一人、岩に座って朝日を見ながらコーヒーを飲む。
なんだかここ数日とても疲れた。実際キャンプに来たのは2日前だが、とても2日とは思えないような時間の流れを感じている。
思っていたより治療は大変で、最後の一人を治療した時にはもう日が暮れていた。
患者の内数人は深刻な怪我を負っていたために手足を切断しなければならず、肉体的にも精神的にも疲労が溜まったことは言うまでもない。
いくら血になれているとはいえ、のこぎりで手足を切断するなんてことはレイダーじゃない限りしないだろう。
「はぁ……」
思わずため息が出る。
そんな私を心配する様にED-Eが寄り添ってくれている。
私はそんな彼を撫でると、コーヒーを口に含んだ。
苦い。
「終わったようだな」
と、そんな私たちの背後から聞き慣れた声が聞こえてくる。
サングラスにベレー帽、そしてハンティングライフルを背負ったブーンだ。
……聞き慣れている、というのは撤回しよう。
彼の両手は金属のプレートで塞がっており、その上には食料がのっている。
「気が利くわね」
「まぁな。……食え、寝ないと腹が減るだろう」
その言葉に賛同を覚える。
今お腹はペコペコだ。あれだけショッキングな光景を目の当たりにしてよくもまぁお腹が減るものだ。
しかも、プレートの上にのっているのは肉だ。恐らくゲッコーのものだろう、確かここへ来る途中数匹見かけた。
お礼を言ってプレートを受け取ると、一緒に持ってきてくれたフォークを使ってこんがりと焼かれた肉を食べる。
ゲッコーの可愛らしさは微塵もないが、代わりにとてもいい味を出している。
塩と……よく分からないがソースがかかっており、素材そのままでは引き出せない味だ。
どうせならパンに挟んでゲッコーサンドにしたいところだ。
「おいしい。これ、どこから持ってきたの?ここの人たちは基本的にレーションでしょ?」
キャンプ・フォーロンホープは深刻な人手不足のため、狩りに出かけている余裕もない。
ブーンは私から70㎝ほど横に座り、淡々と話す。
「俺が作った」
「……あなた料理できるのね」
少しだけ驚く。
こんな銃以外に興味が無さそうなおじさんが……でも、お兄ちゃんもよく作ってくれたなぁ。
意外なところから懐かしい思い出が出てくる。
「……妻がいた頃、飯は俺が作ってた」
「家庭的ね……奥さんは作らなかったの?」
あぁ、とブーンは少しだけ笑って語る。
一見するとそうには見えないかもしれないが、彼がこんなに生き生きとして自分の事を話している姿を初めて見た。
彼も人並みに笑えるんだ。
話が途切れないように会話を進める。
なるべく、彼に口を開かせるように。
「カーラは、その……料理が下手だったんだ。何を作っても失敗していた」
「ふふ、かわいいじゃない」
ブーンは頷きはしながったが、表情が肯定を表していた。
あぁ、この人はこんなにも奥さんの事が好きなんだ。
心が暖かくなる。人を殺し、物を奪い、それでも人間はこれほどまでに暖かいのか。
そんな当たり前だけど、気が付けないことを、私は知っている。
自然と私は笑顔になった。
しばらくED-Eとその話を聞いていると、ブーンが唐突に黙り込んだ。
横顔から見えるわずかな瞳からは明確な殺意が読み取れる。
「明日の早朝、ネルソンに攻撃を仕掛けるそうだ」
彼の声は以前と同じく、低くて威圧するようなものになる。
「そう。……ブーン?」
名前を呼ぶ。
そんな私を彼は首を動かして見てくれた。
「私は貴方に与えることはできないわ」
ブーンが首をかしげた。
でもね、と私は続ける。
「貴方を導くことはできる。それを忘れないで」
ブーンには質問の意図が読み取れてはいないようだった。
それでいい。
まだ分からないだろう。
私自身、自分が言った事に責任を持てるわけではない。
今度こそ会話が終わる。
キャンプの皆が起きて騒がしくなるまで、私たちは空になったプレートとカップを手に、目の前に広がる景色をただ見つめていた。