろう。

 その視線に気まずくしたのか、明日香は十代を連れて急ぎ早に教室に戻る。残った冲田は、部屋に戻り、引き出しの中から『極秘』と書かれた資料を見る。

 

「それにしても、皇帝(カイザー)か。」

 

 手元の資料には顔写真と彼の成績表。そしてオベリスク・ブルーでの先生の評価など、事細かに記載されている。

 

 『サイバー流』。その免許皆伝を受けたものならこの成績も納得できる。サイバー流は何人ものプロデュエリストを輩出した名門だ。かつて、沖田もその流派の実力者とは何人も戦ったことがある。

 

「・・・少々、本気でかかったほうがいいかもしれませんね。」

 

 

 そのつぶやきは、誰にも聞かれることはなかった。

 

 

 


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