案の定、施設内はグールの巣窟と化していた。
しかもほとんどがフェラル・グールで、中には光りし者もいたため対応が非常に厄介であったのは言うまでもない。
インターホンの声の主が言っていた東側の階段に辿り着くころには、私とED-Eは殆どのグールを殲滅していた。
だって仕方ないじゃない、一人殺すと周りにいっぱいいて見つかるし、見つかると叫ぶから他の奴らも来るんだもの。
サプレッサーの効果を感じられるほど隠密に事を終わらせられなかったのは残念だ。
「はぁ……なんか最近ため息多いわね」
一人つぶやくと心優しいED-Eが寄り添うように体をぶつけてくる。
彼のゴツゴツした身体は勢いよくぶつかると痛いが、それ以上に気遣いが心に染みた。
私はそんな鉄のボディを優しく撫でてちゅっと唇を付ける。
「Beeeeeeeeeeeeeep!!!!!!!!!!!」
と、まるで思春期の少年のようにED-Eが離れてしまった。
よく見れば、身体から煙が上がっている。きっと温度が高くなっているのだ。
こうやってからかうのも楽しいし、心の保養になる。
あはは、と久しぶりに無邪気に笑うと、ED-Eはちょっと怒ったように鳴いて見せた。
「ごめんごめん、そんなに怒らないでよ」
「Beep……」
ぷるぷると震えるED-Eに平謝りする。
そう言う反応が可愛くていじられるというのを分かっていない内は、まだまだからかえるわね。
さて、気力も回復したし、そろそろ階段のある部屋へと行こうかしら。
階段のある東の部屋はそれなりに大きく、一部は倉庫としても扱われていたようだ。
他の部屋はオフィスになっていたため、内装はしっかりとしていたが、ここに限ってはかなり無機質であり、扉も鉄製の頑丈なものとなっている……
のだが、その扉も盛大に破られ、フェラル・グールが下敷きになって絶命している。
傍にはナイトキンの死体。
恐らく扉を壊したのはナイトキンだろう。
念のため銃を構えつつ階段を上ると、扉とインターホンが見えた。
銃を下ろしてインターホンをいじくるが、こちらからではアクセスできないようだ。
ED-Eも首……ではなくボディを横に振って干渉できないことを表わしていた。
『来たか。入っていいぞ、ただし妙な真似をするなよ』
超上から目線でインターホン越しに声がしてきた。
「どうも。食べられない事を祈るわ」
そう返すと、インターホンの電源が切れる。
念のため銃はホルスターに納めず、扉を開ける。
金属製の扉は重く、年頃の乙女には開けるのに一苦労だ。
ゆっくりと左手で開け切ると、通路が目に飛び込んできた。
そこにはグールではなく、一人のハゲた中年男性が。
ちなみに、白衣を着ている事から科学者なのだろうか。
「醜いやつだな!俺が吐かないうちに上の階にいるジェイソンに会いに行け!」
突然の罵倒にせっかく癒された心が穢れていく。
穢れると、こちらからも何か言い返したくなる。
「あら、グールじゃないのね。頭と声はグールそのものだけど」
「騙そうとしても無駄だスムーズスキン!ジェイソンだって騙されないぞ!あと頭の事は言うな!」
頭が弱点だと判明はしたものの、何か引っかかる。
まるで自分をグールと思っているような言い方ではないか。
そもそもスムーズスキンなんて言い方はグールそっくりだし、自分だってスムーズスキンだろうに。
ちなみにスムーズスキンというのは、グールから見た普通の人間の事。
「あなたもスムーズスキンじゃない」
「邪魔するなスムーズスキン!ジェイソンを待たせるな!ほら行け!」
会話にならない。
どうやら自分の事を本当にグールだと思っているようだ。
しかし、そうなると目撃された通常のグールとは誰の事なのだろう……
「邪魔したわね、すぐジェイソンの所に行くわ」
そう言うと、ハゲ頭は早々に立ち去った。
ノバックの周りには頭のおかしい人間しかいないのだろうか……完全に偏見だが。
ED-Eも困惑気味だ。
さて、早い所そのジェイソンとやらに会いに行こう。
このフロアは他のオフィスと異なり、私にはさっぱり分からない様々な機器が稼働していた。
どうやら人間はあのハゲ頭だけのようで、他の人員は知性のあるグールだった。
それも、先ほど外で死んでいたグールが着ていたローブを着ている。
やはり、目撃されたのは彼らだったか。
ということはジェイソンという人物もグールなのだろう。
しかし困った。
階段はどこだろう。
「あの~、上のフロアへ行きたいんですが……」
何やら作業中のグールに話しかける。
「ジェイソンに会いに来たスムーズスキンね。偉大なジェイソンに会えるというのは光栄なことよ」
「ええ、そうですね……階段はどこに?」
嫌な予感がする。
「ジェイソンがこの世の苦しみから私たちを解放してくれるのよ!あなたもスムーズスキンに甘んじていないで努力しなさい!階段ならそこよ」
「あ、どうも……」
嫌な予感は的中した。
彼らは……多分、宗教者だ。
それも、そのトップはジェイソンというグールに違いない。
こんな世界になっても宗教はあるのか。
いや、むしろこんな世界だから人々は救いを求めるのだろう。
私が一番知っている事じゃないか。
――神のために戦え。
――神の敵を殺せ。
――我らだけが神に選ばれたのだ。
文字通りの意味で気持ちが悪くなる。
昔の嫌な部分だけを思い出してしまった。
はやくここから立ち去りたい。
「Beep?」
突然止まって不可思議に思ったED-Eが覗き込んできた。
それを境に、ふと我に返る。
「大丈夫よ。さっさと終わらせましょう」
そう言って、私は教えてもらった階段を上った。