「はは、どうだい嬢ちゃん、俺の狙撃の腕も捨てたもんじゃないだろ?」
スコープ越しに見える運び屋の少女の驚いた顔を見て、伍長は呟いた。
マガジンが外されたハンティングライフルのボルトを引き、薬室から空薬莢を排出すると、伍長はポケットから一発の銃弾を取り出す。
見た目は通常の.308口径の銃弾と変わりはない。
だがその弾薬には、明らかに通常軍で出回っている.308ウィンチェスター弾よりも優れた面がある。
それは、弾頭重量と火薬量の増加だ。
通常、NCR全軍で支給されている.308弾の弾頭重量は150グレーン(およそ9.7グラム)。
これでも性能に問題は無い。実際、戦前の.軍用である308口径弾の弾頭重量は147グレーンと、上回っているために殺傷能力は高いように思われる。
一方、伍長が用意した弾頭の重量は170グレーン(約11グラム)と、はるかに重い。
命中すれば、通常弾よりも高い威力が望めるのだ。
さて、これが相違点の一つ。
もう一つの相違点は装薬量である。
NCR軍が供給している.308口径弾の装薬量は一般的にガンランナーなどの武器屋で売られているものよりもわずかに少ない。
弾頭の重量と相まって、少ない装薬量は弾道の落下に強い影響をもたらす。
しかし伍長の用意した.308口径弾の装薬量は通常のものよりも多い上に質が良い。
確実な動作と、安定した弾道を望めるのだ。
ちなみに、これは全部伍長の自腹でガンランナー・アーセナルより買い寄せたものである。20発入りの箱で250キャップと、かなり高額だった。
「やっとこいつを使えるな」
にやりと口を歪めると、特製の弾薬をチャンバーに込める。
そして、ボルトを押し込むと、彼はスコープを覗く。
「クソッ!とにかくスナイパーを狙え!向こうだ!」
囚人が叫ぶと、他の者たちも一斉に伍長が狙撃している方角へと撃ち始める。
一時的に私達への興味が薄れたのを確認して、私は倒れている少尉へと走り出す。
このまま放置しておくのは彼の生死に関わることだ。
その行動に気が付いた囚人の一人が私を狙おうとするが、
タァーン……!
乾いた銃声と共に私を撃とうとしていた囚人がレールから転げ落ちた。
伍長の放った弾丸であるが、先ほどの銃声よりも少し大きい……装薬量が多いということはハンドロード弾だろうか?
しかしこのチャンスを逃すわけにはいかない。
急いで少尉の腕を掴み、勢いよく引っ張って担ぐ。
「ふっ……!」
少し重いが、許容範囲だ。
私は早歩きで物陰に隠れ、そっと少尉を降ろす。
彼の意識はすでにない。
銃創を確認する。
どうやら左肩を撃ち抜かれたようで、その衝撃で意識を失ってしまったようだ。
弾丸は正面から入り、後ろでしっかりと抜けている。
貫通力が高く、小口径である5.56㎜弾であるのも幸いしたようだ。
銃創というのは大きく分けて二種類存在する。
一つは貫通銃創という症状。
その名の通り、銃弾が入って行ってそのまま貫通して出ていくものだ。
これは部位にもよるが軽傷で済むことが多い。
もう一つは盲貫銃創。
これが銃創で一番まずい。
体内に異物が残ってしまうことはもちろん、そういう状態の時は銃弾が体組織をめちゃくちゃにしてしまっている可能性もあるからだ。
「しっかりして少尉」
そう声をかけると、医療用ポーチから一本の注射器を取り出す。
スティムパックと呼ばれるそれは、戦前の医療用回復剤で、なんでもナノマシンが壊れた体細胞を瞬間的に治すそうだ。
少尉の裾をまくり、血管めがけてスティムパックの針を刺す。
そして注入ボタンを押すと、アナログなメーターが回り、薬品が注入されていることを知らせる。
「うっ……」
苦しそうに少尉は顔を歪めたが、同時に傷口が塞がっていく。
少し経つと、少尉の傷はすっかり治ってしまった。
「クソッ!どうにかしてスナイパーを抑えろ!」
囚人が叫ぶ。
もう彼らの人数は二人にまで減っていた。
それでも逃げないのは、もはや無謀だろう。
私はバーミンターライフルを取り出し、ボルトを引く。
物陰に隠れながら構えると、静かに囚人をサイト内に収める。
「
呪うように呟くと、トリガーを引き絞った。
一瞬の発砲音と共に、5.56㎜口径の弾丸が囚人の頭を貫く。
同時に、隣りにいた囚人の頭も吹き飛んだ。
伍長の狙撃であることは間違いない。
即座にボルトを引いて周囲を見渡す。
敵は居ない、オールクリアだ。
安堵してため息をつく。
「ここはどこだッ!!?敵はッ!?」
真横で意識を取り戻した少尉が暴れ出す。
無理もない、撃たれてそのまま気絶したのだから、状況が分からないのだ。
「少尉、落ち着きなさい。敵はすべて倒したわ」
なだめるように言いつつ、暴れる少尉の腕を掴んで抑える。
すると少尉は理解したように暴れるのをやめ、深く深呼吸をした。
「具合はどう?」
私が尋ねると、少尉は自分の肩を確かめた。
「ああ……痛くはないが、少し気分が悪い」
それはそうだろう。
スティムパックは傷を治すが、それは体の栄養や組織に依存する。
つまり、燃料元がなければどうにもならないのだ。
よって、少しばかり出血していた少尉は血が足りていないかもしれない。
「立てるかしら?担いで行ってもいいのだけれど」
尋ねると、少尉はサービスライフルを杖代わりに立ちあがる。
「年下の女の子に担いでもらうとか、恥ずかしいだろう。……助かった、ありがとう」
もう担いでしまってるのだけれど、とは言わないでおこう。
私は少尉のお礼に応えるようにポンチョの両脇をたくし上げ、軽く頭を下げる。
さながら、綺麗なドレスでお辞儀をするお嬢様のように。