第七話
新天地に来てからどれ位経過しただろうか。
迎えた冬の数が五十を過ぎたあたりからもう数えることをやめていた。
そう、五十年。
明らかにそれ以上の年月を過ごしたというのに俺の体に衰えはおろか、成長すら見受けられなかった。
まるであの日のままで止まってしまったみたいに。
どうやら最初に考えていた老衰で死ぬ事は出来なくなってしまったみたいだ。
老いる事も死ぬ事も出来なくなってしまったこの体は俺を閉じ込める牢獄みたいだ。
もしもこの体が牢獄だというならそこに囚われた俺は一体どんな罪を犯したんだろうか。
まぁ、心当たりがないわけじゃあない。
というか、これだと思う物ならいくらでもある。
今更償えもしないものがほとんどだけど。
晴れた日には畑を耕し、雨の日には書物を読む。
そしてその合間にトレーニングをする。
それが俺の最近のルーティンになっていた。
ある雨日、ルーティンに則って書物を読んでいた時のこと。
彼女は突然現れた。
「ごめんください、誰かいますか?」
正直な話、驚いた。
自分が今いる場所は山の奥深くにあり、そのふもとには人里と呼ぶのもはばかれるほどの小さな集落が点在するような場所である。
そんな辺鄙な地に人が訪れ、あろうことか自分の家に訪れる者がいるとは到底思えなかった。
そんな稀有な人間に対して少し興味を持った俺は返事をする。
「ええ、いますけど」
「よかったあ。すいませんが、しばらくの間雨宿りさせてくれませんか?」
「それならしばらく雨もやみそうにありませんし、中に入ったらどうですか?」
「本当ですか?ありがとうございます」
家の中に招き入れたその女性はこの時代には見受けられない服装をしていた。
その中でも特に珍しかったのが、
「簪…?」
「あら、これが何かわかるんですか?」
「ええ、それって簪…髪留めでしょう?」
そう、この時代ではつけている人がいるのかどうかと思うレベルで存在しないはずの装飾品である簪を彼女は着けていた。
彼女はそれを外してこちらに見せてきた。
「いい簪でしょう?私のお気に入りなんです」
俺は手渡された簪をじっくりと眺める。
確かにこの簪はとても美しい。
しかしその中に一つの違和感を覚えた俺はその違和感について彼女に問うことにした。
「この簪…何か術のようなものが入ってません?」
そう、俺がおぼえた違和感は仙術らしき何かがこの中に入っていたことだ。
俺の指摘に彼女は驚きを隠せていなかった。
「まぁ、わかるんですか?」
「なんとなくですけど…」
「分かるならそれでいいんです。さてはあなた仙人の類ですか?」
「もしもそうだといったならば?」
「どうもしませんよ。むしろ、新たな求道家と意見を交わしたいものですね。それで答えは?」
「残念ながら俺は仙人のなりそこないです」
そう吐き捨てた俺の言葉に彼女は目を丸くする。
そして少し思案をした後に出てきた言葉に今度は俺が目を丸くした。
「もしかしてあなた、神子が言っていた物部良喜じゃないかしら?」
「何故その名前を…?」
「やっぱりあたりでしたか。神子とは浅からぬ縁がありますのでそれでちょっと」
「あんたはいったい何者だ?」
「私?私は霍青娥と言います。神子に道教を教えたものです」
仙術は教えてませんけどね。と彼女は続けた。
これが俺とこの奇妙な邪仙との初邂逅である。