酔っ払いは3名。
一人は麦わら帽子の一見すると若い女性。
そしてもう二人は、前哨基地で暇を持て余しているキャラバンの男たちだ。
そしてキャラバンの男がふと歳の事について触れると、女性の雰囲気が一変した。
パキッと、彼女が持つビール瓶にヒビが入る。
まずい、と私の直感が告げた直後、
「もう一辺言ってみろコラァッ!!!!!!」
「あんだコラァ、うわ殴るなッ!ぐあッ!」
歳の話をされて唐突にキレ、男たちを殴りだす麦わら帽子の女性。
勢いが凄まじく、マシンガンのように拳が繰り出されていく。
恐らく原型はボクシングだろう。
ほぼ我流だとは思うが、もとのセンスがいいのか、経験者並のキレの良さだ。
と、私が彼女の拳を観察していると、もう決着が着きつつあった。
ちなみに、他の客は煽ってばかりでなにもしない。
私とレイシーも傍観を決め込んでいる。いちいち介入なんてしないほうがいい。
真横の席で少しだけ警戒しているED-Eだったが、そんな彼のボディを撫でて落ち着かせた。
だからこそ私は食事を続けようとして、サルサパリラを飲もうとした。
したのだが。
「このアバズレがぁあああああああッ!!!!!!」
「あっ」
ボコボコにされていたキャラバンの一人が、私のサルサパリラの瓶を掴んで女性めがけて振り下ろしたのだ。
「ッ!」
パリーンッ!という音を発てて割れる私のサルサパリラ。
そしてその重い一撃を受ける女性。
防いでいても、硬い瓶を使った攻撃は彼女の体勢を容易に崩してしまい、結果、男たちのリンチが始まってしまう。
しまうが、そんな事は今はどうでもよかった。
酔っ払いのやることなんてしったこっちゃない。
食事を邪魔された挙句、サルサパリラを奪われた私の心は凍てついていた。
「く、クロエ……」
レイシーが慌てた様子で何か言おうとしている。
私は答えずに、立ち上がって女性を寄ってたかって殴る男たちの方を向く。
Beep、といつもよりも元気のない電子音をあげたED-Eだったが、震えて席から立とうとしない。
女性は倒れず顔面こそ守っているものの、一方的だ。
「オラッ!このクソアマッ!」
「舐めやがってッ!この……おっ?」
私は男が振り上げた拳を後ろから掴む。
突然拳を制止された男は、不思議そうな顔をしてこちらへ振り返る。
その刹那、私は左手で相手の右腕を掴み、右手で相手の首元を押さえる。
男が何かを考える前に、相手の右側へ入りながら、右足で相手の足を鎌で狩るように払う。
プラス、バランスを崩すように相手の上半身を、先ほど掴んだ状態から押し出した。
「アッ!」
短い悲鳴をあげて後ろへ倒れる男。
頭を思い切りぶつけて彼は失神したが、お構いなしに私は次の作業に入る。
「なんだお前」
仲間が倒れた事に気が付いた男がこちらへ向かってくる。
パンチのモーションに入っていた男に、私は一瞬で攻撃を入れた。
まずは左頬にジャブ。
そして次に、左肘のエルボーで男のパンチを真正面から跳ね返す。
ゴキャっという音がして、男の拳が無効化される。
あとは一方的。
右のローキック、左ストレート、右のボディーブロー、左手で押し出して相手のバランスを崩し、物理法則を曲げたように繰り出す左足のハイキック、そしてその運動エネルギーを回転に換え、回し蹴りを繰り出した。
男の腹に突き刺さった回し蹴りは、彼を前のめりにさせる。
そのまま無言で、私は空中で前に一回転。
そこから踵落としを決めた。
なんだか人間の身体から出ちゃいけない音がして、男は力尽きた。
ちなみに、二人とも死んではいない。
「ぐっ……」
と、結果的に助けた女性がこちらへ殴りかかってくる。
恐らく、アルコールと殴られたことによるショック、そして喧嘩による極度の興奮で錯乱しているのだろう。
私はそのパンチを受け流し、相手の後ろへ回り込む。
「あっ!?」
女性は可愛らしい声をあげて驚いたが、大した反応は出来なかった。
きっと、アルコールのせいだ、全部そうだ。
私は右腕を、彼女の右脇の下から経由して首の後ろへ、左腕を首に回す。
そして左腕を手前に引き、右腕を前に押し出すようにして頸動脈をしめる。
柔道の片羽絞という絞め技だ。
「ぐっ……!ぎ……」
5秒も発たないうちに女性は失神してしまった。
元々息が切れていたことに加え、脳に酸素が回らなければそうなるのは当たり前だろう。
ふぅ、と私は絞めていた腕の力を緩める。
これで窒息死はしないし、大人しくしてくれるだろう。
サルサパリラは新しく注文しよう……
と、酒場の外に複数の気配。
恐らく喧嘩騒ぎを聞きつけたNCRの憲兵か何かだろう。
私は急いで失神させた女性を抱え、席に座らせ、また私もその隣に座る。
座っているのは先ほど私が食事をしていた場所だ。
女性は一見酔いつぶれているように見えるし、私も食事をしているただの旅人に見えるだろう。
唯一、倒れている男たちと、ドン引きしたように静かな客たちが異端である。
「レイシー、口裏を合わせて」
「え、あ、うん」
私が呟き、レイシーが呆気にとられたように頷くと、入り口からNCRの兵士が数人入ってきた。
私は震えたED-Eを落ち着かせるように撫でる。
しかし余計に震えるED-E……どこか調子が悪いのか。
「なんだ、もう喧嘩してないじゃないか……まぁいい。おい、そいつらを独房へ運べ」
指揮官らしい兵士がそう命令すると、部下たちが地面に伏している飲んだくれを連れていく。
彼らが撤退すると、私はほっと一息。
「ほら、とっとといつも通り飲みな!」
レイシーが静かにこちらを見ている客たちを一喝すると、酒場はいつも通りの活気に戻った。
「レイシー、サルサパリラ一つ。今度はコップで」
キャップを出して注文すると、レイシーは頷いて新しいグラスにサルサパリラを注ぐ。
「なんでそいつを助けたのさ?」
と、注ぎ終った彼女はそんな質問をした。
私は甘ったるい炭酸飲料を一口飲むと、
「別に。ニ対一だったから」
と答えて震えるED-Eを意味もなくペシペシ叩いた。