翌日、ノバックのモーテル。
夜に起こされたとはいえ、ベッドで寝れた事実は変わらない。
とても目覚めが良いので、コーヒーを沸かしてモーテルのドアの外、二階部分で景色を眺めていた。
朝の一杯はうまい。
私はブラックコーヒーはそこまで好きじゃないが、たまにはいいだろう。
苦みと朝日の暖かみが、調和される。
「はぁ~……」
顔が緩む。
こんな時ぐらい嫌な事は忘れたい。
プラチナチップの事も、私を撃った奴の事も、今だけは全部忘れたい。
まぁ、このコーヒーを飲んで朝食を採ったら出発しなくてはならないんだけども。
「Beep!」
ED-Eが上空からやってくる。
前述の通り、今日は北へ出発しなければいけないので、ED-Eに進路に障害が無いか調査を頼んだのだ。
Pip-boyに送られてきた情報によれば、ヘリオス1への道路上に野生動物が数匹いるが問題ないようだ。
本来ならそのまま北上してガソリンスタンド経由で第188交易所へ行きたいが、何やら砂嵐が出ているため、近づきたくはない。
またあの老婦人のジャンクヤードに寄ろうかしら。
「おい」
と、今後の事を考えている時。
昨日のナイトスナイパーが話しかけてきた。
昨晩の復讐にでも来たのだろうか。
ポンチョの下からホルスターに手をかける。
これなら私が臨戦態勢に入っている姿は見えない。
「……お前に頼みがある」
と、何やら頼み込まれる。
いや、確かに急にそんな事を頼まれるのは意外だが、問題はそこではない。
問題は、また何か依頼をされて時間をつぶされるということだ。
それだけは何としてでも避けたい。
もうノバックだけで2日以上潰してしまっているのだから。
「えっと、私これから……」
「報酬はやる」
むむ。最初から報酬をくれるときた。
どうしよう、簡単な仕事なら引き受けてもいいかもしれない。
もちろん本当に簡単な仕事のみだ。
値下げの交渉とか……ほら、私愛嬌良いから。
「まぁ……簡単な仕事なら」
「そうか」
そこから始まる無言。
え、引き受けたならどんな仕事なのか話してくるものではないのか。
目の前のスナイパーは何も言わない。
サングラスの奥からこちらを覗いているだけだ。
もしかして、昔お兄ちゃんから聞いたコミュ障というタイプなのか。
ED-Eもなぜ話を続けないのかといったような反応をしている。
そのED-Eと私を交互に見るスナイパー。シュールだわ。
「あの~」
しびれを切らして私から声をかける。
「なんだ」
なんだじゃないんですけど……と言わずに愛想笑いをして話を続ける。
「依頼、なんですよね?なにを頼みたいんでしょうか?」
スナイパーはまだ何も言わない。
ただ、振り返り私たちに背を向けた。
「ついてこい」
「は?」
突然そんな事を言われるものだから、思わず声に出てしまった。
そしてスナイパーはモーテルの階段を下りていく。
もしかして、私また厄介な事に巻き込まれてしまったのだろうか。
彼はブーンと言うらしい。
モーテル一階に部屋を持っていて、夜にはマニー・バルガスと交代をしてノバックを見張るスナイパー。
なぜ彼の名前が分かったかというと、部屋の表札にブーンと手書きで書いてあったからだ。
彼の後に続いて部屋へ入ると、一人暮らし特有の男臭さと銃のクリーニング用オイルの何とも言えない臭いが鼻につく。
どうやら頻繁に背負っているライフルを整備しているようだ。
リロードベンチやレストマシンも見える辺り、彼は生粋のスナイパーなのだろう。
まぁ拳銃に関してはそこまで使い道がないのか、テーブルの上に放置されている。
だが、所々に男性では使わないような用品が置かれているあたり、彼は既婚者なのか?
「座れ」
そう言って彼は椅子を指差す。
恐らく罠の類は仕掛けられてはいないだろうから、遠慮なく座り、ED-Eを抱える。
ブーンはベッドに座り、こちらを覗いた。
「そろそろ話してもらえないかしら」
「あるものを探して欲しい。見つかる保証はないがな」
「探し物?」
「ああ。町の人間は信頼できない」
だからって余所者を信頼するのはどうかと思うけど……まぁいいわ。
「何を探せばいいのかしら?」
そう言うと、ブーンは黙った。
数秒間の沈黙の後、彼は口を開く。
「ある晩、俺が見張りをしている間に、リージョンの奴隷商人が妻を家から連れ去った」
声のトーンを変えず、しかし隠れた瞳の奥に暗い炎を抱く。
「ノバックで?おかしいわね」
私は推察する。
ここノバックは、南にはレンジャーステーション、北にはヘリオス1がある。
西にはつい昨日行って来たレプコンの会社しかないし、しかも山に囲まれている。
ノバック自体もスナイパーという防御力を持っているし、キャラバンやNCRもここを通ることがあるから彼らが来るのは、変装していても至難の業だろう。
ましてや人を連れ去るなど……
「仕掛ける時間、逃走経路、すべてが計画済みだった。奴らはカーラだけを連れ去ったんだからな」
思わず妻の名前を出してしまうほど、彼の憤りは強い。無理もないが。
「町の中に内通者がいる、と?」
「少なくとも手引きしたヤツはいる」
しかし、話が見えてこない。
まるで妻よりも手引きした裏切り者を捕まえろと言っているかのようだ。
「それで、あなたの依頼は妻を見つけること?」
「いや。妻は死んだ。見つけるのは手引きした人間だ」
淡々と彼は言った。
妻の事を強く思う夫が、こうも淡々と事実を言えるものなのだろうか。
普通、奴隷商人に連れ去られただけで死ぬことは少ない。
「何故わかるの?あなたの妻が死んだと」
「分かるんだ」
私の質問を拒絶する。
これはいくら私でも聞きだせないし、聞く必要はない。
人間一つは聞かれたくないことぐらい、あるだろう。
「……見つけたらどうすれば?」
質問を変える。
するとブーンは赤いベレー帽を脱いで私に差し出した。
「えっ」
「奴を連れて来たら恐竜の前に連れてこい。このベレー帽は俺たちの目印になる。お前の仕事はそこまででいい、後は俺がケリをつける」
なるほど。
でも、中年男性が被ったベレー帽を被るのは抵抗がある。
それでも受け取らなければ話が進まないので、受け取る。
これはこれで厄介な仕事に巻き込まれてしまったなぁ、と考えながらベレー帽をED-Eに被せた。