Fallout 運び屋の少女   作:Ciels

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お待たせしました。逐次こちらも更新していきます。


第七十七話 ストリップ地区へ

 

これは夢だと、カーティス大尉は思う他なかった。自分は血だまりの中に倒れ、目の前にいる少女は少しだけ悲しそうにこちらを見下ろしている。

大尉は腹部の苦痛に悶えながら、辛うじて出せる声で、少女に問う。どうしてわかった、と。

 

「無線を聞いたの。聞き込みをして、怪しい所を全部調べて。最後に行き着いたのが管制塔」

 

可愛らしい無機質な声が頭に響く。少女はしゃがみ込むと、大尉の耳元で囁くように言った。

 

「IEDも解除したわ。あなたの負け、リージョンのスパイさん」

 

ぞわぞわっと、大尉の全身の毛が逆立った。なんとも美しい声色なのに、どうしてここまで恐ろしく思えるのか。一体何をどうすればこのような悪魔は生まれるのだろう。疑問でならない。

少女は手にした拳銃を大尉の頭にそっと押し付ける。

 

「残念、あなたの目論見は私が暴きました。終わり」

 

まるで物語を言い聞かせるように。少女はそう言った。その幼さが残る顔には笑顔が見て取れる。儚い、そして美しい。だが、仮面のようにも思える恐ろしい笑顔が。

刹那、大尉の頭に衝撃が走る。もう死にかけていた大尉は、それに抵抗する余裕もなく、暗いまどろみの中に意識を浸からせた。

 

 

 

 

 

一週間、調査をした。そしてわかったことは、内通者はあのカーティス大尉だったということだ。聞き込みをして、毎週深夜の管制塔に怪しい光が灯っている事を知った私は、ターミナルに残されたログを見て、その時を待った。

潜んで待って、現れたのが大尉。彼はリージョンの無線周波数を用いて、本当の飼い主に連絡をしていたのだ。

それだけで済めば良かったのに。彼は、モノレールに爆弾を仕込んでいたのだから驚きだ。急いでモノレールに向かうと、まだ誰も乗り込んでいない事を利用して、ED-Eのセンサーをフル稼働して爆弾を発見、起爆を阻止した。

駅から発車するモノレール。私はそれを見送る。無事にストリップ地区へとたどり着いたそれは、私にとっても必要なものだ。

大尉が来たのは、きっと爆発が起きない事を不審がったのだろう。

 

「ここで何をしている?」

 

と尋ねられれば。

 

「あら、裏切り者の大尉殿。ご機嫌はいかが?」

 

と煽る。内心爆弾が起爆しない事に苛立つ彼は、正体を見破られすぐに行動に移った。拳銃を引き抜き、私に向けて来たのだ。

でも、そうなることはすでに分かっていたし。だから、私もすぐに動いた。3メートルほどの距離を一瞬で詰めると、射線からずれて彼の銃を奪い取り、そのまま足をかけて転倒させたのだ。それ以上はやるつもりは無かったが、酷く嫌いなリージョンのスパイであるという事が心底気に入らなかった私は。そのまま、彼の腹部めがけて発砲した。

そして、今に戻る。

 

私はスティムパックを取り出すと、辛うじて息がある大尉に突き刺した。中の薬物が彼に流れ込み、腹の傷を塞いでいく。

殺しはしなかった。彼を引き渡すべきだと思ったし、それは正しいとも思う。だから、銃で彼の顔面を思い切り叩いただけだ。意識は失ったようだが、都合が良い。

 

「……どこにでも裏切りはあるのね」

 

遠く、昔の事を思い出す。自分がこの世界にくる前のことを。そして、慕う兄がそれに心を痛めていた事も。

私はED-Eを胸に抱くと、報告を待つであろう大佐の元へ向かった。片手には、裏切り者の大尉を引き摺って。

 

 

 

 

大佐は驚いていたが、現実を直視してくれた。そして事態は予想をはるかに超えて悪いという事も理解したようだった。

大尉は反逆罪とスパイ対処法、そしてテロ行為の容疑でもう二度と陽の目を見ることはないだろう。

 

私は長かった一仕事を終え、仲間が待つテントへと辿り着いた。そこではぼんやりと空虚を見つめたベロニカが、ベッドに座っているだけだった。

 

「ベロニカ?」

 

そう尋ねると、彼女はまだ虚ろな瞳でこちらを見続ける。どうしたのだろうか。

 

「ねぇ、クロエ。世の中理不尽な事ばっかりだと思わない?」

 

唐突に、いつもは明るくて変態な彼女がそんな思春期の少女みたいな事を言うものだから、私とED-Eは驚いた。胸に抱く賢い機械はBeep音を鳴らしてこちらに助けを求めている。

 

「そうね。そう思うわ」

 

彼女が何を思ったのであれ、私は同意した。

 

「ここを見て。大勢の人がいるのに、兵站がしっかりと行き届いてる。整備も、少し粗末だけどしっかりとされてる」

 

「ここはNCRの重要拠点の一つだから。何が言いたいの?」

 

「ううん、それだけ。でも、いいなぁって。ちょっと思った」

 

会話は終わる。しばらくの間、虚ろな彼女を私も見続けた。何をどう思ったのかは彼女しかわからないが、どうにもショックを受けているのは間違いなかったから、私もそっとしてあげたかった。

ブーンが射撃の練習から戻ってくるまで、しばらくそうしていたと思う。異様な空気で時が止まってしまったこの空間を見て、ブーンは首を傾げていた。

 

 

 

 

 

 

 

揺れる。ゴトンゴトン。揺かごにしては酷く雑に揺れる。でも不思議と眠気は襲ってくるもので。その眠気は、リズムの良い揺れのせいか、悪く思わない。きっと、元の世界で、普通の人生を歩んでいたら、こんな気持ちにはならなかっただろうけど。今の私は、吊り下げられた鉄の揺かごがもたらす安堵感に、飲み込まれていた。

 

大佐は今回の事件を解決した礼として、モノレールの使用を許可した。軍属だったら間違いなく勲章ものだと言った彼は、褒めているのにも関わらず複雑そうで。でも、私にはその心情は痛いくらいに分かっていた。裏切りは、やはり心に悪い。

朝を迎え、モノレールで向かう先はストリップ地区。ここに寄らずにニューベガスは語れないと言われるほどの場所に、私たちは向かっていた。

 

「見てブーン、クロエ寝てる」

 

あれからすぐに復活したベロニカが、舟を漕ぐ私を指差す。よだれを垂らしながら。そんな私を見て、ブーンも少しだけ驚いた。普段から隙をあまり見せない私が、いくら貸切状態だとはいえモノレールで寝るなんて、誰が考えるであろうか。

そんな私の腕の中には、やはりED-Eがいて。静かに、主人の安眠に手を貸している。

 

 

 

 

 

バルプス・インカルタは、それなりに綺麗なビジネススーツを纏い、ベンチに座ってそれとなく周囲を観察していた。

朝なのに酔っ払って汚物を撒き散らすNCR兵と仲間たち。ポケットの中身をすっからかんにして途方にくれるギャンブラー。夜は遠いのに淫靡な格好で男どもを惑わす客引き。様々な人間が、ストリップ地区にはいるもので、どいつもこいつも価値がないと彼は心底思う。

そんな彼は、何も人間観察のために変装までしてここにいるわけではない。彼はNCRからすれば超危険な指名手配犯であり、ストリップ地区のあちこちに彼を名指しするポスターが貼られている。WANTED、という文字を添えて。

ではなぜ危険を冒してまでこのような敵に溢れた場所にいるのか。それは、ある少女の暗殺のため。

そう、クロエと呼ばれる運び屋の少女だ。

そして、その少女は姿を現した。前に会った時にはいなかった人間を引き連れ、ストリップ地区を歩く。そろそろ仕事の時間だな、と思いながら立ち上がろうとした。

まさにその時だった。

 

「隣、いいかな」

 

不意に、フードを目深に被った男がベンチのそばにいた。その事実にインカルタは驚く。何せ、リージョン最強を自負する暗殺者の彼が、今の今まで男の存在に気がつかなかったのだから。

 

「……どうぞご自由に」

 

紳士として振る舞うインカルタ。立ち上がることはできない。暗に、この怪しい男がそこにいろと告げていたのだから。

男はインカルタの隣に座る。インカルタはちらりと、男の顔を見ようとした。

 

「そんなに警戒するな。見知った仲じゃないか」

 

そう言われ、インカルタはギョッとする。そして、冷静であるはずの彼が珍しく慌てた。

 

「お前……今までどこにいってた?」

 

かつての仲間が、そこにいた。誰よりも強く、純粋な殺意を持ちながらも、どこかナイーブな男が。

そんな男は、暗殺者の問いに答えない。代わりに口角を少しだけ上げ、少女を顎で指した。

 

「可愛い子だろう、クロエは」

 

「知り合いだとはな」

 

「古い連れだよ。古い、ね」

 

意味深に言う男に疑問が尽きないが、インカルタは仕事でここに来ている以上は、いくらこの危険な男の知り合いであろうと、あの娘を殺さなければならなかった。

 

「あの娘はシーザーの逆鱗に触れた」

 

「そうか。お前は、そのためにここへ来た」

 

「分かっているのなら、手は出すな。それはつまり、我々への敵対を意味するぞ。いくら貴様であってもそれは許されない」

 

警告する。だが、男は笑みをやめない。それが心底恐ろしかった。

 

「ジョシュアの奴の二の舞に、って?それは無理だよ、インカルタ」

 

なに、と聞き返そうとした。だが、その前に男は動いていたのだ。最強の暗殺者すらも気がつかないほどの腕前で。

気が付けば、脇腹に短いナイフが突き刺さっていた。スイッチブレード、モハビでよく目にするそれは、おそらく目の前の男のものではない。長く共に戦ったインカルタなら分かることだった。

 

「き、貴様……」

 

ぐりっと、男は刺したナイフを回す。インカルタの体内をかき回すには十分だった。黒いスーツに、血が滲む。脇は血管が多く通う事で知られている。

 

「今ここであの子は殺させない。残念だな、友よ。お前とはここでお別れだ」

 

男の声色は、悲しんでいるようで、悲しんでいないことをインカルタは理解していた。そんな男に抵抗できないことも、また。しても、この男は簡単に自分を殺すだろう。なにせ、インカルタの最強は、この男を除いたものなのだから。

 

「ふ、ふん、心にもないことを」

 

だから、言葉だけは強気でいく。

 

「ふ、分かるよなお前なら」

 

男はまるで懐かしむように笑顔を見せた。そして、インカルタの肩をぽんっと叩くと男は去る。そんな男の背中を見て、インカルタは呟いた。

 

「は、でぃ」

 

男の名を。

後に残るのはインカルタだった男の死体。けれども、顔すら知られていない男の死は、それに気がついた兵士たちも気に留めなかった。どこかのギャンブラーが、何か揉め事に巻き込まれて死んだのだと。

リージョン最強の男の死は、あまりにもあっけなく、そして哀れな扱われ方をしたのだ。

 

 

 


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