幻想郷の地主   作:Sady

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四話 おねがいごと

 

 

人里と妖怪の山の中間あたりに位置する我が家。

 

 

「はろぉー」

 

 

そんな我が家に突然響き渡った間延びした声の主は俺にとっては今更確認するまでもないものだった。

 

 

「なんのようだ、紫」

 

「なんのようだ、とは随分なものね伯仲」

 

 

ぴーっと空間に裂け目が入りそこから出てきたのは八雲紫、妖怪の賢者様である。

 

「閻魔に会いたくないからと約束を放り出すような奴にはこのくらい当然だろ?」

 

「うっ」

 

紫は扇子で口元を隠し視線を僅かに逸らす。

 

「こほん、私が霊夢に会うのはまだ時期尚早というものだわ。そう、あの子との邂逅の舞台はあの時ではなかったのよ」

 

言い訳するように若干の早口で尤もらしいことを言う紫だが視線を逸らしたまま言われても説得力がない。

 

「まぁ割りを食うのは藍で俺に迷惑がかかったわけじゃないからいいが……」

 

いや映姫ちゃんの機嫌が悪くなり小言を貰うという意味では迷惑か。実はあの時も友人ならば諫言すべきだとか色々言われていたのである。諫言したところで無意味なのだが映姫ちゃんからすれば分かっていても言わずにはいられないのだろう。アレで意外と繊細で避けられていることを気にしているのだ。

 

 

「それでね、伯仲にちょっとお願いがあるのよ」

 

だろうな、こうやって突然現れた時は暇つぶしか、お願いとやらのどちらかだ。

時期的にスペルカードルールのことでだろう。

 

 

「予想通りでしょうけど、スペルカードルールを正式に採用することに決めたわ。それを人間に広めるのは人里の守護者や博麗の巫女がいるから問題はないでしょう」

 

けれど問題は妖怪の方、と紫は続ける。

 

「賢い奴は分かってるからいいのよ。このスペルカードルールは人間のためではなく寧ろ自分達の為のものだってね」

 

まぁそもそもの発端は妖怪の弱体化だからな。人間が死ぬ恐れが少ないというのは霊夢がそういう風に作っただけ。人里で人間を殺さないという決まりとはまた別だ。

 

「だけど、それが分からないモノ達がいる」

 

知性のない輩はこれだから、と紫は溜息をついている。

 

「私としてもね、このルールは良く出来てると思うわ。幻想郷に相応しいとすら思う。だから出来る限りこれが浸透して、守ってもらいたいのよ。人里での殺生は御法度だということと同じように、揉め事が起きれば弾幕ごっこで解決する。そんな風にね」

 

 

「そうだな俺もそう思う。で、お願いっていうのは?」

 

「粛正係、ってのはどう?」

 

あざといウィンクをしながら紫は物騒なことを言い出した。

 

 

「粛正ってお前……」

 

「あら、規則の違反に罰は付きものですわ」

 

パンっと扇子を閉じて得意げに紫は語る。

 

「罰があるからこそ規則を守ろうとする、簡単なことよ。そして罰は分かりやすい物程いい。知性のない弱い妖怪でも恐怖は知ってるわ。監視役と言い換えてもいいけれど、粛正という言葉の方がより恐怖を感じるわね」

 

「恐怖っていうなら適任が他にもいるだろう」

 

「適任って、あぁ……幽香のことね。彼女はダメよ。粛正係なのよ? 幽香じゃ虐殺係になっちゃうじゃない。あくまで生かして正さないと」

 

それに、と俺の返事を待たずに紫は話を止めない。

 

「これはね、抑止と共に救済措置でもあるのよ」

 

抑止は分かるが救済?

俺が首を傾げてるのを見て紫は丁寧に説明してくれる。

 

「そ、一回限りのね」

 

どういうことだ? 二度目は許さないということか?

 

「もう、察しが悪いわね。対象はそうね、幽香みたいなのが代表的ね。それもあって彼女じゃダメなのよ」

 

 

紫はどっこいしょーとスキマに腰掛けいつの間にか持っていた湯呑を傾け喉を潤している。

 

「私だって全ての妖怪がスペルカードルールに適応出来るなんて思ってないわよ。弾幕を撃つのが苦手な妖怪も多いでしょう。だからと言ってそいつらだけ例外になんてできない。すると鬱憤ばかりが溜まっていく。そうすればどうなるか、まぁ碌なことは起きないでしょうね」

 

俺も妖力を外に放出するのはそんなに得意じゃないから言いたいことは分かる。

俺もそうだが鬼とか身体能力が高い妖怪はその傾向が強い。

 

「だからこそ、の救済措置よ」

 

ここまで言えば分かるでしょ? と紫は言外に含ませる。

つまりは――

 

「ガス抜きみたいなもんか」

 

「そ、一回だけは粛正と称して戦えるってこと。そういうのを相手にするのはやっぱり貴方が適任よ」

 

「成程なぁ。そういうことなら願ってもない、喜んで引き受けよう」

 

力を振るいたいけれど振るうことが許されない。そんな連中のための抜け道を紫は作ってくれてるのだ。

粛正係なんてものを設けなくても紫ならばルールを守らない妖怪を間引くことなど腕の一振りで事足りる。それをわざわざこういう形で多めに見てるのは俺のため、なのだろう。

 

 

「じゃ、そういうことで頼んだわよ?」

 

今度はあざとさなど微塵も感じない自然な仕草でウィンクをして紫は後ろに倒れこむようにしてスキマに消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

太陽の畑、夏になれば視界一面にひまわりが咲き壮観な景色が広がる場所である。

しかし、人も妖怪もここに訪れることはほとんどない。

それは夏になればある妖怪が住み着くからである。

 

 

 

 

 

「で、いきなり来てどうしたの?」

 

先程の話題に上がったから思いつきで訪れたその妖怪の住処。

突然押しかけた俺に呆れつつも家にあげて紅茶を出してくれている彼女の名前は風見幽香、四季のフラワーマスターとも呼ばれている。

 

「スペルカードルール、知ってるだろ?」

 

出された紅茶を飲みつつ、思いつきだったがここに来た理由を話す。

それにしても、紅茶はここか紅魔館でしか飲む機会がないがどちらも甲乙つけがたいな。紅魔館の紅茶は実は幽香が作ったものなので同じだから味が同じなのは当然なのだが。

淹れる腕前も咲夜ちゃんと幽香にそんなに差はない。

 

 

「あぁあれね、一応知ってはいるけど?」

 

「一回俺もやってみようと思ってな、相手は誰がいいか考えたんだがやっぱりお前が丁度いい」

 

「そうね、私も貴方なら無駄な心配がないから別にいいわよ」

 

「話が早いな」

 

幽香もそこそこ乗り気だったので外に出て早速やってみることにした。

初弾幕ごっこだ。

 

 

 

「じゃあ、いくわよ」

 

幽香はそう宣言するといつも持ってる日傘をこちらに向ける。

おいおい……?

嫌な予感がひしひしとするがどうしようもない。

 

傘の先端にドンドン妖力が集まって光り出している。

 

 

 

「いきなりか!」

 

予感が確信に変わりすぐさまその場から飛び退く。

それは弾幕じゃなくて砲撃だろ!

 

直後、さっきまで俺がいた場所に弾幕というにはあまりに力強い光線が通り過ぎた。

 

「あら、外してしまったわ」

 

なんの悪びれもなく幽香は残念そうな声をあげた。

こいつ本当にスペルカードルールを知ってるのか……?

的あてじゃないんだぞ死ぬわ。

 

俺も先程のお返しという意味では控えめだがある程度間隔をあけて弾幕を放つ。

だが空間をあけすぎたのか幽香はすいすいと軽やかに避けていく。

必ず避けることが出来る隙間を作らなければいけないというのは中々難しいな。

 

幽香も次は普通に弾をバラまくように撃ってきた。

軽やかに、とはいかないが危なげなく避けれる程度だ。

 

「いてっ」

 

と思ってたら当たってしまった。というか完全に今のは隙間なんかなかったぞ。

視線でそう訴えると幽香は素直に謝った。今度はさっきみたいに故意にではなく単純に失敗したらしい。

 

「力を加減するのもそうだけど思ったより中々難しいわね」

 

「そうだな、取り敢えず今度は飛びながらやってみるか」

 

次は霊夢と魔理沙がやっていたように空中で撃ち合ってみる。

上下左右前後と立体的な動きが加わり難易度はより上がる。

 

まずは霊夢達がやっていたように自分を中心に弾幕を撃ってみる。

霊夢達のは見ていて綺麗と感じたが自分でやってみるとどうだろう、無骨という感じだ。ただの全方位攻撃。

やってみたら分かったが霊夢達のはてきとうにバラまいていたように見えてちゃんと考えて撃っていたということだ。

幽香も撃ってみているが俺とたいして変わらない有様だ。俺と同じで幽香も物理攻撃が多いのでこういう細かい制御は苦手だったはずだ。紫だったりすればどうせ器用にこなすのだろう。だからあいつとはやらなかったんだ。からかわれるからな。

 

 

「これは、要練習ね」

 

 

頭で思い描いていたように弾幕を撃つのは難しい。

俺達は試行錯誤を繰り返しながらしばらくの間弾幕を撃ち合っていた。

 

最初は俺が撃って幽香が避ける、次は幽香が撃って俺が避けるとターン制のように交互に撃っていたのだが慣れてくると避けながら撃てるようになり、だんだん様になってきた。

 

 

「ははっ」

 

「ふふっ」

 

 

どれだけそうしていただろうか、気付けば俺も幽香も笑っていた。

成程――これは楽しい。時間を忘れる程何かに打ち込むのは久々だ。

最初はただ漠然と撃っていただけだった弾幕もどうすれば相手に当てれるか、どうすれば動きを誘導できるか、そんなことを考えながら撃っていた。

小さい弾、大きい弾、速い弾、遅い弾。追尾する弾、曲がる弾、戻ってくる弾、光線。

試してみれば試してみるだけ様々な弾幕が出来上がる。

これはやってみなければ分からない面白さがある。案外強大な力を持つ妖怪程夢中になるかもしれないな。

 

 

 

 

 


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