「だから頼むよ!俺は知らないんだって!」
跪いて、目の前の少女に懇願するグレートカーンズの男。
涙が溜まった眼には、少女が悪魔のように見えているに違いなかった。
それもそのはず、いきなり扉が開いたかと思ったら、閃光弾を投げ込まれ、10秒もしないうちに室内にいた自分を除くカーンズ全員が気絶させられていたのだから。
少女は隣に立っているフードを被った女に目配せする。
「おい待てよせ!頼むから!あぁあああああ!!!!!!」
フードの女の放つ蹴りが、グレートカーンズ……ジェサップの股間に突き刺さる。
悶えるジェサップと、気持ち悪そうに足を手で払う。
少女は顔色一つ変えずに、ただ無表情のまま男に尋ねた。
「もう一度言うわ。ベニーとプラチナチップはどこ?」
「だから!ベニーが持ってったって!俺らも裏切られたんだ!」
この会話ももう4回目だ。
少女はため息まじりに近くにあった椅子を蹴り飛ばす。
普段見せない暴力的な行動が、隣りの女を興奮させた。
「ネコもありね……」
ぼそりと呟く女。その間もジェサップは地面でのた打ち回る。
もちろん彼もただやられているわけではない。
一度は抵抗してみせたが、そのたびに女の素早い動きと容赦ない絞め技でギブアップさせられているのだ。
それに、今の少女に攻撃しようものなら、死ぬのはジェサップの方だろう。
少女は机に腰かける。
「いいわ。信じてあげましょう」
そう言うと、ジェサップは笑顔を見せる。
もうこれ以上男としての機能を痛めつけられたくないのだろう。
「ならベニーはどこにいるの?」
「それは……」
「出し渋ったり嘘をつくようなら今度こそ」
少女が立ちあがる。
同時に、ジェサップが慌てて口を動かした。
「ああ分かったよ!分かった!ストリップ地区だ!あいつはザ・トップスってカジノの支配人なんだよ!」
ようやく分かった復讐の相手の場所。
それと、積荷の場所……まぁ、これはあくまでおまけ程度にしか考えていないが。
瞳の奥に灯す炎が、揺らめく。揺らめいて、燃え上がる。
女、ベロニカはその様子をうっとりとして見ていると、股間を押さえているジェサップが言った。
「なぁ、もういいだろう?見逃してくれ!」
大の男が、目の前の銀髪の少女に無様にお願いをする。
少女は男を見下す。なぜかベロニカが興奮しているが、気にせずに言った。
「いいでしょう。見逃してあげる」
「本当か!?」
大喜びするジェサップ。
「ここから撤退しなさい。NCRの捕虜を見捨ててね」
NCRの捕虜。
これは、グレートカーンズがこの場所から安全に逃れるための保険でもある。
少女曰く、NCRと取引しているのでグレートカーンズである彼らは捕虜さえ解放すれば安全に逃れられるそうだ。
だが、この少女が本当の事を言っているとも限らない。
なんせ、彼女の頭を撃った奴の片棒を担いでいたのが他でもないジェサップなのだから。
殺されたり嘘をつかれる理由はいくらでもある。
外に出た瞬間、彼女が殺しに来る可能性もある。
そもそも彼女らがここにいる時点で捕虜なんてもういないんじゃないだろうか。
「5秒だけ待ってあげる」
少女はポンチョに隠れた手をジェサップに向ける。
手には改造された9㎜ピストルが。
「ちょっと待て!俺が死んだらグレートカーンズが黙っちゃいないぞ!」
「4」
無慈悲にもカウントダウンが開始される。
しかも5をすっ飛ばして4からだ。
「3」
「そうなりゃ戦争だぞ!」
「2」
ジェサップは悩む。
ここで少女に殺されるか、NCRに背中を向けて逃げるか……
もしこんな事で逃げたと仲間に知られれば、きっと馬鹿にされる。
でも逃げなきゃ情け容赦ないこの少女とNCRの銃弾が自分らを引き裂くだろうし、仮に殺されなくてもNCRに捕まって強制労働で10年は確実にシャバに出られない。
諦めたようにジェサップは言った。
「分かったよ、何も言わずに出てくさ。クソ、ベニーの野郎……」
ニコッと、少女は優しい笑みを浮かべる。
「そうよ、恨むならベニーを恨んでね」
ボルダーシティからグレートカーンズの連中が去っていく。
私はそれを眺めながらコーヒーを一口飲んだ。
NCRの連中は素直に彼らを見逃すらしい。まぁ、死人が出ていなかったらしいし、NCRとしてもこれ以上の面倒事はごめんだろう。
ブーンもそのことについて何か考えているらしく、いつものように黙ってコーヒーを啜る。
「まぁ、これで目的地もはっきりとしたから……良しとしましょう」
そう言って私は懐から、オイルライターを取り出した。
これは、ジェサップが去り際に渡してきたものだ。
どうやらベニーの物らしい……こんなのどうするのよ。
「でもまぁ、よく殺さなかったな」
ブーンが言う。
私はちょっと拗ねたように、
「なによそれ、私が何でもかんでも殺すみたいじゃない」
「やりかねないだろう、怒ったお前なら」
「もうっ。……ベロニカ?」
私が一人拗ねていると、ベロニカがやたらと寡黙でいる。
さっきまでなら私の仕草一つ一つで反応していたのに。
「ん~?」
やる気のない返事を返すベロニカ。
それがどうも気になった。
「静かね。どうしたの?」
別にぃ~と、相変わらず気の抜けた返事をする。
「ただ」
ぼそりと、ベロニカが言う。
かすかだけれども、私の耳は聞き逃さない。
いつものふざけたノリはどこへやら、歳相応の色っぽさと物悲しさを見せる。
そして吐き捨てるように言った。
「誰も死なないで逃がしてもらえるだけ良い方ね」
そう言いながら、逃げる背中を眺める彼女は、私の知るベロニカではなかった。
遅くなりました……
筆が乗らなかったことも含め、ミニッツメンの将軍として連邦を彷徨ってました。