ふと、息苦しさと身動きが取れなくなった事もあり目が覚めた。
身体が縛られたように動かない……それもそのはず、手足にきつく縄がくい込んでいたのだ。
つまり、縛られているのだから。
目も見えない。
麻袋か何かを被されているのだろう、息苦しいのも無理はない。
大声を出そうにも、口周りも縛られてしまっている。
彼女が出来るのはもがくことだけだった。
そして、しばらくそうしていると気が付いたことがある。
それは、誰かに自身が担がれているという事だ。
女性といえども人を、しかも寝ている人物を起こさずに運ぶとなると相当な技量がいることは、そう言った知識に疎い彼女でも容易に想像できた。
リージョンだ。
直感がそう告げた。
こんな人さらいをするのは他にはいない。
そうと分かってからは酷く暴れた。
このまま連れていかれる先がどこかは想像に難くない。
そして、この後の人生に何が待っているのかも。
しかしどうもがいても、彼女を担いでいる人物は何もしなかった。
ぶれることもない。
きっと屈強な戦士に違いない。
だがなぜ彼女がリージョンに攫われたのだろうか。
それが分からない。
彼女はリージョンに対して秘密裏に商売をしてやったのに、それを仇で返すのか。
あの女を売れば、この町に手は出さない約束だったはずなのに。
しばらくしてから、彼女はようやく地面に降ろされた。
変に持ち上げられていたせいで身体が痛い。
もうリージョンの陣地に着いてしまったのだろうか。
すると、麻袋が彼女の頭から取られる。
せめて自分を連れ去った人間くらいは見てやろうと思った。
あわよくば睨みつけ、いつか復讐してやると、そういったはったりをしてやろうと。
「こんばんは、ジーニーさん」
だが、彼女の鋭い目つきは代わりに満月のように見開かれる。
ちょうど空に昇る月が太陽の光を反射するように、彼女の目は自分を攫った人物を映した。
つい昼間、自分を尋ねて来た銀髪の少女だったのだ。
「ンンンンン~!んぼぼぼぼ」
私の姿を見た瞬間、クロフォードが何かを訴えだした。
それまでも叫ぼうと必死だったが、今はそれよりも必死であるから見てて滑稽だ。
私は無表情よりも少し笑みに近い顔で彼女を見る。
あの鋭い目つきはどこへ行ったのやら。
今の彼女は、目の前で手品を見せられた赤ちゃんや動物のような目をしている。
後ろを振り返る。
大きなダイナソーが、ノバックを背に東を覗いていた。
そしてその口から、サングラスをかけたスナイパーがこちらを見ている。
サングラス越しでもわかった。
ジーニー・メイ・クロフォードを、殺す勢いで睨みつけているのだ。
殺気が嫌というほど伝わってくる。
まだ帽子は被らない。
「クロフォードさん、質問があります。あなたがカーラさんをリージョンに売ったんですね?」
クロフォードはまだ叫んでいる。
私の質問に答える気は無いようだ。
私は頷き、懐からあの契約書を取り出す。
「ここにあなたのサインがあります。他の手紙や資料などと比較しましたが、あなたの字で間違いありませんね?」
そこに書かれていた内容は、ブーンの妻であるカーラと、今後生まれてくるであろう子供を合計1500キャップで売買するといった内容だった。
たった1500キャップ。
それで、人の人生が売られる。
それを言いだした人間も、それに勝手にサインした人間も、等しく屑だ。
だが、ここで怒りを表わすのは私の役目ではない。
クロフォードは否定も肯定もしない。
ただ叫んでいた。もういい、あとは彼に任せよう。
ポケットから赤いベレー帽を取り出す。
胸まで持ってきて、私はクロフォードに背を向けた。
「最後にクロフォードさん」
私は後ろの憐れで醜い老婆に声をかける。
「あの世があるならば、奥さんに謝ってきなさい」
「グェェエエエエエエエエエ~!!!!!!」
そうして、帽子を被る。
響く銃声。
消える叫び声。
彼の復讐は、一先ず終わった。
一先ずは。
ダイナソーとスナイパーが老婆の遺体を見下す。
今まで葬ってきた悪人に、そうしてきたように。
これからも、ダイナソーは見届ける。
ダイナソーの口から下に転がる死体を眺める。
スコープ越しで見る頭のない死体は中々にグロテスクなものであるが、今は気分が良かった。
いや、正直良いのか分からない。
かれこれ数分こうして見ているが、妻の仇の一つであるはずの老婆の死体は、彼の心の傷を癒すことは出来なかったのだ。
それまでは、カタを付けるその日が待ち遠しくてたまらなかった。
自分と妻を、更にはそのお腹の子の世界をめちゃくちゃにした相手を殺してやる、自らの手で審判を下し、地獄へ送ってやると、意気込んでいたのかもしれない。
だが、今の彼に残る感情は、虚無感。
なにも残らない。
手元にあるのは双眼鏡とコンパス、そして愛銃のみ。
「復讐は終わりね」
不意に後ろから声がかけられる。
その瞬間、ようやく彼は射撃姿勢を解いて、老婆の死体以外のものを見ることができた。
銀髪の少女は、あの宙に浮く機械を従えてこちらに帽子を差し出している。
彼はライフルを傍らに置くと、帽子を受け取った。
「一つ聞きたい」
「えぇ」
彼の質問に少女は答える。
「どうやってヤツが犯人だと気づいた?」
そう言うと、彼女は懐から一枚の紙きれを取り出した。
そして、それを彼に渡す。
疑問に思い、それを読んでいくと、感情は疑問の色から赤い怒りへと変わった。
だが、その怒りもどこへぶつけて行けばいいか分からない。
怒りをぶつけるべき相手は、たった今自らの手で裁きを下してしまった。
もう一方の相手は、ここにはいない。
仮に辿り着けたとしても、強大過ぎて自分では勝ち目がなかった。
これで、終わり。
数週間に渡る自分の復讐劇は幕を閉じた。
「礼はする」
「これからどうするの?」
ふと少女は彼の礼を押しのけ質問した。
その質問の答えに少しばかり悩んだが、最終的な答えは一つだった。
自分がジーニー・メイ・クロフォードを殺したことはすぐにばれる。
そうなれば、この町に居続けることはできないだろう。
それならば、出来る限り
それが、今彼に出せる最良の答え。
それ以外はあり得ない。
「お前には関係ない」
事実、その通りであった。
この少女と自分はこれ以上の関係はない。
ただこちらが雇い、あちらがこなす。
それだけだった。
「一人で出来ることには限界があるわ。だからね」
少女が言う。
ならば諦めろというのだろうか。
生憎、彼はそういう性格をしていなかった。
彼に誤算があるとすれば、少女もそう言う性格をしていなかったということだろう。
「《Guns/80》二人なら出来ることも増える。スナイパーはスポッターと行動するものよ。一流のスナイパーであるなら、その重要性は分かるでしょう」
着いてこい。
そして、手伝ってやる。
そう聞こえてならない。
意外だった。
このタイプの人間はてっきり、これ以上は危ないだとか、復讐は死んだ人のためにならないだとか、そんな事を言うもんだと。
確かに彼女は自分の最初の復讐を手伝った。
だが、彼女は愛される人間である。こんな男に、復讐を促すようなタイプには見えなかった。
「…………」
考える。
どうしたものか。まさか想像していなかった。
誰がこんな歳幅も行かない少女に着いてこいと言われると予想できる?
だが、彼女の言っている事に一理あるのは確かだ。
そんな時、ダメ押しに彼女が言った。
「《Speech/70》それに、報酬の分も働いてもらわないとね。私の時間を奪ったんだから」
思わず鼻で笑ってしまった。
そんな精神状態じゃないのは確かなのに、彼女は無口なスナイパーを笑わせてみせたのだ。
……いいかもしれない。
そう、彼は信じることにした。
しばらくして、少女がダイナソーの口から立ち去ろうとすると、彼は帽子を被る。
そして、昇る朝日を背にして少女の後を追った。
二人目の仲間。
クレイグ・ブーンが、新しい目的に向かい始めた瞬間であった。
やっとここまできた……