第十一話 グッドスプリングス、プリムへ
「本当に行っちゃうの?」
身支度をする私の背後から、トルーディさんは寂しそうに言った。
私は靴の紐をきつく縛ると、立ち上がってトルーディさんの方へ向き直る。
正確にはトルーディさんだけではない。
この町でお世話になったサニーさん、イージーピート、ドッグ・ミッチェル、そしてリンゴも私の旅立ちを見送るためだけに、このサルーンへと集まっていたのだ。
皆は娘が旅立つが如く表情で私を見つめている。
「いつかは行かなくちゃいけませんから」
そう言うと、トルーディさんは半分納得したような表情を浮かべる。
ここ数日で私はトルーディと最も仲が良かったと言っていいだろう。
店の仕事も手伝ったし、寝床も提供してもらっていた。
「怪我をしたり寂しくなったらいつでも戻ってきなさい」
ドッグ・ミッチェルは私にドクターバックを手渡し、優しい眼差しを向けてそう言った。
私は頭を下げて感謝の意を表す。
「ドッグ、お世話になりました」
それだけ言うと、彼は下げている私の頭を撫でる。
ガサガサしているが、優しい、大きな手だった。
これが人が持つ暖かみなんだろう。
と、その横でリンゴが咳払いをして自分の存在をアピールする。
彼は手のひらに収まるほどの袋を私に預ける。
ジャラジャラという音を発てている……キャップが入っているようだった。
「これは?」
「俺を助けてくれた礼さ。とりあえず今あげられるのはそれだけさ、すまんな」
重さ的に、100キャップほどは入っているだろう。
私はまたぺこりと頭を下げる。
「よせよ、頭さげるのは俺の方だ。残りはクリムゾン・キャラバンの本社に来てくれ」
私はPip-Boyで場所を確認する。
クリムゾン・キャラバンは確かNCRの基地があるキャンプ・マッカランの周辺だったはず。
というか、彼がクリムゾン・キャラバンのトレーダーだったのか。
「クリムゾン・キャラバンの一員だったんだ!ならうちらとも取引してくれないかね?」
サニーさんがここぞとばかりにグッドスプリングスを売り込むが、そう簡単な話ではなく、リンゴは苦笑いをして誤魔化そうとしている。
彼は末端の人間だ。
取引相手を決めたり、利益に直結することを決めるのは本社の人間だろう。
「あぁそうじゃ、お前さん、これを持って行くといい。ワシにはもう使い道がないからのぅ」
今度はイージーピートが軍用のポーチを渡してきた。
取りあえずキャップとドクターバッグをPip-Boyにしまってポーチを受け取る。
ポーチの中の感触は固く、少しだけ重い。
失礼ながら中身を確認してみると、中には対人破片手榴弾が入っていた。
いわゆるフラググレネードと呼ばれるもので、このタイプのグレネードはNCRが大量生産しているものだ。
有効加害範囲は15メートルで、殺害半径は5mほど。
爆発の衝撃ではなく内包した破片をばら撒くことによって相手を殺傷することを目的としたスタンダードなものだ。
NCRが生産しているのは破片の量が少ないと言われており、重装甲相手には効き目が薄いとも言われている……が、野生動物や一般的なギャングを相手にするなら十分な威力を持つ。
「これをどこで?」
「なぁに、昔、炭鉱にいた頃に色々あってな。お嬢ちゃんが持ってた方がそいつも喜ぶじゃろうて」
「ありがとうございますおじい様……有効に使わせていただきます」
私は腰のピストルベルトにポーチを取り付ける。
これでいざという時にもグレネードを取り出して使うことが出来るだろう。
パウダーギャングを追い払ってから1日。
これから私はベガスのストリップ地区へと向かう。
途中で野宿することになるだろうが、私は奴らを追わなければならない。
時間は惜しい。
「では行きます。お世話になりました」
最後に、全員に一礼すると、私はサルーンの扉をくぐる。
町の人たちは私を見かけると皆が別れの言葉を言ってくれた。
いい町だ。
仕事が終わったら、こんな町で私も暮らしたい。
と、そんな時、車輪の音と共に特徴的なロボットが走ってきた。
カウボーイ風のロボット、ヴィクターだ。
「おお、もう行っちまうのか?」
彼がそう尋ねてきたので、私は頷いて肯定する。
「ストリップ地区へ行くんだろ?なら、北の道は行かない方がいいぞ、あそこは危険だ」
「でも、あそこからならニューベガスへすぐ行けるんだけど……」
「確かにそうだが、あそこは数か月前からおかしな虫たちが行き来してるんだ。群れてる上にすばしっこくて強いから、お嬢ちゃんでも危険だぜ。現に、北にあった部族村は壊滅しちまった」
虫。
私が一番嫌いな生き物。
この世界にはたくさんの生き物がミュータント化している。
カマキリ、ネズミ……その中でも一番嫌いなのが、ラッドローチだ。
言葉にすら出したくないあの生き物は、見ただけで吐きそうになる。
あれの肉を食している人間もいるらしいが、理解できない。
「うん、南下するね、虫イヤ」
その素直すぎる回答にヴィクターのモニターはちょっと驚いたような表情になったが、すぐにいつもの気さくなカウボーイの表情になる。
「きっと、いや絶対お嬢ちゃんを撃った奴らも南下してるはずだ。だから焦るこたぁ無い筈だぜ」
そんなヴィクターの気遣いが少しだけ嬉しかった。
なら素直に南下して、それから東のルートを通って北上しよう。
奴らの後を追っていこう。
「まずはプリムに向かってみたらどうだ?あそこはカジノやホテルもあるから、奴らが通っていても不思議じゃないぜ」
なら、一先ず目的地は決まった。
プリムに行こう。
私はありがとう、とだけ言うと彼のもとを去る。
彼は去っていく私の後ろ姿を眺め、ロボットアームを手のように振って見せた。
グッドスプリングスだけでこれだけ話数を使うのか……