グッドスプリングス。
核戦争時、核が落ちなかったここ一帯は、比較的水や植物に苦労はしていない。
とは言うものの、モハビ・ウェイストランドは基本的に砂漠や岩に溢れているため、そこまで贅沢も出来ない。
村の名産も特別なものがあるわけではないため、やや寂れている印象がある。
この村では、少ない人々がビッグホーナーと呼ばれるミュータント化した羊を育成し、日々の小銭を稼いでいた。
さて、ドッグ・ミッチェルに下着を見られた私は彼にお礼と別れを告げ、診療所を後にした。
今はレザーアーマーの上から愛用のフード付きポンチョを被っている。
決して下着ではない。
ドッグ・ミッチェルがVaultの人が着るスーツをくれたが、ぴちぴちすぎてダサいから嫌。
今後の方針だが、ひとまず奪われたプラチナチップとやらを回収しようと思う。
出来たら、私を撃った奴らに復讐をする……もちろんこれは第二目標だが。
ドッグ・ミッチェル曰く、自分を診療所まで運んでくれたのは古いカウボーイ風のロボットだという。
彼はグッドスプリングスの小屋に住んでいる(そもそもロボットが家に住むのか?)らしく、後で会って感謝をするつもりだ。
「はぁ……綺麗な空ね」
ふと、私は無限に広がる空を見る。
雲一つなく、太陽がものを照らす。この景色が、私は好きだ。
しばらく日光浴を楽しんだ後、私はPip-Boyを開いて持ち物を確認した。
どうやらこのPip-Boyという機械には四次元ポケットの収納機能があるらしく、軽くて小さい物ならある程度はしまえるようだ。
戦前の技術に感謝しよう。
武器は取り上げられていたため、何もなかったが、ドッグミッチェルの家にあったジャンク品の9㎜サブマシンガンをなんとか修理して、それをいただいた。
弾は60発ほどあり、2マガジン分は使用可能だ。
すっかりぺったんこになったがそれなりに大きいので収納できないリュックサックを背中に背負う。
サブマシンガンもギリギリ入らなかったので、余っていたスリングを使って肩にぶら下げておく。
ドッグ・ミッチェルのアドバイスとして、まずサニー・スマイルズという人に会えという事だ。
彼女はグッドスプリングスの傭兵兼ボディーガードのような仕事をしているらしく、色々と砂漠で生き残る手ほどきをしてくれるらしい……が、私にもそれなりのスキルがあるので、周辺の事を聞いて終わりでいいだろう。
「こんにちは~」
プロスペクター・サルーンという、グッドスプリングス唯一の酒場にやってきた。
寂れた村なので人は多くない。私としては多すぎるのは好きじゃない。
挨拶交じりに扉を通ると、犬がこちらへ駆け寄ってきた。
最初こそ突然の来訪者に警戒していた犬だが、私が撫でるとすぐに尻尾を振って頭をこすりつけてくる。
かわいいなぁわんちゃん。
「こらシャイアン、やめなさい。悪いわね、私が命令しなきゃ噛まないから」
と、飼い主と思わしき女性が犬を制止する。
シャイアンと呼ばれた犬はしょんぼりしながらも女性の下へと戻っていった。
女性はレザーアーマーにボルトアクションの小口径ライフルという、いかにもな格好だ。
「こんにちは。かわいいわんちゃんですね」
無邪気にそう言うと、女性は笑って、
「あらありがとう。それにしても、シャイアンが初対面の人間に懐くなんて珍しいわね。何年振りかしら」
「クロエと申します。こちらにサニー・スマイルズという方がいらっしゃると聞いたのですが……」
その言葉に、女性は納得したように頷いた。
「あなたがドッグ・ミッチェルの患者さんね。私がサニーよ、よろしく」
サニーさんと私は握手を交わす。
そして、お互いの紹介が終わると私は本題を話す。
「あの、ドッグ・ミッチェルから貴女が助けてくれると伺ったのですが」
「そんな畏まらなくていいわ。そうね、砂漠で生き残る術を教えてあげるわ。酷い仕打ちを受けたようだし、それぐらいの助けは必要でしょ?」
正直、サバイバルなどのスキルには困っていなかったので断るか迷ったが、彼女の気持ちを不意にするのも悪い。
私は感謝を述べるとともに、教えを乞うことにした。
「よし、ならサルーンの裏に来て。用意してから行くから」
そう言うと彼女は愛犬のシャイアンと共に店から出ていく。
私もわんちゃんのかわいい尻尾を追うように店を後にした。
店の裏に来てしばらく待つと、サニーが予備のライフルを持ってきて私に渡した。
「これを使って、あげるわ。銃の使い方は……わかるみたいね」
渡された銃を念入りにチェックする私を見て、サニーは察したようだ。
「ありがとうございます……これは
Varmint、害獣。
おそらくは戦前に作られたものだろう。
農場を襲うコヨーテやオオカミなんかを追い払う目的で作られたライフルのようだ。
ボルトを半分引いて
中にはメッキされたライフル弾がきっちり収まっていた。
弾丸は5.56㎜口径のようだが、直感で弾の質が少し低い事と、軍用の弾ではない事に気が付く。
恐らく安売りされていた
チープアモは通常の
そのため、火薬の量が一定でなかったり、製造精度が悪かったりするために暴発や不発の恐れがある。
個人的だが、出来れば使いたくない。
「へぇ、サムホールストックなんですね」
次に私が注目したのはストックとグリップの形状だ。
ストック自体は木製だが、グリップ部分にアイデアが盛り込まれている。
それは、通常のライフルストックとグリップが一体になったような形状に、親指を通す穴が開いているということ。
ライフル自体は安物だが、こういった趣向は射撃する側からすれば嬉しいものだ。
サムホールストックの利点をお教えしよう。
曲銃床などと言われる通常のライフルストックは、手首を支点として反動の方向が変わり、銃口が上を向きやすくなる。これが結構な負担になる。
しかしサムホールストックでは、ピストルグリップを握るのと変わらないので、反動は真後ろに伝わりやすく銃口が上に向きにくい。
これはピストルグリップタイプの銃に共通して言えることだ。
「サムホールって言うのね、それ」
初めて知った知識に感心するサニー。
本来なら教える側だが、素直に知識を吸収する素直さはウェイストランドには必要だ。
「アイアンサイトは……調整できませんね」
次はアイアンサイト、つまり備え付けの簡易照準器だ。
ウェイストランドではスコープなんて高価なものは手に入り難いから、まぁしょうがない。
でも、このアイアンサイトが調整できないと少し不便だ。
銃にはそれぞれ癖があるし、出荷された状態で弾がピッタリ照準に合うことは殆どない。
しかも、銃撃戦の交戦距離が伸びれば伸びるほど、弾道は落下する。
その際に精密な射撃をするのであればもちろん調整は必須だ。
こういった調整をゼロインという。
加えて、この銃はあまり整備がされていないために状態が良くない。
これは後で分解してクリーニングしないと。
「まぁ安物だし、贅沢は言ってられないわ。さ、じゃあクロエ。あそこにサルサパリラの瓶が見えるでしょ?」
そう言ってサニーが指さしたのは、店の裏に並べられた空瓶。
サルサパリラというのは、ここモハビで広く見つかる戦前のジュースだ。
今でも普通に飲めるのは、どういうことなんだろう。
「あれを撃って当てて見せて。それだけ銃に詳しければ余裕よね?」
ちょっとだけ挑発する様にサニーは言った。
「初めての銃だから外すかもしれないけど、たぶん当てます」
私達は瓶から50mほど離れる。
貫通した弾が後ろにある店に当たって貫通しないか心配だが、どうやらそういう時に備えて鉄板が仕込んであるらしいから大丈夫だとの事。
私はしゃがんで、ライフルを構える。
左手はライフルのフォアエンド(非利き手をそえる部分)を抱え込むようにして安定させる。
そして右手でボルトハンドルを上に押し上げ、そのまま後ろへ引き、また前へ押し込み、下げる。
そしてボルト横の安全装置を外すと、アイアンサイトで狙いを定めた。
ゆっくりと呼吸する。
呼吸が止まり、心臓が止まる瞬間を探る。
ここまで本気で撃つのは、この銃の弾がどこへ飛んでいくか確かめるためだ。
きっとサイトはそこまであてにならないだろう。
中距離で当てるには癖を掴んでおかなければ当てることはできない。
そして、呼吸と心臓が止まる。
私は右手の第一関節の中腹でトリガーを引いた。
パンっと軽い破裂音。
そしてはじけ飛ぶ空瓶。
初弾は見事命中した。
「やるじゃない!じゃあその調子でどんどん瓶を割ってって!」
サニーは上機嫌でそう命令した。
私は頷きもせず、集中して次弾を送り込む。
一発目は狙いよりも少し右下に落ちた。
これくらいなら許容範囲だ。
次々と撃ち込んだ弾が瓶を割っていく。
数本の瓶はすっかり割れて原型をとどめていなかった。
「上出来ね、悔しいけど私より上手いわ。でも、瓶を割る方法を聞きに来たんじゃないでしょ?今から給水施設のゲッコーたちを追い払いに行くんだけど、一緒に来ない?嫌なクリッターたちも追い払えて一石二鳥よ。ちょっとだけならお金をあげるから」
ちょっとだけ悩んだ。
今すぐにでもスーツの男を追うべきではないか、という選択肢が頭に浮かぶ。
でも、お兄ちゃんの言ってた諺で、急がば回れってのがあったし、いいだろう。
私は頷いた。
「行きましょう、ついでに水も欲しいですし」
「決まりね。南東までついて来て。ほら、予備のマガジンよ」
そう言うと彼女はマガジンを三個ポケットから取り出して渡してくる。
一個のマガジンにつき5発装填可能だから、15発。
これだけあればゲッコー程度なら余裕だろう。
サニーといつの間にか出てきたシャイアンが歩き出した。
私もその隣でライフルを手に歩み始めた。
一部Pip-Boy等のアイデアを他者様の小説から使わせていただきました。
この場をお借りして感謝申し上げます。