モハビ砂漠。
砂嵐が吹き荒れる中、目の前を数人の人間が歩いていく。
私は地面に伏せていて、いつも着ているポンチョのフードを深く被る。
砂漠には不釣り合いな青い警備服の集団。
つい昨日、グッドスプリングスから追い払った奴らの仲間。
どうやら狩りの帰りのようで、一人はゲッコーの死体を担いでいる。
彼らは道からそれて砂漠を行く。
どうやらここから一キロの地点に彼らのキャンプがあるらしく、そこへと帰っていくようだった。
しばらくして、姿も気配も見えなくると、私はゆっくりと立ち上がってフードを脱いだ。
あれから数時間、グッドスプリングスからプリムへと歩いていると、狩りの帰りだった彼らを見かけた。
数は3人で、おまけに狩りの後で疲れていたという事もあってか、彼らの知覚は相当鈍っていた。
現に、岩陰に匍匐して奇襲の機会を窺う私に気が付きもしなかったのだ。
弾薬の節約も理由に、私は攻撃を仕掛けなかった。
さて、もうすぐ日が暮れる。
あと1キロも南へ行けばプリムだろう。
先ほど出逢ったキャラバン曰く、あそこにNCRの部隊が駐留しているらしい。
砂漠を突っ切ってプリムに行くのもいいが、もしNCRがスナイパーを警備に回していたら厄介だ。
割れたコンクリートの上を歩いて行けば襲撃者には見えないし、撃たれずに済む。
そうして歩いていると、砂嵐が止んでプリムが見えてきた。
もうしばらく歩くと、今度はNCRの物見やぐらが。
上には銃を持ったNCR兵が立っていて、こちらを見ている。
見ているだけで何もしないという事は、私は旅人ぐらいに見られているのだろう。
「おーい、そこのあんた止まれー」
ふと、検問所からNCRの兵士がこちらへと歩いてきた。
手にはNCR軍正式ライフルである……通称“サービスライフル”が。
正式名称は誰も知らない。NCR兵でさえ、知らないらしい。
唯一知られているのは、質が悪いということ。
精度は悪いし、かといって5.56㎜弾を使用しているので貫通力は高いが、薬を決めた相手だと苦戦しがち。
そもそもバレルがまっすぐついていないという話すらある。
おまけに重く、そのせいで反動は制御しやすいが所持できる装備が限られるらしい。
私ならあんなものは使わない。
「こんばんは、兵隊さん」
私が挨拶するが、NCRの兵士にはそれどころではないらしい。
「ここは危険だ、すぐに立ち去った方がいい。今は立ち入り禁止だしな」
というか、そうでなければNCRがわざわざ駐屯しないと思うのだが。
私は少し困ったような顔で、
「心配ご無用、自分の身は自分で守れますわ」
そう言ってポンチョをひらりと開いて腰にぶら下がるバーミンターライフル、9㎜サブマシンガン、そして布のホルスターに収まる9㎜ピストルを見せる。
その様子にNCR兵はため息を入れつつ、
「いやだから立ち入り禁止だっての……脱走した囚人がプリムを占拠しちまったんだ。さ、危ないからとっとと引き返しな嬢ちゃん」
子ども扱いされてちょっとだけムッとする。
こんな練度の低い兵隊なんて束になっても私に敵わないくせに、なんて思いながら反論する。
「ならNCRがどうにかすればいいのでは?」
恐らく、囚人どもを退治できていないからずっとプリムにいるのだろう。
どうやらこの話はNCRにしてみれば耳が痛いらしく、伍長の階級章を付けた兵士は顔を歪めて頭をかく。
「NCRの管轄じゃないのさ……管轄だったとしてもどうにもできんよ」
「元々は貴方たちが管理していた囚人でしょう?なんでどうにも出来ないの?」
そう言うと、更に伍長は顔をしかめる。
正直言うと、理由は分かっていたが、子ども扱いは許さない主義だ。
「武器もないし、人もいない。これでいいか?」
イライラした様子で伍長は答えた。
私はにこにこしながら頷く。
これで私の鬱憤も晴れたから、良しとしよう。
だが、もしここが通れないとなると、少しまずい事になる。
手がかりは時間が経てば経つほど薄れてしまう。
それに、プリムにはモハビ・エクスプレスの拠点があるらしいから寄ってみたかったのだ。
まぁ、囚人が占拠している町の会社なんてあってないようなものだが。
「もし通りたいならヘイズ少尉に会うといい、この先のテントにいる。キャラバンもそうしてるよ」
それだけ言うと、よっぽど私と話したくないのか伍長は逃げるように物見やぐらへと去って行った。
なら、そのヘイズ少尉とやらに会って通行証を貰おう。
私はNCRのキャンプ地帯を歩く。
途中ヘイズ少尉がいるキャンプの場所をNCR兵に聞くと、口説かれたので適当にあしらって目的のキャンプへと急ぐ。
道中珍しい物をみたような視線に晒されたのは言うまでもない。
ヘイズ少尉のテントの扉をくぐると、士官の服とベレー帽を着た隊員が、女性の隊員と何かについて話していた。
彼は私の存在に気が付くと、話をやめてこちらへ寄ってくる。
「ここは君のような子が来るようなところじゃないぞ」
「あら、初対面の相手に不作法すぎやしませんか?少尉殿」
そう切り返すと、彼は面倒くさそうな顔をして椅子に座った。
「それは失礼、俺は新カルフォルニア共和国の第五大隊、第一中隊所属のヘイズ少尉だ」
「クロエ。運び屋をしている者です」
運び屋という言葉を聞いて、少尉は合点したように頷いた。
「モハビ・エクスプレスか」
その通り、と頷く。
「残念だが、プリムは今脱走囚人どもに占拠されている。俺たちにはどうすることもできん」
「貴方たちの任務は囚人たちの鎮圧でしょう?」
ハッとヘイズ少尉は笑って見せた。
なんとなく、彼の心境が分かってしまう自分がいる。
「たった三個分隊でどうしろってんだ。あいつらは100人近いんだぞ」
おまけに、と彼は付け加える。
「奴らは収容所の武器をうまいこと使ってやがる。ライフル、マシンガン、爆薬……対して俺らはオンボロライフルとわずかな地雷。その地雷もここを防御するのに使っちまってるしな」
「プリムでさえ奪還できないの?」
その質問に少尉は首を横に振った。
「奴らは戦前の大型ホテルを拠点に防御を固めている。2週間前に一個分隊を向かわせたが、それっきり帰ってこない」
どうやらギャングというよりは、武装したテロリストと表現した方がよさそうだ。
私は悩む。
見捨てるか、それとも。
ふと、冷静になる。
なぜ見ず知らずの部隊を私は助けようとしているのだろうか。
そこで昔の事を思い出す。
あぁ、そう言えば私たちも同じだったな、と。
アフガニスタン戦争。
一般的には戦争どころか紛争かもしれないが、私たちにとってはとても大きな戦いだった。
抵抗勢力である私たちは、常に物資と人手が不足している状態であり、弾丸の一発も無駄にはできなかった。
仲間の子供が死ぬと、彼の役割を皆が負担しなければならなかったし、なにより悲しかった。
お兄ちゃんは気丈に振る舞っていたけど、きっと上の立場として、計り知れない焦燥感を感じていたに違いない。
「私が何とかしてみましょう」
思わず、そんな言葉が出ていた。
ヘイズ少尉は驚いたように咥えていたタバコをぽろっと落とす。
「何を言ってるんだ君は?こっちには出せるものなんて何もないぞ」
「報酬云々ではありませんわ。私も同じような境遇に遭った事がありますもの。それを助けないのは、神が許しませんわ」
それだけ言うと、私はテントから立ち去ろうとする。
するとヘイズ少尉は立ち上がり、
「待て!俺も行く」
そう言ってサービスライフルを拾いあげてスリングを肩にかけ、テーブルの上に散らばっていたマガジンと弾を弾帯に詰める。
正直彼の助けはいらなかった。
昔から一匹狼だったし、そのせいで昔の通り名はWolfだのなんだのと言われていた。
なんだか恥ずかしい。
「貴方が指揮官でしょう?ここの兵士たちはどうするの?」
「どうせ名ばかりの指揮官だ、おいカレン!装備を整えろ!あと二人ほど連れてこい!」
テントの外に向けて少尉が叫ぶと、驚いたように兵士たちがこちらを見ていた。
しばらくして、それが命令であると認識すると、兵士たちは走り出した。
私はしばらくその場で立ち尽くし、彼らの準備が出来るのを待った。
……どうやら、最近の私は集団戦を強いられるらしい。