遊戯王GX ~もしもOCGプレイヤーがアカデミア教師になったら~   作:紫苑菊

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 超絶長くなりました。なんだよ、原稿用紙100枚分超って。まあ、そんな感じなんでまた何若に分けることになりました。そしてそれすらまだ完結してないという。

 と、いうわけでまだしばしの間お付き合いください。

 それはそうと、FEヒーローズ始まりましたね。作者はルフレとルキナが欲しかったのですが、代わりに出たのはマルスでした。惜しい・・・!タクミもいますが、なんかいろいろこじらせて弓ボスになったイメージしかありません。ハイドラが悪いよハイドラが・・・。

 FGOも絶賛周回中。三蔵ちゃん可愛いです。沖田復刻してほしかったなぁ、バレンタイン前に。


第13話

   ◇

 

 兄さんが目を覚ました。それだけでも、私にとってこの戦いは意味のあるものだったといえる。

 誰よりもふざけている癖に、誰よりも真面目で優秀だった兄。失踪している合間のことは覚えていないらしいが、酷い目にあったのだろう。体のところどころに傷がある。カードも多少傷ついている。意識こそ今は戻ったが安静にしてほしい、と鮎川先生とミーネ先生に言われるくらいには。そのミーネ先生も今はいないが。

 

 そんな兄が行方不明になった事件。そのことを調べてくれていたジャーナリスト、國崎という人から連絡があった。

 

『おう、嬢ちゃん。兄さん見つかったんだってな、重畳重畳。』

 

 いきなり兄さんのことを切り出したのは、実にあの人らしい。どこからそのことを知ったのだろうか。とりあえず、絶えず情報を教えてくれたことの礼を言う。

 

『気にすんな、その程度はちょこっと調べりゃすむ話だ。それよりも、ちょっと時間あるか?ちょっと緊急な上に情報が情報だから、いつものメールでは不安があってなぁ。』

 

 緊急。一体何ごとなのだろうか。出会って数か月、情報を交換するだけの間柄とはいえ、こんなことは今までになかった。精々が質問する時くらいのもの。

 

『ま、緊急(エマージェンシー)つっても、違和感っていうかなんて言うか。こんなことがあっていいのかって感じかねぇ。』

 

 こんなこと、とはどういうことなのだろう。

 

『嬢ちゃんとこ、沖田って先生いるって言っていたよな。』

 

 沖田曽良。恐らく、この学園の中で最も実力のある人物だ。並外れた実力を持ち、元I2社社員という経験から、最近発表されたという『不動性ソリティア理論』を元に戦略性を説いている。

 彼の授業は評判が良い。元々、落ち着いた風貌もあるのだろうが、多少の軽口を許してくれるからか、先生と生徒が互いに気楽にやっているというのが幸いしているのだろう。

 つい先日は、古巣であるI2社からの要望で長期出張に出かけていたが、セブンスターズの一件があってか、すぐにこちらに戻ってきていた。

 

 「先生がどうかしたんですか?」

 

 そういうと、むしろ向こうはこちらを疑ってかかっているようだった。

 「その話、本当なんだよな?」と聞かれたので、「そうだけど。」と答える。すると、ますます訝しげにしていた。

 

『まじかよ・・・。なら、これは・・・?』

 

 え?と思うが、國崎さんがここまで自分の情報に自信を持たないのも珍しい。なんだかんだで、自分の情報に自信(誇り)を持っているジャーナリスト。それが、私の個人的な彼のイメージだったからだ。

 

 と、いうよりも情報の入手源まで事細かくメールに記載されている人に、それ以上の感想が思いつかないのだが。

 

『嬢ちゃん、今からいうことは、嘘じゃない。先に言っておくぜ。』

 

 俺も、この情報が本当かは半信半疑だ、という彼に、前置きが長いと思いつつも、黙って話を聞くことにする。

 

『単刀直入に言う。『沖田曽良』なんていう人物は、アカデミアには存在しない(・・・・・)。』

「は?」

 

 言われたことの意味が分からなかった。あまりに突拍子もなくて、言葉が出なかったのだ。

 

『嬢ちゃん、続けていいか?』

 

 おそらく、私のこの驚きも、向こうに伝わったのだろう。

 

『何から話したもんか・・・。そうだな、俺がこのことに行き着いた経緯を話すぜ。』

 

 そう前置きをして、彼の話は始まった。

 

『つい先日、アメリカのセントラルパークでデュエリスト向けの発表がI2社でされたのは知ってるよな。俺は、そこに仕事でこの間行ってきたんだ。

 そう、あれだ。『新召喚プロジェクト』ってやつだ。デュエルモンスターズに革新を与える、これからのデュエル環境を一新する召喚方法。まだ具体的な内容は極秘だったけど、それに関連したカードを先行販売するとか云々とかの話は、嬢ちゃんも記事かなんかで見たんじゃないか?

 

 まあ、それはいい。別に、新召喚はどうでもいいんだ。不思議だったのは、その発表に責任者がいなかった(・・・・・・・・・)ことなんだ。出てきたのは、ペガサス会長と、数人の社員。だけど、その社員の中に責任者らしきやつはいなかった。

 普通、そういう場所って、責任者が居合わせるものだろ?もしくはI2社お抱えのカードプロフェッサーがいるのが、今までの通例だった。こりゃおかしい、と思って調べたら、丁度嬢ちゃんの言っていた、『元I2社員の教師』って話を思い出した。』

 

 ああ、そういえばそんな話をした気がする。

 

『それで、仕事の合間にちょいっと調べることにした俺は、『教師』と『責任者』が同じなんじゃないか、と思ってアカデミア教師のリストを改めて見直したんだ。時期的に、セブンスターズの一件が関連してるならありえない話じゃないと思ってな。可能性は薄かったが、やらないよりはマシ。それくらいの心算だった。でも、俺の目論見はそこで頓挫した。』

 

 頓挫?一体何があったというのだろうか。

 

『なかったんだよ、そんな教師がいるなんてデータ。』

 

 なかった?そんなはずはない。ついこの間まで、先生は私たちに授業してくれていたのだ。それに、それなら単位はどうなるのだろうか。

 

『正確には出席単位含め、授業が行われた痕跡はあった。でも、担当教師の欄だけ空白だったり、リストには名前がなかった。』

 

 沈黙。声が出なくなっていた、というほうが正しいかもしれない。そのくらいにはインパクトがあった。

 

『こりゃあおかしい。明らかに故意に隠してる。そう感じた俺は、I2社の出席名簿を調べた。その情報を手に入れるまでにどんなドラマがあったかは、この際端折(はしょ)らせてもらうぜ。

 

 まあ、分かったのはここ数か月、I2社に出席していない社員はいなかった。でも、一つだけおかしなことがあった。

 手に入れた情報には欠席はないのに、ここ数か月で明らかにI2社にいない人間が一人だけいる。情報源も訝しんでたぜ?そいつの顔写真がある。メールに添付したから開いてくれ、ケータイはこのままでな。』

 

 I2社の出席名簿、そんな簡単に手に入る代物では無かっただろう。それでも、軽い口調で彼は私に情報を与えてくれた。

 コンピューターを開ける。メールが一件来ていたのが通知で分かった。開けると、中には、一枚の写真。それは紛れもなく・・・。

 

『なあ、嬢ちゃん。そいつに見覚えはないか?』

 

 見覚えがあるどころではない。写真の男は、風貌はいくらか違うが、まさしく沖田先生に違いなかった。髪の色は黒髪ではないし、目つきも今のようにのほほんとした感じではなく、鋭く、ギラギラしている。

 でも、その顔は沖田先生に他ならない。絞り出した声で「先生だ。」と伝えると、言いづらそうに國崎さんは口を開いた。

 

『なら、嬢ちゃん。そいつには極論近づくな。危険だ。』

 

 危険。情報のために危険なことならやってきた、と豪語した男が危険、という言葉を敢えて使ったのを、私は気づいていた。

 

『俺はそいつの経歴を調べた。やばい、なんてもんじゃなかったぜ?そいつの情報を手に入れようとするだけで、危険な奴らに追われそうになった。I2社関係の人間なのは間違いない。

 

 おまけに、手に入れた情報・・・というか経歴だな。おかしいぜ、こんな人間がI2社にいること自体がな。こいつの経歴も、そっちにPDFで送ってる。開いてくれ。』

 

 もう一通、メールが届いた。中は確かにPDFファイルが添付されている。開けてみると、中は経歴が書かれていた。それも、おそらく警察のデータベースの物だろうか、端にFBIと書かれている。

 そして、この経歴。小学、中学までのものは記載されておらず、最初に書かれた経歴には、ラスベガスで逮捕、保護と書かれている。

 日付は7年前の8月。そして、その時期のラスベガスの事件、と言われれば一つしかない。そして、それが意味することは・・・。

 

『おかしいだろ?人殺し(・・・)が教員やってんだ。』

 

 いや、そんなはずはない!

 

 思わず、反射で反論してしまっていた。だが、向こうはそのくらいは織り込み済みだったみたいで、落ち着いて話を続ける。

 

『ああ、確かに嬢ちゃんの言う通り、人殺しじゃないかもしれないな。同時期に、同じ場所で、偶然捕まったってだけかもしんねぇ。

 

 でも、嬢ちゃんだって本当は分かってるんだろ?7年前、まだ武藤遊戯が遊戯王(デュエルキング)ですらなかった時代。デュエルモンスターズ最大の黒歴史とまで言われた、アメリカの事件。あいつは当事者としてそこにいた。ラスベガスの、あの場所で逮捕、保護された少年デュエリスト。』

 

 それが意味することくらい分かるだろう、と言外に彼は言っていた。

 

『まだ嬢ちゃんが小学生くらいの頃に起こった事件だから、印象ないかもしんねぇが、あの時は凄かったんだぜ?なんせ、賭博場でデュエルが非合法のプロとして使われていた上に、そこで行われていたのは明らかに臓器売買、麻薬、そんでもって人殺しに非合法の賭けデュエル。

 

 まあ、この情報はメディアで止められたけどな、凄惨すぎて。まあ、それの一端を、まだガキだった男の子までが担ってたってのが悲しい話だ。』

 

 ガキだった男の子。このタイミングで言うということはつまり・・・。

 

『そんで、だ。俺は警察の知り合いのつてで、そのガキの取り調べをしたっていう男に話を聞いたんだ。まあ、なかなかに酷い話だったよ。なんせ、ガキには戸籍がなかったんだ。』

 

 戸籍がない?

 

『まあスラムなんかに行けば、そのころはまだ、そんなガキはごろごろいたんだけどな。おかしいのはそのガキが妙に頭がよかったんだと。知恵も回る上にバイリンガルときた。

 おかしいな、と思ううちにそのガキは一ヶ月の禁固刑と保護観察処分なんて生易しい罰(・・・・・)で済んで、さらにおかしいことにペガサス・チルドレン・・・まあ、当時ペガサスがやってた慈善事業(ボランティア)なんだが、それに引き取られた。』

 

 ペガサス・チルドレン?!その情報は本当なの?!

 

『別に、不思議じゃあない。ラスベガスのカジノといえば、ペガサスも無関係じゃないからな。』

 

 無関係じゃない?それは一体・・・?

 

『そもそも、ペガサスの父親は・・・。』

 

 そこまで聞いたところで、呼び出しがかかった。亮から、最後のセブンスターズが現れた、と。

 

 もう少し聞いていたかったが、セブンスターズと言われては無視できない。申し訳ないが、その話は後にしよう。

 

『おお、すまねぇな時間取らせて。まあ、まだ俺もそのガキがその先生って確証はない。その警官はその写真の男がその時のガキってのは言ってくれたんだが、なんせ7年前も前だ。他人の空似ってやつかもしんねぇしな。

 

 もう一つ、言っておくぜ。その少年が捕まった時、そのガキをガキと同い年くらいのI2社の女の子が連れてきたって話なんだが・・・。俺は、そいつに当時のことを聞くことにする。

 幸い、なかなかに有名だったから女の子(そいつ)のことはすぐに分かった。まあ、そっちが終わるころにはこっちも裏は取れてるだろうから、確実な情報をお届けするよ、意味ないかもだがな。』

 

 そう言って、電話は切れた。すぐに身支度をし、外に出る。亮がメールをしてからもう10分以上たっているから、着く頃にはもしかしたらもう終わっているかもしれないが、急げば終わるころには着くだろう。

 

 こんなデュエルがもう続くことはないんだ、と。私はこの時まで思っていた。

 

 

 

     ◇

 

 

 

アニキ!目を覚ましてくださいよ、アニキ!

 

 そう言う翔の切羽詰まった声で、目が覚めた。今はまだ午前8時。これが平日なら寝坊だが、今日は土曜日だ。偶には寝てもいいだろう。

 何せ、ここのところセブンスターズとのデュエルばかりで、体がきしんできているのだ。少しくらい休憩しても罰は当たらない。

そう思った矢先にこの目覚まし。普段は自分を慕ってくれる翔すらが、今は疎ましく感じてしまう。

 

「なんだよ翔。まだ8時じゃないか。もう少し寝かせてくれよ・・・。」

 

 そう言って、体は蝸牛のように布団にくるまる。眠いのだ。睡魔がやばいのだ。

 体は布団で出来ている。なんせ昨日は、先生が言っていたセリフに隼人が突っ込んでいたのをみて、そのアニメを徹夜で鑑賞していたのだ。翔は途中で寝てしまっていたが、ファンが増えたとばかりに興奮した隼人に乗せられて、気がついたころには朝日は昇っていた。そのせいか、内容は殆ど覚えていない。

 いくらこの島が南に位置しているからと言って、朝日が昇るのは少なくとも5時ごろだろう。計算すると、まだ2時間ほどしか経っていない。普段は長く寝る自分にとって、これはかなりつらいものがある。

 

「そんなこと言ってる場合じゃないですよアニキ!」

 

 そんなこと、と言うが、睡眠は大事だぜ、翔。頭の回転がはかどらなくなる。おやすみ、翔。起こそうとしたお前のことは忘れないぜ、数秒ほどは。要するに、後で覚えとけ。

 

「セブンスターズが現れたっす!」

 

 その言葉で、目が覚めた。思わず、「本当か!」と翔に詰め寄る。

 

「本当っすよ!沖田先生が、灯台にすぐ来てくれって!先生は他のみんなに知らせるからってブルー寮に行っちゃたけど。」

「わかった、すぐ行く!」

 

 と、いっても昨日の深夜鑑賞のまま寝てしまっているので、着替える必要はない。インナーに着替えることすらしないで寝てしまったので、することはデッキの準備と、目覚ましに顔を洗うくらいだ。

 デッキを取る際、そこにあったものに目が行く。手に取って確かめると、それは鍵だった。

 

「これって・・・。」

 

 職員室の鍵。先生が、俺に何かあった時の為に、渡してくれた鍵だ。

 セブンスターズに攻め入れられた時、これを開くかは悩んだが、結局使うことはなかった。

 というよりは、それどころではないくらい、準備に時間がなかったのもある。ダークネスが現れたときは職員室なんかによる暇はなく、それ以降も、職員室にまで戻るほど時間のあるものはなかった。それに使えとは言われたものの、人の引き出しを勝手に開けるのは、正直憚られたのもあった。

 

 そのせいで鍵は埃を被って、机の端に置かれたままだった。

 

 だが、これは最後の(・・・)セブンスターズ戦だ。多少念入りに準備しても、罰は当たらないだろう。

 

「アニキ、何してんすか?急ぐっすよ!」

「悪い、翔!少しやることが出来た!職員室ってどこだ?!」

「職員室ならブルー寮の反対側っすよって、どこ行くんすか?!灯台は反対側っす!」

「やることがあるんだ!すぐ行くって先生に言っておいてくれ!」

 

 そう言って職員室に向かう途中、俺は今までのセブンスターズのことを思い出していた。

 

 最初は、ダークネス。操られていたとはいえ、吹雪さんは強敵だった。実際、その時のゲームで、俺はかなり消耗してしまって、ぶっ倒れることになった。そのあとは、いかなる時も先生にもらった布を手放すものかと思ったっけ?

 

 二人目はカミューラ。カイザーとクロノス先生の鍵が奪われ、最終的には沖田先生が倒した。残るカギは5つになってはしまったが、幸いにも沖田先生が帰ってきてくれたおかげで、皆が少し落ち着きを取り戻したように思う。卑怯な手段を用いたとはいえ、カイザーやクロノス先生が負けるような実力者があと5人もいるのだという事実は、少なくとも俺たちに負担(プレッシャー)を与えていたのだ。

 

 三人目はタニヤ。三沢の鍵は奪われたが、何とか撃退出来たっけ。セブンスターズの中ではトップクラスに強かった。あれが闇のゲームでなくて本当によかったと思う。三沢はしょげていたが、あの結末は・・・。残るカギは4つになってしまった。

 

 四人目は精霊だった。万丈目が見事撃退していたが、場合によっては負けていたのかもしれない。少なくとも、おじゃま達だからこそ順調に倒せたデュエルだと思う。そうでなければ、負けていたかもしれない。

 

 五人目はアビドス三世って言ったっけ?名前はあまり覚えていない。デュエル王と名乗ったアイツは、なぜか沖田先生と意気投合していた。結局は、俺とデュエルすることになったが、あいつは俺と沖田先生に再戦を申し込んで、消えていった。ン熱血指導って、何だったんだろう。未だに分からない。でも、実力はとてつもなく高かった。

 

 六人目は・・・大徳寺先生。彼の言ったことは、いまだに覚えている。土に還る前に、先生は俺にいくつもの言葉を残していった。鍵は二つ取られたが、大徳寺先生がこれを改めて柱から回収しなおしていた。これで、鍵は7つに戻った。

 

『錬金術の真意は、人の心を、より強くて高貴なものに変えることなのだ。十代、君は今、その真実を知った。』

『・・・私の研究を支えてくれた人物(友人)は、強大な力を手に入れんとし、その心をいつの間にか曇らせてしまった。

 いや、曇らせたというのは正確ではないのかもしれない。あれをセブンスターズに引き入れたときに、あの人は外道に落ちたのだと、私は実感してしまった。同時に、私ではその心を晴らすことはできないのだと、思ってしまった。』

『この島には、いずれ大きな災いが起こる。・・・私には、その災いに対抗する力を育てる必要があった。』

『・・・君は、光のデュエリストだ。君は気づいていないかもしれないが、君には融合使い(錬金術師)のデュエリストとしての才能だけではなく、一種のカリスマ性を持っている。周りを温かくさせる君なら、彼を、彼らを救ってくれるんじゃないかと思ったんだ。』

『・・・十代。最後のセブンスターズは、今までの中で、おそらく一番の強敵になる。少なくとも、私では勝てないだろう。最強と言い換えて差し支えない。

 だが、彼は望んでセブンスターズになってはいない。私の友人に脅され、協力を促され、仕方なく従っている。だからこそ、彼は私たちを裏切れない。

 救ってほしい。友の尻拭いを君にさせることになるのは分かっている。それでも、それでも。これは、私の最後の願いだ。』

 

 そういって、大徳寺先生はいなくなってしまった。いなくなったというよりは、砂になって消えてしまった(死んでしまった)というのが正しいが。

 だが、彼が最後に残したセブンスターズ。大徳寺先生のいうことを信じるなら、それは俺よりもはるかに強いデュエリストだろう。そう、カイザーや沖田先生のような。

 そんな相手だと分かっているのだ。準備はいくらしても足りない。

 そんなことを考えながら走って十分もすれば、職員室の先生の引き出しについた。ほかには誰もいない。休日とはいえ、大体は当直の先生がいるはずなのだが・・・。いや、もしかしたら今日の当直は沖田先生だったのかもしれない。

 まあいい。ほかに人がいないが、とりあえずカードを確認させてもらうことにしよう。使うか使わないかはともかく、精霊の力が宿っているならば心強い。

 

「・・・え?」

 

 おかしい。いや、鍵のことじゃない。鍵は開いた。そこには、十代君へ、と書かれた袋と、その中に入っているカードの束。

 そして、そこには俺がよく知っているカードが、置いてあった。

 

「ねえ、十代君。」

「うわぁ?!」

 

 びっくりした、本気で心臓が止まるかと思った。いったいだれだ・・・というか、職員室で俺を十代君呼びする女の先生は一人しかいない。

 

「なによ、人を幽霊みたいにびっくりするのはやめて頂戴。」

「あ、ああ。ごめん、みどりさん。でもびっくりさせないでくれよ。」

 

 みどり先生。小学生の頃に入院した時からの縁でちょくちょく会っていたが、まさか自分がその生徒になるなんて思いもしなかった。そしてなぜか、当時から見た目が一切変わっていない。

 一度年齢を詮索してみたいが、そんなことをすれば俺は明日の食卓に並ぶことになるので、やめておく。みどりさんの目が、命拾いしたナ小僧、と言いたげに睨んでいるのは気のせいだと思いたい。

 

「それはごめんなさい。それより、曽良はどこ?朝からいないんだけど。」

 

 え?朝から会っていないのか。

 

「沖田先生なら、最後のセブンスターズが出たって翔に伝えた後、ブルー寮に行ったみたいだけど。」

 

 そういった瞬間、みどりさんはおかしなことを言う、とばかりに首を傾げた。

 

「ブルー寮?来てないけど。」

「え?」

 

 どうやら、みどりさんもここに来たのはついさっきで、それまではすぐそこにあるブルー寮で仕事をしていたらしいのだ。管理室はブルー寮の入り口にある。そこを通らずに中に入ることはできないから、彼が来ていないことは間違いがないらしい。

 

「・・・十代君、それ、ほんとに曽良だったの?」

「翔はそう言っていたけど・・・。」

 

 疑うみどりさんに、俺はそれしか言えない。なにせ、直接聞いたのではなく、翔からの伝言で受け取ったのだから。

 翔君は意味なく嘘をつくような子じゃないわね。そう言うみどりさんに、少しうれしくなる。友達が褒められるのは、少し気分がいい。

 でも、どうしてそんなに考え込む必要があるのだろうか。そう聞くと、みどりさんは一から説明してくれた。

 

「いえ、実はね?セブンスターズのあなたが言っていたアムナエルと、その最後のセブンスターズについての情報は、全くと言っていいほどにないのよ。

 それなのに、どうして曽良は最後のセブンスターズが出たって情報を知ってたのかなって。」

 

 ああ、それは沖田先生からも聞いていた。残りのセブンスターズの情報はいまだ見つかっていない。

 だが、そんなのは不思議じゃないと思う。だって、鍵が吸収されれば、誰だって気づく話だ。

 

「あの鍵が消えるときの現象はあなたも知っているでしょう?鍵が吸い込まれると、あそこにある塔に光が灯ることになる。でも、それはまだ現れていないわ。だけど曽良はそれを知っていて、そしてどこかに去っていった。」

 

 確かにおかしい・・・のか?沖田先生が新たなセブンスターズに偶然遭遇した可能性だって。

 

「もちろんそれはあるけれど、それなら曽良はそいつと戦っているでしょ?援軍を呼ばなくても、彼より実力の高い鍵の守護者なんていない。それは、曽良が一番よく知っている。

 援軍を呼ぶ必要はない。それなのに、それをするような状況。・・・何かがおかしい。」

 

 その瞬間。職員室の窓から見える範囲で、鍵が吸い込まれていくのが見えた。

 窓に背を向けていたみどりさんが気付くほどに、眩しい光が立ち込める。急いで、窓の外を見た。

 そして、気付いた。光は、一つじゃない。三つある。一体、この短時間に何があったというのか。

 

「行きましょう、十代君!」

「え?ちょっと、みどり先生?!」

「ここで議論しても埒が明かないわ!なにより、三つも鍵が奪われたのなら、少なくとも一人の生徒は倒されている!一刻も早く倒された人たちを見つけないと、大変なことになるかもしれないわ!」

 

 「男らしさで並の男より上だから、姉さんはモテないんだ。さっさと身を固めてくれれば安心なのに。」とぼやく紅葉さんの姿をなぜか今思い出した。あの時は分からなかったが、今思えばこういう一面を指して言っていたのだろう。確かに、なんというか勇ましい。

 

「何してるの?!行くわよ十代君!」

「あ、ああ!」

 

 急いで、持っていたものをポケットの中に入れる。とりあえず、本当に鍵が吸い込まれたのか確認するために、塔に向かうことにした。ここからあの塔までは少々距離はあるが、走れば数分で着くだろう。

 

 実際、そこには直ぐと言っていいほどに早く着いた。だが、そこで俺が見たものは、想像をはるかに超えていた。

 カイザー。明日香。三沢。その三人が倒れている。首元を見れば、鍵がなくなっているのは明らかだった。鍵がなくなった数とも一致する。

 そして、俺たちよりも早く駆け付けていたのか、万丈目は既に誰かとデュエルしていた。あたりには、その声が響いている。だが、ここからではギリギリ、その敵の姿が、柱の陰になって見えない。

 

「アームド・ドラゴン LV7の効果を発動!手札の絶対服従魔人を捨てることで、召喚獣エリュシオンを破壊する!」

「エリュシオンの効果。フィールド、墓地の召喚獣をリリースすることで、相手フィールドの、そのモンスターと同じ属性を持つモンスターを全て除外する。エリュシオンは、フィールドで地、水、炎、風、闇属性としても扱う。よって、アームド・ドラゴン LV7もゲームから除外される。」

 

 ・・・この声。

 いや、そんなはずはない。そんなはずはない。

 

「・・・ターンエンド。」

「この瞬間、罠発動。魔法名-「大いなる獣(ト・メガ・セリオン)」。ゲームから除外された、自分の召喚獣モンスターを任意の数、守備表示で特殊召喚。現れろ。召喚獣ライディーン。召喚獣メガラニカ。召喚獣エリュシオン。俺のターン、メガラニカとエリュシオンを攻撃表示に変えて、ダイレクトアタック。」

 

 万丈目の叫び声が上がる。その声で、嫌でも現実が見えてしまう。

 そして、万丈目の鍵も、近くの柱に吸い込まれた。これで、残った鍵は3本。

 

 どうして、どうしてなんだ。だけれど、隣にいるみどりさんは、このことを予想していたかのように、静かに柱の陰に声をかけた。

 

「どういうつもりかしら、曽良。覚悟はできているのよね?」

 

 沖田先生。彼が、万丈目の対戦相手。そして、状況的に間違いなく、あの人が明日香達を倒した張本人だろう。

 

「やあ、みどり。任務ご苦労、サヨウナラ。」

「答えるつもりはないのね。」

 

 冗談のような軽い口調に、みどりさんは即答で答え、先生の軽口を瞬時に葬り去る。

 

「ちょっとしたジョークを流さないでほしいです。」

「流すわよ、こんな状況よ?ふざけるのもいい加減にしなさい。何のつもりかしら?」

 

 「何のつもり、と言われても。答えてあげる世の情けは持ち合わせていないんですよねぇ。」と、そういう先生に、みどりさんは今にも掴み掛らんとしていた。

 

「鍵を回収するなんて。正気!?あなた、それでも人間なの?!」

「人間ですよ。人間だからこそ、欲望の赴くままに、この鍵を開放しているんです。」

 

 そう言って、先生は自分の持っている鍵を、一番近くにあった塔に近づける。鍵が柱に吸い込まれ、また新たな光が塔に灯る。

 「まだ足りないか。」と呟き、彼は倒れた万丈目を担ぎ上げ、みどり先生に手渡した。

 

「どういうつもり?」

「その子を介抱してあげてください。俺には、やることがありますから。」

 

 そういって、沖田先生は俺に向き直った。次の相手は、俺ということらしい。

 

「待ちなさい!それなら私が相手をするわ!」

 

 みどりさんはそう言っているけど、それは土台無理な話だろう。先生は、鍵を手に入れようとしている。でも、みどりさんは鍵を持っていない。それを受けるとは思えなかった。

 それに、今は万丈目が心配だ。早く手当てをしてやらないと。闇のゲームは、負けたやつの体力を著しく奪う。最悪、死んでしまうかもしれない。

 

「みどりさん、みんなを安全なところに連れて行ってあげてくれ!先生は、俺が何とかする!」

「十代君!」

 

 そう、俺が何とかするんだ。鍵の守護者として、やるしかない。なにより、明日香や万丈目達を、こんな目に合わせたことが許せない。

 そして、少しだけ。少しだけ、これからのデュエルにワクワクしている自分がいる。

 

「頼んだわよ!」

 

 そう言って、万丈目を担いでみどりさんは皆が倒れているところまで走り出した。

 だけど、急に周りに味方がいなくなったせいか、いきなり不安になる。そのせいか、先生に話しかけていた。

 

「沖田先生。本当に・・・。」

「くどい。はっきりしていることを何度も聞かない。今、目の前にいるのは紛れもなくセブンスターズの一人、悪魔の依り代『トラゴエディア』。我欲のために世界を捨て、我欲のために自らを慕う生徒を葬り去ろうとする悪そのもの。その身を悪に宿し、今まさに幻魔の復活を願う一人の男に過ぎない。

 構えなさい、遊城十代。」

 

 目の前の先生は、明らかにいつもと様子が違う。そこで思い出した。アムナエル、大徳寺先生が言っていたことを。

 

「でも、先生。大徳寺先生は、先生は脅されているって言ってたんだ。それなら、せめてそのことくらい話してくれよ、先生・・・。」

 

 一瞬。

 ほんの一瞬だけ、先生が揺れた。体が、ではなく、心だと思う。それくらい、動揺していた。

 数秒、もしくは数分だったかもしれない。長い沈黙の後、先生は、

 

「違う。それは違う。」

 

 そうつぶやいた。

 

「俺は、自分の意志でここにいる。報酬のためにここにいる。自分と、生徒。自分と世界。自分と、デュエルモンスターズ。そのすべてを天秤にかけ、俺はこれを選んだ。断じて、脅されたわけじゃない。

 嘘だと思いますか?残念だが、これが真実です。君の思う先生など、この世には存在しない。

 あらためて言う、遊城十代。構えなさい。ここから先は、ただの闇のゲームだ。」

 

 でも、先生がセブンスターズなんておかしい。だって、だって先生は、カミューラを倒したじゃないか!

 

「目的のために邪魔だった。あいつの目的と俺の目的には、縁がなかっただけでしょう。しいて言うならタイミングが悪かった。逃したのさ、あいつは。」

 

 デュエルモンスターズの授業の時に出てくる言葉。それを使う先生に、思わず体の中の怒りがこみ上げた。

 

「どういうことだよ。どういうことだよ!!裏切っていたのかよ。本当に裏切っていたのかよ?!嘘だと言ってくれよ、沖田先生!!」

「・・・・・。」

 

 だけど、慟哭空しく、先生は何も言わない。無言で、ディスクを構えるだけ。

 

「戦うしかないんだな・・・。」

 

 正直、意外性がなかったと思う自分がいる。自分は、ここまで薄情だったのかと思いもする。

 いつも飄々としていて、のほほんとしていて、軽口や冗談ばかり言って、みどりさんやクロノス先生と楽しそうに話していた先生。でも、どこかで一線を引いていた先生。

 それは、裏切りの罪悪感だったからなのだろうか。少なくとも、セブンスターズが島にやってきてからはずっとそんな感じだった。様子がおかしいと、理性ではなく、本能的に警戒していたんだと思う。そうでなければ、この虚しさの理由に説明がつかない。

 

 納得している自分と、違うと訴え続けている自分。その二人の自分を、必死の理性で思考から叩き出し、目の前の現実に向き合う。

 大徳寺先生の件で慣れてしまったのだろうか。裏切りになれるのは嫌だなぁ。

 

「十代!!」

 

 後ろから声がかかる。それは、先ほど倒された万丈目の声だった。柱に背を預けてはいるが、しっかり二本足で立っている。よかった、あいつらは無事だった。

 隣には、明日香も、三沢も立っている。カイザーも、見た目の傷の割に、元気そうだ。

 万丈目の足が崩れ落ちる。それでも、伝えなければならないといわんばかりに、みどりさんの制止を振り切って、俺に伝えた。

 

「十代!先生は融合を使ってくるが、それだけじゃない!」

「気を付けろ、先生は、俺たちの知らない力を使ってくる!」

 

 知らない力?どういうことなのだろうか。三沢と万丈目が、必死で伝えてくれたが、俺にはさっぱりわからない。

 だけど、やることは変わらない。俺は全力で、デュエルするだけなんだから。

 

「アドバイスの時間は終了か?だが、それでは俺に勝ち目なんてないぞ。情報とも言えない情報なんて、伝えるだけ無駄だろうに。」

「そんなことはない!」

 

 それは違う、無駄じゃない。

 

「あいつらは、俺に必死で伝えてくれたんだ。それは、ある意味何よりも頼れる声援だぜ!先生、デュエルだ!その目を覚まさせてやるから、覚悟しろ!」

 

 そういった後、デュエルディスクを構えると同時に、先生もまたデュエルディスクを構えた。

 だが、よく見ると先生のデュエルディスクとは少し趣が違う。先生のデュエルディスクは、俺たちが使っているデュエルディスクの数世代前のディスク。流石に、あの武藤遊戯が使っていたバトルシティのデュエルディスクとまではいかないが、もう誰も使っていないような世代のディスクだった。確か、重大なエラーが出て、すべて回収されたのではなかったか。

 だが、今使っている漆色に染色されたデュエルディスクは、先生の腕の中で起動する。互いのデュエルディスクが目に見えない光で繋がった音がした。

 

「デュエル!」

 

 宣言した合図に、目の前の先生は反応しない。先攻か後攻、好きなのを選べと言われただけだった。とりあえず、先攻を選ぶ。

 先生のデッキには、妨害カードが積まれていることが多い。妨害されずに展開できるなら、それに越したことはない、と判断したからだ。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 引いたカードを確認する。それは、沖田先生の机の中にあったカード。

 

「E・HERO エアーマンを守備表示で召喚!」

 

 エアーマン。そのモンスターを、俺はよく知っている。響紅葉、尊敬するデュエリストが使っていたカードの一枚。その効果は、デッキから新たなHEROを呼んでくること。

 

「デッキから、E・HERO バブルマンを・・・あ。」

 

 デッキを見たとき、ふと気になるカードが混ざっていることに気が付いた。俺は入れた覚えはない。だけど、すごく印象に残るそれは、まるで自分が手札にいるべきだ、とでも主張するように、デッキの一番最初に眠っていた。

 

「・・・E・HERO ブレイズマンを、手札に加えるぜ!」

 

 ブレイズマン。どうやら、召喚した時に融合を手札に加えることができるらしい。丁度融合が手札にないので、これはすごくありがたい。どうしてこのカードがデッキに入っているのかは分からないが、すごく心強い味方だ。

 

「カードをセットして、ターンエンドだ!」

 

 手札のカードを見る。ここで展開してしまっても構わないといえば構わないのだが、だからと言って全部全部展開する気なんてない。まずは、相手のデッキを観察する。

 さあ、どんなカードを使ってくる。今まで、あの人の本気は2度しか見ていない。一度目はタイタン。二度目はカイザー。みどりさん曰く、カイザーは限りなく本気に近いデッキだったと言っていた。なら、そのデッキはシャドールか。

 影衣融合。融合召喚してしまえば、デッキのカードを素材にしてくる。いつかは使うことになる融合召喚だが、攻撃できない最初のターンに使っても、その意味は殆どと言っていいほどにない。だから、展開しようとはサラサラ思ってはいなかったが。

 だけど、沖田先生のことだ。何か、とんでもない手段で向かってくるに違いない。そう思うと、こんな時だというのに、体から力が湧いてくる。

 

「さあ、先生!見せてくれよ、先生の本気を!!」

 

 自然と、笑顔になってくる。ここまでのわくわくは、もしかしたら紅葉さんとデュエルした時以来かもしれない。

 

「俺のターン。」

 

 ドロー。静かに沖田先生は言った。手札のカードを見て、数秒。

 

「俺は、チューナーモンスター、魔轟神レイヴンを召喚。」

 

 魔轟神。どこかで聞いた覚えのある名前だ。

 

「そして、魔轟神レイヴンの効果を発動。手札を任意の枚数捨てることで、このカードのレベルをエンドフェイズまで、一枚につき一つあげ、その数×攻撃力を400ポイントアップする。」

 

 パンプアップ。珍しい戦法だと思った。いや、パンプアップして攻撃するのはある意味基本中の基本。珍しいのは、それを先生が使うことだった。

 沖田先生の戦術は、強いて言うなら場を制御する(コントロール)。ライフアドバンテージよりも、手札やフィールドを制御することに重きを置いて、そこに主要と決めたカードのギミックを組み込む。テーマを主軸にすることもあったが、それはカイザーやタイタンとのデュエルくらい。それ以外の、生徒とのデュエルでは、そういったデッキを使っていた。

 だからこそ、コントロールデッキに、どのようなギミックを持ち込んだのだろう、と思っていた。だが、どうやら違うらしい。一体何が起こるのだろうか。

 

「手札の、暗黒界の武人ゴルドを捨てることで、レイヴンのレベルを1上げる。そして、捨てられたゴルドの効果を発動する。」

「手札から捨てることで発動するモンスター?!」

 

 珍しいモンスターだ。捨てられたことで発動するのなら、手札抹殺などのカードを多用するデッキなのかもしれない。

 

「ゴルドは、手札から効果で捨てられたときこのカードを特殊召喚できる。」

 

 しかも、特殊召喚。死者蘇生や融合のようなカードなしで、こんな大型のモンスターを出してくる先生は凄い・・・と思ったが、征竜に比べればそうでもない気がしてきた。

 

 どうでもいいことだが、それを後日みどりさんに言うと、「感覚麻痺って怖いわね。」と頭を撫でられることになった。あとなぜか涙を流していた。

 

「まずいぞ、十代!」

 

 後ろから、三沢が叫ぶ。確かにまずいと言われればまずいが、だからと言ってまだ、2300のモンスターと1700のモンスターが並んだだけだ。先生なら、もっとえげつない盤面になる。それに比べれば、今なんてどうっていうことは・・・。

 

「違う!十代!先生の場に、チューナーと(・・・・・・)それ以外のモンスター(・・・・・・・・・・)が並んだこと自体が問題(・・・・・・・・・・・)なの!!」

 

 え?明日香?どういうことだ?

 そう思った瞬間だった。レイヴンの体が輪っかのような形になる。それと同時に、ゴルドの体も、星になっていった。その数は5つ。レベルの数と同じ。

 

同調召喚(シンクロ召喚)。」

 

 先生がそう呟いた。それと同時に、輪と星が合わさり、一筋の光になる。

 

「魔轟神 ヴァルキュルス。」

 

 魔轟神、ヴァルキュルス。その攻撃力は、エアーマンを遥かに凌ぐ、2900。

 

「出てしまったか、シンクロ召喚。」

 

 そういうのは、三沢。一体何が起こったんだ?!

 

「シンクロ召喚。言うなれば、それは融合を必要としない融合召喚です。ただし、一部の例外を除き、フィールド上に同調機、チューナーと呼ばれるモンスターと、そうではないモンスターを揃えて、出したいシンクロモンスターのレベルと同じにしなければなりません。

 この場合、シンクロ召喚は生贄召喚とは違いリリース扱いにはなりません。融合と違い、素材が緩いことや融合カードを必要としないことがメリットではありますが、場合によっては素材指定があったり、レベルを合わせないといけないと召喚できないこと、手札を利用したり、カードによっては墓地のカードも利用してできる融合とは違い、特殊召喚などを多用しなければできないというデメリットもあります。今回召喚した、魔轟神ヴァルキュルスのレベルは8。素材指定はチューナーが魔轟神モンスターであること。魔轟神レイヴンのレベル3と、暗黒界の武人ゴルドのレベル5を合わせて、レベル8のヴァルキュルスを融合デッキから特殊召喚したというわけです。」

 

 そういう先生は、いつもの先生だった。授業で教えるように、実際の映像や実演を交えながら解説していく、いつもの姿。状況はこんなにも違うのに、いつもの先生だ。

 なら、いつもの授業のように、質問でもしてみよう。

 

「でも、先生、デッキから融合してたよな?」

「あれは融合に似た何かだ。」

 

 そうばっさり切り捨てる先生は、いつもの先生だ。だからこそ、尚の事悲しい。吹雪さんみたいに操られていたわけではない。脅されて、何かを気負っている様子もない。いつも通りの先生が、そこにいるのだ。最大の敵として。

 

「十代、そんなことを言っている場合じゃないぞ!総合打点が下がっているのに、先生はわざわざ召喚したんだ!だったら、打点以上に何か厄介な効果がヴァルキュルスにはあるはずだ!」

 

 そんなことは三沢に言われなくてもわかっている。俺にダメージを与えるなら、レイヴンでエアーマンを倒して、ゴルドでダイレクトアタックすれば、俺は2300の大ダメージを受ける。いや、伏せたカードを使えばそんなことにはならないだろうが、だからと言って、そのチャンスを逃す必要はない。確かにヴァルキュルスの攻撃力は2900と驚異的だが、まだ対処はできる範囲内・・・だと思う。

 だとするならば、ダメージを度外視しても使いたかった効果が、あのモンスターには備わっているはずだ。

 果たして、その推測は正しかったといえる。

 

「ヴァルキュルスの効果。手札の悪魔族モンスターを一枚捨てることで、カードを一枚ドローする。手札の魔轟神クシャノを捨ててドロー。」

 

 なるほど、手札交換。そして、交換のために捨てたカードを使って効果を発動する。

 

「フィールド魔法、暗黒界の門を発動します。フィールドの悪魔族モンスターは攻撃力・守備力が300ポイント上昇します。」

 

  この伏せカードがサイクロンだったなら、発動したその刹那に破壊出来ただろうが、残念なことに、伏せたカードはその類ではない。どうあれそれを止めることはできない。

 だが、ダメージを捨ててまで手に入れたカードが、たったそれだけ(手札交換だけ)の効果なのだろうか。そうまでしてヴァルキュルスを召喚する意味はないような気がした。

 

「あわてるな、十代。本命は他にある。」

 

 やはりか。先生がそう言ったが、半分予想はしていたから問題ない。むしろ、湧き上がるワクワクが、自分の心が、その先を見たいと叫んでいる。

 

「暗黒界の門のもう一つの効果。一ターンに一度、自分は墓地の悪魔族モンスターを除外し、手札の悪魔族モンスターを捨てることで、カードを一枚ドローする事が出来ます。墓地の暗黒界の武神ゴルドを除外し、手札の暗黒界の術師 スノウを捨てて、カードをドロー。スノウの効果、効果で手札から捨てられた時、暗黒界と名のついたカードを手札に加える。デッキから暗黒界の取引を手札に加える。」

 

 暗黒界を主軸にしたデッキなのだろうか。それとも、暗黒界に魔轟神を混ぜ込んだのか、魔轟神に暗黒界を混ぜ込んだのか。いずれにせよ、手札から捨てられただけで発動するのは厄介だ。何より、手札の質が明らかに上がっている。

 

「手札の魔轟神グリムロの効果を発動。フィールドに魔轟神がいるときに、このカードを手札から捨てることで、デッキから魔轟神と名のついたカードを手札に加えます。手札に加えるのは、魔轟神クルス。

 そして、墓地のクシャノの効果を発動。」

「墓地から発動するモンスター効果?!」

「そう珍しいことじゃないだろう。ネクロダークマンに関しては、君も使っている。」

 

 そういわれればそうだが、今まで手札を捨てることに関係していた分、意外性が大きい。

 

「クシャノは、手札の魔轟神を捨てることで、このカードを手札に戻すことができる。手札から捨てるのは魔轟神クルス。

 魔轟神クルスの効果を発動。クルスは手札から捨てられた時、墓地のレベル4以下のモンスターを特殊召喚する。魔轟神レイヴンを墓地から特殊召喚。

 レイヴンの効果を発動。手札を三枚捨てて、レベルを3つ、攻撃力を1200ポイントアップさせます。」

 

 まずい。

 

 これで、先生の場には攻撃力3200のモンスターと、攻撃力2800のレイヴンが揃ったことになる。先ほどよりも、さらに強力な布陣が誕生した。

 

「まだ終わりません。手札から捨てたカード、そのうち一体は暗黒界の龍神グラファ。

 グラファは、手札から効果で捨てられた時に相手フィールドのカードを一枚選択して破壊します。破壊するのは、そのエアーマン。それを持ってきたことは称賛に値します。がしかし、それでは俺には届かない。」

 

 エアーマンが破壊される。これで、フィールドはがら空き。

 

「まずい!十代の場ががら空きになった!これでは、あのモンスターの攻撃を受けて十代は・・・!!」

「そんな!」

「アニキィ!!」

 

 皆が叫ぶ。そりゃあそうか。俺のフィールドは伏せカード一枚。この伏せ(リバース)カードがミラーフォースのような逆転の一手でもない限り、敗北する。だけど、このリバースカードはそういう類でもない。

 それでも、まだ大丈夫。まだあきらめるような時間じゃないんだ。

 

「カードを一枚セット。」

 

 え?

 

「墓地の、レベル・スティーラーの効果を発動します。レイヴンのレベルを一つ下げて、このカードを墓地から特殊召喚します。」

 

 レベルを下げた。増やしたレベルを敢えて下げた。これでは意味はない・・・違う。

 やられた。レイヴンはチューナー(・・・・・)だ。それを意味するのは・・・。

 

「レベル1、レベル・スティーラーにレベル4、魔轟神レイヴンをチューニング。」

「二度目のシンクロ召喚だと?!」

「そんな?!」

 

 後ろから、明日香や三沢の絶望したかのような声が聞こえる。これ以上、何か出てこられたら堪ったものでは無いからか。

 

「シンクロ召喚レベル5、魔轟神レイジオン。」 

 

 二度目の、シンクロ召喚。総合の攻撃力こそ下がったが、これが全て通れば、俺のライフは0になる。

 でも、やはりというかなんというか。

 

「連続の召喚は手札を消耗するみたいだな。先生の手札は既に0。もう、シンクロ召喚を行うことはできないぜ!」

 

 意気込んだその言葉。実際、先生は2回のシンクロ召喚を行うために初期手札、そしてドローした6枚の手札を全て使い切っていた。

 手札は無限の可能性、とは誰の言葉だっただろうか。ともかく、これでは新たな可能性は生まれない。

 

 そんな風に考えた俺に、先生はゆっくりと、低く呟いた。

 

「果たして、そうかな。」

 

 たった、一言。たった一言で、その場の全員が沈黙した。下手をすれば、その場にいる全員が殺されると感じるくらい、深く重い言葉。

 人は、言葉一つでここまでプレッシャーを与えることができるのか。そう思うくらいに、一言が重かった。

 

「レイジオンの効果発動。シンクロ召喚に成功した時、手札が2枚になるようにドローする。俺の手札は無い。よって2枚ドロー。」

「そんな?!」

 

 強欲な壺。制限カードと同じ効果を内包しているのか、あれは!!

 

「いや、そうじゃないぞ十代。あれは手札が0枚、ないし1枚の時にその効果を発揮する。つまり、そうなるように先生が手札消費を全て計算したんだ。」

 

 カイザーが解説してくれたが、それでも、強力なドローカードだ。

 ・・・と、そういった瞬間、皆が微妙な顔をしている。はて、どうしたものか?

 

「いや、HEROの遺産とホープ・オブ・フィフスを十全に使いこなした上で強欲なバブルマン使ってくるあなたにだけは言われたくないだけかと。カイザーはカイザーで宝札シリーズ使ってきますし。」

 

 え?先生?

 後ろを見ると、皆がうんうん、と頷いている。そんなにか?

 

「自覚症状がない、というのはいささか問題だな。」

「私、ドローカード一枚で逆転されたことあったっけ。」

「アニキ、自覚してくださいっす。」

「十代君、自重。」

「皆?!先生まで?!」

 

 デッキが答えてくれているだけだぜ?そう言うと、カイザーもうんうんと頷いている。

 

「人はそれを運命力と呼ぶ。・・・君の運命力は頭おかしいとしか言うほかないです。」

「そ、そこまで?」

 

 先生、敵に回ってから少々口が容赦なくなってない?

 

「それはそうと、メインフェイズ、続行していいですか?」

「ああ、どうぞ・・・って、え?」

 

 まだやるの?!

 

「手札があるなら回せるのが魔轟神です。フィールドに魔轟神がいる時、手札の魔轟神グリムロの効果を発動。デッキから魔轟神と名のついたカードを手札に加える。魔轟神クルスを手札に加える。リバースカード、オープン。暗黒界の取引。」

「え?魔法カード?!」

「伏せるのが罠だけだと思ったら大間違いです。暗黒界の取引は、お互いにカードを1枚引いて、1枚捨てるカード。さあ、ドローしてください。」

 

 ドローする。魔法カード、融合。これを手札から捨てるわけにはいかない。ほかのカードを選択した。

 

「捨てたぜ、先生。」

「では、手札から捨てるのは暗黒界の術師 スノウ。スノウの効果で、デッキから暗黒界と名のついたカードを手札に加えます。手札に加えるのは暗黒界の尖兵ベージ。ベージもまた、ゴルドと同じく手札から捨てられることで自身を特殊召喚するカードです。さらに、魔轟神グリムロの効果をもう一度発動します。デッキから、魔轟神獣ケルベラルを手札に加えます。」

 

 よし、これでもう展開はできない。手札は、魔轟神獣ケルベラルと、魔轟神クルス。そして暗黒界の尖兵ベージ。手札から捨てるにはカードが足りない。取引もない、暗黒界の門も使ってしまっている。これ以上は・・・。

 

「墓地のクシャノの効果をもう一度発動。」

 

 まだあった。墓地からの効果。おそらく捨てるのは・・・。

 

「手札の魔轟神クルスを捨てて、クシャノを手札に。クルスの効果で甦るのはレイヴン。レイヴンの効果で、クシャノとベージを捨ててレベルを4に上げる。ベージの効果で自身を特殊召喚。」

 

 これで、レベルの合計は8。

 

「まだ終わらない。墓地のグラファの効果。」

 

 ・・・。

 えっと、そろそろいつメインフェイズが終わるのか気になってきた。

 

「暗黒界の龍神グラファは、フィールドの暗黒界を手札に戻すことで、墓地から特殊召喚できます。」

 

 墓地から、まさしく悪魔と呼ぶにふさわしいモンスターが出てきた。門の効果を合わせて、その攻撃力3000。おまけに、倒しても次のターンには蘇生可能。厄介すぎる。

 

「さらに、墓地のレベル・スティーラーの効果で、レイジオンのレベルを一つ下げて、特殊召喚します。」

 

 レベルを調節したのか。あの虫、厄介だな・・・。

 あれ、俺厄介しか言ってないか?

 

「レベル4、魔轟神レイジオンにレベル4となった魔轟神レイヴンをチューニング。」

 

 せんせー、ターン終わってくれませんかーと心の中で少々思いながらも、次に出てくるモンスターに期待する。

 だけど、先生の足元から、妙な気配が流れ始めた。嫌な予感、というわけじゃない。だけど、物凄い威圧感が、形になったような雰囲気。思わず身構える。

 

「漆黒の闇を裂き、天地を焼き尽くす孤高の絶対なる王者。万物を睥睨し、その猛威を振るえ。」

 

 目に見えるのは、赤い炎。燃えるような龍の姿。その後ろに、蜷局を捲く紅い龍の姿が見える。

 

「琰魔竜レッド・デーモン、シンクロ召喚。」

 

 咆哮。怒号。龍の嘶きが木霊する。

 

「まだだ。墓地の魔轟神クシャノの効果で、手札の魔轟神獣ケルベラルを手札から捨てて墓地から回収。ケルベラルも、手札から捨てられたことで特殊召喚できるチューナーだ。よって、特殊召喚。

 レベル8、暗黒界の龍神グラファにレベル2、魔轟神獣ケルベラルをチューニング。」

 

 もう、目まぐるしくて全部の効果を把握しきれていないが、どうやら何かが出てくるらしい。

 

「シンクロ召喚レベル10、魔轟神レヴュアタン。」

 

 そして魔轟神だから、またなにか効果があるんですね。おまけに門も合わせて攻撃力は3300。

 ・・・一体、どうやって勝てばいいんだろう?周りがあまりの光景に目を逸らし、長いターンの間に来ていたらしい翔や隼人なんかは、状況を察した瞬間に手を当てて拝んでいる始末。この場が沈黙で満たされている中、ナンマンダブとつぶやく隼人の声がここまで聞こえてくる。

 まあ、無理はない。なんせ、フィールドには、3体のシンクロモンスター。魔轟神ヴァルキュルス、魔轟神レヴュアタン、琰魔竜レッド・デーモン。打点だけでも3000のラインを超えているモンスターが、たった1ターンで現れる。それも3体。

攻撃力、という意味では墓地にこそいるが、フィールドの暗黒界モンスターを手札に戻すだけで出てくる、暗黒界の龍神グラファも居る。そいつも十分に警戒するべきモンスターだ。

 シンクロ召喚という新たな召喚方法も凄いが、何より凄いのはその召喚を十全に発揮したことだろう。魔轟神を使った、手札入れ替えとレベル調整、そして手札の枚数調整に、引いたカードで新たに盤面を組み立てる思考力。それらが合わさらないとできない芸当だ。

 カイザーや三沢なら使うことは出来るかもしれないが、少なくとも俺では無理だという確信がある。デッキが答えてくれるのではなく、答えてくれた上で、さらに思考を繰り返して戦う。それがどれだけ脅威なのか、俺は今、身を以て知った。

 

 圧倒的なピンチなのに、笑っている自分がいる。さて、ここからどう逆転させるのか考えるのが、堪らなく楽しい。

 

「バトル。」

 

先生の言葉に、ようやくメインフェイズが終わったことを悟る。発動するならここだろう。

 ディスクを改めて胸の前に持ってくる。ボタンを押せば、目の前のソリッドヴィジョンが浮かび上がった。

 

「罠発動、ピンポイント・ガード!E‐HEROエアーマンを墓地から特殊召喚!そして、ピンポイント・ガードで特殊召喚したモンスターはこのターン、戦闘では破壊されないぜ。」

 

 そして、エアーマンの効果で手札にクレイマンを持ってきた。ターンエンド、と先生が宣言する。皆がほっとした気がした。

 

 さて、どうやって突破してやろうか。

 

 手札には、信頼するカードたち。デッキには、いつも一緒に戦ってくれたカード。そして融合デッキには、マイフェイバリットカード・・・と、先生のデスクにあったHERO。

 なんでこれを先生が持っていたのかは知らない。だけど、それは俺が知っている、最強のHERO達だった。

 そのカードが、俺に諦めるなと言っている気がした。どんな状況だって必ず突破口はある。伏せはない。なら、3000越えのモンスターなんて問題ないはずだ・・・多分。

 

「は、はははは。」

 

 思わず、笑ってしまった。こんなに不利な盤面なのに、最高にワクワクしている自分が、堪らなくおかしい。

 さて、お楽しみはこれからだ。楽しいデュエルをしようぜ、先生。

 

 




何かおかしなところがあれば感想にお願いします。

それから、誤字報告をしてくれた方に、この場でお礼を。いつもありがとうございます。また何かありましたらよろしくお願いします。こんなバカな作者ですが、これからもどうかおつきあい願います。

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