第七十六話 キャンプ・マッカラン、大佐
「へぇ、それじゃあこの嬢ちゃんがフィーンドの奴らを蹴散らしたのか」
いい年をした軍人が、目の前で椅子に座り、コーヒーカップを片手にそう言った。
わざとらしく驚いたような声色で、しかしながら私としては事実であるし恩も売っているのでそれを不快に思うこともない。
私は頂いたコーヒーを一口飲むと、カップをソーサーの上に置く。
「短い距離でしたから。撃ち抜くのは簡単でした」
謙遜し、そう答える。
少佐の階級章を付けた軍人が笑った。
今、私はキャンプ・マッカランにてダトリ少佐という軍人と挨拶がてらお話をしている。彼はNCR、第一偵察隊の指揮官で、先程私を性的な目で見てきたベッツィ兵長の上官である。ブーンからしてみれば、かつての上司である。隣に座る赤いベレー帽とサングラスを着こなしたスナイパーは、居心地が悪そうにしている。
「まぁそう謙遜するな。んで、嬢ちゃんはどうしてまたこんなむさ苦しい場所へ?」
「はい。実は……」
私は事の成り行きを話す。
どうにかして仕事を完遂するためにストリップ地区へ行きたい事。更にはプリムやフォーロンホープでの一件を交えながら、NCRは私に恩があるということをしっかりと伝える。
時折少佐は何かを考えるように上を向く。
「ふむ。噂には聞いていたが、君が例の運び屋か」
「私のことをご存知で?」
正直な話、プリムで起きたようなことはあっちこっちで起こり得ることなので、私がそんなに有名になってるとは思わなかった。
まあ、リージョンが暗殺部隊を送ってくる程度には顔は知られているかもしれないが……
「キャンプ・フォーロンホープを救った謎の運び屋。一応報告には上がっているよ。しかしなぁ、いくら君が我々に協力的だと言ったところで、私個人じゃ決められんのが現状だ」
それはそうだろう。
いくら少佐と言えども部外者の私をそう易々とモノレールで運んでくれたら苦労しない。
まぁ、今までこういった事はあったから期待はしてなかったが。
「だが、シュー大佐なら話は別だ」
ふと、ブーンが口を挟む。
その言葉に私は首を傾げるが、少佐は顔をしかめた。
「おいおいクレイグ、いくらなんでもいきなり嬢ちゃんを大佐に会わせるわけにはいかんだろう。あの人も多忙だから、余所者の都合に巻き込んじゃ……」
「いいえ、少佐。こちらが向こうの都合に巻き込まれるのです」
「なに?」
サングラスの奥でブーンが笑う。
ダトリ少佐はしばらく顔をしかめたままだったが、ブーンの意図を汲み取ったのかニヤリと笑った。
唯一、このテント内で私だけがその意図をわからないまま、しかし確実に何かに巻き込まれそうな予感だけが頭によぎる。
「そういうわけで君がここにきたのか。まったくダトリめ、部外者の少女に仕事をやらせようとするとは……」
そして現在、マッカラン国際空港をそのまま流用した駐屯地、キャンプ・マッカランの内部にて、私はある人物と対面していた。
ジェームズ・シュー大佐。
NCR方面軍キャンプ・マッカラン基地司令である。
ブーンの思惑はこうだ。 少佐でダメなら大佐にモノレールの乗車許可を頼め……と。
もちろんただ頼むのではなく、大佐のお手伝いをしてその許可をもらう。
なんともまあ骨の折れそうなお話だが、たしかにその提案はいいと思う。勝手に決めたのは別として。
「しかしすまないね、本来NCRの問題は我々で解決しなければならないんだが……」
「いえいえ、困った時はお互い様です。私としても仕事を完遂するために大佐殿のお力添えが必要ですので。それで、問題というのは?」
いつもの笑顔で大佐に接する。
噂には聞いたことがあった。なんでもシュー大佐は冷静沈着で、部下思い。それに加えて非常に有能なために本来であれば将軍になっていてもおかしくない人物だと。話していて分かる、この人は根っからの善人であり軍人だ。
少佐はターミナルを閉じると、周りに私たちしかいないことを確認して話を始めた。
「君は本当にNCRの味方という事でいいんだな?」
「リージョンの暗殺部隊が襲ってくる程度には」
「……よろしい。では本題に入ろう」
不穏な空気が部屋を包む。
その日の夜、私は貸していただいたテントの中で、ベッドの上に座り銃の整備をしていた。
すぐ横ではベロニカがテスラサイエンスを黙々と読み、対面するベッドではブーンが眠りについている。ED-Eはテントの外でBeep音を出しながら、私を狙ってくるベッツィ兵長を追い出す係についている。
大佐との会話を思い出す。
彼から依頼されたのは、リージョンへの内通者を見つけ出すという、とても一人の運び屋に任せていいものではなかった。流石にこんな探偵じみた事はした事がない。
こっちの世界に来る前までは敵地の斥候などをこなしてはいたが、求められている情報が違うと来た。
まあ身内にスパイがいる以上、下手に部下を信用できないのだろうが。
大佐からのアドバイスとして、とりあえず明日はこの件を担当しているカーティス大尉という人物と会って情報を得よう。
「はぁ……なんだか最近濃い体験ばっかり」
ふと、愚痴る。
「あら、私もよクロエ。貴女とこうして同じベッドで寝られるし」
「ベロニカ、あなたはあっちのベッドでしょ」
当たり前のように一緒に寝ようとしているベロニカをベッドから押し出す。
この女は特に濃すぎる。
「あーん、いじわるぅ〜」
「うっさい、ほら、あっちいってよ!」
外では相変わらずED-Eが私狙いの同性愛者を追い返すのに必死らしい。
次の日。私はカーティス大尉と面会していた。要件はスパイ探し。
大尉もこの件には手を焼いているようで、協力には積極的だ。
「十日ほど前にあと一歩というところまで詰め寄れたんだが、それ以降なんの情報も得られていない。はっきり言ってお手上げさ」
疲れた様子でそう語る大尉。
おそらくこの問題以外にも色々と仕事を抱えているのだろう。デスクの上には山のような紙束が連なっていた。
「どこの世界でもスパイというのは厄介ですわね」
昔、前の世界で私が所属していたグループでもそういった騒ぎがあった。
あの時はお兄ちゃんが問題の解決にあたったのを覚えている。
「まったくだ。さて、長話をしている時間も惜しい。早速だが情報を提供するよ」
「お時間を頂きありがとうございます」
大尉は鍵付きのロッカーからノートを取り出すと私に手渡す。
一礼して中身を確認してみる。どうやらノートはスパイに関する調査結果をまとめたものらしい。
びっしりと書かれていて、彼のこの件に関する意気込みが見て取れる。
「私なりにこの件をまとめていてね。そこに色々と書かれている。字は読めるね?」
「はい。お気遣い感謝いたします、大尉」
礼儀正しくそう返すと、大尉は笑う。
「君はしっかりと教育ができているな、関心関心。それは君が持っておくといい。……私から助言できる事があるとすれば、コントレラス軍曹が怪しい。素行も悪く、一部では良からぬ噂もあるしな。あと、ボイド少尉ともコンタクトしてみろ。警備に関する事は彼女がよく知っているし、スパイである可能性も低いからな」
まるで学校の先生のように助言をしてくれる大尉。なるほど、大佐と同じく部下に慕われるタイプだ、彼は。