雨が上がった。
雨宿りという名目で俺の家にいた霍青娥はその腰を上げた。
「帰るのか?」
「そうね。用事もあるし、そっちの方に行くわ」
彼女は扉の前に立ちはしたが開けようとはしなかった。
まさかとは思うが扉の開け方が分からないのではないのか?
そう考えた俺は若干おこがましいかなと思いつつ声をかける。
「その扉、引き戸だぞ」
「あら、そうでしたか」
彼女はなおも扉に手をかけない。
不審に思ってみていると、彼女は簪を自分の頭から抜き取った。
術式が織り込まれたあの簪を。
「それじゃ、有意義な時間ありがとうございました」
「そりゃこっちのセリフだ」
俺の返答に少し微笑んだ彼女はその簪を扉に突き刺すように触れさせる。
すると扉に大きな穴が開いた。
「それが仕組まれた術式か?」
「ええ、痕跡を一切残さず穴を開ける優れものです」
成程な、という俺のつぶやきに彼女は満足そうに帰っていった。
青娥が帰った直後。
久々に人と触れ合うということを体験した俺は思わず息を吐いていた。
数十年ぶりの他人との会話は楽しく、疲れるものであった。
布団に身を投げ出した俺はそのまま眠っていた。
翌朝。
太陽が昇る前の頃。
目を覚ました俺は布団に対して違和感を覚えた。
それはまるでもう一人布団の中にいるような感覚。
昔、それこそ数十年前には結構な頻度で近くした感覚。
眠ったままの頭でその相手を注意した。
「布都?また俺の布団に入ってきたのか?」
勿論その注意の対象がいるわけがない。
そのことに気づいた俺の頭は急速に覚醒する。
慌てて掛布団を捲るとそこには予想通り一人の人が眠っていた。
その眠っていた人は予想外の人物であったが。
「芳香ぁ?まだ日が出てないでしょう?」
『よしか』というのは弟子か何かだろうか。
少なくともこの場にはいない人物の名を呟くその人は。
自慢の簪を机の上において気持ちよさそうに寝ている霍青娥であった。
取りあえず頭突きを一発。
その後、敷布団をテーブルクロス引きの要領で引き抜いた。
空中できれいな横向きトリプルアクセルを決めた後に地面に叩きつけられて漸く彼女は目を覚ました。
「いったぁ~い!いきなり何するんですか!」
「人の布団で寝ていて第一声がそれだとは盗人魂にもほどがあるなぁ、おい?」
「何も盗んでないのに…」
「俺の安眠を盗んだ」
「それは失礼しましたね」
「もう一発殴ろうか?」
彼女の発言にイラッとした俺は彼女の胸ぐらをつかんで身構える。
すると彼女は平謝りし始めた。
「ごめんなさいじょうだんですおんなのこにとってかおはいちばんたいせつなところなんです」
「まぁ、すぎたことだしもういいか」
彼女の態度にどこか冷めてしまった俺は彼女を放置して顔を洗いに行くことにした。
「それで、なんで俺の布団の中にいたんだ?」
朝食を囲みながらそう青娥に問いかける。
彼女はサラダを美味しそうに食べながら答えた。
「ちょっとあなたに興味がわいたから」
「あ?」
「だからしばらくの間同居することにしたの」
「は?」
「断ったらその『ふと』ちゃんだっけ?彼女に傷物にされたって言いに行くつもりだから」
「へ?」
「と言う訳でよろしくね」
神様。
逃げ道をください。