第五十五話 キャンプ・フォーロンホープ、NCRの部隊
――1時間後、キャンプ・フォーロンホープ。
地獄という場所がどんな所かは知る由もない。
私はまだ死んでいないから行った事は無いし、死んだ人間から地獄の有様を聞くことも出来ない。
だが程度はあれど、この世に地獄があると表現できるのならば、このキャンプはまさに地獄だろう。
臭い。
肉が腐ったような臭いが鼻をつつく。
視界。
負傷した兵士や絶望した兵士たちがそこらに居座っている。
本格的な戦闘は無いはずなのに、小競り合い程度の戦闘しか無いはずなのに、ここでは常に死が隣り合わせである。
いや、時として生きている方が死ぬよりも恐ろしい事がある。
仲間が無残に殺されたとき。
次にズタボロになるのは自分だと思い知らされる。
ならば、とっとと殺してくれと思うかもしれない。
死んでしまえば、後はどうとでもなる。頑張るのは生きている人間だけだからだ。
ここの兵士たちは、常にそんな恐怖に支配されている。
いつ自分も死体袋に詰められて故郷へ送られるのか、そんな恐怖に。
「歓迎しよう、ここがキャンプ・フォーロンホープだ」
やや疲れた様な顔をしているヘイズ中尉が言った。
歓迎という言葉の定義が分からなくなるくらい、この場所は歓迎とはかけ離れている。
いや、死に歓迎されるという点では合っているのだろうか。
「酷いわね」
そう呟くと、ヘイズ中尉は苦笑いをしてはぐらかした。
「それで運び屋。ここへはどんな用で来たんだ?」
ふと、ヘイズ中尉が質問した。
そう言えばまだ言っていなかった。道中はリージョン部隊の残党がいないか警戒していたから。
「挨拶よ。あなたたちにね」
「そいつはどうも。もっとも、ここじゃあ何もしてやれないがな」
そりゃそうだろう。
この現状を見るに、キャップはもちろん弾薬、衣料品も不足しているに違いない。
だって医療テントの外にまで怪我人が並んでいるのだから……
ブーンもこの現状にやや驚いたようだった。
「支援や物資の要請は?」
「……あんた誰なんだ?」
ブーンが中尉に質問するが、突然喋ったことに加え、お互い初対面でまだ自己紹介もしていないこともあって話しが進まない。
それに、誰だと聞かれてブーンはしかめっ面をして黙る。
黙ると、中尉もなんでこいつは黙ってるんだ、といった様子で黙る。
ここは私が……
「第一偵察隊でしょ?その赤いベレー帽は間違いないさ」
と、ED-Eと戯れていたヘンリー軍曹が補足した。
流石第一偵察隊に入りたかっただけはある。
「元、だけどね」
私も付け加える。
ブーンは元は余計だ、と言わんばかりの表情をこちらに向けるが、私は何も間違っていないのですまし顔。
「なんだ、雇ったのか?」
「そんなんじゃないわ、ただ……成り行きでね」
そう、成り行きだ。
ジーニー・メイクロフォードを殺したことも、それでノバックのベッドから渋々離れなくてはいけなくなったことも、すべて成り行きだ。
もう一度あのふかふかベッドで眠りたい。
ふぅん、と中尉は無理矢理納得したように頷いた。
「それで、さっきの質問だが」
ブーンが話を戻す。
この人は急に喋りだすから心臓に悪い。
「……まぁ、こいつの連れだから信用できるだろう。支援だが、俺たちが支援だ」
やっぱり。
そんな事だろうと思っていた。
今、NCRはここの戦力増強よりもフーバーダムの守りを固める事を重視しているに違いない。
しかしまぁ、この四人を増援として送るとは……
「プリムでの一件以来、どうも上に目を付けられたらしくてな。プリムを奪還した英雄を送れば戦力にでもなると思ったんだろうな……建て前的には」
「本音は?」
「捨て駒だろ、どうせ。じゃなきゃ揃って昇進なんてさせるかよ」
クソ、とまるで初めて会った時のように態度が悪い。
もっとも、その瞳には確かなものが映ってはいるが。
それで、と中尉は言う。
「物資の要請は一週間前にボラトル少佐がしたらしい。したらしいが……受け取りに行った隊員が戻ってこない」
本当に、つくづくついていない人だ。
いや、このキャンプがついていないのか?
何はともあれ、これ以上首を突っ込むとまた何か頼まれそうなので、私は何も聞かない。
恐らく、ヘイズ中尉も私に何かやらせようなんて事は考えてはいないだろう。
彼はそういう人だ。自分の事は自分でやる。
だが、ここでの私の誤算はブーンという人物について知らな過ぎたことだった。
そろそろ別れの挨拶を済まそうとした時、ブーンが言った。
「ボラトル少佐に会わせろ。助けになるかもしれん」
その一言に、私と中尉だけでなく、その部下たちまでもが呆けた顔でブーンを見た。