遊戯王GX ~もしもOCGプレイヤーがアカデミア教師になったら~ 作:紫苑菊
なに?遊戯王小説なら毎話デュエルを行うのではないのかって?というかここまでが本来3話のはずでした。まさかここまで長引くとは・・・。なのでかなり短いです。
朝日が昇る前、明日香はふと目を覚ました。
「お、起きたか明日香。」
「じゅ、十代?!」
思わず叫ぶ明日香。それはそうだろう。今、明日香は十代におぶさっているのだから。
顔が一気に赤くなる。アカデミアの女王と言われる明日香も、年頃の女の子なのだ。気が付いたら同級生におんぶされている状況を理解すれば当然そうなる。
「・・・とりあえずおろしてくれない?流石にこれ、恥ずかしいんだけど。」
「ん?ああ、分かった。」
一先ず降ろしてもらい、深呼吸する。よし大丈夫。私はこんなことで動じたりしない。
「・・・何があったの?」
「いや、お前が叫び声をあげたから、見回りに来ていた沖田先生と探しに廃屋に入ったんだよ。そうしたら明日香がタイタンとかいうデュエリストに捕まってて・・・。」
「・・・ああ、思い出してきたわ。続けて。」
意識のなくなり、混濁して薄ぼけた記憶と十代の話から大体の想像はついた。どうやら沖田先生も助けに来てくれたらしい。十代の話を纏めると、タイタンにさらわれた明日香を助けるためにデュエルで決着をつけたということらしい。
「ごめんなさい、迷惑かけちゃったわね。」
「いや、これくらい当然だろ?友達なんだから。」
「友達?」
不思議そうに聞く明日香。十代は自信をもって言う。
「デュエルをすれば、みんな友達だ!」
そんなことを本気で言う十代に思わず吹き出す明日香。あの風呂除きの一軒の後でよくそれが言えるなと感心もする。ふつう気まずくならないのだろうか。
まあ、明日香にとってそんなことを言われたのは初めてで、どこか新鮮だった。
「それで、先生は今は?」
「先生なら後からやってきた大徳寺先生に事情を話して、明日・・・いや、もう今日になるのか。とにかく朝早くにに校長先生に捕まえたタイタンのことを報告するって。それで、意識のなくなったタイタンを連れて一先ずレッド寮に行ってるよ。なんでも万が一のことを考えて生徒の少ないレッド寮で捕まえておくんだって。廃寮は崩落の危険性があるから、いくら犯罪者でも死んだら後味が悪いからって先生が言ってた。」
それを聞いた明日香はとりあえず事態が収拾していたことに安堵した。
「そう、後でお礼を言いに行かなくちゃ。十代も助けに来てくれたんでしょ?ありがとう。」
そう、目の前の友人は自分の危険を顧みず救出に協力してくれたのだ。お礼を言わなければと思い、そう伝えたが、十代の顔は優れない。
「・・・。」
「何?どうしたの十代。黙りこくっちゃって。私がお礼を言ったのがそんなに不満?」
それは随分と心外だと思ったが、どうやらそういうわけではないらしい。すぐに否定してきた。
「ああ、そういうわけじゃないんだ。ただ・・・。」
「何よ。」
「俺、何もできなかったなって。」
「え?」
その言葉に、明日香は疑問に思う。十代が何もできなかったとは今の話を聞いて到底思えない。むしろ、迷惑をかけてしまったのは自分の方だ。何もできなかったのは自分の方だ。それなのに・・・。
何があったのか気になる明日香。でも、一先ず慰めることにした。
「十代の話じゃ、先生とタッグを組んで戦ったんでしょ?だったら。」
「いや、多分先生なら一人でやってた方が強かった気がするんだ。」
「どういうこと?」
タッグデュエル。今回は2対1の変則的だったらしいが、目の前の友人の実力で足手まといになる光景がまったく想像できない。なんせ、クロノス教諭に逆転勝ちし、アカデミアきってのルーキーでダークホースな十代だ。
「・・・先生、タッグに持ち込むときにタイタンに大量のハンデを与えていたんだ。」
「え?」
信じられない、と明日香は思った。よくよく十代の話を聞くと、あえて敵のドローを増やしたり、初期手札枚数を増やしたり。それらは2対1の不利を十分覆せるようなものだ。わざわざ相手のアドバンテージを増やすとは、まさかそんな自殺行為を沖田先生がと、若干信じられなかった。
「なあ、明日香。先生のデュエル見たことあるか?」
その質問に不思議そうに明日香は答える。
「そりゃああるわよ。凄いわよね、低レベルのモンスターや使いにくい高レベル低ステータスのモンスターなんかのデッキで戦うんだもの。こんな言い方あんまりしたくないけど、あのままだとただのクズカードばかりよ?汎用性のない、使いにくいはずのモンスターを使ってアカデミアのほぼ全員の生徒を倒したのは彼くらい。ドマなんてわたし36枚も持ってるけど、あれを主軸にして勝てって、そんなのはほぼ不可能よ。それにあのクロノス先生だって本気のデッキでも生徒の大半にずっと勝ち続けるのは至難の業だって言ってたし。」
それがどうかした?と明日香は疑問に思った。
「そうだよな。じゃあさ、もしその先生が持ちうるカードで全力で戦ってたとしたら?」
そこから先は容易に想像がつく。ドマデッキで戦い抜く彼だ。もし、本気で戦いに来たら・・・。
「少なくともこのアカデミアの生徒じゃ、歯が立たないでしょうね。」
「俺もそう思う。」
その時の十代の顔は、いつもと違って真剣な表情だった。明日香はそんな姿にいつもと違うギャップを感じたが、十代はそんなことお構いなしに続ける。
「実はさ、先生が使ってたの多分本気のデッキだと思う。」
「え?」
いったいどんなデッキだったのだろうか。興味があるが、十代は続ける。
「それを横で見てたんだけどさ、怖いくらいに完璧なんだ。伏せカードを破壊されて、がら空きのフィ-ルドを攻撃されても防御する、ターンが回ってくればドラゴンを一気に並べたり不死身のドラゴンを作り出す。手札が1枚になってもうだめだと思ったら今度は墓地からドラゴンを展開しだした。タイタンも凄かった。そんなフィールドを並べられてもギリギリで返してくるし。でも、絶対こいつには勝てないと思えるほどに強いわけじゃなかったんだ。」
沖田からしてみれば、シンクロもエクシーズも存在しないこの世界で征竜を使うためにいろいろなお遊び要素を追加していたのだが、そのことを十代は知らない。更に言うならそのお遊び要素が巡り巡って
「・・・その口ぶりだと、沖田先生には勝てないと思ったの?」
「・・・授業や、俺たちを相手にしているデッキだったらまだ勝てるかもしれない。でも、あの時の沖田先生には勝てると思えなかった。」
明日香はこの時の十代が酷く異質に思えた。十代の普段の性格や行動は、自信に満ち溢れていて、心からデュエルを楽しんで、勝てなくても悔しいと思ってまたリベンジする。そんな少年のようなイメージだった。だからこそ、このときの十代は明日香にとって違和感しかない。
「多分、俺がいない方が沖田先生は自由に戦えたと思う。沖田先生が最後に手札から捨てたカード、あれ多分フィールド魔法だ。沖田先生、俺が戦いやすいようにスカイスクレイパーを残そうと思ったんだと思う。少なくとも、今の俺じゃああの人には背伸びしたって勝てない。」
「十代。」
明日香はそんな十代の姿を見ていられなくなった。まるで・・・。
「だから明日香。俺はきっと足手まといだったんだよ。先生ならもっと早く勝負を決められたと思うからさ。だからさ、お礼なんて・・・。」
「十代!!」
「明日香?」
まるで、兄の才能に嫉妬していた自分のように。なぜだろうか、明日香には他人事に思えなくて仕方なかった。それは今の十代が、兄の才能に嫉妬して、後ろ向きになっていたころの明日香のようで見ていられなかったのかもしれない。
「・・・十代、貴方らしくないわ。」
「へ?」
「いつものあなたなら、そんなこと関係なく沖田先生に挑みにかかる。いつものように、みんなで楽しくデュエルしようと場を盛り上げるムードメーカーで。はたから見ていると楽観的で、お調子者で、でもデュエルに真剣で。」
「明日香?何が言いたいんだ?」
段々、自分でも何を言っているのかわからなくなったのだろう。明日香は深呼吸して、まだ完全には回っていない頭を回転させて言葉を探す。
「・・・今勝てないなら、明日勝てるようになればいいじゃない。明日がダメなら明後日、それがだめならその次。・・・十代なら、きっと先生を追い越せるわ。だって、先生と協力して、私を助けてくれたんだもの。」
「・・・ありがとう。」
その言葉に少し、十代は元気づけられたようだった。明日香は満足げに頷く。
「どういたしまして。こちらこそ、助けてくれてありがとう。」
「・・・ああ!」
話も済んだし、帰るわと言い出す十代。気が付けば、女子寮の前にまで来ていた。どうやら時間を忘れて話し込んでいたらしい。
「そうだ、これ。」
「・・・これって!」
十代から渡されたもの。そこにあったのは紛れもない、行方不明の自分の兄のサイン入り写真だった。
「『10JOIN』って書いてあってさ。変な書き方だったんだけど、もしかしたらって。」
「・・・兄さんの癖なのよ。ふざけて『10JOIN』って書くのが。」
「やっぱり、明日香の兄さんだったんだな。」
「ええ、それにしても兄さん・・・。」
明日香は行方不明になった自分の兄に対して軽い頭痛を覚えた。いくら十代でもこれを見られるのは少々どころではない複雑な気持ちがこみ上げてくる。
「・・・やっぱ、それ寒いよな。沖田先生なんかこれならまだ売れない芸人の方がましなセンスしてるって言ってたぜ。」
「・・・否定できない。」
「「・・・プッ、アハハハハ!!」」
そう言って笑いあう二人。そんな二人に朝日が差し込んでくる。
「もうこんな時間か。あ、そうだ明日香。俺とお前の一限って沖田先生の選択だよな?」
「ええ、そうだけど。もしかして私の選択覚えてたの?十代が?!」
「俺をなんだと思ってるんだよ!いやまあたしかに、沖田先生に聞いたんだけどさ。」
「それで?」
「沖田先生が、事情が事情だから出席扱いにしておくからゆっくり休みなさいって。その代わり、2限には来ることだって。事情を話せばともかくとして、それ以上はかばいきれないからだとさ。それに、女の子が誘拐されたなんてアカデミア中に噂されても困るだろうって。」
その言葉を聞いた瞬間、絶対にお礼を伝えなければならないと実感する。確かにこんな事件に巻き込まれたと噂になれば明日香の周りはややこしいことになりそうな人たちばかりである。おまけに休みまでくれるとは思わなかった。ジュンコとももえはともかく、絶対万城目君あたりには伝わらないようにしようと誓う明日香。
「・・・あとでお礼言いに行こう。十代も来てよ。」
「いいぜ。俺だってあの後お礼言い損ねたんだ。」
「そう、じゃあ明日の昼休みに。私購買で昼ご飯買わなくちゃならないから。」
「購買だな、分かった。」
そんな約束をして今度こそ帰ろうと十代は背を向ける。
「じゃ、こんな時間だけどお休み。」
「おう、明日香は寝過ごすなよ~。この時間に寝ると起きにくいんだよなぁ、俺。」
「あんたはもういっそ徹夜したら?また明日。」
「明日っていうか今日だけどな。」そう言って手を振り去っていく。そんな後姿を見ながら明日香は手元の写真を見ながら微笑み、呟く。
「遊城十代、か。お節介な奴。でも、ありがとう。」
◇
タイタンの身柄を拘束した沖田は、彼の手荷物の中から依頼人につながるものがないか探る。幸いにも彼の荷物はコートとスーツ、デュエルディスクのみ。探すところの数は少ないので、大徳寺先生がレッド寮の食事を作っているこのわずかなスキでも十分に探し当てることができた。
コートの裏ポケットの中。デッキケースと共に一枚の紙が入っている。
『領収書 クロノス・デ・メディチ様』
沖田はその紙を懐にしまう。これで彼にとってタイタンは用済みになった。あとは警察に引き渡すだけだが、それは沖田としては避けたい。別に引き渡したくないわけではないが、引き渡すよりも彼にとって重要な案件があった。その為に彼には今、捕まってほしくない。
これはクロノスが今回の犯罪に関与している証拠である。もしこれでとある案件の容疑者であるクロノスが首になれば、彼に探りを入れることは出来ない。
今ここでクロノスが今回の件にかかわっていると知っているのは3人。沖田、タイタン、そしてクロノス本人。こんなことをする奴が自首なんぞするわけがない。沖田は申告するつもりはない。
となれば、もし万が一タイタンが警察にクロノスのことをばらしてしまえば、いくらここが孤島だとしても警察が介入してくることは間違いない。警察が入ってきたら自分の捜査がやりにくくなる。沖田はタイタンを警察に渡すメリットとデメリットを天秤にかけ、逃がすことにした。捕まっていた天上院さんや十代君に悪いと思いつつも、そう決めた沖田。
気絶しているタイタンに水を浴びせ、強制的に起き上がらせる。
「う・・・ここは・・・?」
「やあ、タイタン。お目覚めかい?」
「お前は・・・?!」
驚くタイタン。だが、沖田には時間がない。いくら料理には時間がかかるものとはいえ、容疑者の一人である大徳寺先生が戻ってくるかもしれないのだ。
「タイタン、選ばせてやる。」
「何?」
そう言って懐から一通の手紙を取り出した。そこには今時珍しい焼き印がつけられている。
「この手紙の焼き印に見覚えは?」
「・・・これは?!」
「声が大きい。頷くだけにしろ。」
そういうと神妙な顔で頷くタイタン。
「もし、ここで働けるとしたらお前は乗るか?」
「・・・そうだな、少なくともこんなこと、しなくて済むだろうなぁ。」
それを聞いて満足げに頷く沖田。こんなことをするのはアングラデュエリストでも下位の人間だ。この話に飛びついてくるだろうと考えていたが当たりだったようだ。
「ここで働けるように進言してやる。ここで働くなら見逃してやってもいい。その代わり、お前は二度とここへは来るな。」
「なんだと?!」
「声が大きい!静かにしろ。」
そういうと黙りこくるタイタン。だが、意を決したように口を開いた。
「・・・ひとつ聞きたい。」
「なんだ?」
「・・・お前、いや、貴方は・・・。」
その先の言葉を沖田は察した。おそらく、こいつは自分を知っている。だが、その先は沖田にとってトップシークレット。絶対に答えるわけにはいかない。
「すまんが、それには答えられないな。」
そう答える沖田だが、タイタンはどこか納得していた。
「・・・いや、いい。悪いがここを紹介してもらえるか?少なくとも今よりは儲けれそうだ。」
それを聞いて安堵する沖田。
「・・・そうか。なら、俺は学校がある。お前はそうだな、9時半くらいになったらここへ侵入した手口と同じ方法でこの島を出ろ。そしてこの紙に書いてある所に行け。この手紙を持っていけば、働かさせてくれるはずさ。それから、もうすぐ俺以外のやつが来る。気絶したふりでやり過ごせ。何があっても、何をされても反応するな。」
「・・・感謝する。」
感謝を告げられたが、沖田はどこか苦々しげだった。
「・・・進めておいて悪いが、そこもモラルに反する点では変わらないぞ。」
「今よりは圧倒的にマシさ。少なくとも、餓鬼相手どってボコボコにしろなんて依頼を受けるよりはな。」
「・・・そうか。愚問だったな。」
即答されたこの答えに沖田は納得する。この様子だと、十代だけなら手加減して相手をしていたのかもしれない。まあどちらにしろ、もう二度と会わないことを祈るばかりだ。そう思いながら扉を閉め、沖田は部屋から出る。
「どうですかにゃ?目は覚ましましたかにゃ~?」
やってきたのは大徳寺。どうやら
「残念ながらだめでした。水をぶっかけてもビンタしても全然。いっそのこと針でもぶっ刺してやろうかと思ったんですが・・・、レッド寮には裁縫用具ありました?」
余談だが、これを部屋で聞いていたタイタンは肝を冷やした。起きて良かったと心から思う。
「あってもやめてほしいですにゃ。拷問した道具で裁縫するなんて嫌ですからにゃ。」
「・・・それもそうですね。」
そう言って笑う沖田だが、大徳寺はそんな彼を見て大丈夫かこいつと思った。とりあえず話題を変えることにする。
「レッド寮の生徒は皆出かけましたにゃ。私たちも、一先ず校長に連絡して、授業に出るようにしましょうにゃ。あの様子だと、あと半日は寝たきりでしょうからにゃ。」
「大徳寺先生、そんなことまで分かるんですか。」
「本職に比べれば素人だけど、錬金術にも医療に通じるものがあるんですにゃ。」
成程、と納得して扉に背を向け歩き出す沖田。大徳寺も違和感なくそれに付き従う。やはり精霊の力の籠った水で普通よりも早く目覚めさせて正解だったと沖田は思った。
「それじゃあ先生、食事でもして、今日も1日頑張りましょう。」
「そうですにゃ~。」
そう言って笑いあう二人。ふと沖田は空を見上げる。朝焼けが出てきて、心地よい風が吹く。
アカデミアの天気は、今日も快晴だった。