先ほど依頼を受けたグールがいる部屋へと戻ってくる。
彼は出発の準備が出来ていたらしく、手頃な木箱の上に座り、一服していた。
しかし一服していようが、ハンティングライフルは彼の手元にあったので、私は手を上げながら部屋に入る。
誤射されたらたまったものではない。
「あんたか」
一瞬気配を感じて腕が動いていたグールだったが、私の姿を見て安堵したように煙を吐きだした。
私も上げていた腕を下ろし、手にしていたビニール袋を彼に渡す。
彼は頭にクエスチョンマークを浮かべると、ビニール袋を受け取る。
そして中身を見てしばらく硬直したが、次第に納得したような顔になっていった。
彼は咥えたタバコを横へ吐き捨てると、静かに礼を言った。
「ありがとう、嬢ちゃん」
その声は今にも途絶えてしまいそうなほど弱々しく、表情もグールらしくないとても人間らしい顔をしていた。
きゅっと心が締め付けられそうになる。
私はこの表情を遠い過去にも見た事がある。
大切な人が死んでしまった時の、酷く寂れた表情。
お兄ちゃんを思い出してしまう。
グールはビニール袋から手を取り出す。
そしてしばらく、薬指にはめられている金色の指輪を撫でるように触った。
「別に俺は彼女と恋仲だった訳じゃない」
ぼそっと、それでいて聞かせるように呟く。
「でも、彼女の笑顔は綺麗だった。戦争前に一回だけ見たひまわりみたいだった」
「……そう」
何か言える雰囲気ではない。
ED-Eも私の後ろでひっそりとしていた。
「覚悟はしていた。でも、もうあの笑顔が見られないとはな……彼女の死体は、やっぱり?」
私は頷く。
彼も、最低で最悪の事態は覚悟していたようだ。
そうか、と何度も頷くと、彼は手を再びビニールに戻して自身のバックパックへ入れた。
「どうするつもり?」
「どこか、見晴らしのいい場所に埋める。指輪も一緒にな」
「指輪も?」
「ああ」
そして新しいタバコを取り出してまた咥えると、使い古したジッポで火をつけた。
もくもくと空へ向けて、白い煙が登る。
その煙は、女性の魂が空へ向かっていくようにも錯覚できるぐらい白かった。
彼は遠い目で煙を吐き捨てる。
「……昔、爆弾が落ちる直前ラジオで聞いたんだ。やり直せるってな」
「え?」
突然そんな事を言いだすものだから、思わず聞き返してしまった。
彼は鼻で笑って服の袖で目を拭う。
「いや。さぁ、報酬だったな。こいつを持って行け」
そう言って彼は木箱の横に置かれていたバッグを私に放り投げた。
慌てて受け取ると、ずっしりした重さが腕に伝わる。
何が入っているのだろうか。
「これには何が?」
「罠に使ってた爆薬と何かの電子部品。爆薬だけでも数百キャップあるはずだ。部品に関しては俺にもよくわからんが、高く売れるだろう」
よいしょ、と彼は立ち上がり、ハンティングライフルを肩に下げて扉へと歩み始める。
そして扉の開閉レバーに手をかけると、動きを止めた。
振り返り、不敵な笑みを私に向ける。
「生きていれば、また会おう」
「……ええ。名前は?」
「元海兵隊武装偵察部隊、ウィリアム・ハーランド二等軍曹」
ちょっと驚いた。
戦前から生きているような事を言っていたが、まさか軍属で、フォース・リーコンだったとは。
フォース・リーコンとは、アフガニスタンで数度戦闘している。
彼らはとてもしぶとく、決して諦めない。そのおかげで私達も苦汁を飲まされた。
もちろん世界や世代は違うが、まさかかつての仇敵とこのような形で出逢うとは。
「……クロエよ、運び屋。また会いましょう、ジャーヘッド(海兵)」
そう言うと彼は少しだけ驚いたが、なぜか笑って通路へと消えていく。
しばらく彼の笑い声が通路に響いた。
私とED-Eはそれが聞こえなくなるまで、ずっと彼の背中を眺めていた。
ハーランドに関しては捏造です。
ただ、あれだけの罠を仕掛けて殺しに来ているということは、戦前は軍属ではないか、と前々から推測していました。