川の畔で寝ている女性。
彼女は誰か、そしてここはどこか全く持って分からない俺は彼女に聞くことにした。
そう決めて彼女に近づくと、その女性は目を覚ました。
「おや、もう休憩時間は終わりかね」
休憩…?
「まぁいいや。ほら、早く渡し賃を出してくれないかね」
渡し賃?俺は川を渡るつもりなどないが…
心の中ではそう思いつつも、俺の体は裏腹に懐から一つの包みを渡す。
かなり大きいとても懐の中に入るようには思えないその包みを受け取った彼女は驚いたように目を見開く。
「驚いたねぇ。あんた、生きている間は相当な善行を積んだのかい?ここまでの量はあたしもあまり見たことがないよ」
そう言うと彼女はその包みを船に乗せ、自身も船に乗る。
それにしても、今さっき彼女はなんて言った?
『生きている間』?俺は今も生きているはずだぞ?
そう考えながらしばらく立っていると、彼女は訝しむ顔でこちらを見てきた。
「どうしたんだい、あんた。早くこっち来なよ。そこに立ってままでいられるとあたしまで怒られちまうよ」
その言葉に押されて俺は船に乗る。
さっきまで何を考えていたかなんてさっぱり抜け落ちた。
俺が船に乗り込むのを見た彼女は船を出す。
「結構な金貰ったし、かなり縮めてもいいかね」
そう言うや否や、さっきまで見えてなかった対岸がすぐそこまでに迫っていた。
驚いた俺に彼女は話しかける。
「驚いているようだけど、これもすべてあんたが今までやってきたことが他人に感謝されているからね。人によってはたどり着かない時もあるよ」
そんなこともあるのか、とそれにも驚いていると、船が岸についた。
船が対岸についたからには下りないわけにはいかない。
俺が船から降りると、ここまで船頭してくれた彼女はその船で帰っていった。
後戻りする道を失った俺は前へと進むことにした。
前に進むと巨大な建物についた。
入り口に人はまばらにしかおらず、入ってもいいかどうか悩んでいたが、自然と足はそちらに向かっていた。
建物の中に入ると、中は裁判所のようであった。
裁判所と言っても、弁護人も検察官もおらず、裁判官も一人しかいないようなものだったが。
そしてその裁判官の位置にいる少女が俺の姿を見るとため息をついた。
「今日は誰も来ないと思っていましたのに」
失礼な。
俺だってここがどこだかさっぱりわかっていないのだが。
「私の名前は四季映姫ヤマザナドゥといいます。で、ここは地獄の裁判所です」
地獄…?
俺は死んだ記憶なんてないぞ。
「あなたが納得しているしていないにかかわらず、あなたが死んだということだけは絶対的なことです」
いつ、俺は死んだんだ…?
布都と再会して、彼女と抱擁を交わして、意識が飛んで、気づいたら川岸にいた。
ここが地獄、つまり彼岸ならあのとき気づいたらいた場所が此岸で、あの川は三途の川だというのか。
つまり、俺が死んだのは布都と抱擁している時?
いくら布都の頭が残念だからと言って俺を苦しめるほど強く抱きしめるようなことはしないだろう、うん。
「なにか勝手に納得しているようですが、
そう言って彼女は鏡を取り出し、それを覗き込む。
「成程、そういう人生で・し・・た・・・か・・・・」
彼女の顔が暗くなる。
ふぅ、と彼女は鏡を置く。
そして深刻そうな顔で口を開いた。
「あなたは確かに素晴らしい人生を送ってきました。たくさんの人を助け、たくさんの人と笑い、ともにいいことをなしてきました。しかし、あなたは決してやってはいけない罪を犯してしまいました。それは寿命の改竄。本来ならあなたはあの時、焼け落ちる火とともに焼死するという定めでした。それを無理矢理魂魄を固定するというやり方で死を欺いたのです」
何も言う気が起きず、俺は黙る。
「人の身でありながらのこの所業。本当ならば犯罪中の大犯罪。とても許されることではありません」
本当ならば?
つまり俺は例外だとでもいうのか?
「けれども、あなたは今現にここにいる。決して死神に狩られたわけではなく、なぜかここにいる。これはあなたが寿命を改竄するときに、その切れ目を『幼馴染と再会するまで』にしたためです。だから彼女と再会した時に、あなたの中の止まった時が動き出し、あなたは死に、ここに来た。それだけです」
何も言わず俯いていた。
『布都と会いたい』という思いが『布都にあったら死んでもいい』という思いになっていたのか。
なんという皮肉な話だ。
「だからと言ってあなたの罪がなくなるわけではないですが、ある程度は軽くなるでしょう。『無期限』と『期限あり』では大きく異なってきますから。けれど、ここであなたを裁き、地獄送りないし冥界送りにしようとするとそこも問題が発生するのです」
顔をあげる。
問題とは何か、それが気になっただけだ。
「その問題とは、『あなたが長く生きた方法』です。あなたは魂魄を体に結びつけることで長い間生きてきました。そのため、今ではその体に魂魄が同化しているんです。そう、あの蓬莱人のように。そのため、あなたが死に、魂が新しいところに行こうとしたときにその体に同化した部分がそれを妨げるのです。だからあなたをここで裁ききるわけにはいきません。ですので判決はこうします」
「あなたを無期限の執行猶予とします」
「何か看過できない罪を犯したらすぐに地獄行きになるのでそのつもりで」
執行猶予?それも無期限?
つまり俺は…
「そう、あなたはこれからも幻想郷で生きていってもいいと言う訳です。あなたが死ぬ度にここに来ることに変わりはありませんけど、少なくともその『幼馴染』と再会した程度では死ぬことはないのでご安心を。それではいきなさい。あなたにも待っている人がいるんでしょう?」
彼女がそう言うと、俺の体は不意に軽くなり、そして目の前が暗くなっていった。
ついに次が最終回です。
今日か明日のうちには投稿するつもりですので、お楽しみに