仙人の修行とは体のいい使い走りである。
師匠に当たる人物からあれをしろこれをしろと言われるのに耐えつつもそれをこなすことが修行になっている。
仙道の考え方の一つに人生皆修行という考えがあるのかと疑問に思うレベルで様々なことをこなすのが仙人の修行だ。
その日の俺は修行の一環であることをしていた。
薪をかまに放り込み、息を吹き込んで炎を燃えあげさせる。
この火を絶やすことなく、かつ必要以上に大きくしないのが今日の修行だ。
これは意外と厳しいものである。
熱く燃え上がる炎の前で決してそれから目を離さずに的確な判断を下さなければならない。
神子が「これは忍耐力、判断力、耐久力が付くいい修行だ」というのも頷ける。
ただ、なんというか。
俺はこれをかれこれ一時間近くやっているわけで。
その間とある人物が動く気配がないわけで。
その人物の安否が非常に心配になるレベルで動きがないわけで。
いい加減何かしらのアクションを起こしてほしいわけですよ。
ねぇ、神子。
あんたちょっと長風呂すぎません?
その後、十分もしないうちに神子は風呂をあがった。
彼女が上がったのを確認した俺は風呂釜の火を消し薪を片付けた後に、風呂釜を冷水で冷やしてからそれを洗った。
風呂釜を洗ったことを神子に報告すると彼女は気持ちのいい笑顔でこうのたまった。
「いやぁ、君が焚いた風呂があまりにも気持ち良すぎたもんだからつい風呂の中でウトウトしていたよ」
習いたての仙術で彼女を攻撃しようとした俺は悪くないと信じている。
因みに布都がこの仕事をやるとついつい炎を大きくしてしまうとか。
熱い風呂は熱い風呂で気持ちがいいものだと神子は言っていたが、どう見てもやせ我慢でしかないのは真っ赤に染まった肌から分かる。
だからかも知れないがこの仕事はもっぱら俺がするようになった。
ある日。
神子は俺と布都を広間に集めた。
神子の後ろには一人の少女--多分俺らと同い年ぐらいだろう--が控えており、彼女は心ここにあらずと言った様子できょろきょろしていた。
そして唐突に神子は話し出す。
「彼女の名前は蘇我屠自古。これから一緒に修行する仲間になるからよろしく頼むぞ」
屠自古と言った少女は俺らに向かって自己紹介した。
「蘇我屠自古という。これからよろしく」
「物部良喜だ」
「物部布都じゃ」
そして布都と屠自子は睨み合い始めた。
睨み合った二人は互いに暴言を吐き始めた。
「ときに、屠自古殿。我は主がなんか気に食わないのでのう」
「そっちもそうか。私も貴様があまり気に食わないのだ」
これを皮切りに二人は互いの悪口を言い合い始め、それはだんだんエスカレートしていった。
仕舞には互いに取っ組み合いのけんかを始めた。
「良喜、あの二人は初対面だよな?」
「はい、俺も布都も屠自古には会ったことがないはずです」
「それであの仲の悪さか」
「…どうしましょうか?」
「…止めるしかないだろう」
「了解です」
何とか二人のけんかを止めたところで神子が二人に諭す。
「いいか。今からはあなた達三人で協力して修行に励むこと。決して互いに引きずりおろそうとか考えないように」
「「はーい」」
そういう二人の目は不満げだった。
そうして神子は本日の修行内容を伝えた後、俺に耳打ちをしてきた。
「二人の仲裁は任せる。放置してもいいし、一々止めに入ってもいいからな」
「分かりました」
その後、修行は順調に進んでいった。
布都と屠自古の二人は良きライバル関係になっていき、時には大喧嘩をするものの、基本的にはいい影響を与え合っていた。
こうしていざ尸解仙になろうというときのことであった。
夜、寝静まった物部邸で布都が俺の部屋に入ってきた。
彼女はいつもと違い決意に満ちた表情で俺にこんなことを言って来た。
「良喜、お願いがあるんじゃが」
「なんだ?」
「我が尸解仙になった後でいいから我が物部家を没落させてほしいんじゃ」
息が詰まった。
「我な、最近考えていたんじゃ。
我が尸解仙になった後のこの家のことを。
おそらくじゃが我は失踪扱いになる。これは蘇我家の方も同じじゃな。
そうして残されるのは父上とおぬしの二人のみ。
もちろん、おぬしが家を継ぐことになるじゃろう
けどお主はあくまでも養子。決して本筋ではないのじゃ。
このことに目をつける者もおるじゃろう。
蘇我家をはじめとした敵対勢力はもちろん、身内からも。
そうやって周りが敵だらけになるのは目に見えておる。
しかも後継者が養子というレッテルだけならまだしも、加えて本家直属のものを失踪させたということまでついてくる。
そんな敵意の波におぬしを放り込みたくないのじゃ」
布都はそう言い切った。
彼女の表情は見えないが、悲痛に満ちているだろう。
だから俺は彼女の頭をそっと抱き寄せた。
「大丈夫だって。俺らは強いから」
「でも!」
「だからいっているだろう。そういう心配はする必要ないって」
「分かってない!お主は人の醜さを全くわかってない!」
そういう彼女の目はとてもまっすぐだった。
俺のことをただただ心配し続ける彼女。
やっぱり、俺は布都には甘いんだなぁ…
「分かった。その願いは聞いた」
「本当か!?」
「本当だ」
どうしようもないほど甘いんだなぁ…
二人の選択が正しいのか間違いなのかで言ったらおそらく間違いでしょう。
だったら正解は何よと聞かれるとこれまた回答に困るものですが。