絶体絶命。
いや、命は奪われないが魂を奪われかねないこの事態。
私は息を飲む。同時に目の前の変態も違う意味で息を飲んだ。
だが、息を飲んで思わず目を閉じると、女はぴたりと動かなくなった。
声も漏らさない……あれだけ下心丸出しで接してきたのにもかかわらず、だ。
「……?」
目を開ける。
女の顔が、相変わらず目の前に存在していた。
していたのだが、何か様子がおかしい。先ほどまでの笑顔が、引き攣っているのだ。
どうしたのだろうと疑問に思いながらも、ろくに動けない私にするべき事は無い。
と、そんな時だった。
「……運び屋、何なんだこいつは」
低く、冷徹な声が、女の後ろから聞こえた。
少しだけ顔を傾けてみると、いつの間にか目覚めていたブーンが、女の後頭部に拳銃を突き付けていたのだった。
チャンスが来たと、確信する。
急いで私は腹筋を使って上半身を起こし、女の胸に頭突きする。
銃を突き付けられていたため、彼女はろくに反応できなかったようだ。
鈍い衝撃が頭に響き、同時に女がのけぞった。
「ふぐっ!?」
そのまま巴投げのように後ろへ投げる。
「あらぁ!?」
素っ頓狂な声をあげて倒れる女に、今度は私から攻撃をかける。
バック転するように起き上がり、女を踏みつけようとしたのだ。
「あぶなぁっ!?」
咄嗟に女は私の踏みつけを腕でパリィして回避すると、横へ転がって距離を取る。
そして……なんだかよくわからないブレイクダンスのようなアクロバティックな横回転をすると、立ち上がって言った。
「もぅ、男は邪魔よ!」
「あんたが邪魔よ」
思わず本音を漏らす。
ブーンは相変わらず何が起きているかよく分からないといった様子だ。
「おい、撃っていいのか?」
「えーっと……」
ブーンの提案に少し迷う。
襲撃を受けた事は確かだが、別に命や金銭を奪おうとしていた訳ではない。
いやまぁ、大事なものを掻っ攫おうとしていたのだが……
ブーンにそれを言いたくないしなぁ。
私が迷っていると、女はにっこり笑った。
「ん~!クロエちゃん優しいね!普通はその場で撃って来るのに」
そりゃああんな事をしていたら誰だって撃つだろう。
突っ込みたくなる気持ちを抑えつつ、声をかける。
「あなたはどこの所属かしら?リージョンやNCRじゃないわね」
「あら、私はしがないただのスカベンジャーよ」
「嘘ね」
断言する。
すると、女の笑顔がわずかに変わる。
先ほどまでの、下心丸出しの笑顔から……何というか、不敵としか形容できない笑みへと変わったのだ。
「……どうしてそう思うのかしら?」
「パワーフィストと格闘術」
そう。
私の目に狂いが無ければ、あの女は右腕に小型のパワーフィストを装着している。
パワーフィストとは、腕に装着して使用するガントレットの一種である。
伸縮式の拳が備え付けられていて、ガス圧により一気に前へと伸びる装置……
そのため、殴り合いではとてつもない威力を発揮する。
だが、それは殴り合いのみの話で、本来であれば他の格闘術……掴み技や寝技に流用することは難しい。
パワーフィストのマニピュレータ―部分が、装着している手と連動して動くようになっているとは言っても、ラグや誤差が大きいのだ。
そもそもがパワーアーマー用のものだし。
だから、あれだけ繊細な……傷つける事を良しとしない拘束技を容易く扱えるという事は、少なからずそういった訓練を受けている事になる。
独学では到底難しいだろうから。
ならばどこの組織か。
リージョンは違う。あそこは純粋に敵を殺すための技術を使う。
NCRも違う。確かに技術力があるが、パワーフィストのような扱いに困る近距離武器よりも、彼らなら銃を選ぶだろう。
「Brotherhood of Steelね」
「何っ!?」
ブーンが驚いたように言った。
確かNCRとBrotherhood of Steelは数年前にどこかを巡って争ったらしい……ブーンの驚きようにも納得がいく。
「へぇ……可愛いだけじゃなくて頭まで切れるのね。ほんと気に入ったわ」
ぺろりと、よく見れば端正な顔立ちの女は舌なめずり。
ゾクッとしてしまった。碌な目に遭わないわね私……
「運び屋、あいつは危険だ」
「そんな事分かってるわよ……」
もちろんブーンが言っている事の意味は理解できていた。
だが、私も言わずにはいられなかったのも事実だ。