Fallout 運び屋の少女   作:Ciels

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メイキング部分です。


第三話 診療所、ドッグ・ミッチェル

 

 

 光が眩しい。

 

目を閉じているはずなのに、どうしてか新鮮な光が目を刺激する。

 

酷く頭が痛い。

 

それに考えようとすると脳が鈍ったような錯覚に陥る。

 

 

確か、そうだ。

 

グッドスプリングス近くの墓場で男たちに配達するはずの荷物を奪われたんだった。

 

参ったなぁ、依頼主になんて説明しよう。

そもそも、仲介人が持ってきた仕事だから依頼人なんて知らないんだけども。

 

 

――ゆっくりと、目を開ける。

 

どこかの知らない天井。

天国や地獄ではない、どこか。

 

おかしいな、あの男は確かに私の頭を狙ってたのに。

そもそもなんで私はベッドになんかに寝かされているんだろう。

 

そう考えながら、私はゆっくりと起き上がる。

 

 

ふと、ベッドの前に老人が座って、クリップボード片手に何かを読んでいる。

剥げて痩せた、疲れているようにも見えるお爺さんだ。

 

 

「あの……」

 

 

私は老人に声をかける。

すると老人は一瞬驚いたような顔をしてにっこりと笑って見せた。

 

 

「おぉ、目覚めたか。今の気分はどうかね?」

 

 

その問いに痛む頭に鞭打って、無理矢理笑顔を作って答える。

 

 

「平気ですわ、おじさま……痛っ」

 

 

立ち上がろうとすると、唐突に頭痛と眩暈がした。

ふらつく私をお爺さんが支えてベッドに座らせる。

 

 

「おいおい、無理するな。君は数日間昏睡状態だったんだから」

 

 

それは立つのにも苦労するはずだ。

数日間身動きせず眠っていれば、体の筋肉は衰えてしまう。

 

お爺さんはまた向かいの椅子に座ると、話し出した。

 

 

「少しリラックスして、ゆっくりと感覚を取り戻すんだ。……できるね?」

 

 

私は片手で頭を押さえながら頷く。

言われた通りに落ち着いて、手足の感覚を確かめていく。

 

つま先から頭のてっぺんまで、ゆっくりと神経を張り巡らす。

相変わらず頭は痛いが、ようやく感覚が戻ってきた。

やはり筋力が低下しているようだ、力がいつも以上に入らない。

 

だが、数日もすればまた元通りになるはずだ。

 

 

「えっと、どれくらい眠っていたんでしょうか?」

 

 

「丸5日だ。その間、点滴でしか栄養を補給できていないから力が入らないのも無理はないさ」

 

 

はぁ、と私は納得したように頷いて見せた。

すると、どうやら医師であるらしいこのお爺さんは、クリップボードを再び手にした。

どうやらあれは問診表らしい。

 

 

「さぁ、後遺症が無いか調べよう。名前は?自分の名前が分かるかな?」

 

 

名前。

私はクロエ。大切な人から付けてもらった、大切な名前。

 

 

「クロエ、です」

 

 

答えると、ふむっと老人は相槌を打って問診表に書き込んでいく。

 

 

「私なら子供にそんな名前は付けんが、本人がそう言うんならそうなんだろう」

 

 

お爺さんは冗談交じりにそう言って見せたが、ちょっとだけ私はムッとした。

この名前は唯一無二の私の名前。

名前のない私に与えられた、素晴らしい名前。

 

と、私の表情が優れない事からなにかを察したのか、お爺さんは咳払いをして強引に次の話題へと切り替えた。

 

 

「私はドッグ・ミッチェル(Dr.ミッチェル)だ、お察しの通り医者さ」

 

 

そう告げたドッグ・ミッチェルに、なんだか私も仕返ししたくなってきた。

 

 

「あら、おじさまのお名前は後世の人々にも付けたくなるような偉大なお名前ですわ」

 

 

「わかった、私が悪かったよ。君の名前は素晴らしい。これでいいかね?」

 

 

若干呆れたような口調だったが、私は満足だった。

自分でも幼いと思うが、こういうのは白黒つけないと嫌なのだ。

 

 

「さて……グッドスプリングスへようこそ、クロエ。誠に勝手ながら、鉛の破片をすべて摘出するために、頭の中を覗かせてもらった」

 

 

言われて、思い出した。

あの時、やはり私は頭を撃たれたんだ。

 

私は頭を探るように撫でて、傷跡を探す。

あった、縫合したような感触がある。髪が生えているのはどういう理屈なんだろうか。

 

 

「上手く縫合したつもりだが、自分の顔に違和感があったら言ってくれ……と言っても、顔の傷は殆ど完治しているがね」

 

 

そう言ってドッグ・ミッチェルは機械化された手鏡を取り出す。

 

私はそれを手に取り、恐る恐る鏡を覗き込んで、女の宝である顔におかしなところがないか確認した。

……うん、大丈夫、いつもの私だ。口がおかしなところにあったり、目が一つしかないなんてことは無い。

 

 

「どうかな?」

 

 

「問題ありませんわ、ドッグ・ミッチェル」

 

 

そう言うと、ドッグ・ミッチェルは立ち上がる。

 

 

「ほぼ完ぺきだろう?慎重に縫ったからね」

 

 

その彼の言葉からは医者としての自信が見え隠れしていた。

元々謙虚な人なのだろうが、自分の腕には確かな自信があるようだ。

 

 

「さて、もうベッドから起きてもいいだろう、立ってみたまえ」

 

 

ドッグ・ミッチェルは私に手を差し伸べた。

私は一礼してその手を取ると、ゆっくりと立ち上がる。

どうやら立つ分にはもう大丈夫なようだ。

 

 

「ようし、次は部屋の端まで歩いてみようか」

 

 

彼は部屋の奥にあるレトロな機械を指さす。

 

 

「そこの活力テスターの所までだ。ゆっくりと、慌てないで歩いてみなさい」

 

 

言われた通り、私はゆっくりと歩みだす。

思った以上に足は何ともない。

これもドッグ・ミッチェルのおかげだろうか。

急いでいるつもりは無いのに、いつもと変わらないスピードで歩いた私は、すぐに活力テスターまでたどり着いた。やはり自分の足で歩いてこその運び屋だ。

 

 

「今の所かなり順調そうだ。では、活力テスターを使ってみるといい。身体機能の回復具合を、手早く調べられる。そのグリップを握ってみなさい」

 

 

そう言われ、私は機械に設置された棒を両手で握った。

すると、機械のよくわからない絵が動き始めた。戦前の機械なんだろうか。

 

 

「わ、動いた!」

 

 

「これで君の能力値も大まかに測ることが出来る……さて、結果が出るぞ」

 

 

ドッグ・ミッチェルがそう言うと、動いていた絵や数字が止まる。

 

 

7(-1) Strength(筋力)    

9 Perception(洞察力、五感)

5(-2) Endurance(耐久力、持久力)

10 Charisma(カリスマ性)

6 Intelligence(頭脳、知性)

8(-1) Agility(俊敏性)

2 Luck(運)

 

 

これが機械に表示された数字と文字だ。

その隣には可愛らしい絵柄の少年が映っている。

でも、この絵がなんとなくイラッとするのはなぜだろう。

 

 

「すごいじゃないかこれは!頭を撃たれてかえって脳が活性化されたのかもしれん!」

 

 

なんだかとてもひどい事を言っているような気がするけど、本人に悪気はないようなので苦笑いで返しておく。

医者、もとい科学や医療の分野に携わる人間としてはこういったケースを見ると黙っていられないのだろう。

私にもその気持ちは分かる。

 

 

「どうも……この、-っていうのはいったい?」

 

 

「ふむ、どうやら数日寝込んでいたのが原因で本来の機能を取り戻せていないようだ。だが、きっとすぐに良くなるさ」

 

 

「カリスマっていうのは?」

 

 

「そのままさ。人に好かれるか否か。君はそうとう人に好かれやすいみたいだな」

 

 

否定はしない。

初対面でも、よっぽど険悪なムードでない限り私は仲良くなれる。

 

 

「身体はまぁ元気なようだな。だが、あの弾丸のせいで君の頭がいかれちまってる可能性も否定できない。さぁ、今度はそこのソファに腰かけてくれ」

 

 

言われた通りに私は見える位置にあったソファに腰かける。

すると、ドッグ・ミッチェルは新しいクリップボードと紙を取り出して自分も簡易的な椅子に腰かけた。

 

 

「そこでだ、君にいくつか質問したい。君の頭が今でもまともかどうか調べるんだ」

 

 

そこで行われたのは様々な心理テストだった。

連想ゲームから始まり、専門的な聞き取り。

ロールシャッハなどもあった。

 

数十分のテストの後、ドッグ・ミッチェルはテストの結果をまとめたクリップボードを私に手渡してきた。

さて、どんな感じに仕上がっているだろうか。

 

 

「とりあえず結果だけでも見てくれ。どこかに比較対象があったはずなんだが……探してくる」

 

 

そう言ってドッグ・ミッチェルは部屋を後にする。

 

 

 

75 Barter

20 Energy Weapons

55 Explosives

80 Guns

50 Lockpick

40 Medicine

75 Melee Weapons

35 Repair

25 Science

60 Sneaking

70 Speech

50 Survival

65 Unarmed

 

 

……なんだろう、これ。

普通、ああいった診断は「あなたはこういう性格です」みたいな事が書かれているものじゃないのか。

これじゃあ単なる私のスペックだ。

ただまぁ、しっくりは来る。

エナジーウェポンの使い方なんて知らないし、科学的な知識も殆どない。

スカベンジング中、たまに鍵がかかっているターミナルを弄ることはあるが、あれも簡単に出来るものだけにしている。

 

ふむ、やっぱり戦闘関係は昔から高いんだよね……

 

と、その時ドッグ・ミッチェルが紙束を持ってきた。

 

 

「あったあった、これが一般的なウェイストランド人の結果で、これが優秀な者の結果だ。本当ならばあまり見せるのは良くないが、比較するうえで必要だろうしな」

 

 

「ありがとうございます、ドッグ」

 

 

私はドッグ・ミッチェルから結果の書かれた紙を受け取る。

まずは一般的なウェイストランド人から。

 

 

30 Barter

15 Energy Weapons

24 Explosives

32 Guns

23 Lockpick

21 Medicine

38 Melee Weapons

35 Repair

20 Science

41 Sneaking

40 Speech

35 Survival

45 Unarmed

 

 

これが一般的な結果だそうだ。

比べると、私はどれも上回っている。

ちょっとだけ優越感に浸りつつ、次は優秀な人の結果を見て見る。

 

 

70 Barter

50 Energy Weapons

85 Explosives

100 Guns

90 Lockpick

55 Medicine

70 Melee Weapons

80 Repair

60 Science

80 Sneaking

80 Speech

75 Survival

75 Unarmed

 

 

「これ人間の診察結果なんですか?」

 

 

「まぁ、たぶん人間だよ、見た目は」

 

 

ドッグ・ミッチェルが目をそらす。

私も銃や格闘に自信があっただけに、これには内心へこんでしまう。

ま、まぁ最近はあんまり戦闘してないし!

ちょっと腕が鈍っただけだし!うん!

 

あ、だからあんな奴らに捕まって頭撃たれたのかなぁ……

 

 

「まぁ、少なくとも君はかなり優秀な人間だよ。私が保証する」

 

 

ドッグ・ミッチェルのフォローが心に染みる気がした。

 

 

「さて、退院する前に、もう一つやってもらう事があるんだ」

 

 

退院。

戦前では、目覚めた直後の患者を即退院させるなんて事はしないだろう。

でも、ここはウェイストランド。

善意で診察をしているわけではないし、このまま私が居候すれば迷惑もかけてしまう。

 

私は頷いてドッグ・ミッチェルから問診表とえんぴつを受け取る。

 

 

「君の病歴をざっと把握しておきたい。まぁ、形式的なものだよ。君が頭を撃ち抜かれやすい家系かどうかを調べたいわけじゃないさ」

 

 

でた、変なジョーク。

愛想笑いだけはしておかなくちゃ。

 

私は問診表に何を書くか迷う。

昔から男の人に比べて細いから、動きは素早いけど手足に怪我を負いやすかったのは覚えてる。

あと、そうだ。

変な事態に巻き込まれやすい。

沢山あって細かく説明は出来ないけども。

これは病歴じゃないけど、ドッグ・ミッチェルも変な冗談言うし、多少はいいよね?

 

 

Small Frame

※Agility が1増加しますが、手足に受けるダメージが増加します。

 

Wild Wasteland

※大戦崩壊後のアメリカで、もっとも奇妙かつ馬鹿げた代物を解放します。

 

私はそれらを書いてドッグ・ミッチェルに手渡す。

すると、彼はちょっとだけ困ったように笑った。

 

 

「……まぁいい、だいたいこんな所だね。こっちだ、見送るとしよう」

 

 

そう言うと、彼は立ち上がって手招きした。

私は立ち上がると、彼の後に続く。

 

廊下を進むと、玄関で彼は止まってこちらへ向いた。

その手には玄関横に置いてあったリュックサックが。私のだ。

 

 

「君の持ち物だ。運ばれてきたときの持ち物しかないから、もし何かが無くなっててもどうにもできん」

 

 

「わかってますわ。ありがとうございます、おじさま」

 

 

そう言って、私はリュックを受け取り中身を探る。

どうやら武器は奴らに取り上げられたらしい。それと、積荷も。

 

 

「気を悪くせんでほしいが、メモを見させてもらった。家族の連絡先が分かると思ってな。だが、プラチナチップとかいうものの事しか書いておらんかったよ」

 

 

それはそうだ。

私に家族は居ない。家族は、もとの世界だ。

 

 

「いえ、感謝します」

 

 

「あと、外に出るならこいつを持って行くといい」

 

 

そう言って彼が玄関の棚から取り出したのは、何かよく分からない機械。

どうやら腕に嵌めるものらしいが……確か、Vault出身の人が左腕に付けてたような。

Vaultというのは大戦前のアメリカが作った核シェルターの事だ。

 

 

「Pip-Boyと言ってな、私のように大戦前に作られたVault出身の者は皆、それを支給される」

 

 

私は一礼してPip-Boyを受け取り、左腕に嵌める。

思ったよりも軽く、苦痛にならない。

起動ボタンを押すと、画面が光り、またさっきの可愛いけどムカつく絵柄の男の子が映る。

 

Pip-Boy3000。

そう書かれた機械は、一種の情報端末で、これだけで健康状態や持ち物の管理が出来るらしい。加えて、GPSのマッピングシステムを使用できるらしく、地図が表示されている。

すごい、便利だ。

 

 

「今の私にはもう必要ないが、ああいう事件の後だし、君には便利な代物だろう」

 

 

「ええ、これは凄い……あ、四次元ポケットもついてるんだ……」

 

 

しばらく私が新しいおもちゃにうっとりしていると、ドッグ・ミッチェルは不意に言った。

 

 

「何かを奪われた者の気持ちは、私にもわかるからね」

 

 

そう言う彼の表情は穏やかだったが、瞳の奥には悲しみが点在していた。

私はそっと右手を彼の頬に添える。

 

 

「本当に、何から何までありがとうございます、おじいちゃん」

 

 

ふと、気が付けば私はこの老人に心を許していた。

ドッグ・ミッチェルは最初こそ驚いたが、優しい笑みを見せてくれた。

 

 

「君が人に好かれる理由が、わかったかもしれない。……さて、これを着ていくといい。さすがに下着じゃ街の連中にバカにされるからな」

 

 

「えっ」

 

 

そう言われて、私は初めて自分が下着であることに気が付いた。

 

 

「ぴ、ぴゃああああああああああ」

 

 

変な奇声をあげながら、私はドッグから服を奪い取り急いで部屋に戻ったのだ。

なんで気が付かなかったのか自分でも不思議だが、この際どうでもよかった。

 

 

「別に孫くらいの年の子の裸を見てもどうも思わんよ……」

 

 

取り残されたドッグ・ミッチェルは一人つぶやいた。


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