作者様、ありがとうございます。
しばらく歩いて、私達は給水施設付近の岩場の陰に到着した。
南東のほうから人間や犬以外の鳴き声がする、恐らくゲッコーだろう。
サニーは足を止めて獲物を見つけたと言わんばかりに口元をニヤケさせた。
「後ろの山のアレ、聞こえる?ゲッコーよ、退治しなきゃ」
「かわいいですよね、目がクリクリしてて」
最初に見たゲッコーの子供は思わずお持ち帰りしてしまいたいほど可愛かった。
私はなぜか野良犬やゲッコーと言った動物に好かれやすいので、本当にお持ち帰りしようかと思ったが、運び屋という仕事柄、一か所に留まって面倒を見るわけにもいかない。
渋々別れを告げたのを思い出して一人悲しくなる。
サニーは私の感性とは相容れないらしく、首を傾げて若干困惑する。
「可愛いかな、アレ……ドッグ・ミッチェル曰く、ゲッコーの噛み傷の治療が一番多いらしいけど」
「きっと愛情を持って接しなかったからですよっ!あんなキュートな生き物には清い心で接しないと!」
そう言うと、サニーはますます困惑した様子で何か呟いた。
頭を撃たれておかしくなった、というような事を言っていたのを聞き逃さない。
聞こえてますよ、サニーさん。
とにかく、っとサニーはゲッコー論争をひとまず終了し、ボルトを引いて弾を装填する。
「もっと近寄れるかしら。静かに移動すれば気が付かれずにいけると思うけど。その方が急所に当たる確率が高いし……って、あんたゲッコー殺せるの?可愛いとか言ってたけど」
それとこれとは関係がない。
プライベートと仕事は分ける主義だ。伊達に長年運び屋をやってない。
狩りとなれば、肉や皮を得るためにゲッコーを「解体する」こともある。
「大丈夫です、かわいいと狩りは別ですから」
それを聞いて安心したわ、とサニーは言って愛犬のシャイアンと共に行動に入ろうとする。
簡易的な作戦会議の後、サニーとシャイアンはゲッコーに接近して攻撃を開始。
それを私が岩の上から援護するという事だ。
簡単な作戦だが、彼女たちが陽動してくれれば狙撃はしやすいだろう。
彼女達がしゃがんでゆっくりと移動していく。
それを見届けた私は、目の前にある高さ5mほどの岩を容易く登る。
パルク―ル。
フリーランニングとも言う。
元は戦前のエクストリームスポーツで、家や建物を登り、どんな地形でも自由に動ける肉体と、困難を乗り越えられる強い精神の獲得を目指したスポーツである。
この世界に来る前、私はお兄ちゃんにパルク―ルの有用性を説かれ、習得した。
パルク―ル特有のカッコよさは無いが、建物や自然物に登れると、必然的に戦略の幅が広がるのだ。
数日寝ていたから若干体の衰えを感じる部分もあったが、問題ない。
思うに、ウェイストランドに来てから私の身体はちょっとだけ強くなった気がする。
さて、私はPip-Boyから双眼鏡を取り出す。
1秒から2秒程度空いて、亜空間から出てきたそれは、何の変哲もない普通の双眼鏡。
それを覗いて様子を調べる。
本当なら5、60mくらい肉眼でも確認できるのだが、Pip-Boyの動作確認の意味も含めて取り出した。
「……ゲッコーの数は、5体。給水施設で水を飲んでる、かわいい。サニーさんたちは……あ、いた」
彼女達は隠れて様子を窺っている。
タイミングを掴んでいるのだろうか。
と、その時ようやく彼女たちが動いた。
ようやくというほど待ってないが、待たされるのは性に合わないらしい。
「シャイアン!行きなさい!」
サニーさんが命令すると、シャイアンは吠えてゲッコーへ突撃していく。
同時に、サニーさんはライフルで狙いを定め、発砲。
初弾はゲッコーに当たったが、腕にヒットしたため効果は薄い。
襲撃に気が付いたゲッコーも反撃のためにサニーさんたちの下へ走り出す。
「一匹目」
私は先頭にいたゲッコーの頭より少し右下を狙う。
これはアイアンサイトのずれている部分よりも大きな修正だ。
それはそうだ、相手は走っているから偏差射撃しなければ当たらない。
5.56㎜の弾速はライフル弾としては速い。それに60mほどの距離なら重力の影響も薄いだろう。
しかし、反動と言うモノがある。
銃の反動というのは、弾についている
もちろん、発射ガスやその他色々な要因があるが、最初の反動はそうして起こるのだ。
だから、弾が
だから、よくこう言われた。
目標の6時を狙え、と。
つまり、狙う場所の少し下を狙うという事だ。
指でトリガーを絞り、わずかに重くなった部分から少しずつ力を加えていく。
カチ、っという感触と共にファイアリングピンがプライマーを叩き、火薬が燃焼される。
すると、
パンッ!
軽い発砲音と共に5.56㎜口径の弾丸が発射され、死の槍と化してゲッコーの頭を貫いた。
ゲッコーは断末魔すらあげずに地に伏せる。
続けざまに私は少し動きの渋いボルトを引いて薬莢を排出、押し戻して次弾を装填する。
そして最初に倒したゲッコーの後ろにいる小さめのゲッコーに狙いを付ける。
が、それはサニーさんがヘッドショットを決めて倒した。
やっぱり初対面の人と組むと合わせ辛い。
私は他のゲッコーに狙いを定める。
他のゲッコーとシャイアンが取っ組み合いをしている。
誤射したら大変なので、あれはシャイアンに任せておこう。
「ふぅ、あんたやるわね!」
倒し終わってサニーさんと合流すると、第一声でそう言われた。
私が倒したゲッコーは3体。
サニーさんは2体、シャイアンは牽制していたからゼロ。
「さて、まだ掃除が必要な井戸があるわ。来てくれればキャップを上乗せするけど、どう?」
この世界の通貨は、瓶のふたである。
どうしてそうなったかは知らないが、そうなっているんだからそうなんだろう。
今の手持ちは500キャップほど。一日の食費だけで数十キャップかかるから、手に入れて損は無いだろう。
ちなみに、ドッグ・ミッチェルから診察代を取られなかった。
今の時代、ああいう人は貴重だ。
「お手伝いしますわ」
にっこり笑って承諾すると、サニーさんも笑顔を見せた。
「ゲッコーの肉も剥いだし、遅めのお昼ご飯はゲッコーステーキね」
そう言うと私も嬉しくなってくる。
お肉大好き。
この後、次の井戸でゲッコーに襲われていた人を救出したり、ゲッコーのおいしいステーキを食べたりしたのはまた別の話。