「……うん、予想通りね。あいつら、南からの道を北上してくるわ」
サニーさんはプロスペクター・サルーンの屋根に匍匐し、双眼鏡で南の方角を覗くと言った。
私はその隣で同じように双眼鏡で、パウダーギャングがわらわらとこちらに来ているのを確かめる。
数は10人程度、決して多くない。
私一人でも対処できるだろう。
その昔、まだ運び屋を初めて間もない頃、廃墟群を一人で歩いているところを
どうやら私を奴隷にするために彼らは襲撃してきたらしく、女に飢えた男たちがわらわらと廃墟から飛び出してきたのだ。
あの時は命の危機よりも気持ち悪さが勝って、20人ほどいたが誰にも触られずに殲滅した。
だって汚らしい薬中共に触られたくないもん。
ともあれ、基本的に奇襲される側は不利である。
位置が最初から割れているうえ、当然ながら攻撃が相手よりも遅れてしまうからだ。
逆に奇襲する方は、しっかりとした作戦と攻撃手段を用いれば比較的容易に相手を殲滅できる。
「あと30秒で100m圏内よ……皆、気を引き締めて」
そうサニーさんは武器を持ち、建物の陰に身を隠しているグッドスプリングスの義勇兵たちの緊張を最大限にさせる。
私は双眼鏡をしまって背中に背負っていたバーミンターライフルを取り出すと、コッブたちに狙いを定めた。
「嬢ちゃんの合図で吹っ飛ばすぞい」
ふと、イージーピートがサルーンの真下で起爆装置片手に言う。
私は頷くと、しばし様子を見る。
相手は何やら楽しく談笑しているようだ……ならばその笑みを苦痛の表情に変えてしんぜよう。
「おじい様、あと10秒で起爆してください。カウントダウンは任せますわ」
私がそう言うと、彼は7からカウントしだす。
私が喋っていた3カウントを省いただけなので、問題ない。
訛りのあるカウントが3まで迫った時、先頭の2名が走り出した。
恐らくジェットを決めていて、多少の痛みや苦痛ならものともしないだろう。
「2、1、0!
イージーピートが仲間全員に聞こえるように叫ぶと、起爆スイッチを三回叩く。
私は口を半開きにして鼓膜をやられないようにする。
1秒ほどタイムラグがあった。
だが、結果的にそれが良い方向に向いた。
けたたましい爆発音、それと共に、正面100m先のパウダーギャングたちが爆発に巻き込まれたのだ。
先頭にいたヤツらはもちろん、コッブたちもその破片の餌食になる。
「
サニーさんが叫んだ。
その合図を心待ちにしていた住民たちは、一斉にそれぞれの武器を構え、パウダーギャングたちへと撃ちまくる。
圧倒的だった。
マシンガンこそないものの、銃弾は雨のようにパウダーギャングに降り注ぎ、身体をズタズタに引き裂いていく。
私もそれに漏れず、パウダーギャングを撃ち殺していく。
一分もしないうちに、戦闘は私たちの勝利で終わっていた。
あっけなかった。
あれだけ自分たちが強いと思っていた彼らは、少し訓練されただけの一般人に太刀打ち出来なかったのだ。
「
私はめいいっぱい射撃中止を号令する。
住民たちはそれを合図にトリガーに指をかけることをやめた。
もう動く的はいなかった。
いたとしても虫の息で、血を流して蠢いているにすぎない。
「へ、バカな奴らだ」
リンゴが罵倒しつつ、彼らが倒れている地帯へと歩いていく。
手にピストルを持っているあたり、とどめを刺そうとしているのがよく分かった。
「待ってリンゴ!」
私が叫ぶが、リンゴは目の前で死にそうになっている殺し屋たちのことで一杯一杯だった。
聞こえていないのか、一人一人の頭にホローポイントの9㎜弾を撃ちこんでいく。
だが、私は見逃さなかった。
偶然あの爆発を生き延びたゴッブが、死んだふりをしつつ、反撃の機会をうかがっていることに。
コッブは近くに来たリンゴをちらっと盗み見ると、勢いよく立ち上がり、ナイフを片手に発狂した処刑人へと突っ込んでいく。
「
らしくない、私の緊迫した叫び。
だが、コッブに対処できる人間はこの村にはいなかった。
私を除いて。
急いでバーミンターライフルを構える。
と、その時Pip-Boyを纏った腕にちくりとした痛みが走った。
きっと金属部分が腕に食い込んだのだろう、その程度しか考えなかった。
それよりも、今はリンゴを助けることが最優先事項だったからだ。
だが、何かがおかしかった。
リンゴを襲おうとしているコッブの動きがものすごく鈍い。
あれから体感的に1秒経っているのにも関わらず、コッブはリンゴからまだ5メートルのところにいた。
なんだろう、まるで私の感覚だけが早くなったような奇妙さ。
時間が止まっているような、そんな感覚。
私はこのチャンスを逃すほど素人ではない。
よく狙い、コッブの頭より少し前を狙う。
突然構えると、手ブレは酷いものだ。
確かに、そんな状況でも私は100m先の的に正確に当ててみせる自信がある。
でも、これは自信や技術うんぬんを超えていた。
まるで手振れが一切ないように、手がぴたりと思ったように正確に、機械のように動いている。
私は息を止めると、トリガーを絞る。
絞り、トリガーが固くなる。
それを引き切ると、カチン、とファイアリングピンがプライマーを叩く。
その一瞬の出来事ですら、私には数秒のように感じた。
ようやく火薬が燃焼し、反動が到来して弾丸がバレルから出ていく。
弾丸の軌道が見えた。
音速を超える弾丸を、目視ではっきりと捉える事など出来るのだろうか。
私には不可能な事のように思える。
弾丸はゆっくりと動くコッブの頭に突き刺さる。
弾丸が脳の中で回転し、かき乱すさまを私はしっかりと観察する。
そこで、私の超感覚が終わる。
コッブが勢いよく倒れ、リンゴが悲鳴を上げて尻もちをつく。
となりでサニーさんが口笛を吹いて私の腕を称賛して見せた。
ふと、私は左腕につけられたPip-Boyの画面を見る。
痛みの後、唐突に感覚が尖った。
もしかしたら……
その予想は正しかったようだ。
Vault-tec.Assisted.Targeting.System、V.A.T.S.
画面にはそう表示されていた。
チュートリアルを見るに、一時的にV.A.T.S.と脳の神経接続を強化して、反応速度を上げるらしい。
こんな物騒なものを戦前の人間が付けていたのかと思うと、私は少し技術と言うモノが恐ろしくなったが、それで人を一人救えたという事実に満足もしていた。
こうして、グッドスプリングス創設以来の危機は去って行ったのだ。