幻想郷の地主   作:Sady

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二話 紅魔館

 

 

 

 

先日行われた霊夢によるスペルカードルールの実践はおおよそ好感触に終わった。

紫や藍達は元より概要を聞いた時点で既に導入の手筈を考えていたし、慧音も結夢も人が死ぬ恐れが少ない決闘法を歓迎していた。

閻魔である映姫ちゃんも一定の納得を示していたし勿論俺もスペルカードルール導入に賛同している。

あの集まった面子全員が認めた以上スペルカードルールが周知のものに変わるのも時間の問題だろう。

 

やる機会があるかは分からないが俺もスペルカードを作っといた方がいいのだろうか。

まぁ地主と呼ばれているが結界の管理とか決まった役割などないので割と暇してることも多いから気が向けば作っておくか。

 

 

 

地主というのはざっくり言えば土地を提供しているだけの存在であり、何か問題やスペルカードルールの導入といった大きな案件がない限りこれといった仕事はない。

昔は色々トラブルも多かったが今の幻想郷はおおよそ平穏な状態だ。博麗の巫女の修行や面倒をみていたこともあったが先代が存命である以上俺が必要以上に口を出すことはない。

 

のだが、十年前の吸血鬼異変。あの日から月に一度の仕事が増えた。いや、仕事というよりは役目、だろうか。地主ではなく妖怪相星伯仲としての。

 

 

そして今日はその月に一度の日。正確には満月の日なのでおおよそ月に一度、なのだが。

時刻は夕方、そろそろ日が沈み我ら妖魔の時間になる頃合。

目的地は、吸血鬼の住む館――紅魔館。

 

 

彼女達は十年前、外の世界からやってきて幻想郷を手中に収めようと侵略戦争を仕掛けてきた。そう、戦争だ。もはや異変ではなく幻想郷の存続の危機であると紫は判断し、幻想郷でも指折りの強者に声を掛け鎮圧した事件。

俺も当然その事件に関わっていたのだが様々な事情が絡まり合いどのような事件だったかを詳しく話そうと思えば稗田家当主の書きおこしている幻想郷縁起に匹敵する程の内容になるだろう。

 

ともあれ、紫の手により事件は終息を迎えたが侵略者側である紅魔館は多くのペナルティが課せられた。制約の内容は概要しか知らない。俺はその点には関与してないのだ。

で、その制約の一つは紅魔館は勢力として幻想郷のパワーバランスに影響を与えないように密やかに暮らすというものがある。勿論永遠にではなく期限付き。

その期限は吸血鬼異変で浮き彫りになった妖怪の弱体化の対策の見通しが立つまで、スペルカードルールというものが出来たからこの制約も近いうちになくなるだろうと俺は見ている。最近なんだか紫が企んでいるようだしな。

 

とまぁ紅魔館についてそれなりにつらつらと語ったが、俺が月に一度紅魔館に足を運んでいる件とはあまり関係がない。

先程も述べたように幻想郷のパワーバランスが~とか管理者側の都合ではなく、言ってしまえばこれは妖怪としての性なのだ。

 

 

そんなこんなを考えている内に到着である。

立派な門構えの建物は壮観の一言に尽きる。

まぁ、眠そうな顔をしている門番がいるせいで台無しなのだが。

 

「随分暇そうだな? 美鈴」

 

声を掛けてやると美鈴は意識を覚醒させ眉をキリッとさせる。

 

「……ハッ!? どうもこんにちは伯仲さん! 今日もいい天気ですね!」

 

こちらへ顔を向けて元気な挨拶を返してくれるがもう夕暮れ時でいい天気とは言い難い。顔だけで頭はしっかり働いてないようだ。

 

「もう、日も暮れる頃合だが」

 

「あっ、いけませんまたぼーっとしちゃってましたかぁ」

 

侵入者も現れなくてつい暇で、と美鈴は笑って誤魔化していた。

まぁこんなんでも敵対者が現れれば美鈴は堅牢を誇る門番に一瞬で切り替わる。俺は敵意なく近づいたのでその限りではなかったが気配に敏感な美鈴はぼーっとしてようがそれこそ寝ていようが大丈夫なのである。景観を損ねるという以外に問題はほぼない。

 

「伯仲さんがいらっしゃったということは今日はあの日ですか。お疲れ様です」

 

「まぁ好きでやってることだしな」

 

「それでも、私達は恩を感じているのですよ」

 

美鈴は特に俺を持ち上げるというか会う度に丁寧に礼を言ってくるので妙にくすぐったい感じがするが、悪い気はしない。

美鈴はザルなとこがあるので会うまで忘れてたが、満月の日に俺が来訪するのは恒例なのでそのまま門を通らせてもらった。

 

 

 

「いらっしゃいませ、伯仲様」

 

気が付けば、という表現が正しいのか門を通り玄関を前にした瞬間に一人の人間が唐突に現れた。そう、時を止めて現れたかのように、である。

 

「あぁこんにちは、咲夜ちゃん」

 

十六夜咲夜、紅魔館にいる唯一の人間であり吸血鬼に仕える完全で瀟洒なメイドである。

俺と比べ頭一つ分小さい彼女の頭を撫でながら、俺も挨拶を返す。

 

「これでも、もう紅魔館のメイド長なのです。子供扱いはやめてください」

 

言葉こそキツめなものの頭に置かれた俺の手を払いのける訳でもなく少し照れながらそう言う咲夜ちゃん。

十年前はちっちゃい子供だったが今では立派に成長した。とはいえ、習慣というものは怖いもので呼び名は今でもちゃん付けだし、つい幼かった頃のように頭を撫でてしまう。

 

咲夜ちゃんの成長振りをみるのも毎月の楽しみになっている。

体の成長はそろそろ止まってきたみたいだが、照れたりする咲夜ちゃんは可愛いので大人扱いするのは意地悪のようだがまだまだ先にしよう。

 

 

「それではご案内致します」

 

軽くピシャンと頬を叩くと咲夜ちゃんは先程の照れはどこへいったのかいつもの瀟洒なメイドへと戻っていた。まぁその頬を叩く一連の流れが既に可愛いのだが。

 

 

「今日はお嬢様が少し話をしたいとのことなのですが、お時間よろしいですか?」

 

「別に構わないが、それは今からなのかそれとも」

 

「いつもの件が終わってからで良いそうです」

 

「そうか、ならそれで頼もうか」

 

「はい、お嬢様にもそのようにお伝えしておきます」

 

 

普段はいつものアレが終わるとすぐ帰ることが多くレミリアと顔を合わせる機会はあまりないのだが……話をしたい、か。

この時期に、ということはやはりスペルカードルールについてだろうか。

 

 

「では、私はこれで失礼致します。終わり次第いつものようにお呼び下さい」

 

 

会話のリズムを調整していたのか丁度話が終わるタイミングで目的に部屋に到着した。

流石、完全で瀟洒なメイドだ。

 

 

「さて、じゃあ俺も頑張りますか」

 

部屋の前で気合を入れ直して扉をノックする。

 

「はーい! どうぞー!」

 

部屋の主からの許可もあったので入室する。

部屋の中はちょっぴりファンシーな感じでぬいぐるみや玩具などが無造作に転がっている。

 

「おじ様久しぶり!」

 

お腹にズドンと衝撃とともに飛び込んできたのは金髪の可愛らしい女の子、フランドール・スカーレット。

 

「久しぶり、元気にしてたか? フランドール」

 

「うんっ!」

 

人間なら悲鳴を上げそうな程の力で抱きしめてくるフランドールの頭を撫でてやる。

そう、俺がここに来ているのはこの子の為。

即ち、フランドール・スカーレットの治療である。

 

治療と言ってもやることは医療ではない。

一つはメインであるフランドールの抱える狂気の抑制。

そしてもう一つが、力の制御である。

 

狂気に呑まれればフランドールは手当たり次第に力を暴走させてしまう。暴走といってもこれがそこらへんの妖怪程度の力ならば大したことはないのだが、フランドールは『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』という大きな力の持ち主だ。

こんな強力な能力を使って暴れられては大変な事態になる。

 

それに加えてフランドールは能力を扱い切れてない。大きな力を持て余しており狂気に呑まれるとか暴走するとか以前に普段から既に危険な存在だ。現に、こうして人間ならば、いや並みの妖怪ならば圧死しかねない程の力で抱きつかれているが本人は力を込めている自覚はない。

これではたとえ狂気が抑制出来てもフランドールは外の世界に出ていけない。

 

実を言えば、狂気の方はともかくフランドールがこうも力を加減出来ないのには原因がある。その原因こそが十年前の吸血鬼異変であり、その異変で紫が犯した最大のミスでもある。

 

フランドールは当時既にレミリアによって危険とされ監禁されていた。幻想郷の妖怪を下して回っていたのは美鈴を筆頭とした召喚された悪魔達の仕業でフランドールは監禁されていて関与していない。

しかし、紫は監禁され表に出ていないフランドールの存在を察知した。そしてフランドールをも無力化すべく動いた。結果フランドールは産まれて初めて全力で自らの力を奮い戦った。およそ五百年間監禁されていた反動かその代償は大きくフランドールはその時以来力の加減ができなくなった。箍が外れてしまったということだ。

 

 

こんな話をすれば事は大きく大袈裟に聞こえるが実際治療と言っても大したことはない。

俺と一緒にいるだけでいい。狂気の波長にも振れ幅があり満月の夜が一番振れ幅が大きく狂気に呑まれやすい。俺という妖怪は対等であるという特性がある。その特性はこの場合俺がフランドールの状態に近づくか、フランドールが俺の状態に近づくかで現れる。

勿論フランドールの狂気を抑制するのが目的なので後者の特性を発揮させる。

だから満月の夜、一晩俺と一緒に過ごすだけでフランドールの狂気は少しずつ、僅かにであるが抑えられていくという訳だ。

 

「おじ様今日はなにして遊ぶ?」

 

コテンッと首を傾げながら尋ねるフランドールはとても愛らしい。

力の暴走を恐れてか、はたまたこんな部屋に閉じ込めている罪悪感からか紅魔館の住人はフランドールと接することは少ない。故にこの月に一度の日を楽しみにしてくれている。

俺のことをおじ様と呼ぶのも今は亡き、記憶にもほとんどない父を重ねているのかもしれない。

 

「そうだな、まずは少しだけお勉強をしようか」

 

「えー……」

 

嫌そうな声をあげるがフランドールには常識というものを知ってもらわなければいけない。今はこの狭い部屋がフランドールの世界だが、いずれは外に出ることもあるだろう。

そして他と比較することにより力の加減を学べることもある。

 

「それが終わったら、フランドールの好きそうな御伽噺でも話そうか」

 

「ホントッ!?」

 

「だから、少しだけ頑張ろうか」

 

「うんっ!」

 

フランドールは陽だまりのような笑顔で頷いた。

この子が外の世界を知ることが出来るのは、果たしていつになるだろう。

 

 

 

 

 

 

「すぅ……んぅ」

 

あれから勉強を少ししてから御伽噺や童謡を語り聞かせたりしていると、はしゃいで疲れてしまったのかフランドールは寝てしまった。

寝入ってしまったフランドールを抱えてベッドに寝かせ布団を被せる。

幸せそうなフランドールの寝顔に微笑ましくなる。

 

「おやすみ、フランドール」

 

 

最後に頭を一撫でする。

これもまた、いつもの流れだ。

フランドールが疲れて眠るまで、それがお約束。

 

さて、これからはレミリアからのお話か。

 

いつものように終わりを知らせる備え付きのベルを鳴らす。

 

「お待たせしました」

 

ベルの音が鳴り響き余韻が収まるかという頃には既に咲夜ちゃんは隣に控えていた。

 

「それでは、お嬢様がお待ちしておりますので」

 

 

 





永夜抄あたりまでは割とさくさく進むかもです(´ω`)

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