――クロエ。 俺は後悔している。
不意に、その人は言った。
東洋人の特徴的な顔立ちを歪ませ、手にしたAKのグリップを強く握る。
彼はボロボロの椅子に深く腰掛け、ため息を吐き捨てる。
私はその言葉を黙って聞いていた。
いつも何か深い事を考えていそうな人ではあったけど、近寄りがたいとかそういう事は無かった。
機嫌が悪い時でも、私が甘えるといつでも頭を撫でてくれたし、無理にでも笑ってくれた。
でも、その時だけはその場に居たくなかった。
これから紡ぎ出される言葉を聞きたくなかったのかもしれない。
少しだけ震えた唇が動く。
「お兄ちゃん」は、絞り出すように言った。
――俺が、お前を造りだしてしまった。俺が、お前を、兵器にした。
理解が出来なかった。
どうして、彼はそんな事を言ったのだろう。
普段から、孤児を引き取って訓練している彼が、なぜ私に絞って言って来たのだろう。
別に、彼を非難しているわけではない。
ただ、理解できなかっただけだ。それは、もう子供じゃない私にも分からない。
お兄ちゃんは続ける。
――お前を、感情のないただの兵器にしてしまったんだ。
私にも心はあるよ、と反論する。
その反論に、彼は諦めたように笑った。
――敵を殺す時、お前は何も思わない。死んで当然、そう思っている。
それは、と私は答えに困ってしまう。
敵だって、死ぬのを覚悟して向かってくる。私はそれに対応しているだけだ。
そんな質問おかしい、だって私たちは戦争をしているんだから。
――……すまん、こんな事、言うべきじゃなかった。
彼は謝る。
そして立ち上がり、AKを棚に置くといつもの笑顔で言った。
――さ、ご飯を作ろう。他の奴らが作ると下手過ぎて食えたもんじゃないからな。
ちょっとだけ温度差に混乱したが、すぐに彼の笑顔に応える。
結局、お兄ちゃんがそんな事を言ったのはそれっきり。
私も忘れてしまっていた。
なんで、今更こんな事を思い出したのだろう。
なにか、大切なことを……
「……あれ、私……」
ふと、眩しい光が目に飛び込む。
眩しいと言っても、ただの裸電球の光だからそんなに眩しくはない。
眩しいと思ったのは、私が寝起きだったからだろう。
そうだ、確かあの時、支店長からどこかの土地の話をされて……そのまま倒れた。
私はベッドに寝かされている。
あの老人が介抱してくれたのだろうか。
これで老人に助けられたのは2回目だ。
今度は装備も、服もちゃんと着ている。
起き上がり、ベッドから降りる。
足元にはいつも履いているブーツが。
さすがにこれは脱がされたか。
靴下も脱がされていたので、Pip-Boyから予備の靴下を取り出して履く。
そのままの流れでブーツを履こうとすると、部屋の奥から角を曲がって、お婆さんがやって来た。
見た事がある。
確か、プラチナチップの仕事を運んできたルビー・ナッシュだ。
「あら!目が覚めたのね!」
お婆さんはニコニコしながら、食事の入ったプレートをベッド脇のテーブルに置く。
「お久しぶりです、ナッシュ夫人。と言っても、つい先日会ったばかりですが」
急いでブーツを履いて頭を下げる。
「あらあら、相変わらずウェイストランドに似合わないくらい礼儀正しい子ね」
そう言うナッシュ夫人の言葉は孫と話す祖母のように優しい。
そういえば、私が倒れてからどれくらい経ったのだろうか。
また何日か経っていたら奴らに追いつけなくなる。
思い出すと同時に急いでPip-Boyのデジタル時計を確認する。
そこで私はホッと一息ついた。なぜなら一時間しか経っていないからだ。
「大丈夫かい?いきなり倒れたからビックリしたって旦那が言ってたよ」
「えぇ、多分、疲れてたんです。寝ていなかったもので……」
多分、直接的な理由は違う。
その明確な理由は分からないが……
だが、疲れていたというのは本当だ。
半日かけてプリムまで休まずに来たし、そのあとすぐに戦闘へと突っ込んだ。
それに、一応病み上がりでもある。
「なら今日は泊まっていきなさいな、旦那も喜ぶだろうよ」
夫人も嬉しそうにそう言ってくる。
だが、ここでのんびりしていたら、スーツの男に逃げられてしまう。
ここで戦闘に加勢してもう一日近く費やしてしまった。
でも休まなければ人間倒れてしまうのも事実で。
うーん、どうしよ。
「お言葉に甘えたいのは山々なんですが……その……」
「分かってるよ、あんたを撃った卑怯者達を追ってるんだろう?」
きっとジョンソンさんから聞いたのだろう。
「でもね、倒れるくらい疲れてるんだから休まなきゃ。そんなんじゃNCRの前哨基地にも行けやしないさ。それに、そいつらについて知ってるのがいるよ」
「本当ですか!?どこに……」
引っかかる言葉に思わず食いつく。
ジョンソン夫人はそんな私をなだめると、一旦ベッドの上に座らせた。
「ほら、あんたとNCRが助けたらしい保安官代理のビーグルの野郎さ」
ビーグル……あぁ、あの自称保安官代理のことか。
ていうか、あの人は本当に保安官代理だったのか。
その後のナッシュ夫人によると、どうやら彼はプリムの自宅にいるらしい。
そして、今現在のプリムには保安官が「不在」で、やや治安も悪いとか。
NCRはあてにならないらしい……それじゃあビーグルを保安官にしてしまえば、と聞くと、満場一致で却下されたそうな。
それに本人も責任重大な保安官なんてやりたくないと……どうしようもない。
それはともかく、少しでも手がかりがあるなら縋るべきだ。
「で、どうするんだい?泊まっていくかい?」
あと数時間で夕方。
夜のモハビはレイダーや動物が活発化するため、危険である。
なら、仕方ない。
老夫妻にお世話になるとしよう。
「すみません。一晩だけよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げると、ナッシュ夫人は満面の笑みで了承した。